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マスターが何か言ってるから聴いてやってください。 Archive

快適な生活

 最近あまり耳にしなくなったのがアメニティーという言葉。快適っていうことでとらえていましたが・・・。

 ひところは電気業界からガス会社から、自動車製造、そして建設会社まで、もうあらゆるところに氾濫していました。マスメディアもこぞってアメニティ、アメニティ、と・・。

 きっと、わざわざアメニティーというより、快適と言えばよいのだから、なにも・・・。ということだったのか。いつの間にかだれも言わなくなった。

 低燃費をT.N.P.という様なお笑い草以下だったのか。定かではない。

 この一年間、それとは無縁の避難生活を送られた方も多いことに思いを馳せれば、胸が痛みます。

 本当に言葉遊びをしている場合ではないと、つくづく思います。

 そして、さらに、悲しいことに遭遇いたしました。

 毎週通っている田舎で、お隣に住んでいらして、何かと面倒を見て下さっていた方が、急に亡くなられたのです。

 まだそれ程のお歳ではなかったのですが・・・。

 人の世のせつなさ、悲しさ、寂しさ、やるせなさ等全部が一緒に襲って来たような気がします。

 震災の事で、私の心が未だ整理されないうちの出来事に、ただ、戸惑うばかりです。

 沈黙するしかないようです。

 どうも、快適さやら、より良いといわれる暮らしを追い求めていた、ほんの一年ちょっと前の自分と世の中と、随分と異なった状況におかれていることは確かだと思います。

 

 

あー、いやいや、どーもどーも

 てなわけでしてどーも。

 「生きるために食べる」のか、「食べるために生きている」のか、昔はお笑いネタのように思って、半ば面白がっていたのですがね。

 ここのところ、その命題の奥深さに参っている訳でして、そのー・・・

 「そりゃー、生きるために食っとるんじゃ」と言ってしまえれば簡単なのですが、そのー・・・

 けっこう、食べる楽しさがあるからこそ生きていられるってことも言えるわけでして・・・

 食べることが苦痛だったら人生辛いですよね。

 でもですね、食べる楽しみを継続して行くには、働いて、お金も無きゃなんない。

 働くことには苦痛も伴うこともあるわけでして・・・

 結果として、まー、三段論法的に言ってしまえば、ですね、食べることには、間接的に苦痛が伴う、なんてことにもなる。

 昔から仙人になって霞を食って生きたいなんてのは、このへんの苦痛から逃れたいって言う下心があってのことらしい。

 まー、男の夢ってやつですかね。

 そうなってくると、生きる、つまり稼ぐモチベーションのひとつとして、「食べるために」ということが重要になって来る、のか。

 視点をかなりずらしてですね、例えば受験勉強。

 四段にも五段にも論法が発展してしまうわけで・・・

 ま、究極、受験勉強も「生きる」ためですよね。

 美味しいものを食べたり、素敵な家に住んだり、「子犬のー、傍にーは、あなーァたーッ」・・・とか。

 より、貪欲な望み事がモチベーションになっていると思うのは私だけでしょうか。

 所謂エリートコースってんですかね。世の母親の多く、どれ位か知らないけれど、受験産業が儲かるってんですから、かなりの数の、人生の本質が見えていないと私には思える人たちにとって価値があるとされる、わけの解らないコース。

 またまた視点を変えてですねー、実生活には何の役にも立ちそうもない趣味の世界を持ち出すと、これがまた生きがいをもたらす。

 まぁ、何が言いたいかというと、美味しいものを食べるということなら、実益も兼ねた趣味、といってもいいかも・・・というような話で・・・。

 しかしながら、受験ともなると、ごくたまーにはいらっしゃるかもしれないが、これを趣味にしていらっしゃる方は、まぁ居ないといってもよいかと思われるのです。

 すなわち、私レベルでは、受験勉強は生きるためのモチベーションにならない。

 つまり、もともと、もっともっとの貪欲な世界に否定的なので、仙人的、霞食う的人間になってしまいそう。だけど、美味しいものもたまには食べたいし、快適な暮らしはしていたい。

 そうかー。まぁ、いつも行き着くのは「ほどほどに」とか「ちょうど良い」とかなんですかね。

 労働の痛みもほどほどに、そこそこの暮らしをして、自分の身の丈にちょうど良いところを落とし処にして・・・。

 自分というのは、自分以上でも以下でもないのですから。

 

 

 

すきま産業という言葉

 これって、他の人のまだやってない事の中で、受けそうなことを見つけ、いち早くやって一儲け・・・。というようなイメージでしょうか。他の人が気づくまえに・・・。

 まぁ、「産業」とつくからには、そういうことなのでしょう。

 で、私はここで、「すきま家業」という言葉を創りました。

 一見似ているようで、実は根本的に非なるものなのですがね・・・。

 「すきま産業」は儲かるかもしれないけれど、「すきま家業」は儲からない。

 しかしながら、前者は他の人もやりはじめると、途端にすきまではなくなる。

 儲かっているのを見れば、みんな飛びつく。大手まで乗り出してくる。

 其の点、後者は、儲からないから、少なくとも大手には出来ない。

 だいたい、会議で駄目出しをくらう。

 個人だって、金にならないんじゃ止めとこうか、と。

 でもでもでもでも、そんなの関係ねー。

 おいらは、やりたいからやるんです。余分なお金が欲しいわけじゃぁありません。

 生きて行ければいいのです。やりたいことやってれば、それで一生終わっても悔いなど残らない。

 私だけかもしれないが、お金が残って、ついでに悔いまでも残ったんじゃぁ死んでも死に切れない。

 ただただただただ、そんなの認めねー。ってのが社会というもんです。

 そこで、それだからこそ、「すきま家業」なんですね。

 とんでもなく矛盾を孕んだ人間の社会、これは良い悪いではなく、まぁ、必然なのですね。矛盾だらけの当の人間が集まってやっているんですから。

 だから、それ故に、社会が絶対で、正しくて、云々。ということになると、異を唱えたくなるのです。

 決して正しい訳ではないが、仕方なくそうなっているのだから、大人なんだから、少しくらいの事は我慢しようね。というのなら、まだ話はわかるのですね。

 ずーと以前に、「血出痔」のところでお話したので覚えていらっしゃいますか。

 社会の必要悪に対して、当然の義務として従っておいて、猫だましで勝つ、という、あれです。

 「すきま家業」は、まぁ、いってみれば猫だましの技みたいなもんかもしれません。

 迷惑をかけないで、自分の意地を通す。それどころか、人の役にもたつ。

 そんな大人の心意気ってなもんです。

 でも、大手には目の上のたんこぶに見える。社会の主役のつもりでいる人たちにはですね。

 具体的に言うと、また自慢話にも聞こてもいけないので、知りたい人は、珈琲を買いに来ること・・・、っとっとっと。

 いやーっ、それにしてもですねー。「すきま家業」は儲からん。

 学術的に言うと、ま、そんな大げさなことじゃなくて、ですね。

 ま、エネルギー保存の法則から言ってもですね、あれ、まだ大げさですかね。

 でも、まぁ、とにかく、生産性は超低い。出したエネルギーほどには見返りは無い。

 エネルギーの出超はもうボランティアの世界です。

 でも、でもですね。とにかく好きなことをやってられる。これだけでよいのでした。

 ではまた。

 

 

 

 

権威がどうたら言っているうちに

 まぁ、そのー、本当に、人生というのは、というより人間は、とまた言うよりですね、私は、というべきなのですかね。

 余計な事ばかりしたり、考えたりしながら、あっと言う間にお陀仏なのかもしれません。

 思えば、二十一世紀も既に十二年目に入ったわけで、あと残すところ八十八年を切りました。

 今年産まれた人の中で二十二世紀の地球を見ることになる人も随分いらっしゃるのでしょう。

 それどころか、今年二十歳を迎えられた方たちの中にもそういう人が相当数おられるに違いありません。

 心底、きれいな地球を残したいと思う所以です。

 放射性物質のゴミは残しちゃいけません。

 私が小学生のとき、母校が創立七十周年を迎え、そりゃもう古くからあるのだ、と思っていたものです。

 しかし、今この年齢になってみると、七十年くらい、あっと言う間の気がします。

 大河ドラマで始まった清盛の時代もすぐこのあいだです。

 三百年続いたお寺とか、築五百年とか、千年の古都とか、つい昨日の事といってもよいかもしれません。

 私の子供の頃には、江戸時代産まれの人を時々拝見したものです。当たり前のように・・・。明治元年から計算すると昭和42年が明治百年ですから、当然のことです。

 百年と言ったって、もう私は半分以上生きてきてしまいました。

 その間、本当に余計な事ばかりして、なんとも情けない気持ちです。

 よーく考えてみれば、宇宙に行ったり、危険な冒険をしたり、まぁ、ただ生きていくだけなら、余計なことです。

 でもですね、私自身のことを考えると、もっとばかばかしい、誰からも相手にされないような、つまらないことに、夢中になって生きてきました。

 宇宙や、深海や、にはとても興味があるし、尽きることの無い夢の世界です。

 深海の生物などは少しグロテスクなイメージもありますがね。

 つまり、言い訳がましく何が言いたいかというと、その余計な事が生きるエネルギーになっていることに間違いは無いのです。

 ただし、最近思うのですが、その、何にも役に立たないことをするのに、何か役に立つような言い訳をしないと、どうも後ろめたいというか、こそこそしてしまう。

 何故だかは、うすうす解ってはいるのですが、ここではわざと触れないでおきます。

 深海も宇宙もそれなりに、実利があるのですが、ただやりたいのと実利に迫られてやるのとが混同されていなくもない。

 で、ただ夢を追うにも理屈をつける。

 まぁ、けっこう、そういったものの中には、宇宙も飛行機も潜水艇もですが、軍事的な必要性から発達してきたものも多い、ということも否めない。

 生きがいとか夢とかの正反対の、死や絶望のためのものが、所謂食べるに困らなくなると生きがいだとか夢の為に使われる。

 いわば、文明国に住んでいる者の道楽とでも・・・。

 文字通り食べるのに必死の国の人たちにはそんな余裕は無い。

 食べることそのものに生きがいを感じることが出来る。と言ってはいけないのだろうか。

 禅の坊さんは、日常の生活を一生懸命すれば、余計な事を考えて、いらない苦労をしなくて済む。みたいな考え方をするらしいのです。偉いですね。

 しかし、私のような半端者は、きっと満足に食べられなくても、粗食でよいから、何か余計な事をしでかして、要らない苦労を背負っていないと、何か手持ち無沙汰というのか、心に風穴が開くというのか、喪黒福造のところに行ってみたくなるのでしょうか。

 除霊が必要か・・・。位に、魂がひねくれている。のか。

 だから余計に先人の言葉に耳を傾けたいし、坊さんとか牧師さんとか、なんか、あんまりご縁はなくとも、そういう様な方が居るってだけで、少々安心もする。

 少し安心したところで、またお付き合いください。では、また。

 

 

 

 

 

 

珈琲における権威

 ネルで入れると美味しいんでしょ。私は通じゃないから・・・。

 なんて、よく聞きませんか。

 この場合、「ネル」が権威です。

 ネルを使いさえすれば美味しく入る、というのは思い込みで、まぁ、権威にすがっている訳なんですね。

 こういう類のものに共通するのは、それによって確かに良い結果を出している人がいる。

 珈琲で言えば、美味しく入れる人がいるのですね。

 しかし、ちょっと待ってくださいね。

 美味しく入れる人がいる反面、美味しい豆をわざわざ不味く入れてしまう人がいるのです。

 なんでもそうですが、道具は使いようなのですね。

 料理などでも、プロの使っている鍋や包丁を使えばプロのような料理が作れると信じて、つい同じ物が欲しくなる。

 というようなことに同じくなのですね。

 でもでもでもでも、そんなの関係ねー。とばかりに、ネット上で「これこれの器具が良いらしい」などと広まれば、あな嬉や、その器具が売れること売れること・・・。

 それにしても、人は何故権威が欲しいのでしょうか。

 私が思うに、人というのは皆、確固たる自信が持てない生命体だからこそ、架空の権威を必要とするのではないか・・・。と。

 権威ある人、団体、まぁ、学者とか学会とか、が、その専門分野において、権威と崇められることが多いのですね。

 専門外の人間からすれば、やはり、その権威にすがるといいますか、信用していた方が、心も休まるし、手っ取り早いのですね。なにしろ解らないことだらけで、藁にもすがりたいのですからね。

 ところがですね、もし仮に、権威者と言われる人で、自分でもそう思っている人が居たとすると、その人は、とんでもない詐欺師かなにかでしょう。

 物事というのは、深く研究すればするほど、又解らないことも増え、何処までいってもこれで良いというところには行き着かないものなのではないのでしょうか。

 ですから、周りから権威者に仕立て上げられた人ほど自信がなくて当然なのですね。

 ここで、その人が上等な人であれば、それを素直に認める。

 下等な人間であれば、権威者面を続けるでしょう。

 また、私の独断と偏見が出たところで、またお目にかかりたいと思います。

権威主義を廃す

 「世上の毀誉、軽きこと塵に似たり」・・・言わずと知れた南州翁の言葉です。

 世の中で、けなされたり誉められたりしている様なことは、塵のごとくに軽いもので、まぁ採るに足らないと・・・。

 すなわち、自分自身を貫いていくのに、他人の評価など気にするな、とでも・・・。

 公の場以外では、着流しで、それも一枚きりで、洗濯している最中は毛布のようなものを裸の体にかけていただけとか・・・。

 私がこれを真似しても、人物が違いますから格好がつかないのですがね・・・。

 しかし、裸(所謂ヌードではないぞよ)の自分が本当の自分であって、着飾ると、なにか偉くなったような気がするようなのは、どこかがおかしい。と思う。

 南州翁まで出しておいて恥ずかしいのですがね、ここで、珈琲屋の事例を少し・・・。

 コーヒーにおける権威とは・・・。ということで、次回につづきます。ではまた。

 

 

 

梅仙から年末の挨拶じゃ

 今年はいろいろあったのう。

 しかし、最後になって、柳瀬川に孫弟子が誕生したのじゃ。

 秘密結社赤い炎に入ったからには抜けられんぞよ。

 そして、下井草でもそんな話が持ち上がっておるらしいのじゃ。

 そこで話をしておって、改めて思ったのじゃが、師弟関係というのは非常に濃い間柄なのじゃな。

 まぁ、じゃな、友達以上の関係であろうの。

 切っても切れない間柄じゃ。

 岡山も来年はブレイクしそうな雰囲気じゃ。

 岡山も下井草も焙煎が安定して来たのでな。

 ここで改めて心構えをひとつ・・・。

 一言で言えば、人情、愛情、情熱じゃ。

 これを、いつも心にとめておいて欲しい。

 来年は七日からスタートいたすで、よろしくおたのもうしますのじゃ。

 ご来店いただいている皆々様、一同代表してお礼申し挙げて年末の挨拶とさせていただきます。

 

 

この世で一致しないもの

 社会で役に立つとか、知能が高いとか、まぁ誤解を恐れずに言えば、所謂能力がある、ということと、人として優しいということとは、必ずしも比例しないという現象を間近に見てしまうことが最近よくある。

 ディケンズのスクルージのような守銭奴などは解りやすいですがね。社会の中でうまく立ち回る能力はあるのに、生活の手段であるはずのお金を儲けることが目的になり、他の人たちと仲良く穏やかに暮らすことが不幸にならない重要な鍵であるということを忘れてしまう。

 つまり、優しさを失ってしまう。

 逆に、工業力を持たない、昔ながらの暮らしをする人たちが今も地球上に居る。テレビを見てそう思っているだけかもしれないけれど。

 もちろん、けんかもするし、小競り合いもある。すなわち、未発達(良い悪いという話ではない)な心を持つがゆえの、低次元(これも言葉が悪い)の苦労もあるにちがいない。

 しかし、日常は、貧しいがゆえに、お互い助け合い、優しく、穏やかに暮らす智慧を持っているかのようだ。

 ところがどうだ、発達しているはずのこの国で、優しさを日常的に感じることがなかなか無い。

 幸い私の店に来てくださるお客様のなかで、社会的にも重要な能力を発揮されていて、尚且ついつも優しさを忘れない方も多い。

 また、社会の片隅でなかなか能力を発揮出来ないでいる方のなかでも、胸をはって優しさや穏やかさを持って生きていらっしゃる方もいる。

 この双方とも、優しさや穏やかさを持って、そして美味しいコーヒーを飲むために、きちんと聞く耳をもたれているお客様を、かってながら、私の言葉で「上質なお客様」と呼ばせていただいている。

 私の独断と偏見に満ちた、私の店はそういう店だ。

 それでも、それだからこそ、上質なお客様に恵まれて、私も優しくなれるような気がする。

 そしてまた、美味しいコーヒーを焙煎しようと思う。

 

戦前と同じ雰囲気が漂う

 昨今の、この国のムード。

 戦前、だれもが死にたくなかった。徴兵された多くの人たちは、涙ながらに家族と別れた。

 そして、多くの兵士が死んでいった。

 最後には、民間人も多く死んだ。殺された。

 多くの兵士たちも、昨日まで民間人だった。

 ほとんどの人が戦争は嫌いだった。

 ここのところの、からくりは、いろいろな人たちによって解説されている。

 自分の所属する社会、国、が他国、他民族によって屈辱を受ければ、自分個人の生活、収入、はおろか、生命までも脅かされる。

 だから、個人を犠牲にしてでも、国家が大切なのだ、と。

 ただ、先の大戦においては、なにも、今度は、他国まで攻め入り、こちらから屈辱をあたえることはないじゃないか、と。

 反省しきりで、専守防衛ということになったのですね。

 さて、今日にもどっってみますれば、ですね。

 一個人の収入、つまり職が失われる危険のある人が多くいらっしゃる。

 なにより、直接お給料をもらっていなくとも、それによってお金が回り、物質的に豊か(この言葉は使いたくないのだが)なほうが良い・・・。と思う人も多いらしい。

 して、すぐにやめるわけにはいかない・・・と。

 なんか、敗戦など永久に来ないと信じていたのと同じく、すぐに結果が出るでなし、目の前の給料や贅沢な暮らしが大事、と・・・。

 幸い、目にも見えないし・・・。などと。

 ここで提案です。「物質的に豊か」という言葉を言葉狩りしてしまいませんかね。豊かなんかじゃないのですから。

 どうも、どうでも良い言葉ばかり狩りをして、肝心なところが抜けていませんかってんです。

 横道にそれました。

 一部の人以外、つまり、もうそれなりの立場にいて地位や高い給料を手放すのが嫌な人以外、もう少し言うと、それによって安定した生活を送っている人たち以外、は、みんな、そういう立場の人のことを慮りながらも、ほとんどの人が、本能的には拒絶しているはずなのです。

 ただ、文明生活といわれている生活は手放したくない。

 戦争のときも、負けて悲惨な生活や死が待っているとわかっていれば、あえて、戦争をしなくとも、今よりちょっと悲惨な生活くらい平気だったはずです。

 今日も同じ状況です。

 少しだけ我慢しませんか。

 まぁ、みんなが我慢して、一部の人がそうでなかった戦争の時のようではやってられませんがね。

 先のことには鈍感です。戦争の経験が証明しています。

 なんとなく声高に言えば潰されそうな気がしないでもない状況は戦前に、たいそう似通っているわけですが、心の底では、つまり立場を超えたところでは、全員が、やばいんじゃないかと思っているはずなのです。

 そして、最も恐れているのは、先の大戦による焼け野原からはすぐに立ち直ることが出来たけれど、その場に簡単に戻れない状況は、それ以上の苦しみだということです。

 理屈では負けても、とにかく本能が嫌だといっているのです。

 

 

 

 
 

千年に一度、えっ

 千年前の記憶はあったのですね。それなのに、あたかも知らなかったかのように・・・。

 では、万年に一度ならどうか。

 当然記録(民間伝承的な記憶も含め)などない。しかし、一万年くらいだと、地質学的には相当な事まで解るのではないでしょうか。

 しかしですねー。記録が無いということは、ただ古いからということだけでは無さそうに思われます。

 人間というものは、辛いことは忘れようとするらしい。

 ま、それだけでなく、その地域とか、もっと大きく、例えばムー大陸のような規模ですべてが失われたとしたらどうでしょう。

 体験者が全滅してしまえば、記録どころではない。

 一万年では無くとも、数万年くらいのスパンでみれば、日本列島がそっくり沈んでしまうってことも、なきにしもあらず、かもしれない。

 私の想像でしか無いのですが、それが起こるかどうかが問題ではありません。

 そして、それは私の命や財産が失われるとか、そういう事でもないのです。

 ただ、起こらないと誰が宣言出来るのでしょうか。

 明日起きても、しかたがないのかも知れません。

 みんないなくなって、海の藻屑となった後、ウラニウムやプルトニウムが勝手に核分裂を起こす。

 地球の長い歴史のなかで、人類などというものは、つい最近現れ、我が物顔をしているのだとか。

 過去、人類以前には、絶滅後、超長期の半減期を有する、まさに生命を脅かす負の遺産を残したものは無かった。

 それ故、人類も誕生出来たのだ。

 人類は、などという偏狭なものでなく、宇宙はみごとな円環体にそって巡り巡ってきたのだ。

 それを、たかが人類が、その循環を止めてしまってよいのだろうか。

 私は断言する。よくないのだ。これは、私の信仰心がそういわせている。キリストでも釈迦でもない。私だ。

 人類が滅んでも、また次の生命が生まれてくる。それを邪魔する権利は人類にはないのだ。

 

今再びモービーディックと思いきや

 こぼれ話ということで・・・。

 晴れて解説を読ませていただきました。

 当時、イギリスで版権をとっておかないと、アメリカにおける版権を確保できなかったそうで、イギリス版を先に出さざるを得なかった。

 この時さすが王立国、キリスト教を揶揄したり、神を冒涜したりしていると単純に思ったかどうか知らないが、編集者によって随分訂正されてしまったらしい。

 そして、エピローグがそっくり抜け落ちていたのだそうです。

 このエピローグにおいて、イシュメールが自分だけ生還したことを自ら語る仕組みになっているのです。

 ヨブ記「われただ一人のがれて汝に告げんとて来たれり」

 そして、生き残ったイシュメールは、この物語を語りはじめるのです。

 まぁ、振り出しにもどる、というようなことで・・・。

 訳者の八木敏雄氏は、これを円環構造と言ったのが高山宏だというのだが、まさに、中沢新一のカイエソバージュの中で教わったレヴィストロースの話と同じなのです。

 私自身も、この六年ほどの心の旅路の後、ここにて又、振り出しに戻ったようで、極、小さな円環体(トーラス)を一巡りしてきたのかな、と思いました。

 それにしても、これほど読み応えのある解説は他にないかもしれない。本文を読み終えたら、ぜひこれを噛み締めていただきたい。

 

 

そしてその後は

 村より大きくなってしまった社会では、総意は、力の強い者や賄賂を使えるお金持ちが主導する多数決によって決まるようになって行ったと考えられます。

 まぁ、小さな村の中でも、そんなこともあったのでしょうが・・・。

 所謂権力者という人たちによって。

 どーもですねー、村人に慕われたキリストや釈迦がですねー、死んだ後にですねー、まつり上げられちゃってですねー、権力者たちによって利用されて来た節があるのです。

 それはキリストや釈迦だけに止まらないようですがね。

 全員参加型の村の仕組みが壊れてからも、建前上は全員参加の体裁を取り繕うのに、これ(キリストや釈迦の死後のまつりあげ)は、願っても無い素材だったのですね。

 地域のほとんどの人が参加している祭りの素になっている信仰対象は、ですね。

 最近の2,000年間はそういう歴史であったと言っても過言ではないのではないでしょうか。

 そういう意味での「神」のことをメルビルは糾弾したのであって、神そのものを冒涜したわけではなかったのでした。

 だいたい、「神を冒涜する」などという言葉は、神を利用した権力者にしか吐けない言葉だとは思いませんか。

 そして、権力者におもねる一部の(ほんの一握りの)聖職者顔のお面をかぶった狐どもの。

 本当の神は、もっと許容も大きく、計り知れないもので、少しくらい、人間が冒涜したつもりになっても、全然びくともしないもののはずです。

 神を押し出し、自分はその影で、ご威光だけ戴こうという不届きなものが、恐れて吐く言葉なのです。

 昨今、サダムフセインやカダフィ大佐などを見ていると、彼らは必要悪であったのか・・・。

 いや、白鯨などではない。アッラーの神の後ろにいたのだから。

 彼らこそエイハブであったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

私の神様

 前回、人に助けられながら生きて来た、という主旨のことを書いて終わりました。

 まさにその通りなのです。

 そして、だいぶ前に、人は一人では生きて行けないということも書きました。

 まず、一番目に考えられる神様は、村の鎮守の神様です。

 最近では村と言っても、東京は桧原村のような、村議会のあるような村ばかりになって来ました。

 ですから、ここでは昔のイメージの村という、まぁ、今でいう町や村の中の小さな単位である「地区」を思い描いていただきたいのです。

 内山節氏によれば、こういう村では村人の皆の合意で物事が決まっていた。というのですね。

 多数決ではない。

 つまり、村人の総意で村が動いていったのです。

 私は、ある時から、この総意こそが村人の「神」なのではないか、と思いはじめたのです。

 大分前なので、どういう経緯でそう考えるようになったのかは思い出せません。

 しかし、あの、御神輿に神様が乗って村中を巡回する行事を見て、本当に神様が乗っていると、心の底から思っている人は稀ではないかと想像します。

 ですから、実際に神様が乗っているというよりも、皆で、つまり皆の総意で、神輿には神様がのっていることにしよう、と。

 もっと言えば、神社には神様ってのがいる、という事にしよう。と。

 そうとう昔のことだと思うのですがね。

 だから、神様に逆らうってことは、村人の総意に逆らうことと同じであった。

 どうも、この辺が大昔の神様の始まりであったのではないか。・・・と。

 その総意たるや、きっと、其の時リアルタイムに生きていた村人だけではなく、言い伝えの範疇の、記憶される限りのご先祖たちまで含めてのものと思われるのです。

 しかし、2,000年すこし前から、人の社会がどんどん大きくなり始め、その総意たるや、様々なものとなった。

 あの、バベルの塔が壊れた後のように。

 それで、いろいろな神様が世界中に居られるわけでしょうか。

 こうなると、私としては、特定の神様をひいきするということができなくなって来るのです。

 子供のころは、やはりジャイアンツをひいきにしていましたが、大人になってみると、どうもジャイアンツの裏が見えてきて、特定のひいきがなくなってしまった。

 もちろん、同列に論じるつもりはありません。

 ただ、なにか構図が似ているように思われるのです。

 さらには、いろいろな価値観や考えかたの人がいるのが当たり前と思えるようになってからは、余計にそうなってしまいました。

 では、また。

 

 

心の病モービーディック篇 15

 まぁ、ですね、一般論は和辻先生におまかせするとして、ですね。とにかく、私がどう思っているか、と言うことなのです。

 他の人でもなく、学者先生でもなく、宗教者でもなく、あくまで「私」は、ということなのです。

 それ以外に不動心を保つことは不可能です。

 宗教も哲学も、はたまた初詣で手を合わせる神様も、自分を、自分の不動心を、保つためのツールである、つまり手段である、と考えるのです。

 ただし、けっして思い上がっていて、自分がそれらを理解し、コントロールできるなどと思っているわけではありません。

 とても深遠な、理解不能なものであるからこそ、つまり、はっきりしないものであるからこそ、自分の心にとって有用なものとなると思うのです。

 他の人のことは計り知れませんが、少なくとも私の心はいつもゆれ動いています。

 実は不動心などとは程遠いところにあります。

 それで、なにやら深遠な、わけのわからないものを、自分のわけのわからない心に取り込むことによって安心を得ようとするのです。

 やはり、なにか解らないものを、無理やり解ろうとするところに、その隙間に、不安とか寂しさとか動揺とかの入り込む余地があるように思えてしかたありません。

 きっと、私の「神様」はそんな隙間を埋めてくれるものだという気がします。

 そして、生きる道というようなものを考えさせてくれる時間であり、きっかけであるのです。

 わたしは、エイハブ船長のように、神さまに立ち向かうほどの勇気も元気もありませんが、ただただ神様のご加護を祈っているだけの人間ではなさそうです。

 古い言葉に「人事を尽くして天命を待つ」なんてのがありますが、それに近いかもしれません。

 もともと虚弱で、軟弱で、まぁ弱っちいのですから、いつ討ち死にしてもよいように覚悟はできています。というより、そうなっても文句は言えない存在を自覚しています。

 リラックスして、努力しないで、適当に意志を曲げずに、強いものにはすぐ謝っちゃったりしながら、なんとかここまで来れたのも、神様のお陰です。

 まぁ、周りの人には随分ご迷惑をおかけしたり、暖かく見守っていただいたりで、偉そうなことはいえません。

 神様、神様とうるさいように出て来たところで、そろそろモービーディックとは離れて行きそうなので、この辺でモービーディックとおさらばしたいと思います。やっと。

 次回からは、ずばり「神様」ということに・・・。

 

 

 

心の病モービーディック篇 14

 そもそもモービーディックが神の化身というなら、それはどんな神なのか。

 そもそもの、またそもそも、所謂「天主」のことなのか。

 いや、そうではなく、メルビルの思った、不可解な「神」とは「天主」も含めた、もう少し広義な意味での「神」のように思われるのです。

 で、そもそもの、またそもそもの、さらにまたそもそも、かく言う私の思っていた「神」というものからお話しないと埒があきませんね。

 私は今までの人生において、幾度か「やはり神はいる」と思ったことがあるのです。

 西洋では神は絶対で、その反対に悪魔がいると考えるらしいのですが、私は良いのも悪いのもひっくるめて、神様だと思っていたのです。これは、良い神様と悪い神様というのではなく、良いも悪いも両方ともに影響力のある「神様」。

 きっと、それでモービーディックを「必要悪の化身」と思ったのではないか、と今になって思います。

 神はいると思ったことがある。では、どんな時にそう思ったか。

 それは、頭でものを考えているときではなく、行動し、行動に次ぐ行動の果てに、なにやら、自分でも想像だにしていなかった結果を生み出したりした時がひとつです。

 そして、運命とはいえ、随分と理不尽なことにぶつかった時。すなわち、病気やその他困難な事に直面した時などです。

 これは悪い方の神様。

 それから、その問題が解決出来たとき。

 これは良い方の神様。どちらも同じ神様。

 もちろん、どんな時も、ほかの人のお力や、自然や、時間というものなどがものをいっていることは重々承知の上なのですがね。

 どちらにしても、決して自分の力だけではないのです。

 良い神様も、悪い神様も、結果自分を成長させてくれる事に変わりはありません。

 そんなことを意識しはじめてから、「神様って何だろう」と、こうなったのでした。

 次回は、そう考えはじめてからのことをもう少し・・・。

 ではまた。

 

 

 

 

 

 

 

心の病 モービーディック篇 13

 そうそう、ピークオッド号の一等航海士スターバックが、今のコーヒー店「スターバックス」の名前の由来なのだそうです。

 私が最初に読んだころは、まだスターバックスはおろか、この形態のコーヒー店など影も形も無いころでした。

 知る由もなし。

 エイハブ船長の片足が無いのが、モービーディックにやられたためだと判ったスターバックは、復讐に燃えるエイハブ船長に「・・・もの言わぬものに敵討ちするなんて、エイハブ船長、神に対する冒涜です。」と。

 エイハブはそれに答える「・・・スターバック_もう少し深いところをみるのだな。あらゆる目にみえるものは、いいか、ボール紙の仮面にすぎん。」

 「だが、個々のできごとには_生きた人間がしでかす、のっぴきならぬ行為には_そこにおいてはだな、何だかよくわからんが、それでもなお筋のとおった何かが、筋のとおらぬ仮面の背後からぬうっと出てきて、その目鼻立ちのととのった正体をみせつけるのだ。」

 「人間、何かをぶちこわそうと言うのなら、仮面をこそぶちこわせ。壁をぶちこわさずに、どうして囚人が外にでられるか・・・。」

 「わしにとって、あの白い鯨が、迫りくるその壁なのだ。ときによっては、その背後に何もないと思うこともある。だが、それでよいのだ。とにかく、やつはわしにいどみ、わしにせまる。やつのなかには、不可解な悪意で筋金入りの凶暴な力がひそんでいる。」

 「わしが主として憎むのは、その不可解なところだ。あの白い鯨がその不可解さの化身であろうと、そのご本尊であろうと、わが憎しみをやつにぶちまけてやる。もう冒涜とやらを口にするな。・・・」

 「いいかスターバック。もし太陽がわしを侮辱するなら、わしは太陽にでも打ってかかる。太陽が侮辱してよいのなら、わしだって侮辱してよいはずだ。他をねたむ本能があらゆる創造物にゆきわたっているからこそ、この世にはつねにフェアプレイというものが存在するのだ。」

 「だが、そのフェアプレイとやらさえ、わが主人ではない。それでは、わしを支配するのはだれか。真実にタガははめられまい。そんな目でみるな・・・。」

 当時も今も、このくだりに共感を得てしまう自分とは何者なのか、むしょうに心の晴れない自分とは何なのか。

 いつ終わるのだろう・・・

 

心の病 モービーディック篇 12

 当時はこんなことを思いました。

 端的に言えば、モービーディックは「必要悪なのだ」・・・と。

 当然のことながら、作者の意図したところとは違うようだ、とも思っていたのですけれど・・・。

 この辺が、私の世間に通用しない所でもあるのですが、勝手な解釈をすることに、むしろ快感をおぼえるくらいでした。

 なにしろ、まっとうな解釈は世間に五万とあるのですから、私くらいひねくれてみたところで大勢に影響は無いわけで、心おきなく人と違うことを・・・。

 てなわけで、どういうわけか「必要悪」。もちろん、当時の私の感想でしかありませんがね。

 やはり、当時の時代背景に関係していたと思われるのです。そして、昨今の社会状況にも共通する何かがあるようにも思えます。

 当時、学校では、ソクラテスから始まるギリシャ哲学がはやりでした。きっと、特定宗教の話などできなかったためと思われます。

 断っておきますが、「勉強以外の」と言うのは、試験のための、とか受験のための、と言う意味での勉強以外のということです。けっこう授業中は真剣に聞いていたものです。興味だけはありましたから。

 で、ギリシャ哲学。なるほど、とは思ったのですが、どうも現実と結びつかない。

 おそらくは、思春期の自分を鑑みるに、どんなに否定的な部分に触れられても、所詮は人間の陽の部分だけの話のように感じたからなのだと思います。

 今ではその辺も整理がつきましたが、当時はまだ、右も左もわからないポット出の未熟者でしかありませんでしたからね。

 自分自身と対峙していると、どうしても、きれいごとだけではすまされない。

 そして、このモヤモヤを何とかしてくれーっ、と。

 そんなときに出会ったのが、このメルヴィルだったのです。

 けっしてギリシャ哲学だけでは解決できない問題ってあるのです。

 エロスとアガペーだの快楽主義だのなんだの。まぁー、解るんですがねー。

 冷静を装っているように思えた。

 なんか、パッションと言うか、情熱と言うか、やるせなさと言うか・・・。

 悲しみと喜びと、躁と鬱と、暗愚と明晰と、希望と絶望と、すべてが混ざり合った、まさに混沌とした、あの時代の私が何かを感じてしまったのです。

 おそらくは、不安に包まれ、どうしてよいかわからない。一歩間違えれば精神不安定に苦しんでしまったかもしれない状況のなかで・・・。

 そして、私が選んだ自分自身の精神安定剤が、「必要悪」を肯定することだったのでしょう。

 モービーディックは、そんな私の目の前に突如現れました。

 エイハブはヒーローだったのかもしれません。

意図せずまだつづいて行く・・・のか・・・もうやめたい・・・のに・・・やめられない・・・

 

 

 

 

 

心の病 モービーディック篇 11

 もうそろそろいい加減にせい、と言われそうな気がしてきました。

 物語の方も、鯨そのもののこと(当時、大きな魚と思われていた)や、乗組員のこと、そして白鯨とエイハブの死闘を、クライマックスに向け、盛り上げて行きます。小説ですから・・・。

 実際問題として、私が説明するよりお読みいただくのが一番です。

 もう一人、預言者「ヨブ」のことなども出てきます。

 この「ヨブ」、かわいそうに、天主と悪魔の賭けの対象にされてしまったのですが、結論としては、「疑うことなく、天主を信仰しろ」ということに尽きるらしい。

 まぁ、そんなこんなで、端折りすぎかもしれませんね。

 ただ、この中間の部分は、あらすじを説明するだけになりそうなので・・・。

 ここでは、むしろ昔に読んだ時のことを聞いていただいたほうが、より面白いかと思います。

 だんだん思い出してきました。

 あれは、たしか中学三年生から高校生になりたてのころのことだったかと思います。とにかく自我が強く、勉強以外のことには何にでも興味を持っていた時代です。

 折りしも、大学紛争たけなわで、高校生の中にも真似をする者もいたのでした。

 そんな状況のなか、私は当時、どちらかと言えば頭でっかちで、頭の中でぐるぐる考えていたものです。

 べ平連や、高度成長の日本が当時直面していた公害問題に真剣に取り組む人たちに共感を持つと同時に、過激な左翼の行動には付いていけませんでした。

 まさに、今日本が抱える様々な問題の萌芽がこのころにみられたのです。

 左翼を血祭りにあげ、注意をそちらに向けて、自分たちの欲望のために米帝国主義(と、当時言われた)と組んだ政府と、それを支持した国民によって、今があります。

 何度も言うように、私は、その恩恵を享受してきたのですから、なんにもいえませんが・・・。

 しかし、結果がこのように出てしまった以上、40年前にさかのぼって考え直す時が来ているのだと自分自身思っています。

 誰が悪い、彼が悪いというような幼稚な発想ではなく、未来を見据えた反省と創造が必要です。

 いろいろな考え方がある事から目をそらしては絶対にいけません。

 あ、また横道に・・・。

 そう、当時何を思って読んでいたか、でした。

 ではまた次回に・・・

 

 

 

 

 

 

心の病 モービーディック篇 10

 長々とやっていますが、未だに出航前です。

 ピークォッド号の出航前に、イシュメールたちに付きまとう者がいました。エライジャです。

 日本語の聖書で言うエリヤです。

 この預言者はアハブ王の行く末を警告します。つまり、エイハブ船長に同行しようとしているイシュメールたちに、「行っていいのかい・・・」「どんなことになるのか解っているのかい・・・。」・・・と。

 やはり、預言者、つまり神の言葉を預かり、伝える者のいうことを聞かないと大変なことになるのに、其の時は聞く耳を持たないのが人間らしい。

 後で気づいても遅いのですがね。

 エー、ですね、ここで少し「神」さまの事を詳しく考えておかねばならないと思いますので、退屈ですが・・・。

 思えば、この6年くらいの間、随分と、まぁ精神的にですが、遠くまで旅をしてきたもんだと、つくづく感じます。

 私のバイブルとも思って、いつもそばに置いていたのが西尾幹二師の「江戸のダイナミズム」です。

 そこから、読みたくなったものを拾いながら歩いてきました。

 この本の中に、「和辻哲郎」は「神を全部で四種類に分類しています」というくだりがあります。

 詳しくは、和辻哲郎「日本倫理思想史」に書いてあるそうですから、そちらを読んでください。

 そして私にもやさしく教えてください。私などにはとても歯が立たないことは、容易に想像がつきますから。

 で、西尾先生、やさしく教えてくださいます。「キリスト教はむかし天主教とよばれ、Godは天主と訳されていたのに、後に神と訳されて誤解が生じました。天主の以前には「でうす」で通っていたはずです。そのほうがむしろよかった。」と。

 江戸時代までの長いあいだ、天皇は尊貴なるがゆえに神であって、エホバのように超自然的、超人間的な力を振るう神ではない。天皇は雨をふらせたり、風をふかせたりせず、イエスのように病を治したりせず、天災に対しては自ら神仏に祈りをささげた。・

 天皇は祀られる立場にだけあるのではなく、祀る立場にもあった・・・。と。

 そして、それに似た皇祖神、神統記に出てくる天つ神。むしろ、天皇の尊貴性はここから出ている。

 もうひとつが、雨の神、風の神等、自然、人生を支配する神。これは尊貴性においてさほどではない・・・。と。

 まぁ、ざっとこんな幹二、おっと感じで・・・。

 ここでは、当然「天主様」ですね・・・。

 とにかく死んでもつづく・・・

 

 

 

 

この辺で一服 閑話休題ということで・・・

 まぁ、しかしですねー、ひとつの物語を読んでいるだけでも、随分いろいろなことが頭のなかを去来するものです。

 やはり、自分としては、行き過ぎた貪欲の果てと言いますか、私も恩恵をこうむって来た、近代から現代に至る資本主義的発展の悪い意味での行き過ぎを、どうすれば良いかというところに行き着くのです。

 まだ解答は見つかりませんが、死ぬまでには見つけ出したいというのが、私の夢です。

 人間は、かなりの事までやってのけて得意になって、科学を万能のように思い、出来ないことなど無いとすら思ってきたようです。

 少なくとも、私は21世紀が来れば、人類はもっともっと発達し、夢のような時代になるのだと思い、思わされ、浮かれて生きてきてしまいました。

 しかし、ここへきて、本来人間という、大自然のなかでみれば、とてつもなく小さな存在が、その大自然をコントロールできると錯覚し、自然現象に対し、想定する、あるいは「想定出来る」などと思い上がっていることに気づかされました。

 たまたまキリスト教に触れているところなので、たとえに出すのですが、過去にはノアの箱舟のような出来事があったらしい。

 少し、物語的に過ぎるきらいがあるわけですが、きょう、こんにちの状況を考えると、それに近いことがあったとしても不思議ではありません。

 キリストの弟子たちの間にも、キリストのたとえ話を理解することの出来ない人がいたらしい。

 まさに、現代人は、その、理解できない弟子、もっと言えば弟子にすらしてもらえそうもない、そういう状況ではないかと考えます。

 キリスト教に限らず、私の知る限り、昔の賢者たち」は「貪欲」を戒めます。

 しかし、先ほども触れましたが、今の経済社会のやり方では、むしろ貪欲を奨励しなければ行き詰ってしまうらしい。

 思い上がりと貪欲。

 これこそが、あの、バベルの塔の着工を促した元凶だとおもうのです。

 現代人が古い、とか、遅れている、とか、今よりずーっと原始的、だなどとぬかす、ずーっと昔の人たちのほうが、ずーっと賢かった。ような気がしてきた。

 というより、もちろん、今と同じく貪欲な人たちもいたからこその、「思いあがるな。」とか「貪欲はいかん。」とかだったのでしょうけれど・・・。

 そして、現代のバベルの塔とは何か。そして、思い上がりと貪欲に気づかない輩とはどのような人たちか。

 重ねて言いますが、昔にもいたのですよね。科学技術が今ほど進歩(と単純に言って良いかどうか苦しみますが)していなかったと思われる、バビロニアの時代にも。

 ただ、もしかすると、やろうと思えば今のように出来たかもしれないが、戒めを守り、しなかっただけかもしれない・・・。

 いずれにしても、分相応と言いますか、人間自身の身の丈を越えれば、手に負えないことが起きてしまうという、現実に起こっている教訓だけでも身に染みずにはいられません。

 もしかすると、私の夢ですら、思い上がりなのかもしれません。

 次回、またモービーディック篇にもどります。

 

 

 

 

 

 

心の病 モービーディック篇 9

 もうひとつの重要なものに、彼らが乗り組む船がある。「ピークオッド号」である。

 この船の出港前の準備は「ピーレグ船長」と「ビルダッド船長」の2人がとりしきっている。

 2人とも過去にこの船の船長を経験しているのだが、今では、この船の出資者の一人として手伝っているというわけだ。

 そして、乗り組み員採用の面接までしている。

 2人ともクエイカー教徒である。プロテスタントの一派で、敬虔だ。

 自己の良心に従い、キリストの教えに忠実なのだそうだ。

 たとえば、自己の良心に従い、兵役を拒否したりとか・・・。

 しかし、この2人、戦うクエイカー教徒・・・矛盾だが・・・と呼ばれるくらい、「クエイカー教徒の一側面が特異な環境によって異変をとげた人物であるにすぎないのである。」・・・と。

 「ビルダッド」とピーレグ船長は声をかけた。「また、やっとるな、え、私のたしかな記憶によれば、おぬしはこれで30年も聖書を勉強しておる。どれくらいすすんだかね、ビルダッド。」

 そして、エイハヴ船長に会いたいというイシュメールに「・・・おぬしに会ってくれるとは思えんな。
変わった男だ、エイハヴ船長はーそうかんがえる者もいるーしかし、いい男だ。ああ、おぬしもきっと好きになるさ、心配ない、心配ない。偉大な、神をおそれぬ、神のような男だ。・・・・・」

 そして、もはやイシュメールとはコンビと言ってもよいクイークェグの面接では、クイークェグに改宗をせまるビルダッドにピーレグがさけぶ、「やめろ、そこでやめるのだ、ビルダッド、わしらの銛打ちを骨抜きにするようなことはやめてくれ。」

 「信心ぶかい銛打ちがいい鯨捕りになったためしはないー凶暴性がなくなったらおしまいだ。サメみたいに凶暴なところがない銛打ちはつかいものにならん。・・・」

 すかさずビルダッドも応酬する、「ピーレグ、ピーレグ」・・・「おぬしも、わしも、あぶないめには何度もあってきた。おぬしも承知だろう、死の恐怖がどんなものか。それだのに、どうしておぬしは、あんな神をもおそれぬ口をたたくのか。

 ピーレグよ、おぬしはおのれのこころをいつわっている。ほかならぬこのピークオッド号が日本沖を航海中に台風に襲われてマストを三本へし折られたとき、おぬしはたしかエイハヴ船長と同乗していたはずだが、そのときおぬしは『死』と最後の『審判』のことを思わなかったか。」

 「よくぞ、ほざいたな」とピーレグ。

 「おい、みんな聞いたか。かんがえてもみろ・船が沈みかかっているときにだぞ・そんなときにだぞ、『死』だの『審判』のことをかんがえるというのか。なんだと。三本のマストがどれもこれも雷みたいに舷側を猛烈にたたきつけているさなかにだぞ、大波がまえからも後ろからも襲いかかってくるさなかにだぞ、

 そんなさなかにだぞ、『死』だの『審判』だののことをかんがえるというのか。絶対にありえん、そんなときに『死』のことをかんがえるひまなどあるものか。エイハヴ船長もわしも、かんがえていたことは『生きる』ことだけだった。どうやってみんなを助けるか、どうやって最寄の港にたどりつくか、そんなことばかり、わしはかんがえていたのだ。」

 ここまできて、この物語のテーマがみえてきました。

 そうです、敬虔なキリスト教徒でありながら、神をも恐れず、鯨に立ち向かうこと、すなわち、神そのものにも立ち向かってしまう、心の葛藤がそれであるらしいのです。

 いやー、もう寄る年波で、根気がなくなってきていますが、つづく


 

 

 

 

 

心の病 モービーディック篇 8

 はじめに社会ありき、がどうやら個人の心の病の素かもしれないと申し上げたわけですけれども、それはどのへんでみわけるのかというと、やはり、国単位の社会が成立してからではないかと思うのです。

 それまでは、自分が所属する地方社会か、地域社会か、遊牧民なら部族社会など、適合できなければ、お互いに、それを認め、ほかのところに出て行くことが出来た。

 しかし、国単位の社会が出来てからは、逃げ出したとしても、また違う国に行くだけの話になってしまう。

 もう逃げ場がない。

 そこで病になってしまう。

 ここまできたところでまたモービーディックに戻りたいと思います。

 とことんつづく

心の病 モービーディック篇 7

 ここまできて、やはり、何故アダムとイヴなのか。根源に立ち返ってみる必要がありそうです。

 そう、人類が賢いなどとは大嘘かもしれないからです。

 しかし、まぁ、男ってばかなのですね。自分自身そう思います。こんなことぐだぐだ考えていても何の役にも立ちゃしない。

 戦争はするし、女の前では見栄を張るし、単細胞で暴力的で・・・。おばかさ加減を挙げて行ったらきりがありません。

 では、女はどうか。私から見ると男よりずーっと賢い。ように見える。

 だが待てよ。もちろん男にも女にも個人差があるということを差し引いたって、人類の歴史を見る限り、私が思っているよりは、ずーっとは、賢くないかもしれない。

 そして、その責任はと言えば、際限も無くおばかな男にある。

 なぜなら、ものすごいおばかな男がそばにいる女は、いつも相手が自分よりばかなのを観ているから、自分が少しはましだというだけで、自分がおばかであることに気づかずにいられるからである。

 どうも、この辺があの、アダムとイヴの教訓なのではないだろうかと・・・。

 もうどうでも良いからつづく

 

 

 

 

 

 

心の病 モービーディック篇 6

 イシュメールがクイークェグと接し、この蛮人を崇高に思ったのは、実は、やはり、ここのところなのです。

 故郷から遠く離れたところにいる、というのは二元的に「近い」「遠い」と区分けする考え方ですが、遠いか近いかなどは、自分が決めるのであって、実際の距離が何キロメートルで、とかはなんの役にもたたないのです。いわんや他人には測ることは不可能なのです。

 そもそも、近いとか遠いとかを思ってばかりいたら、心やすらぐ暇も無い。思った時点で、もう間違いなのですね。そんなこと思っている暇があったら、心穏やかにすごすことに専念すべきなのですね。

 あの人はお金持ちだが私は・・・、なども同じくです。この幻想に満ちみちた社会のほとんどの出来事は、こんなつまらない原理によって動いているのです。

 とっくの昔にメルヴィルも気づいてしまった。

よくよく考えてみれば、人とお互いに仲良くする目的の、手段であったコミュニケーションが、いつしか目的にすり替わってしまっている会話を見聞きします。

 そうです、人の噂話や悪口を言って相手に同意を求めたりするのを聞いたときなどです。

それから、意味も無くやたらと知識をひけらかしているだけの人。深い考えも無く、自慢しかしない人、など。

 本当につまらないですね。

 心穏やかに過ごすことの正反対のことをしているってわけです。

 自分の尊敬する人を目標にがんばるとか、他人を参考にするとか、手本にするとかならとても素敵なことだと思いますが、他人との単なる比較で生きてしまうと、とんでもないことになるようです。

 身の程知らずの高望みをしたり、とうていかなわぬ夢が実現しないのを、社会や他人のせいにしたりしてしまうのですね。

 重ねてつまらないことだと思います。

 他人は他人、自分は自分、みな、考えも個性も違う。

 それでも独りでは生きて行けない人間は、お互いの共通点を見つけ出したり、我慢したり、謙遜したりしながら、つつましやかに社会をつくり、営んで来たのだと思います。

 ところが、その順序を忘れ、手段と目的が逆転し、元に社会ありきと錯覚してしまうことがある。

 不幸なことです。

 そして、つつましやかでこそ成り立つ社会に過大な夢をみて、欲望のために、良からぬものを建設してしまう。

 悲しいことです。

 こんな錯覚が実は心の病なのですが、現代社会では、それが正常で、錯覚に気づいてしまった者は心の病気持ちなどと、いわれもない濡れ衣をきせられる可能性があるのです。

 つづく

 

 

心の病 モービーディック篇 5

 「屋外が寒かっただけに、いや、部屋の火がおちていただけに、なおさらだった。・・・体のぬくもりを真に堪能するためには、体のどこかに冷たい部分がなければならないからだ。この世の中には比較対照によらずして、その真価を発揮しうるようなものは何もない。それ自体で存在するものなど、ないのだ。」

 「頭の天辺からつま先までほかほかと温かい、しかもいつだってそうだ、などとうそぶく者は、もはや安楽を弁ずる資格はないわけだ・・・。」

 寒い夜にクイークェグとともに、鼻先の寒さに起きてしまったイシュメールの心の中のつぶやきです。

 メルヴィルの時代は日本の幕末のころです。しかもアメリカ人。スペイン、イギリス、オランダの植民地政策に続いてアメリカも海のかなたに富をを求めて世界に漕ぎ出したころです。

 辺境がなくなり、いやが応でも、という時代だったのでしょう。

 その先駆けとしての捕鯨は当時、盛んにおこなわれていたのでした。

 日本近海もその有力な漁場のひとつだったわけです。そして、補給基地として日本の港を利用したかったわけですが、おりしも鎖国時代。

 メルヴィルも日本を称して「二重にかんぬきをかけた国」と言っています。

 そんな中、メルヴィルはライバルの作家たちと違い、大学を出ておらず、「大学なにするものぞ」という負けん気があったものと思われます。

 いわば、社会の本流からはずれたところから、人間や社会というものを見つめていたと考えてよさそうです。

 今でもそうですが、一度、というより、最初に社会の本流からはずれてしまうと、所謂満帆の人生を望むことは、なかなか難しいものとなります。

 そこで、つまらない競争をして、勝った負けたと騒ぐわけですね。

 勝とうと思って競争に参加したところで、勝ち残る人はほんの一握りです。

 それなのに、いわば、人生の予選に負けたといって、心を病んでしまう人が後を絶ちません。ばかばかしいことです。

 しかも、冒頭のように、ただそれ、そのものだけで存在しているものは無いのですね。

 人間も同じです。

 自分独りでいける人など一人もいません。

 負ける人がいるから勝つことが出来るのですよね。

 イシュメールが、すなわちメルヴィルが、蛮人に、すなわちクイークェグに心の安らぎを覚えたのは、ここのところなのですね。

 つまり、勝ちと負けの二元的な考えだけでは、行き詰ってしまうのだ・・・という。

つづく

 

心の病 モービーディック篇 4

 イシュメールが捕鯨船に乗り組む前に行った教会の牧師の説教です。

 「・・・とにかく、したがうのがむずかしい命令だとヨナは思ったわけです。しかし神がわれわれに行うことを望みたもうことはみんなわれわれにとって行うのがむずかしいことばかりなのです。_いいですか_だからこそです、神は説得なさるより、命令なさるのです。

 それに、もしわれわれが神にしたがうならば、われわれは自分自身にそむかねばならない。そうです、この自分自身にそむかねばならないところにこそ、神にしたがうことのむずかしさがあるのです。」

 出典は岩波文庫「白鯨」全3巻の(上)です。昔読んだのはたしか新潮文庫かなんかで、上下2巻だったように記憶するのですが・・・。増えた・・・。

 「・・・こうしてヨナは大魚の腹の中から神に祈ることになったのであります。・・・ヨナは罪深かったとはいえ、泣いたりわめいたりして、すみやかなゆるしを乞うたりしなかった。

 ヨナはおそろしい罰を当然とした。ゆるしはすべて神の御心にゆだね、どんなに苦しかろうと、つらかろうと、それにあまんじ、ひたすら神の宮居をサン仰(サンは金偏に賛)したいとねがったのであります。・・・」

 じつは、登場人物の「イシュメール」、クィークェグという異教徒の蛮人(人食い人種)と、えも言われぬ仲良しになっているのです。

 「・・・わたしは自分が奇妙にこの男にこころひかれてゆくのを感じはじめていた・・・。」

 「・・・そこには何か崇高なものがあった。・・・ふるさとから二万マイルもはなれたところに到達して、この御仁にしてみれば木星からやってきた異星人さながらの人間たちのなかに投げ込まれながら、悠々として自適し、泰然自若として冷静さをたもち、おのれひとりを友とし、かつ常時自足しているといった人間である。

 もっともクィークェグは、哲学などというものがこの世に存在することすら耳にしたことがないのはたしかである。

 しかし、おそらく、われわれ死すべき者としての人間が、真の哲学者たらんとするばあい、哲学的に生きるとか、生きようなどと意識してはならないのだろう。・・・」

 ここでお断りしておきますが、キリスト教やその他の宗教を比較したり、どっちが良い悪いなどという二元的なことを言うつもりはありません。

 つづく

 

 

 

 

 

心の病 モービーディック篇 3

 バビロニアと言えば今ではイラクです。あのサダムフセインの・・・。

 サダーム・・・アダーム・・・アダム・・・ムムム・・・。

 イスラム教徒すなわちアラブ民族と漠然と思っていましたが、イラク人であったり、アーリヤ人の末裔であったり、いろいろな民族がいることがわかりました。

 横道にそれると、様々なことが解ってきます。

 イスラム教も実は旧約聖書まではキリスト教と共通の歴史があるらしい。

 人間が悪いことばかりするので神様が怒ってしまい、良い行いをしていたノアだけ助けるのですよね。

 ところが、せっかく助かったのに、その子孫はまた良くない行いをするようになる。バベルの塔なんか作りはじめたり、人間が奢りはじめる。

 そこで、神様は人々をお互いに言葉が通じなくして散り散りにした。

 そうこうしているうちに、アダムとイヴの子セトのそのまた子孫のアブラハムが産まれる。

 このアブラハムの妻に子が出来ないうちに、女中に子が出来る。それがイシュマエル(イシュメール)だ。

 その後、妻にもイサクという子が生まれる。

 「イシュ」は男のこと。「シュメール」は例のシュメール文明。イシュ・シュメール・・・イシュメール ・・・かどうかは知らないが・・・。

 このイシュメールこそアラブ人の祖先なのだそうですね。

 で、このイサクにヤコブが出来る。

 そしてヤコブの息子の中にヨセフがいる。この時代が、俗に言う族長の時代。

 まぁ、とにかくどんどん繋がって、士師の時代を経てイスラエル王国となり、さらに、苦難の時代が続く。

 ダビデ王やその息子ソロモン王の時代が全盛期、そしてイエスキリストはその子孫。

 まぁ、ざっと観てゆくと、こんな感じで・・・。

 少しさかのぼって、イシュメール、メルヴィルのモービーディックの語り手であり、登場人物である人物が同じ名前です。

 当然、メルヴィルは意識してこの名前を使っているはずなのですね。

 さらに、王国が分裂する時代が来る。

 例のバビロンの捕囚の時代です。その後滅亡する。

 この激動の時代の王にアハブがいる。この名前をとったのが、主人公のエイハブ船長。

 そして預言者ヨナの時代。

 このヨナ、神様に背いてしまう。

 アッシリアの異教徒、イスラエルの敵でもあたのですが、ニネヴェに住む彼らを悔い改めさせるよう、ヨナに命じる。

 しかし、ヨナは敵が異教を信じ、滅びてしまえばよいと思っていたから、この命に従わず、反対方向行きの船に乗ってしまう。

 そして、海に投げ出されたヨナは神様の使わした大きな魚に飲み込まれる。

 その後、観念してニネヴェに向かう。

 次回、またメルヴィルの作品に戻ります。

 つづく

 

 

 

心の病 モービーディック篇 2

 そもそも素人の独りゴチなのですから、話半分に聞いていただければ幸いです。

 で、どうやらキリスト教というのはユダヤ教から枝分かれしたものらしいのですね。いわゆる旧約聖書の世界です。

 この物語は人間の暗い部分を惜しげなくさらし、その目をそむけたくなるような人間の困ったちゃんをどうしたら克服できるか、と言うことが、根底にあるようです。

 と言っても、聖書をつぶさに読んだわけではけっしてありません。読もうとしたことはあるのですが、能力も根気も無く、読み始めてすぐに挫折してしまったのは、相当昔のことでした。

 今では、当然の顔をして、例によって、能力のある方が書いてくださった解説書がたよりですし、そのうえ勝手な想像も交えてしまうのはいつものこと。

 ですから、よそで言ったら赤っぱじをかいてしまう事必定なので、ここだけの話にしておいてくださいね。

 アダムとイヴ(エヴァ)とか、モーセの十戒とか、ソロモンとかダビデやら、さらにはバベルの塔の話とか。ちいさいころからよく聞いていた名前がいっぱい出てくるわりに、はっきりとは知らないことばかりで・・・。

 十戎という映画なんか迫力ありましたね。

 バベルの塔なんか都庁の建物が立ったときに、バブルの塔なんて言っちゃったりして・・・。

 そうそう、アダムとイヴ、エデンの園で神様のいうこと聞かないで、追放されちゃうんでしたよね。

 で、この二人(正確に言えば、アダム)が人類の起源とされている。

 しかし、いまでは遺伝子のなんたらから、人類の起源はアフリカにあるらしい。

 私は「そうなのかー」とだけしか思わなかったのですが、あの「ルーツ」というのがはやったころ、敬虔な人たちにとっては大問題に違いなかったのではと思ったりします。

 でも、そんなことは小さな問題なのですね。もともとがメソポタミヤのバビロンあたりの暮らしやすい所から追い払われた民の話と考えればよいだけの話です。

 トータルで観てみると、個人の話になっていることが、実は部族単位の話であったりしますから、そう考えてもはずれではないように思います。

 そして、その民、すなわちイスラエル王国の人々の起源とその盛衰記の中に、いろんな教訓話がこめられている。

 長くなりそうなのでまた続きます。

 横道の横道はまた横道だ。横道のーワッ。

 

 

 

 

 

心の病 モービーディック篇

 前回はわかりやすく二元的に自分と社会を対比してみて、見てみたのですが、本来、自分と社会は、表裏一体とでも申しましょうか、渾然一体としたものですよね。

 分けることは不可能です。

 そこで、しばらくの間、お付き合いいただける方とだけ、渾沌とした世界に遊びながら、また、いろいろ考えているうちに、何か思いつくかもしれません。

 まぁ、漠然としてはいるものの、方向性だけは思い描いてはいるのですがね。

 いわずと知れたメルヴィルの作品です。

 「生きている人間の人口調査に、死んだ人間がいれられたためしはない。さる人口に膾炙(かいしゃ)したことわざによれば、死人に口はないそうだが、人間はゴッドウィン砂州(テムズ川河口の多くの船が座礁した浅瀬)の真砂の数にもまさる秘密をいだいて死ぬというのに、これは不公平ではないか。」

 「昨日他界した者の名には意味ありげで不敬に通じる戒名などを献上するのに、この世の最果てのインド諸島に旅立つ者にはその種の肩書きを献上しないのはどういうわけか。」

 「生命保険会社はなぜ霊魂不滅の人間の死にあたって補償金をはらうのか。まるまる60世紀もまえに死んだ原初のアダムは、いかにして永遠に身じろぎしない麻痺状態のまま、また陰々滅めつとして希望なき昏睡状態のまま、いまだに横たわっているのか。」

 「死んだ者が、言い知れぬ至福の境に住んでいると主張するなら、そう主張するわれわれ自身がそういう考えにこころなぐさめられるのをこばむのは、いったいどうしてか。」

 なんだか世の中、或いは社会の縮図を描いているようにも思えてきます。

 アダムが出て来ましたから、キリスト教も少し知っておかなければならなくなりました。

 まぁどんどん横道にそれて行くのはもうなれていただいたと言うことにして、必要な横道にはどんどん入ってみるのも、深く考えて行く時には大切だと思っています。

 つづく

 

 

心の病 自分勝手篇

 究極のところ、人は心を持った動物なので、禍は心がすこやかでない時にやって来るような気がします。

 そして、それが社会の中で、うまくやっていけない状態になると、自分の側からではなく、社会の側から「病」と名付けられてしまうようです。

 すこやかでない時ってすごく不安な気持ちになりますよね。同意を求めるなってか。そう、私の場合は、です。

 原因は、こんなじゃきっと、社会ではうまくやっていけないかもしれないな。とか、変なやつだと思われないかな。などと変な気を廻らせて、自滅するというか・・・。

 で、それなりに年輪を重ねて来てみて解ったのですが、そんなときは、自分が駄目なのではなく、たまたま社会の現状に合わないだけなのだ、と思うようにしているのです。

 随分勝手なようですが、けっこう社会の方も勝手なもんです。

 こちらが合わせているから良い顔をしていますが、そうでなければポイです。向こうから合わせてくれるなど滅多にないのです。特にわたしのような者には・・・。

 僻みでしょうか。

 そうかもしれませんね。

 これでも、けっこう心が元気なときには社会の方が擦り寄って来たりもするのですよ。

 しかし、元気の無い時にはひがんでみたくもなるのです。

 そう、そんな時です。決して社会のせいにするのではなく、今はちょっと合わないだけなのだ・・・と。

 自滅しないためにね。

 つづく

 

 

個体発生は系統発生を繰り返す

 などという学説は今でも正しい事になっているのでしょうか。もう、40数年前の生物の時間にならったことがあります。

 私の場合、どうしても精神的な方に、すべてが偏っていきます。発生というもの自体はあまり精神とは関係ないのにね。まぁただの連想ってやつですね。

 ただ、輪廻というようなことを考えていると、なんだか精神的なものにも当てはまる場合があるのではないかと。ふ、と思っただけなのです。

 話しは少し跳ぶようですが、織田信長の母親が弟の信行ばかり可愛がり、信長に対しては辛く当たった。という話を聞いたことがあるのです。

 どうも、私の推測では、信長は母親の言うとおりにならない存在だったのではないかと思われます。

 当時の社会を考えると、血で血を洗う戦国時代。母親もそのような時代に生き、随分と理不尽な、それも大量の人の死を見て育ったに違いありません。

 実は、そんな光景を、未だ自我の確立していない、しかも感受性の強い子供が見てしまうと、自我の確立に相当な悪影響を及ぼすらしいのです。まぁ、学習障害のような感じとでも言うのでしょうかね。

 そして、その未熟な自我は、社会生活の中で、うまく対人関係を保てない。というより、人とうまくやる方法を学習しようとしない。だから人から疎まれる。などの結果をもたらします。

 それでは寂しくっていたたまれない。また人の中に入っていく。疎まれる。の悪循環。

 で、どうなるか、と言うと、自分の言うことを聞く人を身近に置いておきたくなるのですよね。当然のことながら・・・。

 そして、どうせ仲良く出来ない、自分の言うことを聞かない、つまり支配の及ばない人間は敵とみなす。その方が気が楽ですよね。自分が原因であるにもかかわらず・・・。

 まぁ、それが、母親にとって支配の及ぶのが信行、敵とみなしたのが信長だったのではないか、と。

 この後、母親は殺され、長い、戦のない、徳川の時代が到来したので、子孫に直接の影響はありませんでした。

 しかし、平和が長く続かず、その精神状態が代々引き継がれていったならばどうでしょうか。ヨーロッパや西アジアのように。

 子供の成長過程において、支配欲の強い母親に育てられ、捻じ曲がった自我を獲得し・・・。代々続く。

 そしてまた、戦争。

 限りなく続いて行ってしまうのでしょうか。

 なにか、表題を連想してしまった所以です。

 

 

 

 

 

 

 

茫洋族と目付 3

 では何故茫洋族と目付か。

 常に、相手や事例の向こう側をも観ている、と言うところが同じなのです。

 たった今、目の前の事例や人に焦点をあてるだけで物事を判断すれば、すなわち全体が見えず、偏った判断となります。

 車の運転ひとつとってみても、いつも遠くをみていれば、もちろんわき見ではなくですが、必然的に近くは見えているのです。

 と同時に、自分の車の周囲に、たとえ1センチの間隔であっても、なにも無ければ(間合い)、当然の事ながら、事故など起こりようがありません。

 お陰さまで、仕事の関係とは言え、今まで地球を何周もするほどの距離を走って来ましたが、40年間無事故で来ることができました。

 間合いについても、人生では、実際の距離よりも、対人関係における精神的な距離感を保つことに応用することができます。

 またまたずれて行きそうなので、これくらいにしておきます。

 それにしても、最近は、目先のことしか見えてないのではないかと思える人によく出くわすようになりました。

 おそらくは、テレビの影響も大きいのではないかと思うのです。

 テレビというのは画面そのものに焦点を合わせて見なくてはなりません。

 しかも、全体が観えているような錯覚に陥る危険が、常につきまといます。

 やはり、子供のうちくらい夏休みを茫洋と過ごし、世の中の向こう側、すなわち世の中や人間
の本質を観るくせをつけておくべきだというのが私の考えです。

 

 

 

茫洋族と目付 2

 目付は、悪い目付きなどの目付きではなく、「めつけ」と読んでいただきます。

 主に剣道などで使う言葉です。

 剣道を習いはじめてすぐの時に、一応に皆、一度は考え、師に聞いてみる事柄でもあります。

 相手と相対したとき、相手のどこを見るのか、という命題です。それが「目付」です。

 たいてい返って来る答えは、「相手の目をみるのじゃ」ということになっています。

 しかし、これでは完全な答えとはなっていないのです。

 実際、相手の目をじっと見つめてみればわかりますが、目しか見えません。あたりまえか・・・。

 経験のある方ならお解かりいただけると思うと同時に、人によって違うものであるかもしれません。

 昔を思い出しながら、私の場合に限ってお話ししたいと思います。

 私の場合ですが、右目で相手の目を中心に体全体を見、左目の焦点は右目より遠く、つまり相手の位置よりも向こうを見ていたと考えられます。

 そして、その焦点は常に前後に、自在に変化していたように思います。

 今で言う、「ロックオン」状態で相手の打突部位が目の前にクローズアップされてしまえば右目も左目もなく全身全霊をもってそこに打ち込むだけとなります。

 しかし、問題はそこにたどりつく前のはなしです。

 言うまでもなく、剣道にあっては「間合い」が、まず、一番の問題となるわけですが、その「間合い」を計っていたのが、どうやら、固定された右目と自在に動く左目との相互作用であったのではないかと思われます。

 その結果、相手の全体像とその動きを常に見失うことなく、自分の間合いで勝負することが出来たのだと思っています。

 その3へつづく

 

 

 

 

茫洋族と目付

 今月の猫屋通信に常連の「近所の者です」さんからの投稿がありました。ほとんど毎回、何か書いてくださっているので、ご存知の方も多いはずです。

 今回は昔の記憶から「茫洋」という言葉が思い出された。というおはなしです。

 で、私の常々思っていたことにも共通点があると、まぁ、思ったのです。

 子供のころの夏休みは茫洋と過ごしていた・・・。と。

 決して「ぼんやり」ではありません。あくまで茫洋と・・・。です。

 そして、大人になってからも、その茫洋感を忘れずに、と言いますか、漂わせていらっしゃる、とても素敵な方々を、ここに「茫洋族」と名付けさせていただいた訳です。

 考えてみますと、馬が合うというのでしょうか、私が接していて、つい嬉しくなってしまう人というのは、茫洋とした所をお持ちの方が多いのです。

 もちろん、そういう方だけと言うのではありませんが、特に嬉しくなってしまうと言ったらよいのでしょうか・・・。

 一番最近では、武蔵野市のクリーンセンターにお勤めのMさんなどがそのお一人です。

 お客様では、立野町からご夫婦でいらっしゃるMさん。

 一例ですが、このM繋がりのお二方ともまぁ、俗に言うお役所勤めらしいのにもかかわらず、あっ、偏見のこもった言い回しかもしれませんね・・・、どうぞお叱りください。

 ・・・にもかかわらず、茫洋とした所をお持ちです。

 そして、もちろん、「近所のものですさん」。

 身近な仕事仲間では、まぁ、みな多かれ少なかれ持っているからこそ、長いお付き合いが出来ているのですが・・・。しいて挙げていくと、柳瀬川の清水さんなどが筆頭でしょうか。

 「近所の者です」さんが出入りしている「長男堂」のマエストロや「出茶屋」のつるちゃん。

 数え挙げればきりがないのですが、皆、一様に「茫洋族」です。

 私の弟子たちもしかり。「ことり」さんもしかり・・・。

 そこで、真っ先にこの「茫洋族」の話をした、能楽師のWさん。あまり嬉しそうではなかったご様子ですが、これからお話して行くうちにご理解いただけたらと思っています。

 ここで漸く、タイトルの後半の「目付」です。

 つづく

 

 

少々気になったので・・・

 何も悪口を言おうってんではないのです。まぁ、聞いてやってください。

 今日、用事があって某社会保険機構の事務所へ行ってきたのです。

 入るときに、受付の方が元気よく「こんにちわー」と言ってくださり、良い気持ちで2階の窓口へ・・・。そして、担当の若い方もテキパキと応対してくださって、さすがぁー・・・と。

 そして帰り道、出ようとするとまた「こんにちわー」と。

 周りを見回しましたが、どうみても私一人。

 帰る人に「こんにちわー」は無いだろう。と思ってしまいました。私がおかしいですか。そうは思わないのですが・・・。

 きっと、試験を受けて入られて、お勉強は良くお出来になった方なのでしょう。それが何故・・・。

 ご本人が臨時のアルバイトだったとして、ではその上司の方が認めているってことは、その上司の方は相当より以上にお勉強がお出来になったに違いないのですが・・・。

 やはり、お勉強が出来るって事と立派な社会人になる事とは違うという私の持論は間違っていなかったのか・・・。

 悪い癖で、帰り道、歩きながら暫し思いを巡らせてしまいました。

 きっと、帰る人に何て言ったらよいか解らなかったのでしょう。

 私のような商売をしていれば、お客様がお帰りになる時に、「ありがとうございました」というのが当たり前ですから苦労はありません。

 お役所、或いはそれに準じるところでは、来た人の方こそ「ありがとうございました」と言って帰るべきだと思うから、なんと言ってよいのかご苦労なさるのでしょう。

 自分のことで恐縮ですが、私の店では、沢山買って下さるお客様が必ずしも上客ではありません。

 たとへ、何もお買いにならずとも、お帰りには「ありがとうございました」と申しあげます。心をこめて。

 この「ありがとうございます(した)」は「有難いこと」すなはち、ここでお会い出来たことは稀有のことであり、自分の職責を全うさせて戴けることは、何とめったに無いご縁であろうか。ということなのだと常々思っているのです。

 お客様で、ただおしゃべりだけなさってお帰りになる時もあるのですが、「ありがとうございました」と言ってお送りします。ごく親しくなると、かるーく「ありがとうございまーす」などとも・・・。「いつも」の省略です。

 お客様の方も「ありがとう」と言わないまでも、感謝の気持ちを持ってお帰りになられるのがわかります。

 確信犯には「もう二度と来るな」と心のなかで唱えます。

 なかには、この「ありがとうございました」をお金をくれるから「ありがたいのだ」と錯覚なさっているお客様もおいでになります。

 そんな方は「なにも買ってないのに」と照れくさそうにしておかえりになられます。

 よく、メディアなどで、「ありがとうございました」という過去形は、そこで終わってしまう様だから、リピーターのお客様には「ありがとうございます」というのが良い。などと、つまらない事にこだわる方もいらっしゃいますが、どちらでも良いと思っています。要は気持ちです。

 いつの間にか自分の事ばかりになってしまいました。

 戻ります。

 なんと言うかわからんという時点で、すでにだめなことがお解かりいただけたのではないかと思います。

 人と人、お互いに「ありがとう」と言って別れればよいのです。「さようなら」もおかしいですからね。それこそご縁が切れてしまうようですから。

 年金は、それこそ、一生のお付き合いですからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8月30日(火)より9月2日(金)の間休みます

 ここのところ貧乏神がとりついていているのか、金欠病の症状が出ています。

 世間並みに言えば、珈琲の生豆価格の上昇で、原価が上がり、利益、つまり生活費が減ったという位のもんです。

 まぁ、徳も無い上に、この夏はなんだか元気も出ないうちに終わってしまいそうなので、当然と言えば当然か。

 焙煎機のベアリングも取替えたし、少しお休みして新規まき直しということで・・・。

 まー、禅の世界をちょっとのぞき見しているとですねー、なんか、捨ててしまえ、捨ててしまえ、と、欲の深い私としては着いて行けないふしもあるのです。

 けっこう物が捨てられなくて部屋が一杯で・・・。捨てられたらどんなにすっきりするだろうかと・・・。

 禅の坊さんというのは、なんか、「こだわるな」とか言いながら、こだわらない事にこだわっちゃってるんではないかと・・・。

 誹謗中傷ではありません。もちろん、それにこだわっているわけでもありません。

 大本はゴータマの教えなのだと思いますが、あくまで「それによってお前さんが苦しくて、それから逃れたいならば」という注釈付きなんだと思います。まぁ程度の問題も少しはあるか・・・。

 苦しいは苦しくないがあって、はじめて苦しいのだ。とか、捨てないは捨てるがあってこそ、・・・とか。「こだわる」ってのも、「こだわらない」があるからこそのこだわりで・・・。なーんてな。

 ここまで来ると、タオと言うより、梅仙の我流じゃな。がはは。

 世間では屁理屈などとも言うらしいがの。カッパの屁じゃ。

 金欠の時は、こんな事で遊んでいれば、気もまぎれるというもんじゃな。金もかからんし・・・。

 まーっ、そのーぉ、つまるところ、「がははのはー」。なのじゃ。

 では、皆の衆、お達者で。

 

 

 

 

吉永小百合は本当にうん□をしないか

 まぁそうあって欲しいという願望から、そんなふうに思ったりもするのですが・・・。

 人間の願望などというものが、いかにいい加減なものであるかを露呈しています。

 禅の世界では人を臭皮袋(しゅうひたい)などと言っちゃって、まぁ、臭いものを溜め込む皮の袋くらいのもんだ、と教えてくれるのですね。

 だとすると、もしかして、吉永小百合もそうなのかしらん。そんなの許せねー。偉い坊さんだかだれだかしらねーが、なんと言われようとも・・・。

 そもそも、その、溜め込まれたものが汚いとかなんとか、これも、もしかして、勝手にそう思っているだけかもしれない。

 するってーと、もしかして・・・。吉様が、うの字をしねーなんてことを思うってことは、吉様にとっても失礼なことかもしれねー。などと・・・。

 とにかく「放下(ほうげ)」せよ(捨ててしまえ)と・・・。吉様も、それから臭いものと思っているものも、ぜーんぶ・・・。

 老子だったら、臭いは、臭くないがあるから臭いのであって、臭くないは臭いがあってはじめて臭くないのだ、などと言いそうな感じですが、ややこしくなるだけですかねー。

 でもですねー、禅の坊主にも、「捨ててしまおうにも手ぶらだったらもう捨てるものはありませんぜ」「どうしやしょう」などと、ややこしいこと聞くやつもいたらしい。

 そしたら、「それすら(手ぶらだという観念)も捨ててしまえ」と・・・。

 禅の醍醐味です。

 もしも、何々だったら・・・。なんてこと考える暇なぞ無い、とでも言いたげな・・・。

 嬉しいー悲しい、苦ー楽、迷いー悟り、そういう観念、二元論などともいうのでしょうか、二つの対立するものを相反するものとして捉える。それこそが人の四苦八苦の始まりだと思ったのが釈迦(ゴータマ)の運の尽きとでも言いましょうか、苦労の始まりで・・・。

 そのお陰で、後の人間が救われた。というより、後の救われたいと思った人たちは救われる糸口を教えてもらえた。感謝の気持ちでいっぱいです。

 ただこれ、老子を持ち出すまでもなく、それ以前から東洋にあった哲学であることも事実らしいのですがね・・・。そもそも、その老子ですら一人の人の著作ではないらしいし・・・。さらに昔っからの・・・。

 ここで、久しぶりに「逆ピ」の法則を持ち出すことお許しください。

 この、釈迦が上の頂点に居るのではない、という考え方。これがとても大切なのです。すなはち頂点と言っても一番したの頂点に居る。、逆ピの考えかたです。

 もちろん、上だから偉い、下だからだめ、なんていう幼稚な考えしか出来なければ理解不能です。でも、理解できないからだめということもありません。

 で、実は、どんな偉い坊さんも、智慧は無辺であるぞよ、なんてこと言うのです。これこそが逆ピの証明でもあります。

 キリストの「其の時私は生きていた」とか、釈迦の「私はずーっと昔から生きている」とかは、それの比喩であろうかと思われます。

 しかしまぁ、それすらも幻想に違いないのですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづき其の3

 何処までも続いていってしまいそうですので、いったんこの辺で終わりにすべく・・・。

 とにかく、つまらん観念、つまり幻想など捨てよ。と。

 でも、現実が観念となってこそ、初めて飢えが癒される。そうしないと、ただただ貪欲になる。どこまで行っても満たされない。

 キリストが「パンのみに生きるなかれ」と言ったとか。

 この辺の、ちょっとした知性と言いますか、知恵のようなものを持てと言われたのでしょうか。

 餅の画を描くのに、米の粉を使って描く、すなはち餅の画と言ったって、それは本物である。

 本物だけれども、画なのだ。

 画と思えば画だし、本物の餅でもある。

 逆に、本物の餅だと思えば本物だが、画材が本物を作るのと同じものであるというだけで、画だと思えば画である。

 まー、随分と苦労の跡がうかがえます。

 大事なのは、所謂つっこみを入れることではなく、その真意を汲み取ることなのです。

 よく、ほかの人が信じている宗教とか、考え方につっこみを入れる人が居ますが、大きなお世話です。

 逆に信じない人をむりやり信じさせるってのも大きなお世話のようにも思えるのですがね。

 自然(じねん)という理に逆らうことなく、ただただ懸命に生きればよいと思っています。

 あ、これはこの画餅とは直接関係のないところに来てしまいました。

 いつの間にか自分の我が出てきてしまっています。

 まぁ自分を何とか説得しようとしているだけですので、お許しください。

 

 

つづき 其の2

 昔、北面の武士であった人が出家して西行法師となり、「この世はうたかたのようなものじゃ」というような意味の歌をつくったってのを古典の時間に聞いたような気がするのですが、このへんが切り口としておもしろそうです。

 この人、所謂俗世に嫌気がさして、歌人になっちゃったんだと思います。

 そうなるってーと、この人にとって俗世で出世することが画餅であったのだと考えられます。

 ですから、そのまま出世して出家せずにいたとしても、俗世の出世など、結局、絵に描いた餅だったのだと気づいたのだと思います。

 でも、早期退社。気づくのが早かった。

 人の世は、すべてこのように、勝手な思い込みや刷り込みによって動かされている。

 岸田理論でいう「幻想」というやつに惑わされている。

 ただし、気づいたから良い。気づかないから悪いといったこともない。

 ただ、現実(と勝手に思っているだけだが)の餅を食えば腹がふくれたような気はする。

 しかし、先ほどのように現実そのものが幻想であったなら、もちろん腹は膨れない。

 それならば、いっそのこと、現実である幻想を何処までも追っかけて行くってのも悪くない。

 このへんまで来ると、インド人もびっくりのロジックとなるわけなんですね。

 すなはち、仏法もなにもかも絵に描いた餅、すなはち画餅であるのだから、それによって癒される飢えも、人の中の観念的なものでなければ、癒すことはないのだ。と。

 ここがインド人もびっくりなところなんですが、要するに、仏法だって、なんとかの真理だって、究極は幻想、と言って悪ければ、観念的なものなんですね。

 で、癒されるほうも観念的なもの、すなはち幻想である。と。

 するってーと何かい。俺もお前も、苦しみも悲しみも楽しみも、ぜーんぶ幻想なのかい。んじゃー生きてるってことも幻想なんだったら、もう死んじゃおうか。

 なんてことになりかねないんですがね。

 実は、ここに禅のすごいところがある。

 ぜーんぶ幻想だけれども、そこには「無位の真人」というのがいる。それがお前であり、俺である、のですね。

 禅天魔と言ったあの偉い坊さんの気持ちがよく解ってもくる瞬間です。

 こんなに理屈をこねなくったって、念仏やお題目やその他なんでも、無位の真人であることを自覚すれば良いのですね。

 だいたい、こんな説明をしてるって事が、もうだめなんですね。

 ここんところ、暑い日が続いているので、少しはインドにも思いをはせて、勘弁しようじゃあーりませんか。

 無位の真人は幻想に惑わされることはない。平常心、平常心・・・。

 

 

 

 

 

 

 

つづき

 しかしまーなんですねぇー。

 キリストや釈迦が今の状況を見たらなんと言ったでしょうかねー。

 そうとう嘆くにちがいありません。そして見放すのでしょうか。それとも何かいいこと言ってくれたのでしょうか。

 とにかく、他人はどうであれ、あなたは人として普遍的なことを深く考えて生きなさい、と言ってくれたのでしょうか。慈愛のある顔で、威厳をもった声で。

 目先の欲望のために「人としての普遍性」を忘れてしまったひとが多数を占めてしまったのでしょうか。

 それとも、忘れてはいないけど、まだまだ大丈夫とたかをくくっているのでしょうか。

 食う寝る出す、子孫を残す。を平常心でこなす。

 これが普遍であり、基本です。

 食の安全が脅かされる。夜も寝苦しい。ひとより少しでも勝っていたいなどで神経がおかしくなり、まともなうんこもできない。子孫のことを考えると可哀想になる。

 な、なんじゃこりゃーっ。

 ああ、それなのに、それなのに。基本をないがしろにしてまで、ろくでもない贅沢を追い求めるこの貪欲な世の中。

 いったいぜんたいどうしてしまったというのでしょう。

 なにもお金持ちが悪いとか、みんなで貧乏になろう、とか言ってないのですよね。

 徳や良い元気のある人の所には人もお金も集まるというのも普遍のひとつですから。

 ただ、徳もないのに、悪い元気しかないのに、結果だけ欲しがるからだめなんです。

 お金も元気も無駄使いをすれば、ただ減っていきますが、良い使いかたをすれば、どんどん沸いてくるのです。お金の場合は回るなんて言い方をするんですがね。

 まぁ解っていてもなかなかねー。

 で、画餅でした。

 昔のひとの教えというものは、どうやら両刃の剣のようなところがありましてですねー。まえにも言ったとおり、いろいろな解釈が出来てしまいます。

 手前勝手に解釈してしまえば大方間違ってしまうのですね。

 道元さんも、かなりてこずったらしいのです。

 で、何々のごとし、とかこれこれと同じように学べば良いのだ、とか、重要かそうでないかにかかわらず、ストレートに飲み込めるくだりを例に用いて、同じくここも切り捨てないでちょうだいね。などと・・・。

 私なぞは、だいたい頭注をたよりに読み進むしかないのですが、それですら、「これこれということか」などと頼りないところがあったりするのです。

 そこで、止む無く巻末の解説を先に読んでしまおうと、いつものくせがでたのですが、「とにかく本文を先に読んでからこれを読んでね」、と真っ先に釘をさされたり・・・。

 しかたなく、何度も読みかえしました。15回読んでもまだよくは解っていません。

 このくだり、昔のひとの何気ない言葉なのだそうです。

 それをインドのひとが哲学にしてしまったのでしょうか。でも、非難しているわけではありません。

 あらすじを追って、一字一句解釈して行くと、道元さんとたいして変わらなくなってしまうので、切り口から変えてみたいと思います。

 つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

画餅

 「わひん」と読むんですね。例によって・・・。

 わー、ひん(変)なのーぉ。などと言っているのはどこのだれだあーぃ。・・・あたしだよっ。

 どうやら、絵に描いた餅は食えねー、というのはここから来たんじゃないかと思うんですが・・・。

 もちろん絵に描いた餅では腹は膨れないという意味もあるのですがね。

 ワヒンなぞとへんな読み方をする人に言わせると、画に描いた餅こそが究極の知恵、なんだとか、これがまた。

 おそれいりましたね、どーも。

 確かにディスカウントショップや電器量販店のチラシを見ているのって結構楽しい。買いもしないのに。

 うーん、でも、しかし、そういうレベルの話じゃ無さそうなんですね、これがまた。

 インドで生まれた禅哲学が、中国や大和の国でわかりやすく解説されて今に至っているようですが、あの、暑い国の人が考えるんですから、そう単純な考えではないようには思うんですね・・・。

 こういっちゃなんなんですが、私も含め、一般人はけっこうお気楽な日本とちがって、お気楽に居るにも哲学が必要なのかなー、と、インドでは・・・。

 たかがテレビ画面で切り取られた情報からそう思うだけですが、なにやら、皆哲学的な顔をしている。ような気がする。

 牛ですら、なんか苦虫をつぶしたような顔で寝そべっているんじゃないかと思えるほどで・・・。

 木陰は涼しいのかも、とかぜーんぶ想像です。

 とにかく、私のような素っ頓狂には理解がむずかしい。

 それで、念仏やらお題目やらの御登場となったのやもしれません。

 しかーし、それでめげるような私ではありません。

 解らないことにぶつかると、俄然ファイトが沸いてきます。

 次回は私なりの「画餅」ということで・・・。

 

 

 

 

 

 

石火の機

 鎌田氏も五輪書の注釈の中で、付記として、沢庵の不動知神妙録のこの言葉を紹介しています。

 まさに、昔の思い出話にも通じるこの言葉ですが、今では本業の珈琲の焙煎に大きく係わっているのです。

 石を打つとその瞬間火花が散る。間も無く打てば答えると言うような場合のことです。間髪を入れず、などともいうのですが、心が一瞬もとどまらない事だというのです。

 単に速いと言うことではなく、心の動き、すなはち気が停滞しないことなのだそうです。

 焙煎の流れの中で、一瞬でも留まる事無く、珈琲豆が焼けて行くわけですが、こちらも気を止めずに見つめます。

 時々止むを得ない事情で焙煎機から離れることがあっても、気は豆に向いているのです。

 何時しか豆と私が一体となり、自分が豆の気持ちになれるのです。

 そこには、かかった時間とか火加減とかを気にも留めなくても自然に手が動き、結果として理想的な時間で焼きあがるのです。

 そして、不思議なことに、豆の変化の一瞬一瞬が止まって見えるようになります。

 野球選手の調子が良いときにはボールが止まって見える、というのを聞いたことがありますが、同じようなことなのではないでしょうか。

 「一刀とは、刀にあらず。敵の機を見るを、一刀と秘するなり。大事の一刀とは、敵のはたらきを見るが、無常極意の一刀なり。敵の機を見るを一刀と心得、はたらきに随って(したがって)打つ太刀と心得べし。」(活人剣下)

 今まで各地に散らばって行った、我が弟子の諸君、君たちは後に、少なくとも十年後には、これが解るであろう素質を見たから入門を許したのである。

 いまだ正式に入門を許されないものは、珈琲とか焙煎とか目先のことは後でなんとかなるのであるから、まず、人間を磨く所から私に付いて来るならそうすればよかろう。

 

 

敵を打つに、ひとつ拍子の打ちの事

 ご存知宮本武蔵の五輪書の一節です。

鎌田茂雄氏の訳によれば、
 
 「敵を打つ拍子に、一拍子の打ちといって、敵と我とが太刀の届くほどの位置をしめて、敵の心がまえができないまえに、自分の身も動かさず、どこにも心をつけず、すばやく一気に打つ拍子がある。敵が太刀を、引こう、はずそう、打とうなどと思う心がおこらぬうちに打つ拍子が、一拍子である。この拍子をよく習得し、間合いをきりつめ、すばやく打つことを鍛錬しなければならぬ。」

 と言うことなのです。

 要するに、一足一刀の間合い(切っ先三寸で競り合う距離)になったら、敵に悟られないようにしながら、敵の気持ちが満つる前に、無心に打ち込め。ということです。

 挫折を知るまでは、無心に打ち込めるのですが、一度通用しなかった経験をすると二の足を踏んでしまうようになります。

 禅で、赤子のような心持で・・・などとするたとえが、無心になれ、というときに使われるのですが、本当の赤子は挫折を知らないからこそ無心でいられるのです。

 それを、挫折を知った後にそういう気持ちになれ、というのですから相当無理なことを言っている訳なんですね。

 しかし、平常心というものを、いつも心がけているうちに、無意識に平常心でいられるときが来る。さすれば、挫折を乗り越えて、無心に打ち込むことが出来るのです。

 

 

種明かしと呵責

 相手の突然の動きからではなく、ある程度の予測の上にたった技ですから、抜き技と出鼻技との混合技とでも言いましょうか、その時あなたには私が一瞬消えたように思えたはずです。

 それもこれも、平常時だからこそ、そうなった訳で、私の実力ではありませんでした。

 それよりも、その後の方がわたしにとって大切な思い出となっています。当にその後の出来事のせいで記憶に残っていると言ってよいでしょう。

 その後に史上初の中学生の都大会が開催されました。当時私の代で杉並区大会5連勝中の我が校は当然のように出場しました。そしてあなたの青葉中も。

 場所も同じ日本武道館。ひさしぶりにあなたのお顔を拝見しました。

 トーナメントであなたのチームとはまず対戦のない組み合わせだったと思います。決勝まで残れば別ですが。

 私をはじめ、わがチームは、いつもは上がるなんていうことを知らないはずの先鋒の小野も含め、みなコチコチに上気していたと思います。まさにその空気に呑まれていたわけです。平素の気持ちを失っていたわけです。

 しかし、自分でいうのも何ですが、2年後輩の我が校のチームがこの大会で優勝していますから、実力的には他校にそう引けはとらなかったと思います。

 コチコチでも二回戦までは普通に勝ち進みました。

 しかし、どうしたことでしょう。区内の大会なら、一回戦が終われば気分も落ち着き、平常心を地で行けるはずが、三回戦になってもコチコチがおさまらなかったのです。そして敗退。

 区内で常勝チームですから、どこかあわよくば、という欲があったのだと思っています。

 その後は最後まで見届けるのも稽古のうちです。

 なんと、よく知っている、練習試合では互角に戦い競り勝ったあなたのチームが決勝に残ったのでしたね。

 そして2勝2敗1分で代表戦になりましたね。

 見ていた人の大半は大将のあなたが出てくると思っていたと思います。しかし、あなたたちの先生と私はあなたでは勝てないと思ったのです。そしてあなた方の先生は副将の石井くんを代表戦に送り出されました。

 私は今でも、これは私の、あの、抜き胴がその時まで尾を引いていたと確信しています。

 あの時の私の姑息な戦いがなければ、当然あなたの、あの鋭い面で代表戦もせずに楽々優勝なさっていたはずです。そして代表戦になったとしても、あなたが出てきて見事な面で優勝したはずです。

 しかし、その時の石井くんの最後まで諦めない粘りは我が恩師も「石井の胴を頭に刻んでおけ」と言われました。

 相手が不完全な引き面のあと旗も上がっていないのに、自信たっぷりの上段に構えたままの残身(心)。

 石井くんは一瞬「あれっ」という間の後、旗があがっていないのを見るや、相手に迫り、大きく振りかぶって、相手の右胴を打ち、引いたのでした。あの、かすれた「どーっ」という息の長い声は今でも忘れません。

 少しの間があって、審判の旗が2本揚がり、少し遅れて3本目もあがりました。その瞬間は観客も含め、皆凍りつきました。想像もしない結末だったのですね。当に石井くんの平常心の、そして執念の勝利でした。

 私にとって、平素の気持ちの大切さを思い知らされた貴重な体験でした。本当にありがとうございました。

  

 

 

 

 

 

甲田くんどうしてますか

 当時吉井先生のお導きで、夏休みと冬休みの各四日間、日本武道館の剣道練成大会という催しに欠かさず参加させていただいていました。

 主に、柔道で言う乱取りのようなかたちで普段出会うことのない相手と稽古が出来るのです。

 最後には、他校の先生が審判に付いてくださり、五人制団体戦の言わば練習試合が行われるのです。

 たまたま組んだ相手が青葉中でした。後でわかったのですが、当時の有名な強豪校です。

 その時に大将どうしで当たったのが甲田くん、あなたでした。

 その前からあなたはとても目に付く人でした。比較的遠い間合いから一気に繰り出す面は鋭く、乱取りの時に実際に手合わせをしてみても、それまでに経験したことの無い距離からの速い面でした。

 実は、利き腕の肘にコンプレックスのある私は近間では劣勢になるため、あなたと同じ遠間からの面を得意技にしていました。この選手、俺と同じタイプだとピンと来たのです。

 言ってみれば、一瞬の隙をついて一撃離脱する戦法ですから、余程自信が無ければ、相手の抜き技や出鼻技を警戒して思い切り行けないものです。

 自慢話は昔からご法度ですから、ここは胸が痛みますが、行き掛かり上話が続きませんし、最後まで聞いていただければ自慢ではないことも解っていただけると思いますから続けます。

 あなたとの練習でも一瞬の違いで速かったり遅かったりで、お互い少しでも相手よりも速く、と熱くなったのを覚えています。

 その後、自分が休んでいる時にはあなたを目で追っていたのです。それで気がついたことがありました。

 その後、実際に試合で対戦するとは夢にも思っていなかったのですが、アドレナリンがグーンと出て、オーラが射すと、必ずその遠間からの面が繰り出されるのが判りました。

 そして試合になりました。自分の出番のまえに四人いますから、二人目が終わるくらいまでは面もつけずに見ています。

 相手がかつて知っているあなたですから、考える事と時間がありました。

 いつもの自分のペースでは相打ちとなります。しかし、あなたが必ず面を打って来るときが判ってしまいましたから、考えたのです。

 普通の遅い面であれば、あまり気は進まないところの出鼻の籠手で十分対応可能なのですが、あなたの面にはその隙がありませんでした。

 そこで、それまで一度も試合で使ったことの無い抜胴で行ってみようと思ったのです。

 この技、剣道をたしなんだことのある方ならご存知だと思いますが、ほとんど決まることの無い技で、チャンバラ映画のようにすっぱりと行くことはまずありません。

 抜き技そのものが、相手の初動を待ってから、ということがほとんどですから、当然面を打ちに行くときには相手の動作、特に抜き技に遷る動作には十分警戒しているからです。

 当然、そんな動きが少しでも見えればすぐに面打ちの動作を止め、自分の胴を隠します。

 しかし、ここは必ず面が来るのですから決まるはずです。

 抜き技というのは、相手が狙って来たポイントをわずかにずらして空振り状態を作ると同時にこちらの切っ先を相手のポイントに向けるのです。

 抜き胴の場合、真横に移動すればはずせるような気がしますが、それではタイミング的に遅く、あくまで右斜め前に移動しながら相手の胴を抜く必要があります。それでなければ気が付かれてしまいます。

 まぁ、私のような素人には、練習の時のように相手が必ず面に来る場合に限り、こちらも思い切って、面をがら空きにしてまで、胴を狙っていけると言う訳です。

 すこし長くなってしまいました。続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決算が終わりました

 実に爽快です。最も不得意とする分野が一段落したのですから。そりゃー、もう。

 それにしても、いつの間にか月日はたち・・・。前回はどんなこと書いてたのかな、と見返して・・・。

 うーむ、いつもながら身の程を知らん奴でどーも。と言うのでしょうか、こーゆーの。

 知らぬついでに続けます。

 不動心などと堅苦しい。では「平素の心」ではどうか。

 この言葉、私の人生で初めて聴いたのは、やはり中学3年生の時でした。

 剣道の試合前に、わが恩師がさらに師と仰ぐ吉井先生がお見えになり、「平素の気持ちでやりなさい」と一言おっしゃって下さいました。

 ふざけたもので、もちろん私のことですが、「へいそ」と聞いてふざけ笑いの壷にはまりました。もう、こらえるのに必死。

 へ、は言わずともがな。そ、は水素、酸素の素、言わばガスのイメージ。そして、においの素などの「素」。

 聞いたこともなかった、知らない言葉だったとは言え、真剣にアドバイスをして下さっているのに、まあなんと・・・。

 その後は気をつけていると、戦前生まれの人の文章には時々出てきたので、今はもう大丈夫ですが・・・。

 横道にそれました。

 で、この吉井先生。日本武道館の館長をなさっていたほどの方で、本来ならば私ごときが気安くお言葉を頂けるような方ではないのです。

 ところがこの方、私が一番見て覚えたと言うのでしょうか、影響を受けた二年上の吉井先輩のお父様だったのです。この先輩が吉井先生の末の息子さんだと知ったのは後のことです。

 この吉井先生、ご縁が有りまして、そのまたずーっと後年。高校の友人の結婚式にご参列なさっていたのでした。これも蛇足です。

 なにか個人的なことになってつまらないですよね。わかってるんですが、少しは昔のことを思い出すこと、お許しいただいて・・・、たまには、まぁ語らせてください。

 で、まじめに「平素の心」です。

 何事にも捉われることなく、自在に行動出来るということは、すなわち、平素の気持ちでなければかないません。

 やはり、これも平常心であると言う事に他なりません。

 個人的なことも交え、いろいろとお話ししたいことが出てきていますので、お許しを頂きながら、次回へと続きます。

 では又。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平常心と不動心

 平常心と冷静なことと違うとは思ったのですが、それでは不動心ならどうか・・・。という話です。

 昔、十代の頃、沢庵禅師の不動智神妙録を手に入れ、得意になっていた頃がありました。

 当時は不動心という言葉に心を引かれ、なんとかその境地に達したいものじゃ。と力んでおりました。

 まぁ、今でもたいして変わっとらん。と言えば言えるのですが、当時はまだ、お話にならないほど未熟で、未経験で、今から思えばよくあれで周りが許してくれたものだと思います。

 そうですねー、解りやすく言うと、周りに動かされない自分を保つことだ、くらいのつもりだったのです。

 これって環境を無視して一人閉じこもっている、ということにもなりかねないわけです。

 それが、自分の二本足で世間を渡るようになってみると、そんなことを思っている暇も無かったのでした。

 もう、心はうごきっぱなし。自分を見失うなんて朝飯前。

 貪欲にも走り、ただのがむしゃらな餓鬼。

 しかし、でもですねー。不動心に対するあこがれは、心のどこかにずーっと持ち続けていました。

 それが、品性とかプライドとかの何かがその辺にありそうな気がするのと同時に、心の支えになっていたような気がします。

 そして、手前勝手に貪欲になっている時はそこから遠くはなれ、正直や思いやりの心で居るときは近付くような気がしたものです。

 つまり、信念を持って生きているような気がしてくるのです。

 大げさに言えば、生きがいを持てる・・・。

 それから、ん十年、昔の人の知恵に素直に耳を傾けるようになって、それが、すこしは不動のものになってきたような気がしています。

 そして、求めていたものが、つまり不動心というものが、いつも自在に動く、そして形もなく、自在な働きをすることの出来る、平常心だったのだと、ここに行き着いたのでした。

 平常心「びょうじょうしん」。

 ずーっと「へいじょうしん」と読んでいました。

 禅では呉読みで、あたしゃ誤読み、桜暦もそろそろ終わり、どうして呉りゃりょか、平常心、平常心・・・。

 

 

 

 

 

 

 

まーそんなこと考えているとですねー

 いくら自分を守っているつもりでも、実は隙だらけというわけでして。もう、四方八方がら空き。他人が手を下さずとも、自滅して行くだけ。

 攻撃は最大の防御なり。なんてことも言われておりますけど。なにも攻撃することも無いし・・・。

 一見無防備に見える、丸腰の自然体というのが一番安全なのかもしれません。

 こいつは危害を加えそうにない。などと、相手が勝手に思ってくれる。

 結局のところ、裸で川の流れに身を任せている様な感じのときが一番隙が無いってなものなのでしょうね。

 そんな時にも、平常心で居るということが大切なのです。

 これって、冷静でいるのとはちと違うのですよね。

 最近のことで、記憶に新しいのですが、皆さん冷静に買いだめに走っておられたご様子で・・・。

自分に都合よく何でも考えてしまう事と、ネガティヴな思考法の罠

 何でもというと広すぎますが、まずは用心深い事がネガティヴな思考法から来ると考えたらどうでしょう。

 やはり、人は皆自分がかわいい。それで失敗したくない。下手に動いて叱られるより、じっとしてようか。とか。

 つまり、この場合、用心深いと言うことは、自分を守ることであり、自分が一番安泰な選択をしていると思っている訳です。

 究極のところ、自分に都合よく考えているのだと。

 怪しげな投資話が来たら、まず否定するもので、「んな訳ゃねー。世の中楽して儲かる話なんてあるわけねー。」と思うのが一般的なパターンです。

 しかし、非科学的な理屈で否定しながら、なんとなく自分は用心深いから絶対だまされない。と信じ込んでいるだけではないでしょうか。

 他の人は知りませんが、少なくとも私はそうです。

 すでに、前回お話したように、止まっている自分、過去の自分がその投資話を否定し、だまされないぞと思い込んでいるだけなのです。

 ここで仮に、禅で否定される、無用な富と暇があったとします。

 せっかく過去の自分が否定したのに、今の自分が怠惰に過ごしているという理由だけで、その美味しい話に乗ってしまうのです。

 そう、今の自分は特別な選ばれた人間のように思えてくるのです。

 まず、お金持ちにしかこんな話は来ないのだと。持っている金額でなんとかなりそうなくらいなら、それなりにお金持ちなわけで・・・。

 そして、聞くとみんなが儲かる話ではなく、目先の利く特別の「あなた」だからこんな話が持ち込まれたのです。というふれこみで。

 危ないですねー。

 用心深いはずが・・・、自分に都合よく考えるようなお人良しなんかではないはずが・・・。

 そうです。否定形のときはネガティヴな思考法も、結果として確かに自分を守ることになるのです。

 でも、一度暴走しはじめると、歯止めが効かなくなります。

 そうです。ネガティヴは実は自分に都合がよかったのでした。

 つまり、お人良し的「自分の都合良さ」では無くとも、知らず知らずに自分に都合よく考えるようになっていたことに違いは無いのです。

 つまり、これが、貪欲というものを否定してきたはずが、まんまとその罠にはまってしまう、そのからくりです。

 どうも、経験不足の者が頭で考えても説得力は無いようなので、この辺にしておきます。

 恋愛なんかにもけっこうあてはまるような気はするのですがね。結婚詐欺とか・・・。

 経験者募集中。

 

 

 

 

 

 

も・もうぞう

 妄想と書いて「もうぞう」と読むと、間違った考えの事。最初の「も」は「莫れ」。

 禅で「莫妄想」といえば、常にそうあってはならない、不文律のようなものらしい。

 心の働きを放棄しろという・・・。

 まぁ、つまんねー事考えてねーで、只今この時を一所懸命生きやがれ。ということなのでしょうか。

 大拙さんの著書の中にもよく出てきた言葉です。正法眼蔵を読み進むにつれ、大拙さんがこれの中身をいかに易しく、丁寧に指導してくださっていたのかが分って来ました。

 あー、大拙さんを読んでおいて良かったー。と。

 まー、少なくとも昔の禅の先達たちの名前や考え方に、解らないながらも、知らないうちに親しませてくださっていたのだと思えて来ます。

 実は、私、ずーっと「もうそう」と読んでいたのです。まさかの「もうぞう」でした。

 禅の世界では、漢字を呉読みにするのだそうで、平常心も「びょうじょうしん」などと、まあなんともはや・・・。

 ちなみに、6月に書いた柔軟心も「にゅうなんしん」。清浄も「しょうじょう」。など。

 まー、なんです、この妄想まで行かなくても、心がネガティヴになる時って、これに近いかもしれないですねー。

 こうしたらまずいんじゃないか。とか、あーしたら怒られちゃうかな・・・とか、なにか行動を起こす前に、最悪の結果ばかり考えて、結局なにもしない。いや、出来ない。

 でも、どーせ何かしら行動しなければ、生きて行けないのですよね。

 パンッパパパパ、パンッパパパパ、人ーん生楽ありゃ苦ーもあーるさー。パンッパパパパ。

 それなら、マイナス面はさて置き、兎に角、さーぁ歩けー、パンッパパパパ。くじけりゃ誰かがさーきにゆくー。っと。

 まぁ、どっちが先でも後でもいいんですけどね。

 当然考えながら行動して行く時に初めて解って来るのであって、行動する前にはいくら考えてもなにも解らない。

 自分を客観的に観て行動することは非常に大事なことなのですが、行動する前か、行動しながらか、には随分な違いがあるのです。

 止まっている自分をどんなに客観的に観ようったって、そこに居る自分というのはそれまでの自分で、心配な、これから先に居るであろう自分ではないのです。

 い、犬も歩けば棒にあたるー。毎度のことですが、いろはかるたのいの一番にあるこの言葉。深いですねー。

 でも何で、よりによって棒なんだろう・・・。最近の犬には失礼かもなー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

貧乏

 この言葉を聴くと法華経の五百弟子受記品第八を思い出します。

 そもそもが、お経というと何やら難しいものという気がしていましたが、正法眼蔵のなかで、道元さんも言っているように、難しく考える事自体が間違っているのですね。

 大体からして、たとえ話で出来ているものが多いんですから、難しいことないのです。

 ただ、その解釈のしかたが問題で、やさしいと思われるもの程奥が深い。

 応用力というやつですね。

 現実に出会う様々な問題に対し、丸暗記しているだけでは役に立たない。

 なんか、偏差値の高い大学の受験勉強にも似ています。特に理系と言われる方面の。

 大学受験といえば、私の時代には、旺文社のラジオ大学受験講座というのがあって、夜11時ころから聞いたものです。

 その中でも、物理の竹内先生、数学の勝浦先生と寺田先生、このお三方の講義はわかり易く、欠かさず聞いたものでした。タンタッタッタンタッターン、タンッタッタッタッタッターン・・・・

 そして、寺田先生には、基本を、与えられた問題に対しどう使うのか、ということをくどいほど教えていただきました。この問題には、自分の持っているツールのあれか、これか、それか、大体三つの基本的解決法のどれかがあてはまるのだ、と。

 話は横道にそれてしまいましたが、お経の解釈も、だいたい三種類くらい持っていると、現実問題に、あれか、これか、それか、なのです。

 冒頭の法華経については、そのような見地から、三人の方の解説書を参考にさせていただいています。

 それぞれ違うのですよね。同じお経を読んでも・・・。立場やら宗派やらいろんなことで・・・。

 つまり、応用のしかたが違う。

 もっと言えば、受験などという範囲のごく限られたものと違い、人間はすべての人がそれぞれ問題を抱えて生きている訳ですから、解釈は人間の数だけあっても不思議ではないのです。

 一つだけではとてもとても・・・。

 で、貧乏でした。

 そもそもが、典型的な比較だけで成り立っている、というか、幻想だけで成り立っている言葉ですよね。

 実体が無い。

 日本において、比較的貧乏でも、ある国に行けば、お金持ちクラスだったり・・・。

 自分が貧乏だと思っていても、実はものすごい財産が服の襟に縫い付けてあるのに気づかないだけであったりするわけです。

 問題は物質的貧乏より、心の貧しさの方なんですね。

 

 

 

 

去年の6月に書いています

 例の「一字不説」というやつ。

 道元が中国から帰って来て「柔軟心を学んできた」と一言言ったきりであったという、あれ。

 その道元さん、随分と理屈っぽい正法眼蔵なる書物を残してくださっています。そのほかにも著書多数。

 一字不説とか、不立文字とか言いながらけっこうな分量。

 でも読みはじめると、よくあるお経の解説書、といった趣。

 後世に、鈴木大拙師が禅の解説書を多数書いたのとどこか似ている。

 鎌倉時代であれば、もっと差し迫った状況だったに違いない。

 所謂、末法の世に、なんとかしなくては・・・。と。

 んで、やはり、ありがたいお経が一番じゃ。と。かどうかは聞いてみたわけではないので想像ですが。

 で、その中身は、と言えば、まぁそれが肝心。

 一言でいえば、竜樹が完成させた空思想、すなはち般若心経の解説です。

 やはり、禅の考え方の根本を手短にまとめてある訳ですから当然といえば当然。

 しかし、手短過ぎてどうにも解ったような解らんような・・・。

 道元さんには解っても、どう伝えればいいか。はじめは言葉にすると誤解されるのが落ち。ということで、解説しないことにした。そういえば釈迦もそうだった。

 理屈はいらんから、とにかく般若波羅蜜じゃ。と。

 しかし、それでは仏教界で巾がきかない。というより、お上に対して留学してきた証がたたない。

 政治が絡んでくると、ろくでも無いことになるのは今日でも同じ。

 そんな気持ちでこんな七面倒くさい本書いてたのかな、と思うと涙が出てくる。

 観念的に解っても、解っていなくても、実際に、本当に得心がいく時って、考えてみれば、空だの海だの陸だのってこと知ってても知らなくても、納得するかしないかっていうだけの話なのでしょうね。

 だからかどうか、空だのなんだのいってねーで納得しやがれ、というのがわかんねーやつに、有無を言わさず修行しやがれということになる。

 なんか二重にわかんない話になってしまいましたが、まず諦めるときに「南無阿弥陀仏」、諦めたうえで、というか諦めながら、元気を出そうと言う時に「南無妙法蓮華経」、もうにっちもさっちもいかなくなったら「アッラーの神の思し召し」ということで・・・。

 とにかく、その場に及んだら、どんな理屈も通用しない、納得するしかないのですよね。

 ほんと、自分のなちゃけなさに、ほとほと感心してしまいます。なかなか納得しない、わ・た・し。

 

 

 

 

 

 

 

 

南無阿弥陀仏

 と唱えると、といっても声には出さないのですがね。なんか心が落ち着かないときに有効な感じがする。

 自分ではどうにもならない時、まぁだいたいは自分にとって、勝手にストレスを感じてしまうような時。

 対人関係にしたって、そんな時は、だいたい一人相撲をとって、手前勝手に事を運ぼうなんて魂胆の時なんですがね。

 諦めがつく。ような気がする。

 一方、こんな事でめげていてはならぬ、という気分の時は南無妙法蓮華経(日蓮)とか南無遍照金剛(空海のこと)とか。はたまたアッラーの神の思し召しであーる。とかがちょっとはアドレナリンが出るような気もする。

 まー、そもそもが、その筋の人が聞いたら怒っちゃうような話なんですがね。

 しかしながら、けっして茶化している訳ではなく、大真面目なんですね。だからこそ怒っちゃうってのも解らないわけでもないんですけどね。

 まー、いいとこ取りしようって腹の中が気にいらねー。ということなのかもなー。

 実は、このいいとこ取り、私に始まったことでは無いのです。

 敬愛する梅岩先生も、まぁ私のような目先のことでガタガタやっている者とはレベルが違うんですが、その、まぁ、いいとこ取りといえば言えないこともないわけでぇー。っと。

 とにかく、一つに偏らない。あくまで自分の考えを構築するうえで、偏りが無いように過去のいろいろな考え方を参考にする。

 昔の人の教えの中にも、どんなに良いことでもそれに執着すれば悪である。ってのがあることからすれば、あながちこのいいとこ取りも悪いとばかりは言えないなー。

 などと自己弁護しながら恥をさらす毎日です。

 

うーん

 どう考えても「真理など無い」というのが真理らしい。ん、あれ、なんか変だな。

 ここん所随分とまた昔の人の書き残してくれたものの中に引きこもっていたんですがね。

 まぁそんな事言っちゃうと、真理なんか無いんだから何をやっちゃっても良いんだべか、というふうにしか考えない人も出てくるかもしれないので一応真理という絶対的なものが有ると言っておかないと・・・・・。

 権威主義ってやつですかね。唯一の、権威主義の、まぁ利点とでも言ったらよいのでしょうか。使い道とでも・・・。

 あー、あの親鸞の、悪人こそ成仏するというあれに似ていますか。そんなら悪いことしちゃうべー、と。

 歎異抄で唯円が力説しているところでもあるのですね。

 仏には仏は要らないのだと。あくまで仏には、ということで。

 仏は仏であって善人とは違うのですよね。つまり、善人と言ったって、仏から観たら善人ぶっているだけ・・・。

 人間、皆、仏とはほど遠いからこそ救われたいと思うのだと考えて良さそうです。

 架空の絶対的なものを持ち出して、権威となす。

 この作業のところが似非と本物の分かれ道なのかもしれません。うまいことしないと大変なことになる。

 悪事から離れられない悲しみを背負っている悪人。善事を頼みにする所謂善人。どちらが切実に救われたいと思っているのかというと。えーとー。と言う感じ。

 

 

 

 

 

 

 

いやーなんか久しぶりだなー

 えーと、だいぶ前になりますが、お願いしているサーバーにトラブルがあったとかで、暫くお休みしていました。

 最初は今までのデータも全部消えてしまっているかも。との事でしたが、それも無事だったようです。

 たいした事書いてはいないので、そうなったらそうなったで、そうなったでしょう。

 それにしてもですねー、なんかお腹がすき過ぎて空腹感が無くなってしまったときのような感じです。

 この間、いろいろなことが頭の中を去来していたという記憶だけがあります。

 何を考えていたかまでは思い出せません。

 まーその為に、思いついたらそのつどパソコンに記録しているのですがね。

 そんなことですので、またうっかり開いてしまったらお付き合い下さい。

 徐々にエンジンかけます。

 

 

有難うございます

 今年も淡々と明け、いつものように暮らして行けること、皆様に感謝いたします。

 新年から道元に歎異抄に内山節に・・・もう頭の中ごちゃごちゃで・・・なんか秋からの鼻炎のせいもあり、不愉快な面をお見せしているのではないかと・・・むりやり作り笑顔をしてみたり・・・鼻毛が出ているのがやけに気になったり・・・。

 そんな折、松原泰道師と五木寛之氏の対談を読み、少しは頭の中が整理されて来た様な気分です。あくまで気分ということで。

 歎異抄は前半、それも数ページで挫折していた所に、泰道師と五木氏が「後半が面白い」と言っておられ、あぁそうだったのか、と取り急ぎひっくり返したのでした。

 ごちゃごちゃして来ると、以前なら、それ気分転換とばかりに外へ飛び出して行ったものですが、最近では、落ち着いて、瞑想の真似事などするのです。

 頭のよい人ならいざ知らず、私なぞは理屈を追っかけていると、どーにもストレスがたまります。

 で、不純な動機から「只管打坐」じゃ。ということに・・・。

 そんなことしているうちに、まぁいつもそこに行き着くことが多いのですが、物心ついたときより元来もちあわせているものかどうか、自分の信仰心、というような所に漂着します。

 なんか逃げたくなるような気分の時ほどそこへ・・・。どうにも逃げ切れない。

 この信仰心、以前にもお話をしたかどうかも忘れましたが、私は宗教と信仰心を分けて考えているのです。

 信仰心の対象が宗教に向かわない特異体質とでもいいましょうか・・・そのー・・・。

 内山氏はそれを「祈り」と表現なさいます。「自然に帰りたいという祈り」「自分の自然性を回復したいという祈り」と。

 あぁ、祈りだったのかー。

 では、今年もよろしくお願いいたします。

 

いろいろお世話になりまして

 もう、勝手放題に書いているものを読んでくださった方、真に申し訳ないやら有りがたいやらで・・・。

 考えもまとまらず、今年も中途半端のまま来年を迎えます。

 きっと、ずうーっとこんな感じで行くのでしょうか。

 なにを思っても、何を書いても、実は普段の生活にはなんにも役にたっていないような気もするし・・・。

 そこの所をお汲み取り願いながら、来年もよろしくお願いいたします。

 そしてお正月は7日より営業いたします。

 

私に言わせると

 仏教もキリスト教も新興宗教です。たかだか二千年と少し前に実在した人物の存在が発端で、その没後に教団が形成されたわけです。

 もともとさらにその昔のひとの考えを集大成して時代に合うようにアレンジしたり、解りやすく例え話を工夫したりしたのだと思っているのですが、もちろん自分でも随分と深く考えたものもあって、それをさらに後の人が、さもすごいかのように見せるために、いろんな儀式やら教義やらをさらにアレンジし・・・。

 で、もちろん善意なのですが、なぜそんな事をしなきゃならなかったのかというと、当時の狭い範囲の社会状況がそうさせたのだと考えます。

 狭い範囲で正ピ同士の戦いが当たり前の時代、人権など思いもつかない時代、正ピに対し、人間性を取り戻そうとしていたのです。

すなわち、逆ピの考え方で一個人を救済しようとしたわけです。

 でも、それも少し経つと教団ができ、正ピの組織ができあがってしまう。

 そうして堕落してゆく。

 だいたい集団をつくって安心を得ようという発想からは個人を救済することは出来ないのです。

 後、それに気づいて最初のポリシーを取り戻そうとした人たち(鎌倉仏教の祖師たちのように)、も沢山いたのですがそのつど又没後に同じことがおこってしまう。

 いつまでたっても、だめなわたーしねー。

やはり石田梅岩先生におすがりするしかないのか

 兎に角、逆ピの中に身を置く以上、自分だけ悟ったような顔をしていてもしょうがないんですよね。

 で、もう少し何か足がかりがほしいので、梅岩先生についてみようと思っています。

逆ピついでに

 話を少し大きくします。

 なぜ民族というものが存在するのでしょうか。

 逆ピ理論によれば、遡っていけばみなどこかで繋がっているはずです。

 岸田理論の分析によれば個人の所属する最小単位は家族であって、その延長として民族があり、これがかなり主観的ではあるものの、個人のアイデンティティをささえるのだ。ということになります。

 そして、その欠点として、自民族が他民族と異なることを求め、さらには自が他より優れていることを求めるため、お互い差別と排撃を生み、強い方が弱い方を支配することになると・・・。

 さらには、この民族としてのアイデンティティの根拠は、始祖や創造神という絶対的存在の形をとる神話的存在であると・・・。

 まぁ、本能が壊れているので、そう考えるしか自分の立ち位置を説明できないということか・・・。

 ここで私の出番です。

 そう、逆ピから。

 まだ日本人とも思っていなかった江戸時代末期の人々のアイデンティティをゆるがした黒船が来て、明治になり、前にもお話した朝廷と幕府のペアで絶妙のバランスをとっていた仕組みがくずれたのでした。

 ここで、アメリカにおけるアイデンティティを考えると、バックボーンにキリスト教があり、その上に立って民主主義がある。

 対比してみると逆ピと正ピが反対なんです。日本のアイデンティティが朝廷にあり、これは逆ピと思えるのです。幕府は正ピ。

 一方、キリスト教がそのつど支配者に利用されてきたという歴史が本当であるならば、そしてルター以降資本主義が公認されてから、これがバックボーンであるならば、これは正ピであり、言うまでもなく、民主主義が逆ピです。

 もちろん絶対主義の時代の日本とは単純には比べられないですから、次に戦後の日本を考えてみます。

 どうやらこの辺が最近の日本人のアイデンティティがふらついている根源らしいので少し。

 日本が戦争に負け、アメリカ式がすべてで来たのだと思うと何かが違う。

 そうです。

 逆ピの民主主義は根付いたように思えたのですが、バランスをとる重しとしてのキリスト教が根付かなかったのです。

 神話としての、そして象徴としての天皇制と民主主義、双方とも逆ピとあいなってしまったのでした。

 では、明治になってからどうだったかといえば、幕府無き後の正ピの代わりに天皇制を持ってきて、さらに正ピの軍部が後ろだてになり、逆ピが無くなってしまったのでした。

 その挙句の、逆ピだけ。

 それで、まだ20世紀形の思考から抜け出ていないこの山河に暮らす人々は、アイデンティティを失ったかのように精神的に脆弱になったように見えるのです。

 21世紀後半の新日本人は、逆ピの考えかたをよりどころとすればよいのです。

 狭い民族の切った張ったを繰り返していたのではだめです。

 20世紀には、それが原因で悲惨な戦争をしてきた愚かな人類ですが、ここに、逆ピの、先祖を遡れば皆重なり合うのだという考え方を信仰の対象にし、そこにアイデンティティを置けばよいのです。

 つまり、発想を逆転し、本来逆ピである民主主義とグローバリズムを信仰するのです。

 新しい神の出現です。

 まさに日蓮の頭の中はそんなことだったのではないかと想像することがあります。

 さらに、今、新興宗教に信仰の場を求める若い人が見られるのも同じ理由からではないかとも思ったりします。

 ただし、私が新興宗教と一線を画するのは、信仰の対象となるべき民主主義というものがきわめて信仰に値しない不完全なものであるからです。

 再三の、あの人間の性というものを、私には克服できないからです。

 あー、どうすれば良いのだろう。

 

 

逆ピと普通のピラミッド形の関係

 以前に天皇制と幕府の両立はバランスがとれていたといいました。

 逆ピと正ピは相補完します。

 基本的に、人間の尊厳は逆ピによってでしか成り立ちません。

 しかし、ある目的を遂行するときには、例えば軍隊や警察や消防など、制服のある組織やお役所など、ピラミッド形でなければ機能しないものがあります。

 これらは、限定的な目的のためのものです。

 社会の究極の目的のためのサポートの役目をしているわけです。

 あ、今日はですます調ですね。なんかかんか言っても気分優先です。

 ここで解りやすい例を挙げます。

 一見特殊ですが、じつはそうではありません。

 船の中の組織です。

 船長は絶対的な権力を持ち、皆従わねばなりません。そのもとに航海士がいて、機関士がいて、通信士がいて・・・という具合です。

 誰よりも経験豊富で頼れる人が船長です。

 もし、昔見た海賊映画のように反乱がおき、代わりに指揮をとるものがいても船長よりもうまく出来ることはありません。

 もし出来るなら、その人が最初から船長であったはずだからです。

 まー、たちまち難破してしまうのが落ちなのです。少なくとも海賊映画では。

 ここまではある目的、つまり乗客や貨物を安全に目的地まで運ぶという目的のためですから、ピラミッド形の組織が良いのです。

 ここからです。逆ピの出番は。

 船が沈んでしまいそうなときです。
 
 客をまずボートに乗せ、次に乗組員が、そして船長は最後まで船に残ります。

 お解りかと思います。

 小さな目的などどうでも良くなってしまうような非常時にはやはり人命が第一で、責任者は最後まで責任を負うのです。

 これが逆ピの真髄です。

 実は、この社会、よく日本丸という船に例えられるのもうなずけるところです。

 ピラミッド形の限定的な部署で権力があるからといって、もし偉そうにしているならば、本当の馬鹿と言わざるを得ません。船長の資格なしです。

 逆に、ある目的のために作られた組織の下の方で日々もがいていても、決して悲観してはならないのです。

 与えられた義務を果たして行けば、目的地に安全につけるのですから。

 でも、無能な船長の船に乗ったら悲劇ですね。

 真っ先に船長が逃げ出したりして・・・。

 

 

 

まー到底無理な話

 なのですね。

 しかし、社会から様々な恩恵を被っている以上、厭世的になっているだけじゃだめなのですね。

 しかしのまたしかし、社会の恩恵を声高に言うのを聞いていると、なにやら胡散臭さも感じたりすることもあるのですね。

 何時しか、自分のためであった社会が自分を苦しめる存在になっていたり・・・。

 人は置かれた状況や、その時々に同じものが違ってみえたりするのですよね。

 ただ、いつも忘れてはいけないのは自分たちが主役で、社会は便宜上出来上がったものだということです。

 この主役という言葉は重いのです。

 まー、理想的な自治は無理としても、あくまで傍観者ではだめなんです。

 といっても完全な傍観者で居るということはありえないのですがね。

 なんか、この、青春のころ理想に燃えておっかけた自治に対する考え方って、なによりも、自分というものが解って来るにつけ無理も無理、とわかってくるのですよね。

 なんと言いますか、人間の性というのでしょうか。

 でもですねー、だめだから、じゃー、人を蹴落としてでも競争に勝って行かなきゃ損しちゃうのかっていうと決してそうじゃないと思うのです。

 言ってみれば、理想の共産主義がだめだから弱肉強食の資本主義世界でなりふり構わず勝ち残ればよいのだ、というのに似ています。

 そこには自ずと倫理があり、その、「自ず」に逆らえば、一見お金儲けしたつもりでも、つまり得したつもりでも、人間にとって一番大切な何かを失うのです。

 その何かを教えて下さっているのが再三ご登場願う石田梅岩先生です。

 素敵な先達に恵まれているのに、その何かを失い続けてきた、戦後65年間の日本ではなかったでしょうか。

 

 

 

自治

 21世紀後半を救うのは我々です。

 私が中坊の2年生の時、自治という言葉を重く捉えていました。

 自治委員長なるお役目を頂戴していたからかもしれません。

 が、しかーし。それなるが故に、この「自治」なるもの、とても無理、と当時は思ったのでした。

 はかない理想か、はたまた夢か。

 現実は甘いものではないことを散々思い知らされたのでした。

 それからと云うもの、いっちょまえに厭世的になり、先輩がたの学生運動などを見るにつけ、さらにそれに拍車がかかり・・・。といった青春時代でした。

 かれこれ40年経って今、地球の危機に直面しており、当時とは危機感の切迫度が全然違うわけです。

 老い先ももう指折り数えられる年齢になり、今また当時の血が騒ぎ出しているのかもしれません。

 その挙句が「逆ピ」に現れているのでしょうか

 この日本の現状をどう捉えるか。この貪りと身勝手さ。

 やはり、教育の力で、一番上にいる底辺の我々のど根性を入れなおし、自治をなしとげねば、地球の未来は無い。

 早い話が空き缶を拾っても拾ってもまた捨てるやつが居る、なんてことは、「ごんべが種まきゃカラスがほじくる」とおんなじで、カラスレベルだということ。いや、カラスのほうが賢いと言わざるをえない。

 結果、国家権力の出番となり、息苦しい世の中となるのは間違いない。

 自治というものに対する考えを深めていかねば、21世紀はもっと暗いものになって行くだろう。

 

 

一番下に居るリーダー

 将トハ、智、信、仁、勇、厳ナリ。

 これらが備わるには、まず自分に厳しくなければならない。

 かつての経団連の会長をされた土光さんの食事風景をテレビで紹介していたのを拝見した時に、たいそう感銘を受けことを覚えている。

 随分時が経っているので正確ではないが、昼食に目刺しに味噌汁、ご飯、それだけ。それも毎日だとうかがった。

 経済界のリーダー、つまり一国の将である。

 まさに、一番下から国民を支えていたといっても良い。

 貪らず、精進をし、仕事には厳しく勇敢であり、皆から信頼される。

 人柄はいたって温厚で知恵者である。

 さあ、我こそはと言う者はいないか。

 

 

倹約5

 まー、長くなるとまずいので手短に。

 とにかく理屈っぽいのは嫌いです。・・と言いながら理屈っぽい、わ・た・し。

 今回の逆ピラミッドでは上の底辺に居る大勢だけが民草ではありません。

 一番下の、実は有能な人も民草でなければなりません。

 従来のピラミッド形ではこの人が民草ではなかったところが問題なのです。そして、その中間の層にいる人たちのつまらんエリート意識がもっと問題なのですね。自分は君たちとは違うのよ、などという下卑た考えが。

 幸い私の店に来られるこの国を支えて下さっている方たちにはそんな下卑た人はいらっしゃらないので、気持ちよく日々を送らせていただいています。

 そうじゃない人はお断りで、きっと顔に出るので自然にこられなくなるのかも・・・。

 まぁ端的に言えば、上から下までみんなで愛を持って倹約しましょう。ということか。

 この愛情について説明しようとして、前回理屈のど壷にはまりそうになった訳ですが、これからかなり遠回りしながら徐々に核心にせまって行きたいと思っています。

 だって、孫氏の兵法まで頭に浮かんできて取り留めもなくなっちゃっいそうだったのですから。

 

 

 

倹約4

 天皇制のことにも触れかねないのですが、基本的に政治と宗教には無頓着です。

 言いたいことはそこにはありません。

 天皇がありながら幕府があってというむちゃくちゃな形でバランスをとっていたのですかね。

 そこで本題に戻ります。

 想像してください。さかさピラミッド形を。

 上のほうに大勢の民草が居ます。

 今までの、資本主義にしろ専制君主制にしろ、はたまた共産主義にしろ、常識として支配者とかリーダーとかは正ピラミッドの頂点にいたのです。

 事実、民草の多くは、ある意味支配されたがっていた、という一面が見え隠れします。民主主義の下にあってもですね。

 しかし、これからはそうしてはいられません。本当の民主主義を目指さねばならないのです。

 考えてみてください、いままでずっと頂点にいたのはたった一人だけなんです。すこしくらい贅沢をしたって、不必要な蓄財、つまり貪ることをしなければ、たいしたことはなかったのです。

 まぁ、だからといって、それで良いということにはならないんですがね。

 それを大勢でやろうってのは、少々無理ってもんかもしれませんね。

 地球規模で考えたら、絶対的に食料不足な訳だし。

 しかしながら、足りない中で分け合って行かねば、力の強い、或いは知恵が発達した、というようなところに偏ってしまう。

 これを、共産主義は無理やり分けっこしようとしたけど、そこに愛情という大事なスパイスを効かせるのを忘れていた。

 自分の仕事に愛情があれば、生産が滞ることはなかったはずなんですね。

 要は時間とかお金とかじゃ無いんです。

 そんなこと言ったって現実には犯罪まで犯して足を引っ張るやつがいたり、自分だけ抜け駆けしようなんてのが居たり、無理だよなー。と思うでしょ。

 うーむ。いやいや、まーだまだ愛情が足りんな。貪欲が許されるのは愛情に限ってだな。貪欲な愛情といっても男女の仲のことではないぞな。

 そもそもが自己愛の強い、本能の壊れちまった人間の集まりなのだから、無理と思って当然です。

 ほなら、どうせ壊れていると居直るならですねー、とことん壊してですねー、もー都合の良いとこだけ壊してないでですねー、自己愛にとって都合の悪いところもどんどん壊してですねー、とにかく愛情を育てる。

        少し休憩

 少し前の某新聞のコラムに外山滋比古先生が触れておられたのですが、最近の人の文章は「ですます」も「である」もごちゃ混ぜなのが増えてきたのだとか。

 自分の事を言われたようで、すこーしだけ考えてみました。

 ひところの文章と言えば、手紙とか論文とかが主流だったかと思います。

 今では、このブログのように「独り言」というのが加わってきました。

 この独り言の中ではどのようなことが起こるかといえば、特定の人を想定している場合、不特定の人に演説ぶっているような場合、そして本当に独り言の時、さらには自分の頭の中のつぶやきまで、いろいろ混ぜこぜです。

 そうです。これは文章と言うより、超会話体とでも言ったほうが良いのかもしれませんね。

        休憩終わり

 まー、そうさなー、言ってみれば、経済の世界にアガペーの愛とエロスの愛を持ち込もうってことかもしれないなー。爺になってきたのでエロスの愛を少し違った意味で使いたくなったのかもしれないなー。

 えへん。休憩で疲れてしもうた。情けないのー。ではまたつづく。

 

 

 

 

 

 

 

倹約3

 ここのところ鼻炎がひどく、集中力に欠けて、なんかいつも昼行灯でした。

 まぁそんなことはどうでもよいのですが、なぜ倹約は愛情なのかが大問題です。

 私は最近逆ピの法則を一応あてはめてみる癖がついていますので、ここでも一応・・・。

 前にも言ったかもしれませんが、こと日本においては逆ピの考え方をしていたに違いないのです。

 元々天皇家は質素な暮らしをしてきたということを聞いています。

 過去にはそうでない人も居たに違いないとは思うのですが、神話を聞く限り、おおむね民の暮らしを慮るお上であったらしい。と信じたい。

 子供のころ、まだ戦前の名残で聞かされた話かもしれませんが、おとどは山の上から民の家々を見て、炊事の煙が揚がっていると安心したのだとか。たしか仁徳天皇の話だったと思います。

 ことの真偽はともかくとして、比較的お上の言うことに従順であったということは、ロシア皇帝をはじめとする暴君的な支配者ではなかったのかもしれないのです。

 私がそう思いたいだけではない理由があります。

 戦前に、というより、世界恐慌を境に侵略戦争、所謂帝国主義戦争の方向へ舵を切ろうとしていた内閣が治安維持法を成立させ、それに反対する日本の共産主義者たちを押さえ込もうとしていた時の話です。

 政府は普通選挙法も成立させ、対民草うけもねらっていたようなので、時の民草にはこの治安維持法の恐ろしさがよく飲み込めなかったと思われます。

 そんな中、世界の共産主義を指導するモスクワのコミンテルンは日本共産党に対して天皇制打倒をスローガンに掲げさせたのですね。

 民を苦しめた、時のニコライ二世だったと思いますが、日本の皇帝である天皇も同じであろうと思っていたのでしょう。それが大間違いでした。

 当時、共産主義の考えに賛同して運動に参加していた多くの民草は、その天皇制打倒のスローガンを聞いたとたんに共産党から離れていったと聞いています。

 日本の天皇が代々暴君であったなら、それはありえない事だったのではないかと思うからです。

 なんか話がそれました。

 つまり、対天皇には事実上民草のほうが上にいたと考えてよいかと思います。民のための国を治めるのが天皇である。と。

 すなわち、逆ピです。

 ここでよーく考えないとご理解いただけないと思います。

 続きは次回に。

 

 

倹約 2

 敬愛する梅岩先生、この人は「愛」を持って倹約するのだ。と教えてくださっています。

 余談ですが、私の苗字に岩がついてるし、雅号の梅仙に梅がついてるので、何か知らん贔屓目でみてしまいます。

 物を買う場合は愛情で倹約ですが、物造りにおいても「愛情」です。使う人のことを考えた物造りです。

 テレビの話題で恐縮ですが、「和風総本家」なる番組が好きでよく見るのですが、日本人の物造りは半端ではありませんね。

 一口では言えませんが、愛情ということなんだと思います。使う人に対する愛情、物そのものに対する愛情、もっと言えば自分の労働に対する愛情といってもよいのだと思います。

 すなわち、自分にも、そのかかわる他の人たちにも、同じように愛情を注ぐ。

 これが人生の究極の目標であると言わんばかりです。

 私はこれに納得します。

 私もコーヒー豆を毎日のように焙煎している身として、作る側の愛情というものがよくわかります。

 で、倹約に戻らねばなりません。

 先生曰く、家族やお店(たな)の人たちへの愛情をもって倹約しなさい。と。

 つまり、自分のためだけの、ただのケチや吝嗇はだめですよ。ということか.。

 そして、さらには、倹約をするということは金銀を溜め、それをもって更に世界の財宝を買占め、貪ることを勉めることになれば、それは世を苦しめることである。と。

 我が倹約するは世を貪りたき思いを止めんが為なり。と。

 我貪らざれば自ら世に施すの理あり。如何となれば我が費やす程の財宝世に余るなり。と。

 江戸時代も後期、当時商家の財力が増し、資本主義的な考えかたをするようになっていたところへ、愛情を持ち出したということは、ものすごい事だと私は考えます。

 どうも、私には、ここに逆ピの論理が働いていたのではないかと思われてしかたありません。

 梅岩先生をもう少し読み深めて行き、現代における問題点の解決法の糸口を見つけてみたいと思います。

 

 

 

倹約

 資本主義経済を取り入れてこのかた、使い捨てや、新しいものをどんどん取り入れることや、贅沢をすることなどが、この経済をまわして行くための必要性から奨励されて来たと言ってもよいとおもいます。

 土日1,000円の高速道路や、無理やり連休をたくさん作って旅行に行こうぜ。なども、とにかくお金を使ってください、ということなのでしょう。

 私が若かったころなど「消費は美徳」という言葉があったくらいです。

 やはり、消費生活は麻薬のようなもので、とっても素敵だと思いますし、現に、かく言う私もどっぷりと浸かっているわけです。

 資本主義経済の限界を悟ったマルクスでさえ、より多く生産し、全員により多く分配し、全員が物質的に豊かになるのが良いのだと思ったのですね。

 基本的には消費生活が豊かになることが目標かつ前提であることには資本主義と同じであったのではないかと思われます。

 平たく言えば、一部の者だけ贅沢してんじゃねーよ。と。

 特に生産してねーのに、というか、人に働かせて自分だけいい思いすんじゃねー。と。

 でも、そうなると自分ひとりくらい手を抜いてもわかんねーかな、なんていう輩が横行しはじめてー。なんてことで。これも行き詰ってしまった。

生産そのものが滞ってしまった。

 日本が貧乏だった時代に育った私は、テレビでアメリカの普通の人たちの物質的豊かさを観るにつけ、日本もきっとああなれるのだと夢を見ていたのでした。

 そしてその通りに追いつけ追い越せと・・・。

 その挙句が公害問題の発生から始まって、若者の失業、お国の借金地獄。

 どっかおかしいなー。とはみんな思っている。

 話はそれましたが、今回のキーワード「倹約」。じつは、子供のころは良いことだと教わりました。

 なにを隠そう、今でもそう思っています。

 でも、それでは不景気になり、失業も増える。家電も車も、どしどし買い替え、省エネに・・・。

 あれ、省エネって倹約とちがうんだっけ。どうもよく解らなくなってしまう。

 化石燃料限定の節約ってことかな、とも思う。

 そういえばガソリンスタンドの数が本当に減ってきました。

 あぁ、倹約でした。

 いろんなこと言ってもよくは解ってない私に、倹約は悪いことだ、と明確に説明できる人があったら、是非教えてください。もやもやが少しでも晴れるんではないかと思います。

 でもマクロ経済とミクロ経済と、なんてのは聞き飽きています。

 ことは、私の生き方にかかわってくるのですから真剣です。

 決まったお給料を使う場合はどうたら、使えば世間に金が回って、結果給料も上がる、とか。いや、それではなにかあったときに蓄えが・・・とか。こと個人の財布を基準に考えてみてもしかたがないし。

 やはり、生産するということの方向性なのかなとも思う。

 なんでもかんでも作って売ればよい。作っちまったものは欠点を隠して有用性を最大限アピールして、とにかくお金に換えよう、というのはどうかな、と。

 売れなきゃ安くして売っちまおう、と、価格決定メカニズムを悪用して、市場を混乱させる、などもどうかな、と。

 需要は作り出すものだ、と言うマーケティングの考えかたの悪用で儲けるやり方はどうかな、と。

 いろいろ思い浮かぶんですがねー。

 もう少し考えて出直します。だれか教えてー。

 倹約の鬼志願の金詰りのわ・た・し。

 

 

 

 

 

地デジ9 そこをもっと

 そのめーに、ちょこっと知りてーことがあるんですがね。

 なんでー、熊。

 なんなりと承りましょう。

 へい、では遠慮なく、えー、そこもとの名前が知りてー。

 真似して変な使いかたすんじゃねー、熊。

 いやいや、失礼いたした。私は由比の在の生まれでしてな。姓を由比と申す。

 来た来た、そーれみろ、最初にいったとおりだ。

 して、姓名を由比稚雪と名乗っておる今日このごろでしてな。

 なんかちょっと違うよーだが、まーしかたがねー。

 熊はほっといてあたしにもわかるよーにねがいやす。

 では実際に地デジの時代になったらどう言う事になるのかということですな。

 じつは、ここからは大きな声では言えんのでな、他言は無用でござる。

 へーっ、へいへい、しーっ、内緒ってやつですね。

 まー、大人の事情っていうのがあるらしく、私も大人であるからにして、そのー、ということでな・・・。その辺察してお聞きくだされ。

 ふむふむ。

 なぜ東京タワーでは足りなくなったかと言えば、高さの問題であった。

 高いビルが立ち並び、直進性の強い電波の届かぬ影が沢山出来たためですな。

 それもそうですなー。

 真似をするんじゃねーっつーの。

 まぁよいよい。そこでだ、そんなビルにも負けない高ーいテレビ塔を建てることになったわけですな。

 それがこのスカイツリーてわけでやんすね。

 うむ。まぁこれが出来れば仰々しいアンテナを立てずともテレビが映るようになる。

 でも高いビルが無ーうちからアンテナを揚げなきゃなんなかったぜ。

 もっともですな。それはアナログだったからですな。つまり、受信側が果たす役割が、その名のとおり、送られてきた信号をそのまま受信するだけだったのでな、そのまま映ってしまう。電波状態の良い時も悪い時も。

 それで、少しでも安定して見るには少しでも高く揚げたエレメント数の多い八木アンテナが必要であった。

 へーっ、山羊が屋根の上に上がっているのを見たこたーねーがなー。

 山羊ではない。昔は八木宇田アンテナといって、八木博士と宇田博士の二人が発明したものですな。非常に指向性が高い。解りやすく言えば、その来る方に向ければ微弱な電波でも受け取れると言うことですかな。

 あー、あの蚊とんぼみてーなやつが・・・、そーかー。

 でもそれが何でデジタルになるといらなくなるんで。

 もっともなご質問ですな。しかし、はっきり言ってしまえば先ほどの大人の事情に反する。

 その証拠に総務省の言い方も「工事の必要がある場合があります」とあいまいな表現をしている。

 実際、今の住宅事情はといえば、屋根の上のアンテナから分岐して各部屋にテレビ用の栓が来ている場合が多いな。

 それなら今のアンテナを取替える工事をした方が確実であるし、費用もかえって安く済むな。

 あっしらなんかテレビ一台だから栓は一個だ。

 ふむ、その場合ですな、大人の事情では高くつくかもしれんのは・・・。

 私もその一人ではあるのだが、たとえ電気使用量が多くてエコじゃないと言われても、こんどのは画像が桁外れに鮮明だと言われても、まだ使える今のテレビをすぐに買い替えたくないし、お金も必要だ。

 まー、私なぞもう目のほうが霞んで来ておりますゆえ、画像が鮮明でもあまり変わりが無いと言われればそれまでですがな。

 あっしもおんなじで・・・。

 その場合、つまりまあ、今のご時世では少数派となってしまった、もともとエコ生活の達人とでもいいますか、熊さんや八っつぁんのようなお人の場合ですな。はっきり言えば金が無い・・・。

 島忠ホームセンターの方南町本店で3,980で売っているのを見かけたことがありますが、デジタルコンバーターというのを買う。これまたあちこちのホームセンターやら電気店でこれに用いる室内アンテナを一番安いところで買う。全部揃えて一万円とちょっとで済んでしまうこともある。

 まぁ、総務省なみの曖昧表現になってしまいましたがな。

 ふーん。でも室内アンテナじゃ不安だなー。はっつぁん。

 そこがまぁ大人のねらい目でもあるな。

 大人大人って俺だって大人だ。

 それはそうだが、この場合、世の中全体を見回して、いろいろな事情を考慮し・・・。という大人のことですな。政治家とか某公共放送の人とか。はたまたそういう人たちに睨まれるとまずい人たちといいますかそのー・・・。

 まぁまぁ内緒ってことで、どうして室内アンテナで大丈夫なんで。

 今までの話を総合していただければお分かりとおもうのですがな、デジタルですと受信側も随分と進歩しておりまして、多少の電波状態ではびくともしないほど技術が進歩している。つまり、受信側の補正能力といったらよいのか、まぁ、それ位してくれなくては進歩などといって欲しくはないがなぁ。

 そこで、今までも貧乏の取り締まりみたいなご両人は受信料の支払いも逃げ回っておったであろうと推察いたす。いやいや、それでも、申し訳ないというのでその局を見るのをはばかっておられるような律儀なお人を非難するつもりはもうとう無い。

 ひゃーっ、痛えーとこつかれたー。

 だからおめーは昼行灯だってんだ。

 うるせー、背に腹はかえられねーってんだ。でもそれがスカイツリーにどんな関係があるんでい。

 だんだんカッカとして来られるのもわかるが、ここは冷静に願いたい。

 もそっと近くに寄ってお聞きなされ。人にきかれちゃまずい。

 へい。こうですね。

 口がくさいね、どうも。まあよい。ここで大人にしちゃあ不思議なことがある。

 なんでも地デジに切り替わってから5,6ヶ月でスカイツリーが完成するという。

 なぜ、そんな短い期間が待てないのか、常識で考えても完成してから放送を始めるのが筋というものであるように思うのだがな。

 そりゃーそうだ。そんなに回りくどく言わなくったって、そのとーりでい。

 勘ぐればだが、私も素直でないのがいけないのかもしれないが・・・。室内アンテナばっかりになったらどうだ、どの家から料金取ったらいいのかわかりづらくなるな。

 その手があったか。

 それそれ、そういう不届きなのがいるから、大人の事情の発生となったと思われる。

 なんかさっきから聞いてりゃ大人大人って、ずるいのが大人みてーで、その肩をもってるみてーな気がするのは俺だけかい、八。

 おれもそう思う。

 いやいや、決して肩を持っているわけではない。どうあがいてみても、権力にはかなわんのでな。

 強いものに真っ向から勝とうとしても、大負けする。同じ負けでも、後で後悔せんように上手に小さく負けるのがコツであるな。解っていて負けてやる。これこそが真の大人というものかもしれん。

 うーん。納得いかねー。

 たまに猫だましで勝つって言うのも小気味のよいものであるな。ここはひとつ、ずるいやつにだまされたふりをして、最後に勝つ、というのはどうでござるかな。

 実際私は由比からまたずいぶんと入った、山深いところで室内アンテナを用い、十分地デジが見られたという実験結果を得ておるのでな。

 なんでも自己責任時代であるな。大勢につくのもよし。独自の路線を行くもよし。いずれにしても、上手に生きて行きたいものであるな。

                                           おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その8

 地デジというのは、地上波デジタル放送と言うらしいですな。

 地上波というのは、どうやら衛星放送と区別するためらしいのですがな。空中を伝わる電波ですから、本来は変な言い回しとでも言いましょうかな。

 放送はそのまま放送でよかろうかと・・・いかがかな。

 へい、それはもうごもっともで。なあ熊。

 おうよ。それじゃそのデジタルってのはなんかの樽ですかい。

 待ちなされ、それが私にもよくは解らんが、これからお話することになる。

 もともと放送というのは言葉や音楽他の所謂音声や映像を放送局から我々の家に電波を用いて伝えるものでしてな。

 あったりめいだー。

 まぁ、聞きなされ。

 それが、コンピューターの発達とともにいろいろな細工ができるようになったらしい。

 少しでも安定して、鮮明な画像で、しかもそのほかの沢山の情報を送ることが出来るようになった。

 ふーん。今までのまんまじゃだめなのかい。

 だめではないが、電波の世界も過密になったきて、ここらで整理し直さなくてはならなくなってきた。と同時に高いビルも増えて、今までの技術ではどうにも不安定になってきた。

 まぁ、いままで先行して衛星放送があったわけで、これがすなわちデジタル放送であったわけだ。

 しかし、衛星には、扱える電波に限りがある。そこでテレビ塔からのデジタル放送となったのだと私は思う。

 もう、回りくどくていけねー。で、そのデジタルてのがききてー、なあはっつあん。

 おれはもう降りた。訳わかんねー。さー殺せ。

 すまぬ、であるから、デジタルというのは隠れていた自分がわっと出て人をおどかすという、あの、出自樽のこと、いやいやそうではない。

 解りやすくいえば、そう、ジグソーパズルを誰かにプレゼントするのに発送する時のことを思い浮かべればよいかな。

 へい、あれですね、へい。

 組みあがったものを送るのは梱包して、持っていって、高い料金払って、大変であるけれども、少し頭を使ってバラバラにして送れば随分楽になるし、他の物を一緒に送る余裕すら出来る。

 そして、送られてきたパズルを受け取り窓口で組み立ててくれて、相手に届く。

 これを、ぜーんぶコンピューターがやってくれる。

 このパズルを放送内容と置き換えてみればよい。昔でいう暗号のような電波になる。このシステムを考えた人は頭が良いなどのレベルではないな。

 うーん、解ったような解らないような・・・。なあはっつあん。

 俺なんざ頭ん中がバラバラでデジタルだ。

 おめーのは「どじたる」じゃねーのかい。

 おっ、うめーこと言いやがる。

 そこもとたちもなかなか頭がよく回るようで感心いたす。

 そこもとだってよ。

 うーん、そこをもっとわかりやすく・・・。

 なかなかおもしろい。おもしろついでにもう少しおはなしいたそう。

 つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その7

 しかしまー何です、テレビはコマーシャルの時だけ音量が増えるように聞こえるのは私だけでしょうか。

 もしかすると怨霊のしわざでしょうか。

 ここでミニ知識。コマーシャルって宣伝のことだと思っていたら、アマチュア無線の会話のなかによく出てきて、これが宣伝ではないのです。

 電波法でアマチュアは業務用に電波を使っちゃいけないことになっていますから、宣伝なんてとんでもありません。

 自分の本業のこと、仕事のこと、そんな意味に使われます。「そろそろコマーシャルのかんけいでQRT(送信中止)しまーす。」などと使います。

 また横道にそれました。地デジです。

 熊さんと八っつぁんはどうしているのでしょう。

 うー、ひでーめにあった。ありゃー物知りじゃなくって知ったかぶりだぁなー、熊。

 そーかーぁ。俺は成るほどなって聞いてたんだがよ。

 だからおめーは夜霧のろうそくだってんだ。

 はっつぁん、それを言うなら夜明けの行灯だー。ぼーっとしているって。

 自分で解ってりゃ世話ねーゃ。

 何でテレビ塔とおさむれーの痔と関係があるってんだ、べらぼーめ。

 それもそうだなー。

 熊さん、こーしてても始まらねーから、ひとつその高けーテレビ塔ってのを見にいってみようじゃぁねーか。

 ほいきた。

 と、ゆうわけでーぇ。浅草から吾妻橋を通って大川を渡り、土手沿いに北へ上がってゆきますってーと、これが。見えてきました。

 へー、随分と出来てるみてーだ。高けーなー。

 「隣に囲いが出来たってねー。」「へー。」と言いましたのは昔のことなんでございましてー。

 「ずいぶん高けー塔が立ったてねー。」「あまりに高くって目にはいらねー。」「それはお目出塔さん。」とゆうのが今。

 などとつまらないことをゆっておりますうちにぃ、着きました。落語とゆうものわぁ、実に便利にできておりましてぇ、もうついちゃった。・・・のでございます。

 おーっ、来てる来てる、大勢見物にきてらー。

 熊さん、あそこにいらっしゃるあの髪の長げーお人、見えるかい。

 あー、あの由比小雪みてーなあのひとかい。

 なんか物知ってそうだから、あの人に聞けば解るんじゃねーかと思うんだがどうでぃ。

 ちげーねー。

 あのー、おそれいりやすが、少しばっかりお尋ねしてーことがあるんでやすが・・・。

 私のことですかな。

 へい、なにやら物知りのお方とお見受けいたしやしてどーも、地デジってーのがどうにもこうにもピンとこねーんで、誰かに教わろーってことになりやして。この熊の野郎が聞け聞けってもんんですからしかた無く・・・。

 おれのせいにするんじゃねーやい、八。

 とにかく教えていただきてーので・・・ひとつ。

 うむ、私の知っていることなればいくらでもお教えすることはやぶさかではないが。しかし地デジとなれば話は別。専門外にござる。

 おい熊、やぶさめだってよ。

 やぶさかでぃ。

 とにかくご謙遜なさっているってことはよー。知ったかぶりのご隠居の反対と言うことだから、えーと、そのー、本当は知っているってことじゃぁねーかと俺は思うんだがどーでぃ。

 まー、ご隠居よりはましかなー。

 と言うことで、ひとつ、おねげーいたしやす。

 しかたがないな、では素人ではあるが知っていることをお話いたそう。

 つづく

 

 

 

 

 

 

 


 
 

 

その6

 最近のーぉデジタルとゆうものわぁー(古今亭志ん生の声色のつもり)。

 もうそれはそれはすごいもんでー。ございましてな。

 なあ熊公、なんでもこんど東京タワーよりもずーとたけーテレビ塔がたつってーじゃねーかい。

 おう、はっつぁんかい。俺何ざーなんとかはたけーところが好きだってんで、嫌がおうにも好きにならねー訳にはいかねー。

 おいおい、はっつぁん、朝からばかなことを言うのはおよしよ。

 あーご隠居、おはよーございます。今日もいいお天気でどーも、へへへ。いまっからご隠居のところにご相談に伺うところだったんで、へい。

 ご両人そろって相談事というのはまた珍しい。なにかそそうでもしでかしたのかい。

 あー、いやいや、そんなんじゃねーんです。なあ熊公。

 へい、最近どこへいっても地デジ、地デジってうるせーもんで、ひとつご隠居に説明してもらおうってわけでして。へい。もうご隠居はなんでも知ってらっしゃるってーえれー評判で。なあ八。

 おうよ、ご隠居ここはあっしの顔をたてて・・・

 はっつぁんの顔をたてたところでどうにもなるもんじゃないが、そう言われりゃ断るわけにもいかんな。まぁ、家へお入り。

 おじゃましまーす。

 ごめんなすって。

 そんなところに立ってないでこっちにお座り。

 へいへい。

 返事はいちどでいい。

 えれーことになりそうだぞこりゃ。

 おほんっ。そもそもー、ちでじと言うのはだなー。

 へい。

 あるお侍が冬の寒ーい日に夜番をしていたことに始まる。

 へーっ。

 まぁこれもお勤めだからしかたがない。

 ふむふむ。

 しかしこの日は、一年でもこれ以上は無いという寒さでな。朝に食べたものが当たったということではないのだがな。きっと冷えたのだろう。そのお侍、下痢をしちまった。

 見回りの途中何度も用をたしたな。

 そりゃてーへんだ。誰かに代わってもらえばようござんしたのに。

 よけいなことを言ってないで、よく聞きなさい。

 へい。

 であるからにして、びろうな話ではあるがー、かわいそうに痔を患ってしまったと言うわけだ。

 ふーん。

 そして最後には血が出てしまった。それで血出痔だ。

 うへーっ。おい熊、だめだこりゃー。

 と、ご隠居のところを逃げ出した二人わーっ、このあとどうなったか、CM2の後で・・・。

 つづく

 

 

 

 

その5

 なんか話が長くなりまして・・・。

 で、このー、プロポの話なんですね。これがまたアナログとデジタルと有ったんです。

 早い話が、要するにですね、腕時計を思い出してくだされば解りやすいと思います。

 機械式のゼンマイを巻くやつや自動巻きなんてのはアナログです。

 針が無くて液晶の数字で読むのがデジタル。

 そもそもが計算機の呼び方だったと記憶します。算盤や手回し機械式のものはアナログ。中でなにやらやって、パッと答えが数字で示されるのがデジタル。

 まぁ中高年(私はその真っ只中)にはそのくらいのイメージで十分かと思います。・

 しかし、プロポの両者はそれくらいで片付けるわけにはいきません。

 まずアナログから。

 前に音を断続して信号にしていたのはお話しました。

 このアナログ式、その音の周波数、つまり音の高低を連続的に変えられるようにしてあり、受信側でそれを読み取り、電気的にサーボモーターを連続可変させるのです。

 送信側は、人間の命令をそのまま信号にし、そのまま送る。それをまたそのまま受信側で使うということで、ある意味アナログなのです。

 で、デジタルプロポ。

 FMの搬送波の図形をイメージできるひとはイメージしてください。

 まず、ちょっと長い波を出した後、短い波(パルス)を動かしたい舵の数だけだします。これが繰り返し送信されます。

 これがニュートラル位置で止まっている状態です。

 舵を動かす命令をすると、動かしたい舵担当のパルスが伸びちじみします。それを受信側で解析し、サーボモーターにつなげます。

 一度送信側で信号を加工し、受信側でそれを読み取り、信号を復元する。ということでデジタルです。まぁこれも黎明期のことで、アナログもデジタルもイメージ先行です。

 最近ではもうコンピューターが搭載され、本当のデジタルと言えるものになっています。

 いよいよ次回は地デジです。わけのわからない人間が古い感覚で物申します。

 

その4

 あー、ことわっておきますが、A1とかA2とかの数字は本来なら右下に小さく書くもので、電波の形式のことです。

 で、その次にどうなったかというと、ほんと頭のいい人がいるもんで、いままで一箇所の舵しか動かせなかったのを本物の飛行機のように三箇所も四箇所も動かすことができるようになるのです。

 この音の信号をひとつだけでなく、動かしたい舵の数だけ(正確には行って帰ってそれぞれにひとつづつで、舵の数の2倍)の音を送るのです。

 ですから受信側としては電磁石ではそれぞれの音が聞き分けられない。

 そこで、あのハーモニカの音源のリードを送られてくる音の数だけ用意して待ち受けるのです。

 そして自分の波長と同じ信号が来たときだけ振るえるのです。そして振るえたリードがリレーの役目をしてそれにつながるサーボモーターが作動するという寸法です。

 これがリード式マルチ方式で、ひところもてはやされました。しかしこれも舵角は一定でした。

 次回はいよいよプロポーショナルシステムの話です。

 プロポーショナルつまり比例という意味です。文字通り各舵を、送信側の意思通りに、(以前のような一定角度ではなく)比例的に動かすことが出来るようになったのです。

 いやー、これは値段が高すぎて高嶺の花でした。

 つづく

その3

 えー、年をとると、そのつど忘れ物をします。前回テレビ放送の電波は・・・メガヘルツでーなんてこと申しましたが、何故かということが大事です。

 一口で言うと、周波数帯が上がるほど、つまり周波数が高くなるほど、送れる情報数量を多くすることが出来るのです。

 情報を台車に載せた何冊かの本だとします。台車の幅はせいぜい50センチくらいでしょうか。

 これをごろごろ押して先方に届けようってわけです。

 で、通る道なんですが、1メートル幅の道なら2台がやっとです。

 桁が上がって10メートル幅の道なら20台。100メートルなら200台。

 そしてキロ、メガ、ギガ・・・と飛躍的に増えます。もう計算できません。・・・という具合です。

 昭和44年当時、コンビニで980円で買える電卓などありませんでした。コンビニがなかっただけでなく、今のような小型のものはありませんでしたし、庶民が目にする範囲には算盤か手回し式というか機械式の計算機しかありませんでした。

 一度新聞紙上でみたものは、今のノートパソコンよりはるかに大きいもので、緑の光電管の数字表示のものでした。そして電源はコンセントにつなぐやつ。

 もっとも緑色は他で見た光電管の色から勝手に想像していたのですが・・・。

 で、計算できないのです。えっ。

 本題に戻ります。

 アナログとデジタルって、なんとなく前者が古くて後者はなにやら最新の技術らしいというくらいの認識ですよね。

 アナログとデジタル、この言葉は小型電卓が売り出される前からラジコンの世界にはありました。

 今ではラジコン装置をプロポと呼んでいますが、このプロポ、プロポーショナルシステムの省略です。

 最初のラジコンは搬送波のみを断続して信号とし、受信側が搬送波を受けたときに、巻いたゴムのエネルギーで回る軸に爪がついているエスケープメントという装置があり、電磁石でその爪を開放したり止めたりして模型飛行機の舵を作動させたのでした。

 そのうちに、世の中に電波があふれはじめ、搬送波の断続だけだとかんたんに混信が起こるようになってしまったのです。

 それよりも前に搬送波の断続は、まー、年寄りのおしっこみたいなところもあって、不安定なのですがね。

 そこでラジコンでもA2時代にはいるのです。まさに無線通信技術の進歩の恩恵を受け、ともに発展してきたわけです。

 搬送波に音を乗っけてその音の断続を信号にして安定感が増したところへもってきて、小型モーターが開発され、マブチとかミツミというメーカーのおかげなんですけれども、操舵装置もエスケープメントからサーボモーターの時代に入っていくのです。

 しかし、このころは、まだ信号が来た時に一定の大きさで舵が動いてしまう非優れものでした。

 私はというと、このころに手を染めたのですが、ついにまともに飛び上がらず、上がってもすぐ「どすん」という塩梅でした。

 つづく

 

 

 

 

 

 

 

地デジ一からの2

 前回は最も初歩の無線通信とか放送のことでした。

 言い忘れたことがひとつありました。

 送信側で搬送波に音を乗っけることを変調するといいましたが、これを受信側で元の音に戻すことを検波といいます。

 AMとFMの違いはこの変調するやり方が違うのです。

 AMは搬送波に単純に音(低周波)をたしてやるだけなので、一定の振幅の搬送波が乗せる低周波の分だけふくらんだり細くなったりするのです。

 FMの場合、変調は搬送波そのものの周波数を変えて行います。しかし外部から雑音が入り、図らずもAM的変調が外的に、こちらの意図ではなく、なされてしまうことがあります。

 バイクが受信側の近くを通ったりする場合です。スパークプラグの火花が原因です。

 そんな時に、振幅が一定であるという特質を活かし、本来の振幅からはみ出る部分をカットしてやれば雑音を取り去ることが出来るというわけです。

 それでFM放送は音が良いのです。

 ご存知の通り、AM放送の・・キロヘルツに比べFMは・・メガヘルツとうんと高い周波数を使っています。

 で、このFMはテレビ放送にも使われてきました。ここまでがアナログ放送です。

 ここからが重要なのですが、周波数が高くなって、・・・メガヘルツくらいになると、直進性が強くなり、障害物があるとその裏側には届かなくなります。

 ・・・キロヘルツだと障害物、たとえば山や高いビルなどを回りこんでいってくれるのです。

 この先のデジタル放送になると、昭和44年、そんな昔、中学3年生の時にアマチュア無線技師の資格をとって以来不勉強の私にはさっぱりわかりません。

 横道にそれますが、中学3年の時といえば、ヘーゲルの弁証法に感動したり、剣道2段をとったり、模型飛行機の趣味を止めるわけにもいかず、そしてこのアマチュア無線と、もう受験勉強などやっている暇はありませんでした。・・・余談です。

 そこで、専門的には解らないのですが、当時興味があった(今でも)ラジコンの知識というか、実践から得た勘で、もう少し攻めてみたいと思います。酒やタバコは飲まなくてもいられますが、これだけはやめられません。

 つづく

 

 

 

地デジで一から

 えー、先に断っておきますが、ですねー。特定の団体等を中傷するものでもなく、あくまで客観的に考えただけなのです。

 そもそもー、ですねー。地デジに至るまでの無線通信というものを一から見直してみたにすぎません。

 最初は電波なるものが空中を飛んでいくことがわかってからの話です。交流の電気のプラスマイナスの切り替わりをものすごく速くしていくと、一定以上の速さになってこれが電線から空中にとび出すらしいのです。

 すごいですねー。所謂高周波というやつです。空中に飛び出た高周波を搬送波といいます。

 なぜかというと、これにいろいろな情報を乗せて送ることが出来ることから乗っけて運ぶという意味ですね。

 で、最初はそんなこともわからないから、この搬送波だけで勝負したのです。

 搬送波を断続して送り、受信側でこれが来た時だけ電磁石に鉄板がくっつくようにして、鉄板の先に鉛筆をつけておく、そうして鉛筆のしたに紙が流れるようにしておけば、搬送波が来た時に紙に印字されると言うわけです。

 長いのと短いのを組み合わせて送ればモールス信号です。これをブザーにつなげば音で聞けるという寸法です。業界用語のA1という通信法です。

 これを送信側で音を乗っけることが出来るようになって、受信側もブザーではなくその乗っかってきた音の成分を取り出すことで音が聞ける、それで搬送波という名前がついたのでしょう。この場合、搬送波は出しっぱなしで、音だけ断続するのです。

 これでモールス信号を送るのがA2というやつです。

 音が送れればもうしめたものです。言葉も送れるようになり、A3という初期の無線電話の完成です。まーこれの一方的なのがAMラジオ放送です。

 専門用語で申し訳ないのですが、音を乗っけるのを変調するといいます。

 で、もともと交流電気ですから、プラスマイナスを行ったりきたりで、プラス側とマイナス側と対称になっていますから、どちらか一方が無くても情報は読み取れるはず、と考えて出来たのがSSBあるいはA3j,という方式です。

 マイナス側またはプラス側を消してしまうわけですから、エネルギーは半分で済む勘定です。同じエネルギーなら倍の距離を飛んでくれるはずです。

 実は私の技術で作れるのはA3までが精一杯のところなのですが、理屈だけはもう少し先までわかります。

 次回はAMとFMの違いからです。ではまた。

 

 

 

 

 

 

負けるが勝ち組の梅仙流負け残りかた

 まー、じゃな、気分転換に詰まらん事を考えておったわけじゃがのー。十五夜のお月様を観ておったらどーでもよくなったわい。

 本題はこれからじゃ。

 そもそもぉーじゃなぁ。だいたいが昔話や童謡なぞを軽視しすぎとるのじゃな。

 そんな長閑なこと言っとると世の中で置いていかれるぞー、てなもんじゃ。間違っておる。置いていかれてなんぼじゃ。ひとごみで息苦しくなくてせいせいするわい。

 「べこのこうしのこまだらのこぉー かあさんうしにぃよっくにたこぉー・・・・」というの聞いたことあるじゃろう。

 これも逆ピの法則、つまりご先祖の遺伝子を持って生きているのじゃ。

 もちろん「いかに生まれるかでは無く、いかに生きるかである」からにして遺伝子のままに何にもせんでえーと言うことではない。

 しかしながらじゃ、わしなぞその「いかに生きるか」という肝心なところが弱ーてのう。負け続けておるわけじゃ。

 結論から言えば下手に勝とうと思うから負け残れんのじゃ。

 斑牛は斑を消せん。

 ところがじゃ、かあさん牛はともすると、自分の子は日本一の高値で売れる牛になってほしいと思ってしまうのじゃ。

 そこでじゃ、日本一の牛のいる牧場に自分の子を入れれば、もしかして・・・なんてな。

 子の適性、もしかして乳牛がよいのか農耕がよいのか、そんな事も無視して無理矢理いれてしまうのじゃな。最後には妖怪のような人間どもに喰われてしまうのにのぉ。

 わしのように食の細い子はそんな立派な美味しい牛にはなれんのじゃ。

 端から負けるが勝ち組じゃ。痩せっぽちじゃからひっそりしていれば人に食われることはない。

 そんなすごい牧場に行けば劣等感のかたまりになるのが落ちじゃし、痩せとるのに喰われてしまうかもしれんしのう。

 まー、じゃなー、人には花を持たせておけばえーんじゃな。わしは干からびた団子でも工夫して美味しく食べておれば飢え死にはせん。

 もともと食が細いのじゃから食べ物を買うお金だってそれほど多くは要らんのじゃ。パンの耳も工夫しだいじゃ。(長男堂の夏休み日記を参考にすればえー)。

 けっこう自由で楽しいのが負けるが勝ち組の「勝ち」の所以なんじゃ。長男堂は負け残り方の達人じゃから店に行ってよーく教わってくればえー。千円札一枚にぎりしめていけば人生ちょっとくすんだばら色じゃ。

 なにかを教わる時は授業料を払わねばのう。払ったからといって手取り足取り教えてもらえるものではないが・・・。まぁ一度見て来なされ。

 落伍者には落伍者の生きかたがある。そういえば、「私は人生の落語者でぇー」、というのは亡くなったこのご近所の柳昇師匠の決まり文句じゃったのう。駄洒落じゃが奥が深い。

 ここで、仙人の老婆心じゃ。人の大勢集まるところや、皆が殺到するようなところには落とし穴があるんじゃぞい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無神論はアンチジャイアンツか

 アンチジャイアンツはジャイアンツが存するから存する。

 無神論も神が存するから存する。

 さらに逆説的に言えば、無神論者は神の擁護者である。

 なぜなら、彼らは神そのものではなく、神を不当に利用しようとするエゴイズムの強い人間の批判をしているだけだからなのである。

 一方神擁護派の重鎮パスカルや先に挙げたテリー・イーグルトンなども同じく、神の名を借りて神の前にひざまづく人間に対する批判をしたり、警鐘を鳴らしたりしているのであって、両者はまったく同じことを言っているというわけである。

 つまり切り口が正反対というだけである。

 したがって、21世紀は神の正当な利用の仕方、と言えば不遜であるが、正当な位置づけとでも言おうか、それが必要になって来たのである。

 20世紀までは宗教会議などという形であったが、これでは二元論の弊害が強すぎたとおもわれる。

 一方東洋の一元論では、神と人間が一体であるという意識が強くなりすぎ、そこをエゴイストたちに付け込まれ、人間を不幸に陥れる可能性が残されてしまう。

 どちらにしても、その二元論的神と一元論的カミの取り扱い注意といったところか。

 西洋、東洋、間のインド、いずれも一長一短。

 各自、他の文化を鏡として自分の弱点を知り、不幸な方向へ向かわないようにすることが肝要である。

 そして自分が属していると思っている(思っているだけなのだが)文化圏をさらに深く見つめなおさねばならないのである。

 

 

逆ピ エピローグ

 法則というからには例外を除き、一般に当てはまるはずです。

 これから少しづつ適用して行きたいと思っています。

 まずはやはり社会のシステムというのか、まぁ社会そのもののことですね。

 明治以降の西洋化の過程で、底辺の庶民をお上が統率するピラミッド形が形成されてきました。

 それ以前に目を向けてみると、どうもこの列島、この山河に暮らす人たちの社会は逆ピだったようです。

 統率者は逆ピの一番下の頂点におり、自分の領民を支えて来ました。

 もちろん例外はあるのですがね。そんな時には水戸のご老公が成敗してくれるのです。

 ご先祖だって天国なんていう上の方にいて見守ってくれているのではなく、しっかり草葉の下にいるのです。

 自分たちのことを守ってくれる、支えてくれると思えばこそ、年貢の納めがいもあろうってもんです。

 それがピラミッド形になってからしばらくして、上に立ったものが偉いなんてことになっちまってよー。

 好き放題なことやってやがる。

 本当はだなー、一番下で自分を捨てて領民の為にがんばるからこそ偉いってもんよ。

 脱線して来ましたが、ここでも逆ピが必要な21世紀であることが覗われます。

逆ピ最終章

 ご想像いただけましたか。

 逆ピをいくつも並べてみてください。解りづらければ二つだけ、少し離して並べてみてください。

 そして第二法則により、上にある底面をどんどん広げてみてください。

 隣同士重なってゆきますよね。

 逆さおにぎりとちがって、あるところから重なっていきます。ただ支えあうのではなく、互いに絡み合うように織り成してゆき、さらに強固に支えあうことになります。そう、第一法則と第二法則がここに合わさり、第三法則として完成されるのです。

 キリスト教とイスラム教がうまくいかないのも双方が旧約から枝分かれしたと考えるからなのです。進化論の考え方をするから、どっちが正しいとかなんとか、結局正しいのは自分だという結論になってしまうのです。

 現在から過去にさかのぼって考えれば、実は支えあう関係なのだと言うことに気がつくはずです。不幸になりたいと思う人はいないはずなのです。時折心の病がそうすることはあるのですがね。

 日本においての好例は、本居宣長と上田秋成の論争です。

 双方国学者ながら、切り口が違うところで論争をしているのでかみあいません。詳しくはまた後に譲りますが、たった今切り口が違っても、重なり合うところまで遡って考えなおしてみれば、お互い解りあえるのです。

 高校野球の、あの決勝戦の勝ったほうの厳粛さ、負けた方の涙、あれもトーナメントの逆ピを遡ってゆくと解ります。

 地方大会の一回戦で負けたチームからだんだん勝ち残っていくチームまで、その一人一人の選手たちの思いが決勝戦に全部凝縮されているからです。

 私たち一人一人のルーツにしても遡れば実に多くの祖先の遺伝子の成れの果てであって、けっして適者が枝分かれしながら生き残ってきた果てではないのです。

 国家も、民族もみな同じことが言えるのです。

 遡っていけば、お互いが重なり合い、不可分であり、共通の思いを持った祖先たちのなれの果てであることは間違いありません。

 先ほど本居宣長の名前が出ましたが、日本古来のカミの彼の思いが、この辺にあるのではないかと思われるのです。

 ケルト族の祭りと日本の祭りが似ているとはよく言われることですが、日本のカミが「おかみ」に通じるという説もあり、いわゆる総意を代表するものと考えられるわけで、世界をみまわしても稀有であるというのも納得できるところです。

 この列島に生活する人たちのルーツは相当多くの遺伝子の集合体、つまり混血の最たるものであるらしいのですね。

 西洋の進化論的、枝分かれ的考えからすれば、異端は受け入れられないのですが、この列島のカミはとりあえずすべてをうけいれる。それからうまくないものには説得をする。けっして最初から排斥はしない。もともと逆ピの大切さが解っている。

 今世紀後半の切り札という意味がおぼろげながら見えてくるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

逆ピその二

 二番目の法則です。

 逆立ちしたピラミッド形を想像してください。

 底面が上になっていますね。もうお分かりと思いますが、この底面は空に向かってどこまでも広げられます。想像してみてください。

 実は上に向かって広がるのではなく、無限に広いところから頂点に向かって収束するといったイメージです。が、形としては底面が広くなってゆくといったほうが解りやすいと思います。

 つまり、一番下の頂点にいる人は、無限大の過去の無限大の広さの様々な事柄の究極の成れの果てというわけです。

 邪魔物が無くなって、逆ピは無限になれる。というのが第二の法則です。

 

 

 

逆ピその一

 逆ピの理論は三つの法則によりなりたっています。

 第一の法則と第二の法則から第三の法則が導かれます。

 まず第一の法則から

 畑仕事のあと東京に戻ってくる間、車の中で食べるものをコンビニで物色します。晩飯ですから、やはりおにぎりの頻度が高くなります。

 このおにぎりの棚を眺めていると、三角のおにぎりたちが、でんと安定よく並んでいます。

 これが頂点を下にして並んでいたらどうでしょうか。

 きっとあっちに倒れたりこっちに倒れたり、不安定この上もないのでしょう。

 その中で、隣同士支えあっているものは倒れないのだろうな、とも思います。

 そうです、支えあわなくては成り立たないという事です。

 だいたい人間というのは天邪鬼で、無いものを欲しがります。

 基本的に不安定なのが人間ですから、貪欲なまでに安定を求めるわけです。

 その結果として安定の良さそうなピラミッド形が幅を利かせていると言う訳です。

 ここに、本質に立ち返り、あえて不安定の中に身をおくことにより、助け合いの精神が育まれます。

 次回は第二の法則です。お楽しみに。  梅仙

 

 

 

 

雅号「梅仙」

 雅号というほどのものではないが、わしの人生後半の名前が決まったのでお知らせすることにあいなった。

 「梅仙」じゃ。梅仙人の省略で「うめせん」。

 字梅島にて畑を耕しておるし、出茶屋の出店先のオリーブガーデンにて求めた梅の木がたくさん植わっておる。

 「焙煎人」にかかっておるのはもちろんじゃ。

 海千山千(うめせんやません)にもかかってるんでしょ。なんていう訛った駄洒落なのか中傷なのかよくわからんようなこと言われても、仙人ともなれば平気じゃ。

 お知らせまで。                                     梅仙    

 

 

8月30日から9月3日までお休みします

 ばたばたしているうちに明日から遅い夏休みです。逆ピの方は明けに続けます。別に引っ張っているわけではありません。

 では、ご機嫌よう。

逆ピ プロローグ

 前回からもう二回畑に行って来てしまいました。

 で、逆ピを説明するにあたり、考えの基準になる環境を設定しておかねばなりません。
 
 私には月が平面に見えます。宇宙の常識や写真やその他今や当たり前になっていますが、地球も月も球体であるという知識をもってしても、正直のところ、私の目では平面の丸いものにしか見えません。

 なにしろ花火ですら、随分と長い間、平面に広がっているものと思っていました。これは、花火の作り方を知って、球状に広がるのだと解りましたが・・・。

 そして私の暮らしているこの大地はというとやはり平面にでこぼこがついたような物にしか見えません。

 灯台の下から海を見晴らすと、ほーら、水平線がカーブを描いていて地球が丸いことがわかるだろーぉ。と言われたそのときはそう思えるのですが・・・。

 普段はやはり平面なのです。

 だいたい丸い地球の上に自分が立っていることを想像すると、どっちを向いても下り坂、あれ、歩いてゆく時は上り坂かな、あれ、なんて夜も眠れない。まぁこれは冗談ですがね。

 数学も初歩のうちは平面上で考えるわけでして・・・。

 ここでも、平面で行きます。

 二つの普通のピラミッドが平面(大地)に並んでそびえて居る所を想像してください。

 まず一番下に正方形に石が並べられ、頂点の一個の石が一番上にあります。

 したがって、その高さは底面の大きさにより、ある程度決まってきます。

 まぁ石ですから逆さには出来ませんがね。

 ここではなにも石で出来た本物の話ではありません。

 ピラミッド型のイメージを浮かべて下されば充分です。

 で、普通のピラミッドですが、底面が先にありますから、それ以上の広がりはありません。

 隣同士も一定の距離を保って、近づきも離れも出来ません。

 さて次に、逆さにしたピラミッドを想像してください。そうです、頂点が一番下にあって少しはその頂点が地面にめり込んでいるなんざいいですねー。

 すみません、時間です。続きはまた・・・。

 

 

 

 

21世紀後半の切り札「逆ピ」

 大げさですねー。我ながら。

 この、釈迦が逆ピラミッドの一番下にいる理論を歴史を変える「逆ピラミッド理論」と名づけ、「逆ピ」と省略することにしました。やはり西洋の人にもわかってもらうために、あえて「理論」としました。

 この逆ピの理論はこれからの世界平和に無くてはならないものです。

 これを聞いて暑さを吹き飛ばしてください。

 けっして冗談ではないので、真剣に願います。

 今までの世界ではたいていのものが、頂点が上の所謂ピラミッド型で出来ていました。というより、そう思い込んできました。

 国家形態は言うに及ばず。教育界すらも、近代に及んで間違った「進歩」の名の元にピラミッドを形成してしまったのでした。

 ヤクザの世界や坊主の世界まで少数の「上」が多くの「下」から吸い上げる構造をしています。

 各界(角界も)しかた無かったにせよ、せめて教育界だけは、の願いも虚しく、大間違いのコンコンチキで来てしまったんですよね。あえて人の不幸を作り出している。

 人と人が区別されるということが、人類から平和を遠ざけてきたのです。

 頂点にボスが居て子分をたくさん従えている。それも、その子分たちに偏差値で位をつけ、お互いがけん制しあうようにし・・・。

 まぁボスをみんなで選べるようになってきたのがせめてもの救いというやつでしょうか。

 たまたまボスと子分の話になったので、そこを糸口に進めます。

 今はまだですが、あるべき姿としては、全員が上の方に居て、ボス(と言ってよいかはわかりませんが)が一番下に居る。私の言う逆ピの形が本来の姿だと思うのです。

 これから本題というところで時間が来ました。続きは畑仕事のあとで。また。

 

 

 

 

 

 

 

 

言いたいことついでに

 世間で言ったら袋叩きに遭うようなことでも行ってしまおうかと・・・。

 実はですねー。前々から思っていることが、考えれば考えるほど世間に逆らった方向に行くのです。

 釈迦に十大弟子というのがいたというのです。そして、各弟子の特徴が、まぁ一種の教えのようなものとして残っているのです。エピソードというのか、教訓というのか、何というのでしょうか、そんなんで紹介されている釈迦の高弟たちのことです。

 んでもってこの人たち、高弟であるとすると少し筋が通らない。

 あまりにそれぞれ特徴がありすぎる。まぁそれぞれの特徴を誇張してわかりやすく残したと思えばよいのでしょうが、私の目はごまかせない。

 この誇張された十人の人たち、本当は釈迦より前に生きていた人たちだということにしたほうがより真実味がでてくるのです。釈迦の息子までいたということになっているが、真実味を増すための後付のようにも思えてくるのです。

 釈迦はそんな人たちを観て、あるいは師として、自己形成して行ったと言う方が自然なのです。

 その人数は無数だったと言ってよいかも。息子の話にしたって釈迦ほどの人物ならば年下の者のよいところ悪いところ自分の糧にしたっておかしくないのです。

 どうしても釈迦が頂点にいて、教えが広まって行った。という方が釈迦に尊敬が集まり、教団をまとめやすいからでしょうか。どうも弟子たちということになっている。

 このピラミッド型の思考法は例の過去より現在の方が進歩している、発展している、という獏とした思いを持つ人を洗脳するにはちょうどよいのです。

 よい考えが広まり、だんだんよくなっていく。・・・えっ。それだったら釈迦のコピーみたいな弟子がたくさんいてもよさそうなのにねー。

 真実は逆ピラミッド型なのです。大勢の人たちの考えや行動を見たり、聞いたりして、真摯に受け止め、じぶんなりに答えを出していった。そしてその容量が並でなかったということなのでしょうか。

 実際当時の年表を見てみると中国の老荘思想など釈迦が貪り学んだに違いありません。えっ、釈迦は貪るなと言ったってぇーっ。

 やはり古の賢者たちの考え方を学ぶことは私にとって是非とも必要におもえるのです。

 

 

 

 

この辺で

 お盆でもあるので、この場を借りて各地に散る弟子たちに檄。

 「兵法の師とは兵法の土台たる大本のみを伝授いたす。それより先の上達は、当人の天分と鍛錬による。」・・・笹沢佐保の宮本武蔵より。

 借り物ですまんが、まさによく言ったものである。

 大本のなかには、他に無い秘伝が含まれていることは言うまでも無い。

 益々精進し、お客様にお応えすることを望む。

 

おしーいっ

 秋月師が、稀に大拙師に苦言を呈する。西洋的進化論から抜け出ていない時がある・・・と。

 昔より今の方が発達、発展している、という獏とした思いをさしているのだと思う。

 テリー・イーグルトンは秋月師と同じく今、が過去より進歩していると思うことに懐疑的だ。が、わたしの独断だが、彼は鈴木大拙をかなり読んでいると思えるところがある。

 つまり、デカルト的二元論では人のこころの問題には不十分であるというところまでは来ている。

 しかし、一元論の魔力のにおいは嗅ぎながら、もう少しのところで理屈をこねざるをえていない。

 えらそうに言っている、かく言うわたしもそうなのですがね。

 それで、このーぉ、愚かな私がまっすぐ生きるために本来宗教がある。しかし、天邪鬼な私はあくまで哲学としてとらえるのじゃと、無い頭を無駄に使う。

 しかし、これも「哲学三昧」という様にとらえれば、あながち、はずれでもなさそうである。

 

いろいろ言いたくて支離滅裂に

 もともとがとっちらかっているのに更に滅裂になっている頭の中ですがお許しくだされ。

 私は前々から、マルクスの唯物史観が宗教を否定する狭い意味での共産主義とは少し温度差があるように思っていたのです。

 おそらく聖職者は生産しないという偏見から来たのか、共産主義社会にはどうも馴染まない。実際にはベルギービールやワイン、バター、日本では田を耕し、畑で野菜等を生産し・・・。やっぱ自然発生的考え方が人為的な社会には合わないのか。ホームレス的なのが・・・。

 テリー・イーグルトンもキリスト教徒でありながら、マルクス主義大好き人間のようです。

 私もマルクス好きな者の一人ですが、その深い愛情は共産主義には収まりきれないと思っていました。

 マルクスは人の心が唯物論のみで片付くとは思っていなかったはずで、これも、今の資本主義社会の欲望とはまた違う欲望によって捻じ曲げられていったとしかおもえないのです。

 やはり人の心は科学では解明出来そうもなく、古の、と言うより古からの先人たちの考えてきたことを丁寧に聞きなおしてみるのが、今私のするべきことのひとつであるとおもうのです。

 

 

 

 

なにが言いたいのか

 まー、珈琲豆屋でよかったと思うひと時ですねー。けっこう何を言っても戯言ですませてくれる。

 ようするに、神が万物を創造したもうたから神を信じるのではないと思うのですよね。

 神の万物創造を考えついた人間の考え方そのもの(決して人間自身ではない)を信ずることが社会の中での人間を癒すのではないかと思うのです。

 しかしながら、一番信じられないのが人間でもあるのだしなー・・・。

 神がいるとかいないとか、神が万物の創造者であるかないか、それは実はどちらでもよいのだと思うのです。信じることのみが大切なのです。えーっ、へんなのぉー、と言わないこと。

 変だからこそ信じられるということもあるわけでして・・・。

 社会というのは神様の創ったかもしれない人間が便宜上こしらえた、あるいは自然発生的にできあがってしまった、まさに科学によっても、宗教によっても決して解明出来ない恐ろしいものであるらしいのです。

 生きた人間というのは、私の知る限り、この世で一番恐ろしいものかもしれません。

 テリー・イーグルトンの言葉を借りれば、神とは「現実世界を変革するという使命を提示する」ものであって、その御前にて「妨害された欲望を表明しながら、同時にその欲望を別のものにすりかえてしまう」対象ではないといったところでしょうか。

 してみると、やはりそれを思うのは人間自身でしかないのであって、神の側の問題ではなく、しかしながら神が存在するとかしないとかでもないといったところでしょうか。

 考え付いたと言うと不遜かもしれないが、それこそが社会の中で希望をもつことが出来るための根本なのだと思えてくるわけです。

 神様がいると信じるのも人間だし、信じようとしないのも人間なのですね。

 この堂々巡りの自業自得野郎は、神様でもキリスト様でも、仏様でも雨でも槍でもどうにもこうにも・・・。

 そうだ、ポワトリンを呼ぼう。


 

しかしまーなんですね

 いろいろな人の考えを読んでいると、人の考える事というのは地球上みな似たりよったりのような気がしてきます。

 ニーチェやフォイエルバッハにしても、科学信仰者にしても、宗教擁護派の人々にしても、ですねー。

 大胆な言い方をすれば、同じ混沌とした、なんか漠然とした、ひとつの人間という本当にわけのわからなーい存在に対して何とか「おとしまえ」をつけようと本当にがんばる。

 ただひたすら人間が不幸に陥らないように、脳という莫大なエネルギーを消耗する器官をフル稼働させる。

 ただよく言われるように、知性の声は小さい。

 ものも考えずに欲望のままにうごめく、もちろん私自身も含めての話ですが、そんな人間が大多数であり、この社会を形成し、動かしている。

 そればかりでなく、自分のかわりに一生懸命、文字通り命を削って頭脳を働かせてくれている人に対し、ナチズムの支えになった考えかただなどという汚名を着せたり、食い扶持を取り上げたり、原爆の基になる理論を考えついたのがけしからんとか・・・

 それを自分の欲望にまかせ、自分が不幸にまっしぐらに進んでいることなど少しも気づかず、日々、目先のことにのみ生きている人間が、少しも疑問にも思わず、一部の、欲望の人一倍強烈な人間に扇動され、それらを悪用し・・・というわけなのですね。

 あうー。ここでベルギービールを飲もうというお誘いが・・・。実は「ルーイ」に日本初上陸のフルーツビールの生が入ってですねー。これがじつに旨い。

 ここんところ前を素通りできないのですよね。で、今日もまた・・・。

 限りない欲望に目が眩み・・・。

 というわけで、続きはまたあした。

 

・・・どんどん

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とにかく・・・

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とにかく写真をどんどん

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猪4

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 ちょっと暗いですねー。ここは道から入ってすぐのところです。

 表面の草をとった程度であきらめたらしいところです。ごろごろした石も掘ってくれてあったので、どこか痛くしたのかもしれません。

鉄道その後

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 山を作りました。なにかに似ていますねー。右端に見えるやつ。そうなんです、クロワッサンです。

 そこで命名。「玄羽山」。

昨日の続き

 突然失礼しました。やはり仕事優先です。

 で、この人、よくありがちな議論をしないのです。むしろ皮肉を相手、すなわち宗教や神を否定する人たち、彼の言葉でいうリベラルな文学者たち、に込めるのです。

 そのうえキリストに関しては、いろいろな悪意の批判に対して一見卑野な言葉を使って受け入れるふりをする。

 もはや20世紀型の古い議論、勝つか負けるか的議論はスマートでないといわんばかりです。

 神様がいるとかいないとか、そんな議論が過去の遺物であると言っているようにも思えます。

 「イエスはおおかたのアメリカ市民とちがい、なにも仕事をしていないようにみえるし、大食漢の飲んだくれと非難されている。彼はホームレスの人間として提示されている。財産もなく独身で、逍遥派であり、社会的周辺に追いやられ、親類縁者からは鼻つまみ者とされ、定職につかず、浮浪者や非民たちの友であり、物質的所有を軽蔑し、自身の身の安全をかえりみず、純潔規定には無頓着で・・・」

 とまあこんな具合です。

 この本が手に入る前にちょうど私の中で湧き上がっていたのが「釈迦はホームレスか」という命題でしたから何かのご縁かもしれません。これに関してはまた後ほどお話ししたいと思います。

 で、なにが言いたいのかというと、また大拙師で恐縮ですが、師の創始の公案で、「神が光りあれといったら、光があらわれて夜と昼とができたというが、誰がそれをみていたのだ。」「キリストが、『アブラハムの生まれぬ前から、私は存在する』という、その、私、を徹見せよ」というのがある。

 これらそのものに関しては、実際のところ私もまだよくわかっていないし、その筋の解説にゆだねることにして、ここではまた、いつもの私の勝手な考えということで進めます。

 中身はともかくとして、いわばキリスト教の禅的解釈とでも言いましょうか、私などもついそちらの方面から見てしまうのです。

 あくまで否定的ではないのです。が、どうも西洋の人たちの議論とは少し切り口が違うために、かみ合わないのもたしかです。

 師が受け継いでこられた言葉に「無位の真人」(臨済系の語)というのがあって、各人に出たり入ったりしている。と言うのです。

 この無位の真人が「見ていた」のであり、存在していたのです。

 そして、これからが無位の真人からは程遠いわたしの独断と偏見になりますが、ちょうど時間となりました。畑から帰ってからまた出直しということで・・・。

 

 

 

 

 

なんかものも言えねー

 物事を考えるってことは、なんか最近ですねー、だんだん寡黙になって来てるんじゃないかと思うんですよね。

 こもっているってことか。精神的に。解らないけども、結構もともとは話しながら考える人間なんですがね。

 最近テリー・イーグルトンの「それでも神は死なない」ってやつが手にはいったので、著者には大変失礼ながら、娯楽に読んでいたのです。

 逆説的にというのか、とてもユーモラスな書き方で、まーキリスト教擁護てんでしょうか、ついつい吸い込まれてしまいました。

 で、深く考え込まれた著作を読んでいると、読者である自分の中にいろいろな広がりをもたらしてくれるのです。

 広がっているうちは言葉が出てこないといったところでしょうか。

 もちろん自分の狭い範囲のことですからすぐに行き詰るのですがね。

 おーっとここで、続きはまた明日にします。焙煎をしますので。

機心

 大拙師を深く知ろうと、直弟子である秋月龍眠師の「鈴木禅学入門」を紐解いているうちに、大拙師の著書を直接読んだ時には、いまいち解らなかったことのなかで、少しは解ったような気になれる箇所が出てきました。

 少し横道にそれますが、20代も後半の女性と話しをしている時のことでした。

 実はこのご人、さる会社に新卒で入ったのですが一年で退社。その後アルバイトぐらしから今では大手のと言うのでしょうか、これまたさるお寺に勤務しています。

 で、最初に勤めた会社のボーナスを、銀行のお勧めで「グローバルなんたら」というのに投資をし、リーマンショックからギリシャショックと続き、今では元本割れ。それも二割も減ってしまったそうな。

 幸い新入社員のこととて、その額たるや微微たるものですが、本人にしてみれば、汗水たらしたお金です。

 曰く、「働かないで儲けようって魂胆がいけなかったのだ。」と。

 「おお、よく解ってきたなー。」と、私。

 本当にその通りなのです。

 ここで「機心」。

 もともとは荘子の勤労哲学(秋月師の表現)で機械に頼る心の行く末を戒めたもの。

 もちろん機械を使うことを否定するものではありません。が、その心が高じて行くとどうなるか。と。

 最初は時間短縮や労働の軽減などが目的であったものが、なるべく楽をして同じ効用を得ようとなり、しまいには働かずしてお金を得ようと、こうなり、目的そのものがおかしげになっていく。

 先ほどの例の「グローバルなんたら」なぞ、その行き着いた先であるわけだったのです。

 家賃収入で生活しようというのも同じことか。

 大拙師はこれについて、人間に大切なものは創造力であり、(機心は機械を創造するまでは創造力が発揮されるわけだが)、出来上がった機械にたよればすなわち、その一番大切な創造力が失われるといわれたのでした。

 なるほどー。です。

 

 

いのししパート3

画像川根 016.jpg

 えー、まだまだ掘ってくれています。

 こんどは畑ではなく、庭先のすこし土がもりあがった、狭いながら、どうしようもなくジャングルに近いというか、草を刈るのもいやな感じのところです。

 いつかは整地しようと思っていたところです。いやー、草どころか盛り土まで掘り崩してくれたりして・・・。なかなか私の気持ちがわかっている。

 愛というのは相手を受け入れるということだと聞いた。まさに受け入れてなんぼか。

 それにしても、今年は例年にも増して山に食べ物が少ないのかなー。

 随分と作物を食われちまったぜ。

 

猪の恩返しパート2

画像川根 008.jpg
 以前に芋を掘って行った猪がお礼に大きなとっても臭い糞を肥料にと置いていってくれた話はしましたが、今回第二弾です。

 今年手が回らなくて草ぼうぼうのところを、多少掘られてはいるものの、草をとり、さらさらな土に仕上げてくれました。

 私が耕運機で耕すよりもずーっとさらさらです。

 うーむ、すばらしい。

Nゲージ

画像川根 007.jpg

 えー、店の前をお借りしてぇ。ですねー。ついにNゲージの鉄道模型を走らせることになりまして・・・。

 これがレイアウトの台の写真です。進捗状況を逐次お知らせしてまいりたいと思っております。

 なにしろ小学生の友達ができて嬉しくてたまりません。彼は筋金いりの鉄っちゃんで、この鉄道の総裁に任命いたしました。

 それではまた・・・。

うーん思うようにならん

 というのが私の人生観とあいなってまいりましてござります。

 「人生は自分で努力なんぞして切り開いて行くものじゃー」という人も多い中、まぁそんな方たちから見たら、「なんとだらしのない」とか「根性さらせー」とか言われてしまいそう・・・。

 しかしですねー、そういう方たちはというと、しっかり空気を読んで、それから努力するのですよね。

 遅ればせながら、その辺の事がわかってきた今日このごろ。いらん自我が大きすぎたのか。

 そんなこともようわからんで、よく今までやってこれたものだと自分に感心したりして・・・。

 とにかく思うようにならなくて当たり前なのでした。

 別にそれで嫌でもなかったのかな。とも思う。

 新説の太郎くんを持ち出すまでもなく、自分が万能であるかのように夢想しながら生きて行くことに飽き、(もちろん状況によってはそれもありなんですがね)、自分の実体をみつめながらしっかり目の前の生活をすることがすこしずつ出来るようになってきた。

 どんなに他人から見て低い次元と思われようが、どんなにへたくそであろうが、かっこ悪かろうが、しっかり生きる。それのみが自分の実体だ。絶対にあきらめないのだ。自分の二本足でこの地球上に立つ。

 いわば無心に、がむしゃらに、あっと言う間の三十年。すこしづつ見えてきた。

 空気を読むのだ。

 諸法空相と空つながりで、無理やり結びつけるわけではないのですが、現象的にはまさにその場の空気を感じとってストレス無きよう行動するわけです。もちろん努力も必要になる。ただし、その努力は同じく現象世界の場当たり的なものでしかありえない。

 つまり、いくら強がってみても、自分中心に地球が回っていると思い込んでみても、この世界にいる以上空気を読まずしてうまい生き方はできない。

 しかしながら、というか残念ながら、この愚かな人間社会では、その「うまい生き方」の出来ない者をいじめたり、疎外したりするエゴイズムが巾をきかせる。

 釈迦が言いたかったが言ってしまうと誤解されそうなので止めといた思いを、のちに「そんなこと言ったって人間はあなたのように思える人なんか少ないのだから・・・」といわんばかりになんとか説明しようとした、賢いのかその正反対かすれすれの大先生たちがいた。

 所謂般若心経のあれです。まぁその理屈っぽいことといったら・・・。理屈には理屈でなんていう方便なんでしょうかね。

 そのなかでもいろいろな考え方があるらしいのですが、おおむねとして、すべてが関係性によってのみ捉えることができる。あるいはその関係性しか無い。ということらしい。

 じゃによって、詰まらん事、つまり能力が高いの低いの、空気が読めるの読めないのなんて事にとらわれてたって解決にはならない。人は生まれていくつもの苦を背負っている上にまだそんな苦労を背負い込むなんてばかばかしい。

 文句いわずに食って寝て、とにかく「犬も歩けば棒にあたるー」てなことか。

 まぁ、つべこべ言ったり、あれこれ心配しないようにしようっと。

 

 

 

現代では

 実はですねー。様々な事情でお金を自分以外の人に頼って生活している人の中で(良いとか悪いとかではなく)、まぁ特定しないほうが良いのですが、ある種のニートとよばれてしまっている人たち、のそのまた一部の人とでもいいますか・・・。

 その中のまた一部とお考えいただければよいのですが。前回の新説浦島太郎に似たタイプを見かけることがあります。

 過去に自分も似たような状態を経験しているので、他人事とも思えないわけでして・・・。

 自分を過大評価するがゆえに、また挫折を味わいたくないが為に、社会に飛び込めない。

 そして心地好い夢想の世界に浸っている。

 これって釈迦の見抜いた「苦」の中でも最大の苦かもしれない。老いの苦しみが何倍にもなってしまうかも。

 まっこと、結果は夢想しているうちに、実体としての自分は年老いて、死も目前にせまる。そして気づく。それを玉手箱が象徴する。

 この時の気持ちでさえ他人事のようなもの。

 浦島伝説も元は仏説と聞いた事がある。

 釈迦は社会で人間が何らかの神経症やパーソナリティー障害を発症してしまうことがあるのを見抜いていたのではないだろうか。

 

新説浦島太郎

 実はですねー。この太郎くん、亀というあだ名の背中の曲がった老人、つまり他人、におんぶして、日々夢想してくらしていたのでした。

 ほんとの亀じゃなかったんです。だって悪がきたちから亀を救った褒美にしては乙姫のもてなしは過剰であったと言わざるを得ませんからね。

 この太郎くん、他人からの過剰な賞賛を期待してしまったりしてしまうパーソナリティー障害を持っていたのかもしれません。

 助けたのは、背がまるまっていたので、悪がきたちに「亀」といわれていじめられていた、少しは小金を溜め込んでいた年寄りだったのです。

 運良く、と言うより運悪く、その老人はそのときの怪我がもとで、まもなく亡くなってしまうのですが、一人娘が嫁にも行かず一緒にくらしておりました。その名を「おと」といいました。

 その娘も当のご老人も、たいそうありがたがり、太郎くんを下へも置かぬおもてなし。

 しまいには、「おと」と太郎くんは、ご老人のたっての要望もあり、この家で一緒に暮らすようになったのでした。

 ご老人がなくなってからも、溜め込んであったお金でずうーっと暮らしていけそうなのです。

 まぁ一生懸命介護もしたし、別に文句のある訳もないのですがね。

 それからは毎日働かず、自分の実体以上の事ばかり夢想して楽しく暮らしたのです。

 お金は夢想している人と同じく万能なのです。と言うよりむしろ、夢想をして暮らすにはもってこいのお友達なのです。

 目の前の生活で挫折を味あわなくてすみますしね・・・。

 めでたしめでたし、といけばよいのですがそのあとの太郎くん、なにもしないうちに年ばかりとって、気がついたときには世の中も随分と違った様子になっていたのはもちろんの事、実体以上のことばかり言っていたので誰も相手にしてくれなかったのでした。
                                                  おしまい
 

 

 

 

 

 

お陀仏

って死んじゃうことや、だめになっちゃうという意味より前に、南無阿弥陀仏を唱えて成仏することらしい。

 他にも南無妙法蓮華経というのが有名。

 で、昔からどうして唱えてりゃ成仏できるのかが不思議だったのですが、漠然と呼吸法としてなかなかのものだし、気持ちを落ち着け、さらに大勢で唱えれば気のやりとりが出来るし、元気になれるのかなー。位に思っていました。

 最近では、ヨガ経(ほんとは漢字)というのがあるのを知ったり、座禅というのもヨガなのだと知ったりして、やっぱり呼吸法なのかなと・・・。

 真言宗の勤行、真言を唱えるなんてのもヨガだというし・・・。おんあびらうんけん(うんきゃん)。

 そういえば般若心経に出てくる「はんにゃはらみた」というおまじないもなんか呼吸法として体や心に良い感じがする。

 どれもこじつければ六音になる。

 な   む   あ   み   だ   ぶ
 なん みょう ほう  れん げ   きょう
 おん あ   び   ら   うん  きゃん 
 はん にゃ  は   ら   み   た

それじゃなんかな

 マ   イ   ペ   ン   ラ   イー
 ナン  ク   ル   ナ  イ   サー
 ダ   イ   ジョ  ウ  ブ   ダー

なんてのが好きだけどなー。

 とにかく息を吐く、それもゆっくりと全部、がとてもよいのだそうだ。丹田に気を集中し云々・・・。
よい子のみんなは、くれぐれも、そのあと吸うのを忘れないでね。
 

 

 

 

 

一字不説

 と言うのだそうな。道元禅師は中国から帰って、何を学んで来たかと問われ、「柔軟心を学んだ」と答え、それっきりだったそうです。説明すれば曲がって伝わるのが落ちと・・・。

 大拙師も晩年、自分の西洋に広めた禅哲学が後随分と違うものになって受け継がれ始めるのを目の当たりにして、「わしも説明しすぎた」といわれたとか。

 わかる人には説明しなくともわかる。わからん人にはいくら説明してもだめ。なんていう経験ありますよね。

できました

画像川根.jpg
 ブログの更新はしなくてもこんなことや読書は欠かしません。私にとって呼吸や食事と同じなのです。

 で、階段が出来ました。あとは少し汚れてくるタイミングを見計らい、オイルステインで着色しようかと思っています。

 それはそうと、ついに「あなぐま」を見てしまいました。見てしまったどころか縁の下に住んでいるらしいのです。

 どうも一箇所だけ草の生えないところがあり、今まで気にもとめていなかったのですが、あなぐまの日向ぼっこの場所と思われます。

 そおっと気づかれないように見ていたのですが、向こうは向こうで気づいていないふりをして目を合わせないようにしていたらしく、カメラを向けるとすうーっと草むらのなかに消えました。

 これから少しづつペースをあげて行けそうです。

 

晴れ晴れと足跡と

画像川根 002.jpg 植えたばかりの里芋の種芋を蹴散らして行った動物の足跡です。今までの経験では猪に決まっていたのですが、最近は日本カモシカの姿を見てしまったため、どちらのものか判りません。どちらかと言えば後者の方ではないかと推測されます。

 何しろ自然動物の宝庫という感じです。夜になるとフクロウの声が聞こえてくるし、朝もはよからキジやコジュケイの声で起こされるのです。

 鶯なんかスリーシーズン鳴きっぱなし。狸,猿、猪、ハクビシン、鹿、イタチ、そして川のとんび。

 カラスや野良猫なんか見慣れているせいか親近感がある。

 まー決算も無事終わり、晴れ晴れと・・・。その間茶摘もやったし、いろいろこなしながらなのですがね。

 4月に一回、五月に一回、この二ヶ月で二回しか更新できませんでした。

 実は、リースしていたパソコンを返すにあたってデータを全部新しいパソコンに入れなおしたり、結局決算も一部ダブって打ち込む羽目になったりと、まーなんともはやのこの二ヶ月でした。

 

うーんぐぁー

 ぬおー。まーそうですねー。なんか久しぶりです。例の決算がまだなんで参っています。で、少し息抜きというわけではないのですが、まーそういうことかもしれませんが・・・。

 やはりですねー、目の前の飯を食うということが一番大事じゃないかと思う今日このごろなわけでして・・・。

 先の先まで心配して一生懸命働いて貯めこんでも、私など、もうこの年になると何時お迎えが来るかわからないのだし・・・。

 そんな事言うと、私の親はたいてい「いくつまで生きるか判らないのだから蓄えは必要だ」と、のたまう。他人様に迷惑をかけるなと・・・。

 正論のように聞こえる。ではどの位蓄えておけばよいのかと聞いても答えは返ってこない。どうやら多ければ多いほど良いらしい。

 そこが問題だ。生活のしかたでもずいぶん違うだろうし・・・。

 多ければ安心というのも、それだけ多く蓄えるときの苦労は計算に入れないでの話だ。

 それに、あれば有っただけ「もっと」と思うのが通例らしい。

 他人に迷惑を・・・と言ったって、多かれ少なかれお互いに迷惑をかけあいながら生きているのが人間で、「お互いさま」なのだと思うし・・・。

 それに、贅沢さえ言わなきゃそんなにお金って沢山必要なものでもなさそう、というのがここまで生きてきた結論。

 人によっては葬式は立派にとか、毎年海外旅行に行くし・・・とか、今の生活水準は譲れないとか・・・いろいろで・・・。

 まぁ好きになさればよろしいわけですがね。他人のことまで考えている余裕はない。

 こんな私って怠け者ですか。必要以上のお金を得ようと努力することがいつの間にか良いことにされてしまっているし・・・。

 やはり、世間と考え方がちがいますか。どーも今の社会は貪欲すぎませんか。そんなこと言っていると国際社会から置いてけぼりをくらってまずいですか。

 経済で一等国でなければだめな国であるという発想をわが国が率先して正してもよくはありませんか。

 日本には人格を重んじてきた伝統もあるし、過去には立派な人たちもたくさんいらしたと聞く。

 そんなこと無理ですかねー。努力の方向が違っていると思うのは私だけですか。努力そのものは大事なのですが・・・。

 

 

 

いつのまにか四月も四日になっていました

 この辺で浦島太郎なら玉手箱を開ける段になるわけで・・・。といっても私のばやい、酒池肉林はおろか、かなりストイックな、うーん、それ程大げさなことではないなー、そーねー、まー何と申しましょうかー。

 ってな感じで過ごしていたのです。えっ、よく解らないってぇー。あっ、自分でも良くは判らんのです、実は。

 ただ、自分の中身は混沌としながらも、周囲のこと、人のことを随分と考える機会が多く、自分の身体から精神だけ抜け出たような感じなんかなー、と。

 実際、自分の体はいつもどおり動いて仕事しているし、畑も耕していたし、四月に入ってからは通勤に自転車を用いるようにしたし、怠っていたのは決算のことくらいで、夏休みの法則に則って、これから集中力でやればよいし・・・。

 岸田流の浦島太郎解釈はまた別に有って、読まれると面白いと思いますが、私の切り口は現代精神分析のように知性的ではなく、教訓的と言いますか、遊びほーけてんじゃねー、といったところでしょーかねー。

 どーもですねー、あっ、この話し方自分でもうざくなってきました。気分変えます。

 どーもですねー、えっ、まーいいか。自分も通ってきた道なのですが、身近の人がうまく生きられないというときに、それは、実は俗世間に適合していないと言うことなんですね。当たり前ですが。

 赤子のときから成長する段階で、社会、つまり俗世間の中でうまくやっていけるように、親も所謂「幻想我」を教え込むというか、子供に刷り込んでゆくわけです。「あなたのためだから」とか言いながら。

 はなから持っている現実の自我は親、あるいは保護者がいないとどうにも生きていけない、自分だけの世界にのみしか通用しないもので、すぐに挫折してしまうのです。

 通用しないものにしがみついているとエゴイストとかいわれて肩身の狭い思いをしいられます。

 その筋ではこの段階は、自分が万能だと思える幸せなナルチシズムの時期なのだそうですが、私にとってはどちらでもかまいません。

 で、のちにこれがエゴイズムとなるのだそうですね。もう社会の洗礼を受けたあとですから。

 ここんところ、周りの人との会話がとんちんかんなことが多く、へこむことも多々あるのはどうやらこんなことを思っていたからだと思います。

 成長段階で曲がっちゃうんですよね。幻想我と現実我のバランスがくずれる。どうも社会の中で浮いちゃう。結果鬱症状がでる。脳内の化学物質の出方も自分の思うようにいかなくなる。

 俗世に生きるという時はどうやら、その幻想我が主役らしい。ある意味、欲望のままに競争社会に身を置くことであり、欲望を満たすために社会を作り、それをうまく利用していくということなのだ。

 ここで、欲望のままに、というと、あれっと思われるかもしれない。この場合の欲望とは、生きてゆくことの根本とはかけ離れたもので、人間ならではの作られた価値観によってさらにつくられた幻想の世界の欲望のことである。

 社会的地位とか、高級車とか、おおよそ普段お目にかからないような、例えば満漢全席とか、んちゃらこうちゃらとか・・・いろいろ・・・。マスメディアからのほとんどの情報とかも。

 それに比べ、現実我は本当に必要なことにのみ関心を持つので社会から孤立する方向性となる。反社会的ともいえるわけで・・・。

 つまり、余計な雑念の無い世界であり、少し大げさな表現をすれば、俗世間に対し聖なる世界とでも言わせてもらおうか。

 なぜならこれを貫くには禁欲的にならざるを得ないからである。

 西洋の二元論的な考えかたをすると、俗なるものから聖なるものへと昇華することが至高のこととなるが、我々一元論の世界の住人にとっては少々鼻持ちならないでもない。

 ご心配なく。俗から聖へ、そしてまた俗へと一度余計なものを削ぎ落としてまた舞戻って来ざるを得ないからだ。

 どうしたって、それ(俗)が必要悪であろうとなんであろうとやはり必用なものだと解ってくる。俗も聖も区別は無く、一体のものだとしか思えないのだ。

 西洋かぶれの一部の人には理解不能かもしれないが、人間というのはそういうものである。

 あのマルクスもこのへんの処はどうやら解っていたらしい。土台ソ連は崩壊するはずであった。

 しかし今、聖なるものを経ない俗によって人々が貪欲にはしり、同じく崩壊するはずの資本主義が生き残っている。

 貪欲ではなく、削りすぎてあまりに楽しくない世界でもない、丁度良い世界を目指すにはまだまだ削る方が多いように思う。

 クマールやガンジー、マザーテレサなどの聖者までは望むべくもないが、やはり美味しい物は食べたいし、楽しいデザインの服は着たいし、遠くへは車で行きたいし、なんていう自分も、もう少し聖なるべく精進しなければなーとも思う。

 社会的地位や高級車は自動的に向こうから遠ざかってくれているので安心なのですがね。

 いったいぜんたいどおすりゃいいのかねー。

 まー、人間って、どーにもこーにも・・・と見抜いたのが釈迦。まーきっと、それ以前に随分といろんな人が考えていたことを集大成したのかもしれないけど、とにかく人間臭い奴だったに違いないわけで、暫くこの人と対峙してみようと思う。

 後世、いろいろ方法論、空とか禅とかなんとかいろいろ考えてくれた奴もいるけどね、どうにも理屈っぽくていけねー。

 それで今度は理屈はいらねーからこんなん唱えてりゃいずれ解るなんて悠長なのがいたり。

 まー、いずれにしても似たり寄ったりの方法論には違いないので、ありがたく教わることにしといて、自分らが作った幻想に苦しめられるのだけはご免なんだよなー。良かれと思って作り出したはずの幻想なんかによー。

 まー、想像だけど、一度聖なる世界を通って戻って来れば、幻想我も自在にコントロールし、現実我の質を高められ・・・なーんちゃって。どしたらよかんべー。

 少なくとも先の先まで計画をたてー、なんたら主義の五ヵ年計画みたいのはきっと人を幸せにはしない。

 むしろ宿題なんか忘れて遊びまわったあの頃が一番良かったのだと思う。時間が永遠のものに思えていたのだから。

 いまさら玉手箱開けるつもりもない。どこかに捨ててしまおうっと。

 では皆の衆、我輩の決算なんちゅう俗俗する仕事が終えるまで、暫し、お去らばでござる。

 

 

 

 

 

 

 

 

清水屋の店長

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 清水屋のお父さんではありません。店長です。入って行くと人間の店長さんの反応が遅い分、この店長が真っ先に大歓迎してくれるのです。

 人間の店長さんと暫しお話をしてきました。話ていると先の店長がクイーンとかムウーンとか時々自己主張したりします。

 いろいろなお客様がいて・・・という話から、お店のサイドからのよその珈琲豆に関しての表現という意味、或いは当社比なんてときなどで私が言ったのは、「まずいとかだめとかのマイナスの方へ行かないで、美味しい、でももっと美味しい、とプラス思考がいいですね。」と。

 これって先日、八幡町のsatokoさんとの会話の中で話していたことでもあるんですね。

 satokoさんに「今日のテーマはそれですか」と言われてはっとしたのですが、ブログの事でもあったのですね。

 人生のシーンの多くの場合、比較で論じられないことの方が多いと思いますが、どうしても比較しなければならない時には、この、原点からマイナスの方へは行かない根性が大切の様に思っています。

 わざわざマイナスの方へ行かなくても自然といつも出直しになっているし・・・。振り出しに戻るとか一回休みとか双六のよう。

 satokoさーん。やはりこれがテーマでしたよー。

 

清水屋さんに行ってきました

2002_05310005.JPG 

 東武東上線「柳瀬川」駅の本当にまん前に移転オープンした自家焙煎珈琲豆屋「清水屋」さんの写真を撮ってきました。想像よりはるかに、ずーっと良い店(失礼かな、違いますよね、褒めてます)でした。

 あい変わらず、店長は健在でちゃんともてなしてくれます。写真も撮ってきているのでまた明日、店長のお顔を載せたいと思います。では・・・また明日。

 

猫屋横丁の日に

 昨夜の台風から一転、晴れ間も見えて良いお天気になりました。猫屋横丁もいつもどおりスタートしています。

 孫市もいつもどおり香七絵にて行っております。
 
 私はと言えば、市民文化会館にて市の「環境フェスタ」がとり行われており、そちらのコーヒーの面倒を見に早くから活躍していたのでした。

 所謂「レインフォレストアライアンス」のグァテマラ・アンティグア(メディナ)を特別に仕入れ、ご提供させていただいております。

 この豆、69キロ詰めなので暫くは有ります、従いまして自動的に店で販売いたすことになります。

 いやー、なんともどうもですなー。昨日いそがしかったので今日は大丈夫かな。なんて。どういう意味だかなー。

 とかなんとか言ってたら、続々とお客様が見え始めました。今日も今日とてお客様次第と言うわけで無心にやって行こう。

 悪天候の前は忙しいとのジンクス、はずれません。出来れば今日はのんびりと・・・。

 

 

根きり虫ご存知ですか

 ここんところ更新なかなかできません。今年は花粉も少ないのに変ですねー。と、自分で言う。

 なんか毛のない毛虫みたいでぷよぷよしたやつで、潰すのも気持わるいんです。この虫。

 で、掴むとまるまっちゃう。とっては投げじゃないのですが、なるべく遠くに投げる。

 師匠からはどんどん潰せと言われたり、オルトランという薬を播け、とか言われるのですが、なんかどっちもいやで・・・。うーむ、なちゃけない。

 私の場合、いろいろ考えるでも無く考えながら耕しているのが好きです。勝手なもんで・・・。

 しかしまー、最初の頃に比べたら随分と畑らしくなってきたしなー。

 元は川原だったらしい土地で石ころがたくさん産出します。あの、線路の下に敷くようなごつごつしたのが大量に。

 運んで庭に敷きこんでいるのですが、ざっと数えても一トンは下らない勘定で、まだまだ増えそうです。全て人力です、五年間ずーっと。

 こうして行けば山だって移せます。昔の中国のたとえ話のように。何代もかけて。

 都会でせこせこしている方が多い私にはとても有意義な時間に思えます。

 ではまた。

 

 

 

苦しみの価値を認める

 SAPIOという雑誌面上に曾野綾子氏がお書きになっているので、お読みになられた方も多いと思います。

 技術立国の日本なのに、最近では大工、木工職人、植木職人、農業にたずさわる人など長年かけて地道に苦労をかさねようと言う人が減ってきたという内容です。核心のところはもう少し大きなお話で読んでいただくとして、私はこの苦労という所に引っかかったという訳です。

 この苦労すなわち苦しみ、この価値を認めることが大切だと言っておられる。

 やはり言葉を使うプロですね。すごいと思いました。当たり前のことと思ってしまえばそれまでですが、「苦しみの価値」うーむ。

 自然と向き合う職業人の求めているものと言い換えられますか。この苦しみを乗り越えてこそ手に入る価値ってものを。

 大工、木工、植木、皆自然の産物である木が相手だなー。農業なんてお天気や季節変動に始まって土とかも大事だし、受粉したりしてくれる虫だってなー、大自然相手そのものだしなー。

 もちろん自分の意思とは関係なく自然は存在しているし、そりゃもう経験者の言うことがすべてだし・・・。本読んだり学校行ったからってなんの役にもたちゃしない、ような気がしている。実際にやってみての話。やっぱり苦しみは多いと思うんだよなー。

 ただ、学校で基礎を学んでいれば鬼に金棒だったろうな、とは思う。
 
 本は本によって書いてあることが違うし、近所の農家の師匠には「本なんか読んだってだめだよ、その場所によってちがうんだから・・・。」といわれるし・・・。

 自然というのは、二度と同じ条件が重なることは窮めて稀であることは確かで、まーあん時に似ているからこうすべー。ということの積み重ね。すごい。

 大工さんがたの「木」もそうだと思うしなー。同じ物は二つとして無い。南洋材なんかはみな同じように見えるけど、きっと少しずつ違うのだろうし。

 しかしまーなんだな、珈琲の焙煎も自然相手なところは同じなんだよなー。生豆はいつも変化しているし、毎日環境条件も刻々と移り変わる。経験がものを言う。

 始めたころ(もう二十五、六年前)の古い話でなんだけど、そんな大自然相手に「俺が焼いてやるー。」「俺の言うとおりになれー。」ってんだからねー。あっしも若かったんでごぜーますよ。

 いやー、苦しくって何度やめようかと思ったことか。胃は痛くなる、焙煎機は蹴飛ばす、足を痛くする。もー。

 今になってあの時苦しんどいてよかったと思う。と同時に、弟子には同じ苦しみはあじあわせたくない。一歩進んだところから出発してより良く珈琲豆を焼いてもらいたい。

 

 

と、まー無農薬でやってるんですがねー

 この冬初めてレタスとキャベツに成功しました。春、夏の葉物は虫が付くので穴だらけになります。

 よく言われるとおり、農薬使って虫も食わない野菜より虫の食ったものの方が安心と思うしかありません。

 このほかにブロッコリーや小松菜が上手に出来るようになってきました。

 これも良くいわれることですが、この虫食いは農家の経験者以外にはなかなか手が出にくいようです。

 最近では特定のお客様がつき、店頭には並べなくなりましたが、やはり虫食いは売りづらいのです。

 農家の経験者は「都会の人にはわからないんだよねー。」と元気づけてくださいます。べつに都会の人が悪いわけではないのですがね・・・。

 何事も自分でやってみるまでは人のことは言えない。と思う。

お時間を少々いただいて

 川根の地区の役員会に出席してまいりました。これにて役職が全部決まり、後は総会にてシャンシャンを待つだけとなりました。

 先般、長老が座長となって云々をお話ししましたが、その締めくくりです。

 座長「この歳になって忘れっぽくなって、この会も忘れていたぐらいで、今日は白紙で臨みたいと思います。」

 地区長は内々に2班の班長のマサシさんがやってくれることになっており、副地区長もすでにたのんであって、お三人で相談の上もうほぼ全部決まっていた。えっ・・・白紙じゃ・・・えぇっ。

 座長「だいたい6割がた御本人には了解をいただいているものと思っていますが、だれそれが何々、これこれこうなって云々。」

 マサシさん「まぁこれでどうでしょうか。」「いちいち諮っていてはまとまらないのでこれでお願いしたいのだけども。」

 拍手ー。

 座長「良く見てもらうと文化部長と産業部長がまだでーぇ。」「文化部長を文化部の人達でちょっと別室で話し合って決めてきてもらえんかなー。」

 文化部の人達別室へ。

 しばらく雑談で時が過ぎる。

 おばちゃんA「あのひとは・・・」と私の方を見る。

 おばちゃんB「ほれ、かじやの、あの・・・。」

 おばちゃんA「あー、週に一度来て、あー。」で私がぺこりと挨拶をする。

 座長「なかなか産まれんなー。産婆を呼びにいかにゃーならんなー。沸かした湯もさめたなー。」「別室行くふりして帰ってしまったかのー。ちょっと見てくるで。」・・・・。

 座長、帰ってくる。しばらく間を置いて文化部の人達も帰ってくる。

 新文化部長「まーある程度は予想していたし、やりますで。」

 座長「後は産業部長だけども、なー。」

 新地区長「まー本来なら副班長の中から選んでもらうんだけども、まぁー顔ぶれ見回すと、私んところのこの人はうちが姫宮さんの当番になっててそっちのほうで活躍してもらうだでなー。」「三班は・・・私のこと・・・週一だで・・・この人はこう、あの人はあー、・・・やはりみな無理のようだで・・・。」

 座長「なー、文化部の○○さんよー。経験も豊富だし、どうかなー。」

 ○○さん「やっと文化部長まぬがれたばかりだけども、まー出来ないこともないし・・・。」

 私「そういうことで役に立たない私がいて申し訳ない。というわけで是非、頼りにしていますからよろしくお願いします。」

 ○○さん「それじゃー、うーん・・・・。」

 私「助かります。」

 新地区長「たすかるで。」

 というわけで全部決まり。いやはやたいしたもので・・・。所要時間約四十分。

 

 

 

 

農業はもともと共生でコクーンなもの

 そこへ工業製品の耕運機や化学肥料、農薬などが使われはじめたころからがそうでは無くなって来た。農産物を輸入するようになり、最早引き返せなくなった。

 これも、元をただせば黒船が来たことに由来するのか。

 個人商店が壊滅し、スーパーとコンビニ、100円ショップ、そして駅中の飲食店、良さげなファストフード店、美味しそうな御菓子等のみやげ物ショップがあれば商店街はいらない。と豪語する人も居るくらいだ。最近ではドラッグストアなるものまで巾をきかせている。ディスカウントストアとか。

 それに輪をかける生協等の配達つきの直販。ネット通販。それ以外の通販。通販、通販・・・。

 その反面では、匠の作ったものが雑誌等でもてはやされ、生活の一部としてそのような物が活かされている。まぁそれも通販状態がまま見受けられる。

 まさに消費の現場が地域の共生を必用としなくなった。かのようにみえる。

 しかし待てよ。とまでは思う。自分が個人商店をやっているからだろうか。

 私が商売を始めたころには最早大手スーパーの時代になっていた。

 そこで考えた。大手スーパーに出来ないことをすればよいと。

 つまり、人通りをスーパーにつくってもらい、その横で、より品質の良いマニュアルどおりにはいかない物をつくって売れば良いのだと・・・。

 これを製造直売のコバンザメ商法と名付けて実践している。大手が来たってその方がもっと人通りが増えるのだと思えばよい。いくらでも来いってんだぃ。

 でも毎日が不安と戚謬感。これに耐えてなんぼの自営業なのだ。もーいつも土俵際。

 おそらく客数は千分の一と思われるが、その貴重なお客様と千倍、いや万倍も密にコミュニケーションをとれば、お客様の方から不安を取り除いてくださるし、寂しくない。その分こちらのエネルギーも万倍となる。お客様も喜んでくださる。

 

 

頭は冷えたんですがね

 畑の方は佳境に入ってきました。どんどん耕しています。
 
 桜の咲く頃に一斉にいろいろな種を播きはじめる準備です。

 もう体はポッカポカ。随分汗をかいて、真夏並みとまではいかないまでも、相当喉が渇きました。

 で、夏用のアクエリアス2リットルの出番が久しぶりに到来です。まだ毎年同じことをしているという感じではありませんので、その点まだまだ希望に燃えているというか、あーもしようこーもしようが先にたち、飽きることもありません。

 耕運機があったり、車で現地まで行けたり、作物もそれで運んだり出来る時代になって、少し前までせいぜい牛馬を使うか全部人力でやっていたのに比べると、農業が楽しみとも思える時代になったのだと思います。

 もちろんお天気や鳥獣に左右されることなどビニールハウスや電撃柵でもなければ昔も今も変わらない苦労は有るんですがね。

 そして都会でお勤めしている人達と同じにお金が入って来ることさえ望まなければ、ですが・・・。お金がかからない生活も出来やすいですからね。空気は良いし、土地も安いし・・・。

 実際に現代人においても楽しみが生きがいになっているのは同じなのですが、クールな江戸町人との大きな違いは、海外旅行(グローバル)、工業も農業もなにもかも化石燃料に頼っている(拡大)ところです。

 ただ、江戸時代は鎖国をしていてグローバルでなかったというのは眉唾らしい。

 それについては奥野氏や田中優子氏の著書を参照されたい。

 

 

 

 

クールな江戸町人

 自分の楽しみを価値観の中心に置く人々でしたよね。この「楽しみ」こそ人生の醍醐味だというのは間違いないと思います。

 ただ、この「楽しみ」こそが人それぞれ違うのです。テレビ等外から与えられた価値観に翻弄されたりする場合は別に考えるとして、一つ見つけたらずーっとそれだけという人もいるし、次つぎいろんな楽しみを見つけ出す達人がいたり、結構本当に様々。

 で、流行のエコロジー的な楽しみとなると、もうこれは侘び寂びになってゆく。既存の茶道やらなんやら道のつくようなものは大抵そういうものだし。江戸時代のものは芸事にしろなんにしろこの道の影響を受けている。

 任侠道ってのはどうなんだろう。昭和映画の造語かな。ま、賭博は道はつかないように思うし。

 するってーと、エコロジー的な生き方というのは「道」につうじるのかなぁ。

 自分の事で考えると、あんまりストイックにというか「仕事きっちりっ」みたいなのが続くと、たまに不良になりたくなったりする。羽目を外したい。

 たばこがダメダーァッ、ほな吸ってやるーぅ。とか。例えばの話。

 今日なんか、ハザード出して止まっているタクシーの写真を撮っている例のライトグリーンの服着た二人組みがいた。

 タクシーがふつーの家の前でハザード出して運転手がいなかったら、お客を迎えに行ってることがほとんどだと思うし、お客は年寄りか障害をもった人かとにかく親切な人なら車を離れて手助けに行くのは当たり前だ。

 妊婦や病人かもしれねーじゃねーか。くそったれめぃ。

 そんな推理もはたらかねーやつら雇ってんじゃねーよ。写真なんかとってねーで一緒に手伝ってこいってんだばかやろー。もう不良になってやるぅー。

 と、不良願望つながりで、また横道にそれました。

 あっ、これ公務執行妨害とかになっちゃいますか。私は熱くなるとどーもいけません。逮捕されても言うことは言わなきゃ弱い者いじめを放っておくことになる。変な平等意識で、なんでもかんでも一緒くたにすんじゃねー。ということなのです。

 もちろん、悪質なのはどんどん取り締まってくださいませ。

 しかしまーなんだ、ブログ始めて助かっているのはまわりにいる人達で、こんなのいつも聞かされていた。
 
 あっ、ブログ見てくれている人が今度は迷惑か。ごめんなさい。

 せっかくクールな話だったのに台無し。ちょっと畑で頭を冷やして出直します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またまた異なる角度から

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 禅の話に戻ります。言うまでもなく、「侘び寂び文化」は禅の考えからでています。削いで削いでどこまでも削ってみる。そこに本当の生き方が見えてくる。

 これも繰り返しになりますが、いくら飾ろうと、物を持とうとかえってやっかいなだけ。

 ただここで間違えちゃいけないのは、人それぞれキャパというものが有って「各人の身の丈に応じて」というのが前提になっているのは言うまでもない。ただ貧乏ならよいというわけではない。

 禅と侘び寂びとの関係は空性が禅という形をとり、また侘び寂びとなる。したがって、これまた何の因果か縁によって結ばれているところの空性同士といったようなことになる。

 唐突のようですが、江戸文化と近未来文化をみごとに対称させている奥野卓司氏によれば
『共生をめざす生き方、すなわち、所謂「勝ち組」とは正反対の生き方、エコロジーであるがグローバル化されない、むしろローカルな(コクーン化)生き方をクールな江戸町民の生き方』としている。

 さらに『この人々は楽しみという価値を自分の生活の中心に置く人々のことである。』としている。

 おそらく空性に最も近いか最も遠くにいるか、両極端の人がこの中に入るのだろう。

 ちなみに彼は現代社会をグローバル化とコクーン化をX軸に、拡張と共生をY軸にとり、それぞれの象限に名前をつけている。

 第一象限を『グローバルに自分の勢力、金力を拡張する『勝ち組』=ヒルズ族

 第二象限を『地球の未来を考えて自分の生活をコントロールしようとする』=エコロジスト

 第三象限を『自分の興味や関心にこだわりつつ楽しみという価値を自分の生活の中心に置く人々』=クールな江戸町民

 第四象限を『自分の部屋にひきこもり、パソコンで同じ趣味や関心をもつ仲間とだけつながろうとする』=オタク

 だそうな。なんと的を射ていることか。感心しきりです。

 こうして全部の象限が満たされると少しは安心する。しかしこれも平面上でのこと。

 自分が何処に入るかなんて考えたら夜も眠れない。

 安心=安定はまた不安定と同じ。せめて立体的に、時空を超えて考えてみよおっと。

 満つれば欠くる。とは中学の修学旅行で薬師寺の高田さんという坊さんに聞いた話。最後の質問コーナーで手を挙げて深く掘り下げた話をしてもらったのがついきのうのような気がする。

 

 

 

さらに違う角度から

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 まあ仮に部分の集まりが全体だったとしても、こうして部分部分の写真をいくら撮り続けてもあくまで全体像は各人が勝手に想像するしかないなー。

 ちょっと横道にそれてしまった。悪い癖との自覚はあるけど、こうして人生を送ってきてしまったので今更変えるよりこのまま突っ走るぞと思います。

 どんなに勝手なこと思っても、それは上っ面のことで基本的な心の置き所といいますか、そんな様なものはそうそう変わらないようで、あまり心配しなくなりました。

 で、空性でした。

 まあ昨日とまた少し違う切り口で言えば、「人の余分な、後からくっつけたものを取り去ったときに見えてくる本来の生き方とか心の置き方、ありかた、である。」とも言えないだろうか。

 人間はある意味優秀(裏側から見ればおバカ)だから、その本来性(空性)に何かを加えてより良く(勝手な基準で)生きようとする。

 しかし行過ぎがおきる。手段が目的とすりかわる。この目的を空性と言ってもよいかもしれない。

 してみるとですね、以前からやはり気にはなっていて鈴木大拙師の著書に浸っていたあの「禅」
がまたクローズアップされてくる。

 というところで豆を焼かないとビンが空っぽ。        つづく

 

別の角度からのショット

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 で、まぁ要するに結論から言えばつまらん幻想にこだわって苦しんでるんじゃねー。ということらしいのですが、なんか岸田唯玄論によく似たところがある。

 この世はすべて縁によって繋がっていて、「繋がっている限りにおいて」、実際に存在していると勝手に思っているがじつは「空相であるもの」も「存在する」。

 全体と一部分は同じものであって、部分を集めて全体になるという考え方は通用しない。

 実は確かに存在すると思っているものもそのものだけでは存在していないというか存在できない。ご縁というのが大前提にある。

 まぁ私流の天邪鬼から言うと、じゃー縁があれば存在があるわけね。となるのだが、じつはそういうものでもない。やはりあるけどないのだ。常に変化する。

 じゃー全体とは一体何だと言われても「わからない」と答えるしかない。

 実は去年の今頃、「仏法僧に帰依する」というこの中に出てくる「僧」が坊主のことではなく、「サンガ」という言葉の音訳だということを知ってから、なにやらこの「空」が気になってしかたがなく、様々な問いかけをしていたのでした。

 「サンガ」とは集いのことだという。まさに縁の生まれるところなのだ。

 すべてのものが縁でつながっているのは、すべてのものが空だからそうなる。

 常に変化するという。諸行無常。精神的にいつも不安定。あー。不安定で当たり前だったのだ。

 いつも心のどこかに風穴の開いている自分と対峙して、なんとかこの不安定さの源の風穴を埋めようとしてきた。不安定は不安でもある。

 それで、人と人とのふれあいとか、ご縁とか、大切にしたいと思ってここまでたどり着いたのかもしれない。

繰り返しになるが、不安定がじつは安定だったとは・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 
 

どーもまいったな

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 お前がまいってどーすると言われそうですが、前回の写真、手振れではありませんでした。接写モードで写した故のピンボケでした。そう、拙者がわるいのでした。

 しかも石碑に古墳と書いてあるなんぞといい加減なことで。本当は「墳丘墓」でござった。

 そうこうしているうちに、今年もジャガイモの種を植えはじめました。これから先暫くの水曜日はヘトヘト状態が続きます。

 来週の水曜日は朝早くから「ビン、缶」ごみが正確に出されるかの見張り当番だし・・・。

 ただ、耕運機で耕している時間は案外瞑想の時間です。

 また農業の一年が始まるわけで、区切りも良く、自然と一年の総括的なことになりました。

 なんかなー、中学時代に暗記した奥の細道が脳裏に浮かんだんですよね。

 当時は字面を追って約文を読み、解ったような気がしていただけだったようです。

 今は実感としてと言うのですか・・・。旅の意味というのでしょうか。少しづつ解ってきたような・・・。

 当時は実際に芭蕉が旅していたことのイメージが強く、核心はそこじゃない部分に気をとられ、と言うのしょうか。

 特に「漂泊の想いやまず」「日々旅にして旅を住みかとす」のあたりは、まさに今の自分の心そのものなんだなーと思ったのです。

 時間というものが自分の思い一つで長くも感じたり、時計で測れば同じでもすごく短く思えたり。

 ものすごく不安定この上もない精神状況なんですね。グリニッジ標準時で全部規定してしまえば安定するとは思うのですが・・・。

 時空を超えて漂泊している感じかなー。人の心に限って言えばとっても自由なんです。自由だからこそ不安定。

 日々時空を超えて心の旅をしている。様な気がする。

 前置きが長くなってしまいましたが、この一年、あの「空」という無いけど有るけど無いんだけどやっぱり有るけど・・・。ってやつを考えるようで考えないで、ずーっと心に留めないようでひっかかっているようで、いないようで、いつも問いかけてきました。

 何に問いかけてきたかも不明ですが、わかってしまうとなんかつまんなくなりそうなので無理にわかんないままにしながらまた土俵際でまわってまわってなんとか生きてきました。 つづく

 

 

 

 

 

吉祥寺ローカルに反響

 いやー、皆さん思うところは似たりよったりなんですねー。

 長男堂からことり焼き菓子店、珈琲家香七絵、ベルギービールカフェLui,黒丸屋そしてふみやへとつづく「吉祥寺ローカル」。

 ご賛同いただける方続出でござる。

 じつにおもしろい。

 21日の日曜日はお天気も良さそうだし、長男堂の月に一度の「猫屋横丁」の日にあたります。お花見幹事の方々、是非下見を兼ねてお出かけくだされ。

 で、褒められると天まで昇る。ちょーしに乗って吉祥寺の街なかを「吉祥寺モーカル」と名付けました。どうもこりゃー叱られるかもなー。

 まぁオヤジはしょうがないとお思いくだされ。オーカル(おぉ軽ッ)と自嘲しています。このくそ寒いのによけいさぶくするなーとはよく言われます。

 そんな事言われたってめげはせんのが亀仙人、じゃなかったオヤジじゃー。

 ちなみに長男堂の市の日には香七絵にて孫市(猫屋横丁の)があります。少しは覗いてみてくだされ。

 そんな事ばかり言ってシーカル(叱る)ぞーなんてつまらんこと言ってもだめじゃ。

天王原古墳

 昨日ピンボケで澄みません。真ん中の石柱には「天王原古墳」と彫られています。

 しかしまーなんだな、ここのところダム建設や撤去、中止するのしないだの、古くは成田空港のあの騒ぎ、今もって完成していない。

 どうやら、この、昨日の、それからその前の、多数決じゃない決め方の長所と人の心の開き方というか、時間の使い方というか、しっかり熱いハートをもって人と接するという、そのー、そんなことしてたら埒明かないですか。

 少なくとも成田の場合、もう少し違う形になっていたはず。

 だいたい、どっかで儲かるやつがいる多数決ほど胡散臭いものはない。

 でもそれが現実。

 もう一つ言えば、儲からないけど、第三者的、評論家的、偽善的、ちょっと言いすぎかな、つまりあくまで責任をとらない人のイニシアチブと言ったような物も同時に胡散臭い。

教育もろくに受けられなかったとか、難しい話はわからん、という年寄りでもお金に目の眩んだやつを見抜く目は持っている。

 うまくはしゃべれねーけど。なあ。とか。

 んまぁー、よくはわかんねーけんどもそりゃー少し違うんじゃぁねーか。とか。

 一見無知のようでも真実をしっかり見つめている。そんな人はたくさん居る。下手に情報に左右されて来なかった分心が澄んでいる。いつもきれいな夜空の星を見ているからだ。

 見ているだけじゃない、しっかり涙しているからだ。

 そして責任をとる。しっかり生きているからだ。学びたい。

 

 

手振れ

2002_04250001.JPG
姫宮さんの話をしようと思って、帰りがけにあせって・・・。まず言い訳から。

 先週、今週とじゃがいもの植え付けの準備と茶畑の肥料やりとで予定がぎっしり。

 その上、枯れた草は今が一番取り易いので枯れ草をとり、堆肥を作るため一箇所に集めています。ここ数年間あちこちに出来ていた草の山も片付けつつ堆肥の山の一部にする。

 もう筋肉の限界。一輪車を押す足腰もふらふらな感じです。

 てな訳だかなんだか、写真がぶれています。

 4枚撮ってこれが一番ぶれていないなんて・・・なんじゃこりゃー。

 で、本題の「姫宮さん」。

 この写真の古墳は私の家の斜め前にあり、まちの教育委員会の説明掲示板もこの右側にあります。

 考古学的には正式な墓ということでは無いらしいのですが、南朝の後醍醐天皇の首級が納められていたということです。

 今でもその子孫の方たちが「薗田」さんという苗字で点在しています。

 写真はまた今度お見せしたいと思いますが、姫宮神社というのが丁度三角形をした斜面にあるこの地域のその頂点の所にあります。

 小さな祠があるだけですが他の神社が移転合祀される中、ここだけは別格の扱いです。

 後醍醐天皇の姫様を祀ってあるのだそうですが、きっと非業の死を遂げられたのではないかと推測されます。

 考えてみれば南北朝の時代は比較的新しいわけで、人々の言い伝えもはっきりとしていて不思議はありません。

 要するに後醍醐天皇がどうたらとかその姫様がどうと言うことはさて置き、この地域の人達が全員集まる数少ない祭りがここで行われます。

 歴史的には敗北した側ですからマイナーな祭りには違いありません。人の心とは一体何なのでしょうか。

 時として権力側につき、またある時には敗北者に心を移入する。

 「かわいそう」って何だろう。判官びいきという「思い」はこの山河に暮らす人たちに独特のものらしい。

 「優しさ」って何だろう。やはり弱い者を助けるっていうことか。その気持が解るっていうことか。

 強い権力者に自制を求めることもその一部か。強いのだから何でも手に入れて当然ってもんじゃない。

 一網打尽式のアメリカ形資本主義は、どうやら権力者側についていれば食いっぱぐれないだろうと言う誰でも持っているエゴイズムを購買欲にうまく変換する機能を備えているらしい。

 しかしそこにはここで言う「優しさ」はない。

 短時間では人の心は解らない。

 香七絵のお客様でも表面だけで通り過ぎる人が少なくない反面、一年も二年も通われて後、初めてポツリポツリとご自分の事を話始める方もいらっしゃる。

 打ち解けてもそれだけじゃないんですよね。打ち解けたと思ってから私のいうお互いのラリーが続いていく。

 本当にこの人は安心できる人だとお互いに思うまで続く。

 安心して初めて自分の内面を打ち明ける。そうなる前に私の方はとっくに内面をさらしている。

 まぁ開けっぴろげな性格が幸いしたり、墓穴を掘ったりで、日々とんちんかんとやっている。

 いつの間にか変な方向の話になってしまいましたが、長いこと自分の心の中のよりどころとしてきた事は俄かには変えられないし、それが人との繋がりのもとであったりすれば尚更のことなのでしょうか。

 どうやらこちらが強がっている時(私流に言えば鎧を着た状態)の時相手は心を閉ざし、弱さを露呈しているような時、情けをかけてくださるというか心を開いてくださるというか・・・なんですね。

 しかし決してこちらがかわいそうとかじゃ無く、あくまで対等の、時にはこちらから、あるときは向こうから、自然と。

 理屈で人の心は開かないんですよね。人情というわけの解らない世界とこれまた本当には解っていない時間という不可思議なものに随分と左右されるものみたいです。長ければよいというものでも無いみたいだし。

 でも別に湿っぽくないんです。案外乾ききったところでポロッとお互いに。なんですね。

 

 

 

 

 

 

 

ここのところ出たり入ったりで

 落ち着いてパソコンの前に居られませんでした。

 実のところ、この土日も野暮用で川根までひとっ走りしてきました。

 来年度に持ち回りの副班長を引き受けることになり、引継ぎの儀式に参加と言う訳です。

 新旧顔合わせ、といっても顔なじみばかりだしすぐに終わり。

 旧の役員はその後すぐにご苦労さん会のため別室へ。

 新の役員のうち班長、正式には「組長」(この方がどすのきく感じ)、出席者6名(欠席2名)で地区長を決める段になる。

 まず、その中の最年長者が座長になり、皆の意見を聞く。今までの各組の実績等をふまえ、また他のお役目とのバランスと言いますか、そんなことも勘案して来週の土曜日にまた過去の資料を持ってきて組長だけ集まって決めることにあいなりました。

 こういう多数決とかでない決め方を久しぶりに目の当たりにしました。

 そういうことで30分くらいだったと思いますがお開きということに・・・。

 ちなみに川根本町の「梅高」地区というところなのですが、私の家のある「梅島」と「高手山」が合併して一つの地区になっています。

 4月はじめの姫宮さんのお祭りをまず新地区長が仕切らなくてはならないので早く決めなきゃね。という話も出ていました。

 この姫宮さんについてはまた今度ということで・・・。結構歴史は後醍醐天皇にまで逆上らなくてはなりませんので。

   

すわ心霊写真か

 昨日のサーターアーダギーの写真、そうです一番左のアーダギーの向こうからじーっと見ている人が・・・。

 ご心配なく、これは珈琲シュガーの写り込みでした。

 さて、「ローカル」。

 長男堂からことり、香七絵(ルウイ、黒丸屋)へとつづくこの地域を「吉祥寺ローカル」と名付けました。

 そのうち、なんぞの雑誌にこんな名称で出てしまうかも。

 題名が題名ですから、心霊スポットかと思われたりして・・・。

 イイエ、違いますぅ。でも、熱いハートの霊的スポットなのかも。

 かも、かも、かも・・・・、いろいろ想像するのは楽しい。

 しかし、これからはローカルの時代です。間違いない。

 何故なら中心地の金儲け主義に飽き飽きしてきたからです。(中心地にあっても頑固一徹、気に入らねー客には売らねーなんて店有るかもしれませんがね、M氏のやっているコンテoooリーのような・・・あっごめん)。

 この「吉祥寺ローカル」、できれば千川を越えてクリスマスローズの「ふみや」さんまでつづけたいところです。

 間に中央公園もはさまり、お散歩コースに良い。

 長男堂でランチ、黒丸屋でコーヒータイム、香七絵で情報を仕入れ、ことり焼き菓子店で美味しいお菓子を仕入れて中央公園へ。そしてちょっと足を伸ばしてクリスマスローズを見に行く。

 んでもって引き返しがてらもう一回香七絵のあたりまで戻ってくるころにはベルギービールカフェのルウイ開店の時間(17:00から24:00まで)。桜のころにはほろ酔いでライトアップされた夜桜が一段と美しい。

 ルウイのマスターのお人柄に接した後なら、まだまだ肌寒い夜桜シーズンのこととて、心のそのまた心棒まで暖かくなること請け合いです。

 桜のシーズンには是非辿っていただきたいコースです。

 そうでしたローカルでした。場所も人間も素のままローカルですから、ま、自然体で行けば良いのですかね。

 そもそも気取った客は相手にしない(出来ない、能力的に無理)のですから(香七絵限定の話ですが)ね。

 そうこうしているうちにおいでくださいましたとも、下駄履きのお客様たちが・・・。

 ねたまーぬよーおにー、あせらーぬよおにー、かざったせかいに流されずうー、すきなーだれーかぅおー、想いーつづーけるー、時代おぉくーれのおー、おとこーになりーたいー。ってなもんでぃこのやろー。

 

 

 

 

 

いただきました"サーターアーダギー"12個も

2002_04130002.JPGいつも立野町からご夫婦で来てくださる奥様のお土産です。

 今までも何度か食したことはありましたが、フーンという感じでした。が、しかぁーし。

 な、なんと、うっ、うまーい。

 特筆すべきはこの後味のすばらしさ。口の中の幸せがづぅーっと続いています。今でも。

 ご実家のおば様の手作りなんだそうで、背負ってくるほど沢山持たされて来られたそうです。

 沖縄に限らず田舎、内山節氏の言葉をかりて「ローカル」、をしっかり守っている人達ってハートが熱いんです。

 その熱いハートで作るから美味しいんです。自分を犠牲にしてまで人を思いやる。都会人からするとちょっと押し付けがましいか、とも思える・・・ような・・・。

 もちろん出来立てを頂いたのですから美味しいに決まっているのですが、お金に換算できない、換算したらとてもじゃないけど高価になってしまう、というより換算なんか出来ない熱いハートが込められているのです。

 お金を出しても買えないってやつ。

 後味がしっかりあるのを「コク」というのだという説がありますが、まさにこれか。余韻というやつ。

 しかしまーなんだな、俺も熱いハートでコーヒー焼いているからな。少なくとも自分ではそう思っている。

 そういえば、俺もちょっと押し付けがましいか。

 心はローカル。なかなかカッコよくならない。ずーっとこのまま、どろくさいまんま一生を終える覚悟が出来たような気がする。

 子供の時からカッコ良くなりたいと思ってきたけど、もう無理。

 こればっかりじゃなく、こうなりたいとかの希望がかなえられたことは無い。

 めだたーぬよーぉにー、はしゃがーぬよーぉにー、にあわーぬこーとはー無理をせずー、ひとのー心をー、みつめーつづーけるーっ、時代遅ーれのーぉ、おとこーになりーたいーっとくらぁーっ。

 

 

 

 

相次いでオープン

 ここへ来て、隣りのベルギービールカフェ。黒カレーの黒丸屋が少しづつ動きはじめました。

 新座の清水屋さんも柳瀬川の駅前に移転が終わり、普通なら面舵をいっぱいにとり、針路を変更、帆に風を受け・・・なんてところでしょうけれどねえ。

 頑固一徹、針路はそのまま、風の向きなんか見向きもせず。まさに何処吹く風。

 さすが清水屋。天晴れ。

 香七絵の毒気を一度吸ってしまうと皆こういう感じでうろたえず。

 なにもあわてなくてよいのです。

 それぞれ持ち味があってのスタートですから方針を曲げてはいけないのです。

 はじめのうちはお客さまたちのほうが心配してくださいます。

 そのうちに真価を発揮すれば御恩返しになる。

 目先の見栄やお金に惑わされてあたふたしてしまう人をよく見かけるのですがねえ。私の息がかかればそんな事には惑っている暇も無い。人生道をしっかり生きればよろしい。

潜入ルポ カメラマンは見た

 誰も居ない隙に忍び込んで激写してきました。320万画素の旧式デジカメでカメラマンはないだろうと言われながら・・・。

 24日の日曜日に、ついに、ついに開店しました。ベルギービールカフェ"ルウイ"です。オランダ語で怠けるというような意味だそうです。

 2002_04070001.JPG

 なにしろ超一流のシェフ肝いりの「つまみ」が売りです。まぁ一度来れば金額以上の満足は確実なり。

 大人の雰囲気を保てるお客様どうぞ。

 

ひきこもりは出家か

 こもるか出るか(自分家から)の違いはありますが、一般社会と一線を画して生きると言う意味で似たようなところがあります。

 ただ、出家は師につきますが、ひきこもりは自分ひとりです。まぁ雲泥の違いはあるのですがね。

 どうでしょうか、山に入って一人で暮らすってことならだいぶ似てきませんか。

 うーん。生きる糧を親に頼るか、自分でがんばるかの違いでこれも随分開きがあるようです。

 そんなこんなで、ひきこもりはだいぶ歩がわるいですね。

 ま、そこの所を大目にみれば、(大目にみちゃいけない部分かもしれませんがね)なんとかひきこもりにも一分の理ありか。

 いやいやなんともはや、弱っちいやつの助太刀は骨が折れるわい。

 一分の理の中でもかなり狭くなりますが、じっと自分と対峙するひきこもりを想定すると、一概にだめ出し出来ないのです。

 若い人が多いように思いますから、禅坊主のように無理やりの師につくわけでもなければ、いまや書物はアマゾンで手に入るし、その辺のちゃらんぽらんの親の寺の跡を継ぐための出家なんかより、ずっと奥が深いのです。

 なんか自分の体験が衣の袖からちょっと出ているようで心苦しいのですが、ストイックに哲学すると言いますか、そんなひきこもりならば、いい加減に大学なんぞ行くより後々ずーっと自分の人生にとってプラスになること請け合いです。

 しかしまー、勉強している振りしていつもいつもエロ本見ているようじゃ無理やりの修行のほうがまだましです。たまにならそれも哲学する材料にもなるのですがね。

 ひきこもりよ、常に前向きであれ。誰になんと言われようと、自信を持ってひきこもれ。

 ひきこもりよ、胸を張れ。逆境にあっても胸を張って生きられた経験は後に・・・そう50歳すぎてからの糧となることこれ真なり。

 人生は短いなんぞと言う知った風なこといわれても、馬耳東風を装ってよろしい。いったん事が始まれば一日が長いながい。無駄な時間も哲学には必用なのです。

 少年老いやすく云々は優秀な人に当てはまる。優秀な人が怠けるからいけないのであって、ひきこもるくらいの凡人には無縁のことで、自分の身の丈で勝負すればよいのです。

 とにかく王道からは外れたのだから、王道を行く尊敬すべき人達には思いもよらない外道を極めればよいと言うわけです。

 ただし、人に上下は無いから自分を卑下することも無いし、思い上がる必用もないので、あくまで淡々と、つまらないことにくよくよせず行けばよろしい。

 じつにおもしろい。

 

 

 

 

犬は照れるか

 たまに伸びをすると気持がいいです。しかし何ですねー、犬や猫のほうがもっと気持よさそうです。

 あれだけ猫背だと伸びがいがありそうに思えます。

 人間は背筋が伸びちゃいましたからイマイチなのでしょうか。もしかするといちいち伸びをするのが面倒で背筋が伸びちゃったのかもしれないなー。あれ、不精は俺だけか。

 猫の伸びは口元が可愛いですね。人目なんかまるで気にせず自由にやってる。

 犬の方はというと、本当に気持良さそうにした後、なぜか首を少しだけブルブルっとさせる。

 あれは気合を入れ直しているのかな、と思ったり、俺が見ているから一寸だけ照れ隠しかな、なんて思ってしまう。

 人間どうしだと言葉が通じる分相手のことをあまり想像しないですよね。言葉を鵜呑みにする。

 ポーズで伸びをしている振りをすることだってあるし、なかなか斟酌が難しい。人間ってつくづく変な生き物だと思います。

 言葉の無い方がよくよく相手のことを考えるのかもしれないか。

 

思い込み

 私はへそまがり。です。

 何が本当か、納得しないと気が澄みません。特にエゴイズムから出ているであろう事に対しては、それが自分のエゴイズムであろうと他の人のものであろうと、どこかが捻じ曲がっているのではないかと疑ってかかります。

 前にもお話したことがあるかもしれませんが、「良い」という言葉に対しては非常に神経を使います。漠然としたイメージに流されたくないのです。自分にとってのみ良いのはエゴイズム。

 蛍光灯の普及し始めに育った世代ですから、明るいことは「良い」ことでした。今でも時と場合で良いことだと思います。

 しかしどうでしょう、戦後明るいこととエネルギーの多消費が結びつき、ひいては消費どころか浪費まで礼賛する時代が長く続いてきたような気がします。

 浪費に裏打ちされた景気ではメッキが剥がれて当然といえば当然かもしれません。

 何にしろ社会の側の都合で一方的に私個人が迷惑を蒙りそうなときにはよーく考えるようにしています。お互いさまのときには自分のことばかり考えているわけにはいきませんから、けっこう素直で協力的なんですがね。

 もともと社会も自分も一体というか不可分なものなのですから、もちろん自然も。

 そこんところに、なんか自分だけいい思いをしようというのか、善良な人間の良い意味での固定観念を逆手にとろうとするやつには要注意と言うわけです。

 その上で明るさの問題。柔らかな間接照明、いいですねー。私はようやっと、ただただ明るくすればいいという刷り込みからは開放されてきました。遅いですかねー。

 

マッチ売りの少女

 続きものなのになぜかこんなタイトルで・・・。

 裸火つながりでマッチ売りの少女。そうです、そういう話です。

 一本灯して消えるまで。いろいろな夢がみられます。三本まででしたっけ。

 私が風呂焚き当番をしていた小学校の低学年のころ、夢こそみませんでしたが、いろいろなことを考える時間でもあった。

 まだ明るいうちに細い薪を作ります。ナタで割っておく。

 まず、古新聞をねじって置く。その上に先ほどの細いやつを乗せ、新聞に火をつける。チャッカマンはありませんから、マッチ一本でつけるのが誇らしい。雨の日など、着きが悪く何本も使ってしまう。そしてだんだん太い薪をくべていく。最後に石炭。

 そのうちに陽もとっぷりと暮れる。燃える火を見ていると自分は外に居るから寒いはずが暖かい。マッチうりの少女の話を思い出したりもする。

 たびたびですが、利き腕の肘がどうにもならない悲しい時間を学校や友との遊びのなかでいやというほど味わったあとの一人の時間。

 涙がでるかと思いきや、炎をみていると逆になんだか勇気がわいてくる。かばってくれた友の顔が浮かぶ。つまらないことは気にならなくなる。

 きっと、ずーっと昔から人類は炎に元気づけられて来たんでしょうね。

 今ではIHヒーターでクッキング。焚き火禁止、護摩供養も肩身が狭いとか。

 囲炉裏を囲んで爺さんの話を聞くとか、きっとテレビを観て過ごすのとちがって疎外感を感じたりもしなかったでしょうし、そんな子供がいれば爺さんがちゃんとフォローしたに違いない。

 アメリカ先住民が火を焚いて酋長の話を聞く。採決を仰ぐ。古老の経験を自分のものとする。

 今のコンビ二の異常な明るさをもってしても心の中までは照らしてくれない。照らせるのは人だけだ。

 テレビのあのキラキラした世界が現実だと思い込まされ、消費をあおられ、時間を切り売りして都合よく働かされる。

 CO2削減もけっこうだが、夜通しやっているテレビには説得力が無い。

 何でも効用と危険は裏腹。

 炎を囲んで自殺を防ぐ。非現実的ですか。

 何でも危険なものを遠ざけますか。管理はしやすいし、責任のがれもできますか。

 

 

 

 

 

 

 

しかし何て時代だろう

 ニュースによると自殺者が3万人を超えて、まだ増えているという。

 そんなに火事が怖いですかねー。

 えっ、セールで疲れて支離滅裂になったかって。

 もともと支離滅裂なんで御勘弁の程願います。

 私、常々思っていました。管理社会の息苦しさを。根がいい加減なものですから。

 火事も怖いし、犯罪者の犠牲になるのもいやだし。しっかり管理してくださる人達がいて安全に暮らせる。

 ですから、管理社会そのものを否定するものではないし、進んで協力しているつもりです。

 ただ、ここで申し上げたいのは、息も抜けないほど行き過ぎるとどうもしわ寄せが誰かのところに行くんだということなんです。

 息を抜く。大事ですねー。

 自殺の要因っていろいろあるんでしょうね。うつ病からくるのってけっこうあるらしい。

 で、最近脚光を浴びている冬季鬱病。

 冬になると活動も弱まり、なんか暗い。気持も沈む。病気でなくてもなんか寂しい。日が短いせいかなー。

 もちはもちやにまかせ、自分のこと。

 私の場合、はだか火がとてもありがたい。今では考えられないけれど子供のころは日が暮れると、とたんに人影もまばらになり、あたりは寂しさの闇につつまれる。

 まばらの街灯なんかかえって裏悲しい。犬がワオーンなんて。

 夏は蛙の声でうるさいほどだったし、秋には虫のこえでまた、それなのに、冬はしーんと。余計に感じる。

 友の家に行くと練炭がすっぽり入る七輪に何時も火がついており、何でもそれで足りている風でした。我が家にはどういうわけか無く、羨ましかったのを覚えている。

 その代わりといっては何なんですが、炭火の陶製の火鉢が暖房だったし、風呂も薪と石炭でたいていた。

 昔の話をすると若い人に嫌われる。かな。それでも当時からお金持ちの家ではセントラルヒーチングなるものがあると聞いていたし、石油ストーブもぼちぼち普及しはじめていた時代。

 なんか、長くなりそうなので、つづきもので・・・。

 

 

 

 

 

セール終了しました

 もう何がなにやら解りませんが、とにかく後2連休させていただきました。実質9日間で、118キロ焼いたことになります。

 本当にありがとうございました。

セール二日目

 なんだかなー。二日目にしてこんなに疲れが出たのは初めてだよなー。もう全身脱力感。

 寄る年波で、解ってはいるものの、なちゃけない・・・。

 ・・・抜けないのは疲れだけ・・・(綾小路きみ麻呂)・・・とか。

 ま、それなりに行くしかないか。マイペースで。

 と、ほんとの独り言。

 

 

香七絵の尺度

 えー、今日から恒例のセールが始まりました。へそまがりなので、そんな時こそブログなんか書いてしまったりしています。心頭滅却すれば忙しさの中にもわずかの余裕とでも・・・。

 「勝手なこと言うなー」との白い目線を気にしながら・・・。

 そういえば、試験前には片付けものとか、いろいろとはかどったり・・・。

 最近つくづく思うんです。この店開いてからのことを・・・。年とった証拠ですかねー。

 とくにポリシーとか大げさなものは無かったのですが、カウンターの内側の人間とお客様との関係とでも言いましょうか。最近はずいぶんとはっきりみえてきたような気がしています。

 ひとーつ:社会的地位や学歴や、お金持ちだとか、そんなのをひけらかす奴は相手にしなーいっ。  
 ふたーつ:あくまで店の側とお客様は対等であーる。

 みーっつ:心の通じ合いを大切にするーっ。

 えっ、珈琲の話は出てこないのぉと言われそうです。そんなの二の次ーっ。んま、美味しくて当たり前田のクラッカー。

 ここで自然と自分なりの尺度がみえてきました。そうです、変なおじさん、じゃなかった人間性の尺度です。(変な人けっこう好きです)。

 ひとつめでおおまかにみえてきますが、世間とはずいぶんとかけ離れた尺度であることは確かのようです。高学歴とか社会で偉いとか人よりうーんとお金もっているとかは別にどうでもいいんです。その反対もしかりです。

 ようするに裸の人間どうしで付き合えるかどうかなんですね。

 コーヒー豆に関しても、たくさん買うからといって特にだいじにもしませんし、少しだけのお客様でもぜんぜんOKなんです。ちょっとは笑顔の量が違っている時もあるか、生活かかってるんで。

 ただ、一年に一度きてたくさん買ってくださるのもいいんですが、すこしづつ何回もきてくれるほうがもっと好きです。

 「ありがとうございます」の言葉も、「いらっしゃいませ」もあくまでへりくだっているわけではありません。豆以外にも幸せと満足と、あと何かな、元気とか、その他いろいろ持ってってねー。という意味です。

 そこのところの機微がわかるお客様がけっこう大勢さんいらっしゃる訳で・・・。

 長年やってると、お客様も同じ匂いのする人達が集まってくるのですよね。

 で、尺度です。何故少しずつ何回もきてくださるのが嬉しいかと言うと、つまり、お互い元気のやりとりがその分多くなるからなのです。

 この、お互いに、というのが尺度です。

 偉そうに一方的にこちらの元気を吸い取って行ってしまうような人はお客とみなしません。ただのお金と品物を交換にくるだけの人です。

 この気持のやりとりだけがこの商売をやっていけるエネルギーの源となるのです。

 少しくらい勉強ができるからっていいきになるんじゃねーぞーい。その分大切な物を失ってねーかどーかよーく考えてからにしろってんだ。

 でも、本当に優れていて、世の中のためになっていて、偉そうにしないし、優しいし、そういう人をたまにお見受けしますが、・・・、ほっ惚れてしまうやろーっ。

 そんな人には何かこちらが一方的に元気を頂いてしまうようで、自分の力不足を感じるときでもあり、ますます精進しなければ、と思うときでもあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

天井裏の収納庫

2002_03200002.JPGとりあえず階段設置の前に収納庫完成です。予定の階段を上がって後ろを振り向くとこの景色になります。

 屋根裏との間にこのようなチャンバーをつくっていけば少しは保温効果があるかもしれないですが、この先どうなっていくのやら。

 まずは最初の目的の隠し部屋を早くきれいにして、階段をつけるのが先ですね。

 その前に床だし。

 とにかく床下からの風は冷たいでーす。

鎖国

 コーヒー一杯でいろいろなことが頭に浮かびます。

 黒船が開国を迫るまではあまり外国とのやりとりは今ほど多くなかったらしいですね。日本という国単位でものを考えることは稀で、まぁ内戦状態の連続だったわけで、統計だって無いから真実の程はわからないんですが。

 しかしながら、普通に考えて明治になるまではずーっと鎖国状態だったといってもよいのかもしれません。誤解を受けないようなうまい言葉が見つからないのですがね。

 で、また奇想天外ではありますが、この国単位の鎖国を個人のひきこもりとダブらせてみたのです。

 引きこもっていてもなんとか暮らしてゆけるなら、むしろそのほうが楽かもしれないし。

 日本だって自国内だけでなんとか廻っていたころのほうがまぁ流行でいえばエコだったようだし。もちろん、身分制度など稚拙な社会制度や、科学技術の未発達などマイナス面は別としての話ですが。

 個人の場合も発達は遅れるのは必定。それが良いか悪いかはわかりません。

 ただ親の世話になって日常生活を全うしてゆくだけならそれもよいかもしれませんが、人間のもつ不思議な、時には厄介でもあるエネルギーは、けっこう持て余すほどのものなんですよね。

 安穏とした生活を望むのも日常つらいことがあったり、忙しかったりするからで、毎日ずーっと安穏だったら何かしらの刺激が欲しくなってしまうのかも。

 前にもお話しましたが、自慢じゃないけど私の引きこもった経験上からすると間違いない。

 実はその時に思ったのが、この鎖国。

 自分ひとりで生きて行く方法は無いものかと。

 そこでその時考えました。今また流行の自給自足ってやつを。

 しかしネックは病気や怪我の医療問題でした。やはりみんなで協力して発達してきた科学のおかげの最たるもので、自分ひとりじゃどうにもならないんです。

 ただ、死ぬ時は死ぬのだし、生きているうちが華なんだし、早いか遅いかで、それも実在するのかしないのかも疑わしい時間という基準で考えているだけで・・・。

 究極一人じゃ、特に弱っちい私なんかすぐに死んじゃう。3歳のときの大病から救ってくれたのもこの発達してきた科学のお陰なんです。半世紀以上も前のことで、今とは比べものにはならないけれど、お陰には間違いありません。

 何でも裏腹と言いますか、必用な、大切な発明があるかと思えば、こんなの無くても生きていける、なんて思わせるのもある。

 一見無駄と思える、底辺の様なものがあってこそ本当に必要なものも産まれてくるわけで・・・。

 するってーと、なんだな、底辺で一見役にたたない、お前なんかいなくても世の中まわってるんだ、と思はれる私なんかでも、少しはその裏腹ってやつの裏のほうでがんばってりゃいいのかもしれないなとでも思っておこう。

 

 

 

今年は忙しくなりそう

 例年ですとお正月は過熱感なくあっと言う間に過ぎてしまうのですが、今年は明けて早々熱くなっています。

 なにしろもう40kg近く焼いてしまいました。常連さんたちも一回にお求めの量が多いようです。

 休みも短く家でお過ごしの方が多かったのでしょうか。

 コーヒーもさることながら自慢の平飼たまごの売れ行きもよく、仕入れが少なかったようです。去年よりたくさんあったのに・・・。

 なにはともあれ、私にとっては、物質的に多少恵まれなくても、落ち着いた心でもう一度人生を見直す良いきっかけを作ってくれたこの年末年始だったような気がしています。

 そんな時に欲しいのがコーヒーなんですよね。それも味わいの深い。

 きっと常連さんたちも同じような事だったのではないかと想像しています。

 無理やり連休を作っても家に居る人は居るんですね。

 災いを転じて福となすなんていいますが、そういう意味では不景気も利用価値ありなんていったら叱られますかね。

 あふれた物に押しつぶされそうな不景気って何なんでしょうか。

 もっと買えってことでしょうか。

 限りない物欲に支配される地獄ってあるらしいし。どーもなー。

 まぁ、コーヒー一杯で心が豊かになれるんならそれに越したことはないか。

 

つづきです

2002_03100003.JPGエー、で、きっとここに階段の上り口がくるであろうところの床をはがした図です。

 なにしろ合板の接着剤もきかなくなって、もうベコベコになっていたのです。板は黒ずんでくさってしまっているし・・・。

 歩くとジュワンジュワンとたわんで、食器棚なんか地震のときみたいに揺れるのでした。踏み抜く一歩手前。

 いずれ直したいと思っていたので良いきっかけをいただきました。

 もうすこし歳をとったらやるのが嫌になってしまっていたところでした。

 とにかく剥がしてしまえばあとは張るしかないということで。

2日から5日まで川根にてこんなこと1

2002_03100001.JPG暮れのうちに飯塚表具店の社長に無理を言って例のNGUという下塗り剤を分けてもらい、ついに下地の完成となりました。この上に珪藻土を塗ります。まだ今日塗ったところが生乾きで色が違って見えます。

 また、板のうえに塗ったため板の継ぎ目のところにクラックが入っていましたので、それも埋めておきました。 つづく

 

今年もお世話になりました

 今朝も目覚めがよい

 うーん、旨い、この舌の痺れる感じ

 これを苦いと思ってしまう人は気の毒だ

 食べたことないけど河豚の毒ってこんな感じなのだろうか

 二口目、三口目にはもう舌のしびれた感覚は無くなる

 珈琲豆が本来もつ酸味が変化した旨みがその心地よく深みの有る香りと共に・・・

 私のケニヤ

 おりじなるの5番や胡蝶丹の人気も頷ける

 
 

ベルギービールバーのその後

2002_02280003.JPGついにこんなサインが・・・。

 本人、納得の行くまでやらないと気が澄まないようです。いい仕事してます。

 ここまでくれば立派というか、大物というか・・・。うーむ。お客の集まる店になるぞー。

 私と同じタイプ、どこがじゃー。

つづきです

2002_02280002.JPGこの穴へ向かって階段が伸びる予定です。上がったところの踊り場というのでしょうか、奥行き50センチちょっとしかありません。まず手をかけて右を向きながら上がり、四つん這いのかっこうで入り口の逆をむきます。そして足から入っていくという寸法です。

 降りるときはその逆をやります。これなら相当歳をとっても大丈夫だと思います。

 さしあたって風がどんどん入ってくるので隙間をふさがなくてはなりません。

 5センチも開いているところがあるのですが、これでも隙間いうのでしょうか。ではまた。

シンプソンのダブルシェアハンガー

2002_02280001.JPGこーゆー名前の金具をJマートで買ってきました。1っこ75円です。

 上に重いものを乗せられるようにツーバイフォー材を根太に使ったのですが、それの受け金具です。右端に見えるのがそれです。

 これなら百人乗ってもだいじょうぶー。ちがうかー。

 明日はまた別の角度から。ということで・・・。

所変わってベルギービールカフェはというと

2002_02240001.JPGこんな具合です。

 表には「そのうち開店予定です」という看板が出ました。

 もうそろそろかなーっと思ったら、本人風邪をひきました。とさ。

昨日の写真まちがってました

2002_02200003.JPGエー、心よりお詫びと訂正をさせていただきます。この写真を頭のなかで入れ替えといてください。

 話は変わりますが、みんなで田中優子さんの「未来のための江戸学」(小学館新書)を読みませんか。まだ読んでないのですが、べつのところでこの方の文章をみてそう思いました。まぁ読んでからまた・・・。

もう何でもやってやるーぅ

2002_02200002.JPG必用なところを全部はがした図です。

 よく見ると右端の縁に沿ってツーバイエイトの米松が渡してあります。これをやったのは誰だーあぃ。私だよっ。

 でまた明日に続く。(12月はやはり忙しく、こちらはどうしても細切れになってしまいます。ちなみに最近の読書傾向は「易経」です。)

だんだんおおごとに・・・

2002_02200001.JPGついに3尺巾でスパン全部をはがすことにあいなりました。

 ここに階段というかはしごというかそんなのをつくり付けようと思ってしまったのです。

 するとですねー、その下の床板も腐ってきているので張り替えようと・・・。

 ということで続きはまた明日。です。

隠し部屋2

2002_02130004.JPG天井の切り欠きからのぞいて発見した隠し部屋の入り口です。

 中を見ると、高さは一メートル程しかありません。うーん、どうしようかなー。どうしましょう。

 とても立つことあたわず。黙って座ればピタリと来るサイズ。這って移動する感じ。だなー。

 でもいいかぁ。なんか物置きにしてもいいし、ごろ寝くらいできるし・・・。うーん、今後のお楽しみということで・・・。

 

 

隠し部屋発見

2002_02130003.JPG前から話には聞いていたのです。

 件の、床を直したり壁を塗ったりしている部屋の天井が低く、おまけに天井にしては随分頑丈になっている。

 要するにこの上は人が乗っても大丈夫なようになっている。はず。

 余りの寒さからその他の部屋にも天井を拵えたのであろう今となってはその存在も忘れさられていたのだ。

 しかし、こんなに天井が低いのを受け入れるということは、その上も使えてなんぼのような気がしてきてもばちは当たらないだろうと・・・。

 そこで、そこで、中途になっている壁や床を暫し忘れ、その入り口を探す。

 それには隣の部屋の天井を一部壊さなければならない。

 で、壊したところの図ということで・・・。

 隠し部屋の発見はコマーシャルのあとということで、次回に。

 

 

 

足りなくなった

2002_02070004.JPGあー、ここまで来てNGUがなくなりました。

 実は外壁に使ったり、武蔵野の店、今ベルギービールカフェへと進行中のところのトイレまわりやことりさんの裏口横の床の間風の壁に使ったりでなくなるのも当然といえば当然。

 誰か少しだけ分けてくれないかなー。と飯塚社長に泣き付こう。

 手に入るまで暫し別のことをやっているつもりです。さー何をしようか。と言ってもだいたいは決めているんですがね。また写真をお見せします。では。

壁はだいじ

2002_02070003.JPGえー、だいぶ塗れたところです。

 この壁の反対側にも珪藻土が塗ってあるのですが、師匠(飯塚表具店の社長)に手ほどきを受けながら初めて塗ったのがここです。

 湿気は吸ってくれるし、乾燥すれば、逆に水分を放出してくれる。すぐれものです。

 これほど壁が居住性を左右するとは思ってもいませんでした。

 それで今回も是非珪藻土をと思ったのです。ただ、光を触媒にして特に性能を発揮するらしいので、光のあまり入らない部屋なのでどうかとも思っています。

 ちなみに、下のほうに見える一斗缶がキクスイのプライマーです。塗料の乗りにくいところの下地を整えたりするもので、少し白濁していますが、乾くと透明になります。

限りなく

2002_02070001.JPGその前に床の次は壁。珪藻土を塗るべく下地作りです。キクスイ(メーカー名)のプライマーを塗り、その上にNGUと言う珪藻土の下地剤を塗り始めたところの写真です。

 東洋の思想に自分を限りなく小さくするというのがあります。要らないものを削いで削いでいくというわけです。要らないものまで身につけていると身動きが出来ない。

 しかし何処まで削いで行けばよいのだろう。わたしなど要らないものを削いでいったら何も残らないのではないかと思ってしまう。

 また、解りもしない数学をたとえにしてしまいます。初歩の微分の考えかたです。

 二次関数をエックスの或る点で微分すると、その関数のグラフのその点における接線を表すと習った記憶があります。40年近くも前の話です。

 三次関数なら2回微分をしてやれば、やはり接線がわかる。

 つまり傾きが判るのです。正直四次関数以上になるとそのグラフも容易じゃないし、なかなか直感には訴えてこないのでお手上げで、ただ微分しろといわれれば、「はいはい」と言って、エックスの右肩の小さい数字をエックスの前に降ろして右肩の小さいやつの次元を一つ下げる。

 やりかたしか残っていません。

 しかし、この傾きがわたしにとって重要なのです。エックスを或る点に限りなく近づけていく、つまりその点までの距離を限りなくちいさくしていく、というのが微分なのですが、その点の性質が見えてくるってわけです。

点というのは、言うまでもなく長さも面積も無いのですよね。

 削ぎ落としていくってことは自分のその時点での傾きだけが残る。と私は考えるのです。

 何かを持っているとかではないし、地位とかでもないし、そのときの姿勢とでもいえるのでしょうか。

 丸山真男の「であることとすること」を例に出すまでも無く、その時点での「なにかである」と言うことではなく、「なにをするか」ということが肝心なのであって、つまり姿勢と言い換えらられる傾きだけが残れば良いわけです。

 削ぎ落としていって何も残らないのはダメですが、傾きだけ残ればよいと思えば以外とそうなれるかも。

 まぁ、こんなことばかり考えているのですから数学が出来るわけがありません。

 壁のつづきでもやろーっと。

つづきのつづき

2002_01300005.JPG一応床板の完成形です。後は隙間をうめなければなりません。部屋の形が限りなく正方形に近い台形をしているためです。そして巾木を周りにめぐらせて出来上がりの予定です。

 「限りなく」。この言葉でした。なにかもやもや言いたかったことはこれです。次回にゆっくりと・・・。

 

つづき

2002_01300001.JPG昨日のつづきです。
 言い忘れましたが、下張りで黒く見えたのは光のせいではなく本当に黒いのです。実は、板の上にルーフィングと言って屋根瓦の下に敷くシートを張ったのです。

 これ、通称「ラス」と言っていますが、石油系の防水シートです。黒いので「カラス」の「ラス」。

 石油系と言うこともあり、他には替えられない性能が得られる反面、ハウスシックの心配があるので、真ん中に白く見える活性炭入りの防湿材を入れたというわけです。

 では又つづく・・・

床貼りを少しづつお見せします

 2002_01300002.JPG下の方の黒く見えるところが先日出来た下地です。真ん中の白くみえるところが下地と上張りの間に入れた調湿、防臭材です。で、一番上が化粧板を張ったところです。

 この間、左手の人差し指が2回痛い目にあいました。1回は金槌で打ちつけ、2回目はのこぎりで切りました。2週連続で絆創膏つきで失礼しています。

 今回も前日の夜からの活躍で、もー、あー、なんともうしましょーかー。勝つほうが勝って、負ける方が負けるでしょうねーっと。

3連休

この連休中に見てくださった方、更新してなくてごめんなさい。事のほか忙しく、まとまった時間が少しも取れませんでした。また、川根から帰ってから床貼りの続きをご報告いたします。ではまた。

床の補修

 先週の水曜日、午前中が強い降りの雨だったので、久しぶりに川根の古屋の補修に取り掛かれました。

 西側の、東向きの家ですから裏側という感じの真ん中の一部屋が最初から床がべこべこで、大掛かりになりそうで、少しくらいの空き時間では無理と判断し、手付かずでいました。

 ここ二年ほどは水曜日はほとんど雨が降らず、降っても小雨か台風で短時間に上がっちゃうとかだし、畑の方もだいぶ分かって来て面白く、家の中がおろそかでした。

 木の剪定やら雨どいの掃除やらなにやらてんてこ舞いなのです、いつもは。

 畑の方も草が生えなくなってきたこともあり、いっちょやったるか・・・ということで。

 もちろんああもしようこうもしようと計画だけは出来ていたのです。

 先週は、まず外周の土台の一箇所腐っていたところをジャッキで支えておいて下にモルタルを流し込み、乾き待ちでした。

 今週行ってみるとみごとな出来栄えでした。自画自賛。

 なにしろ昔シロアリに散々やられた後があり、真ん中の太い根太など年輪の硬い層だけでもっている感じなんですから。もー信じられないかんじー(語尾上がる)。

 この根太の下にはムクのコンクリートブロックを支えに入れ、水平を出しました。そのほかの細い根太は腐っているものは取替え、まだ使えるものは下から「鋼製束」というアジャスト可能な新兵器で補強しました。

 プロならこの新兵器、一時的に使うのですが、こちらは商売ではないので、だめになるまでこれでいくことにしました。プロに聞いたら中は鋼でも厚い亜鉛メッキがしてあるので最低でも二十年くらいは大丈夫じゃないか、とのことでした。

 水平糸も張らず、100えんショップで買った水平器だけがたよりです。まあ少しくらい床が斜めでもかえって面白いか、とも・・・。

 余談ですが、昔泊まったスキー宿の民宿の廊下が目で見ただけで斜めになっているのがわかるような凄いところで、朝起きると隙間から吹雪がはいり、眉毛が白くなっていたのを思い出します。ドリフのギャグの様。

 私の修理は、それに比べればほんとまともです。自画自賛2。

 で、昨日で下地が出来上がり、来週は防湿材を敷き、上に化粧板をはる予定です。

 今週もそうでしたが、こうなると夜にやるしかありません。翌日絶対雨なら別ですが・・・。一日が倍使える。・・・疲れも倍・・・。

 そして再来週は幅木で周りを囲み、一応出来上がりという寸法です。あっ、またデジカメ忘れた。

 

 

 

規格品

 規格という言葉は工業製品のために出来た言葉だと思うのですが、それでよろしいのでしょうか。

 ああそれなのに、恐れ多くも人間様にあてはめようと、その人間自身がしているのだ。

 絶対に既成の規格になんかに嵌められてなるものか。と思ってきた。

 なにしろ時代時代によって変わるのが規格ってやつで、性格的にくるくるついて行けない。

 今の、帝大を頂点とした一本の線上に並ばされる価値観は最近も最近、明治に入ってからのもの。

 そもそも士農工商の身分制が布かれたのだって江戸になってから。ついこのあいだ。バラモン経のようだ。釈迦はバラモンの身分制度が人にとって不幸をもたらすから四姓を否定する。個人より国家体制を大事にすると儒学の一面を盾に間違ったほうへいく。

 くるくる変わる。

 だいたい秦の官吏登用制度の科挙の弊害を学校で習った記憶があるのだが、一本線上の価値観はまさにこれに等しい。

 社会が大きくなるに従って、一人独りの個人的なことがないがしろにされてゆく。

 こぞってその線上で競争しようってわけだ。そこで勝った負けたと騒ぐじゃないぜー。っとくらあ。

 こう言っちゃなんだが、やっぱり「弱きを助け、強きをくじく」んでなきゃあ俺はやだ。とけっこう粋がってきた。

 そうすると「勉強も出来ないくせに何を言うか」とこう来る。詭弁だ。

 この「勉強」にこめられた意味は、一本線上の価値観における「出来る出来ない」だ。

 本来の勉強は競争の道具ではない。ノーベル賞を獲るような人たちの勉強は競争からは生まれていないってのは周知の事実だ。中,高時代は勉強するのが嫌なので、言い訳に使っていました。試験前の勉強は本当の勉強ではないと・・・。

 同じ人間、上下はないし、ノーベル賞とは程遠いところにいる私でもちゃんと楽しく生きているし毎日が勉強の日々だ。

 自分に合った道での勉強は他人に言われてやるのじゃないからけっこうやる気がでるし、おもしろい。今の社会における地位はとっても低いのですがね、自分なりに一所懸命やってりゃいいんだと思っている。自分の身の丈。

 まぁ、体制が変わってもうろたえないようにしたいと言う自己保存本能なんですかね。けっこうわがまま。いまにみてやがれーっと。強がる。「キリン」(2回前)で言えば時代に採用されなかっただけということで・・・。

 

 

 娘の小さい時分によんで聞かせた(一緒に見ていた)絵本、はっきりは覚えてないんですが、それによると象の鼻はワニに食いつかれて引っ張られて伸びたんですよね。

 だれも見ていたわけではないので真相は不明です。

 あれなんか図体が大きいから首を伸ばして水を飲んだり草を食べたりするより鼻を伸ばしちゃった方が楽だってなもんで、環境云々より自分の都合のほうが優先しているのではないかと・・・。

 逆にキリンだって首じゃなくて鼻を伸ばしたって良かったわけで・・・。むしろ足は短いままで首だけうんと伸ばした方が良かったかもしれないし・・・。

キリン

 今、破り捨てようとした10月のカレンダーの切り抜きを見ている。キリンの写真だ。

 青空の下、二頭のキリンがまさに威風堂々とした佇まいでアフリカの大地を踏みしめている。

 今の常識にもなっている説によれば、食べ物がだんだん高い所にしか無くなってしまい、足と首が伸びてしまったんだと言う。

 しかしなんだな、この写真を見ていると、そんなセコイ理由だけなら、なにもこんな風にならなくてもいいんじゃないかと思ってしまう訳で・・・。

 以前、テレビを観ていたら、当のキリンが足を目一杯広げ、非常にやりずらそうに水を飲んでいるシーンが映しだされていた。水も食べ物同様重要だろうになー。

 と、まぁ横道にそれそうなので元に戻すとして、その説がどうのじゃないんです。ただ、堂々として見える、というだけのことなんですがね。

 私としては、キリンに限って足と首が伸びちゃったとは考えたくないんですよね。

 昔からこうだったと・・・。

 むしろ似たようなのがいろいろ居て、より洗練された者が生き残ったのではないかと・・・。思いたい。

 神様だって失敗作をいっぱい造ってしまったって、失敗だということが判るのはどうせ後のことというのか、結果論のような気がしないでもないのです。そうとう昔に造っちゃったらしいので、だんだん環境が変化していくうちに結果が出る。

 いきなり人間のことで恐縮ですが、今の技術をもってしても、やはり数多くの失敗作の上に成功作が産まれるわけで・・・。言ってみれば失敗を踏まえて洗練させて行く。

 岡部いさく氏の「世界の駄っ作機」シリーズの本に出てくるとんでもない飛行機たちだってそれなりによく考えられた結果の産物ではあるけれども、なんとも欠点が浮き彫りにされて「駄作」と呼ばれてしまう。と言うか、その中で、その時代に合ったものが採用される。

 ある崇高な目的に向かってまっしぐらでいると、案外身近な当たり前のことを忘れて変なものを作っちゃう。

 キリンはどうか。機能的な良し悪しはキリンにしか判らないけれど、傍から見た目はすごくいい。

 古い地層から首の短いキリンと思われるものの骨がでて来たそうですが、それはそういうものとして別に存在していたとして、むりやりそれが今のキリンになって来たと思わなくてもいいんじゃないかと・・・。

 じゃあどうして象は首が伸びないで、なんで鼻がのびちゃったのかわかんないし。 つづく。

 

 

 

 

知らないことがどんどん増える

 しかも加速度的に。

 中学生のころはソクラテスの無知の知なんてのを聞いて、知らないという事を知るってことで、所謂慢心を戒めているのかな位に軽く流してしまっていました。

 が、しかーし。

 最近になって、しみじみとですねー。

 一つの事を知ろうとすると、そのために必用なことで随分とたくさん知らないことが出てくる。

 わー、ど、どうしよう。身の程知らずの自分がそこに居ます。ほんとに何も知らない。

 知れば知るほど知らない事がどんどん出てくる。

 本を一冊読むと、少なくとも四、五冊は読みたくなる。

 まぁ、そうですねー、本を読まないまでも言葉とかなんとかだともう知らないことが無数に出てくる。

 慢心が戒められるのはもちろんですが、そんなレベルではない。

 もう鼠算のようですよね。きりが無い。

  しかしなんだなー、こんな事言っちゃなんだけど、自分がどんどん謙虚になって行くのが分かります。知らないことが限りなく増えていくんですから。

 以前は知っていくに従って、知らないことは減っていくと思っていたのですよね。それは間違いでした。

 もしかして、こんなところが知性とか教養とか品性とか、奥ゆかしさとか、そんなものを持ち合わせるための登山口なのかも知れないと思う。

 逆に知らないことがあっても悲観することもない。とも思う。

 とにかく限りないこと宇宙のごとしではあるが、諦めてはいかんぜよ。

 こうなったら、せいぜい知らないことを増やしてやろうじゃねーか。あれっ、ちっとも品よくないか。

 

 

特定の個人や組織、団体を中傷するものではありません

 えーと、凄い見出しですねー。文字にするとなんともいかめしい。

 こうでも書いとかないと職を解かれる、かも・・・。

 実は身近にいる者(特定しないでおく)がさるお寺に勤務というか、お世話になっている。

 昨日の、教会の偉い人からの連想なのですが、お寺に代わっただけかも、のお話で・・・。

 その、まぁ身近にいる御人、あまり人間ができていない。

 で、よく直属の、世間でいえば上司の若手の坊さんとよくやりあうらしい。

 本人曰く「坊主なんてやくざみたいなもんだ、すぐカッーとして見境がつかなくなるんだ。」と。

 私から見たら本人だって同じ様なもの。同じ者どうしの意地の張り合いか。

 そこに仲裁に入った古手のおばさん、さすが人生経験がちがう。

 あとでその出来の悪い部下を慰めて曰く「あのね、お坊さんというのはね、全部じゃないけど、とっても業の深い人たちなの、だから人一倍お経をあげていらっしゃるのよ。」・・・と。

 もしかして洋の東西を問わずかも・・・。なんて思ったわけでして・・・。決して、決して、もうそんな大それた事ではないんで聞き流してくだされ・・・。

 しかし「いかめしい」この言葉を聞くと、いつも「烏賊飯」を連想してしまう私、いじきたないのでしょうか。

 

他を否定したくない

 前にもちょっと出てきたフォイエルバッハという人、実は大学でキリスト教の神学を教えていたのですが、「神は人の内にある」なんぞとキリスト教の偉い人達を怒らせるようなことを言っちゃったんですよね。

 んでもって大学教授の職から干されてしまった。人間社会では自分で本当だと思っても言っちゃいけない時ってのが多々ある、まぁ嫌な大人の世界ってことですか・・・。

 それを言われちゃ都合の悪い人が必ずどっかに居るわけで・・・。

 私にとって他者(自分も含めても良いかもしれない)を否定すると言う事は絶対悪だが、その他に絶対的なものは何も無い。

 私が教会や大学の偉い人なら、そういう空気を読まずに自分の考えを言っちゃうような人にこそ、ちゃんと教えて回心させるのが本当の道だと思うんですけどねー・・・。

 そうしなかったところをみると、やっぱりその、つまり、職を取り上げないと(抹殺しないと)やばいと・・・。

 それだけ痛いところを突かれたと・・・。まぁそんなふうにも思ってしまったりしてしまう訳で・・・。ごめんなさい。

 フロイトなんか宗教はナルチシズムの状態の再現だなんて言っちゃうし・・・。

 あっ、この「回心」日本人には、というより私には縁がないのですが、ユダヤ教からキリスト教への回心ということなのだそうですね。知らないことがどんどん増えていく今日このごろです。

 

 

 

 

 

そこまでは解る、あの無いものに惹きつけられる訳

 産まれてこのかた、あると思っていたものが本当にあるのかどうかはわからない。あると皆が言うからそうなんだと思ってきた。

 生きている証だ。

 死んだら今まであると思ってきたものはもう無い。・・・と思う。

 もちろん自分だけの話。

 自分のことだけが確かなこと。他の人にも同じものがあるかどうかは判らない。

 そんなこんなだから、少なくとも自分の考えを人に押し付けるようなことはしたくない。

 今、目の前にあるものをあると思って一所懸命やる。それしか無い。

 ここまで来ると自分のことすら確かで無いような気もして来る。

 私は、釈迦流も岸田流もこの微妙なところで気に入っているのだと思う。

 確かでないことにこだわったり、ウツツを抜かしたりしてないでしっかり生きろと。

 しっかり生きるってことだけが確かなこと。

 確かなことがあるってことは確かじゃないものがあるってことで・・・。

 しかしなんだな、確かじゃないと自分で思っていることでも、その確かじゃない側から見れば、こちら、と言うか自分で確かだと思っていることがむしろ確かじゃない。

 政権が変われば今までの常識が非常識になるって様なことか。

 無いものがあるってことは、あるものが無いってことで、えーと・・・また解らなくなってきたけど・・・とにかく、理屈抜きに生きているうちは生きているんだし、楽しいこともあるし、つらいこともあるけど、あることはないってことで・・・。

 でも何で無いものに惹きつけられるんだろう。

 

 

 

 

 

 

秋の刈り込みを終えた茶畑全景

2002_01020006.JPGちょっと斜めからですが、生葉で150キロくらいの収穫があります。最初はちょっと肥料をやって、後は茶摘をすれば良いのだなどと不届きなことを考えていたのですが、大間違い。けっこう一年中なんかかんかと手間とお金がかかります。

 ですから、当初安易に考えていた通りにはとても進んでいません。家の修復も、畑の開墾も。

 そうこうするうちに歳もどんどんとっていきます。まぁマイペースでやるしかありません。逆立ちしてもなるようにしかなりません。

南京豆

2002_01020003.JPG今年初めて落花生の苗を植えてみた結果です。話には聞いていましたが、ほんと不思議な実のつき方です。周りからざっくり掘りあげたところの写真です。

 今度の火、水(11月3日、4日)は連休させていただきます。隣のベルギービールバーのガス工事を3日火曜日に予定していたのですが、水曜日に延びてしまいましたためです。それと、当店一の働き手の飛蚊症が悪化して片目のまま緊急入院したこともあり、丁度いいやと連休です。

 

畑の様子を少し

2002_01020001.JPG今年の大根畑です。沢庵漬けにしてお目にかけます。静岡の沢庵は干さず、糠につけず、みりんと酢と砂糖で味付けします。
お好み焼きに入れる意味がわかるってもんです。まぁ一度食べてみて下さい。

 それから重要なお知らせです。わけあって来週の水曜日はお休みします。詳しくはまた。

自我にばかり固執してないで「左馬」

2002_05170007.JPG
 やはり言葉を用いているうちはなかなか要らない自我を捨てられない。その点芸術系は爆発だー。

 という事で、マルさんの新窯入れ替え記念にいただきましった。星三つ。

 縁起の良い左馬が書かれた茶碗です。右の茶色のものも裏側に左馬が・・・。

 ほんとにもー理屈抜きに「エーノー」と惚れ惚れ。

 作品には作り手のお人柄がでるってーのは本当だと思います。あっ、また理屈を・・・。

 理屈じゃないってーの。

 しかし、丁寧に生きていらっしゃる。そんな方と触れ合えるだけで幸せってもんです。

 まっこと、うちの店は良いご縁に恵まれている。ジーン。

何ゆえに心惹かれるのか

 よく、人は夢や希望が有るからがんばれるんだ、とか言われています。確かにその通りだと思います。しかし、逆にそんなもん無くても生きている動物もいる訳で、岸田流に言えば、人は本能がこわれているからしかたなく、希望なるものに生きがいを託さざるを得なくなった、とでも言えるかもしれない。

 いつも言うように良い悪いの話ではない。その、人の抱える自己矛盾によって常に悩みが尽きないのが人であって、それをどう解決をつけるかと言う事なんだと思います。

 最近ではありがたい事に脳科学が発達して来て、たとえばこんな事思っていると気持ちよくなる脳内物質が出ているとか、いろいろ解ってきているようです。

 それはそれで重要だし、大変にありがたいことなのですが、人の心の問題は、それが解った上でなおかつ、科学のような客観的にではなく、人の精神の内側で考えて行かなければなかなか難しいように思われます。

 これは鶴亀算に例えられると思います。

 脳科学は方程式で答えが出ちゃうのとおんなじで、どうも私の様な凡人には理解出来ない。1+1がどうして2になるかわからないと、つまり所謂鶴亀算で解決しないと先に進めない。

 心の問題はそういうところがあるような気がするのです。

 まぁ1+1が2になるのは最初にそう定義したんだからそのまま受け入れるしか無いわけで、ある意味、禅の解決法に似ていなくも無い。でも訳があるからそう定義できたに違いない。

 その訳とは・・・。なんて考えていると喝。

 数学、広い意味で科学は万人共通の客観的なものを見つけ出す。

 しかし、ひとの心は万人居たら万通りの心があって、それぞれ皆違う。

 釈迦も最後は諦めたらしく、言わば、悩みはそれぞれが自分で解決しなさい、てなことになったのではないだろうか。それで凡人にもわかりやすいように、合計何匹で足が何本だから・・・えーと、ね、というような・・・。

 ま、練習問題の解き方を教えて、あとは自分に合うように応用しなさいと。

 で、自分ではなかなか考えてる時間も頭も無いだろうから、師に付けと・・・。

 そんでもってその師が問題になってくる。

 そんなぐらいに千差万別なんだから、それぞれに合う師をみつけなきゃなんない。

 後々いろんな宗祖がでて、流行ったのも廃れたのもあるけど、様々あるのはそういうことか、とも思われる。

 と言うことは他宗派の悪口言っても始まらない。てめーの事だけまず考えろ。それだけでも、もー大変。

 ただ、天変地異を信仰の仕方が悪いとか昔思っていたのもしかた無いにせよ、今の時代には無理があるようだ。が、しかーし、何度も言うように、人の心は千差万別、主観的なものなのだから、そう思おうと思えば思えるのだ。

 だから、それすら悪いとは言えないし、そう思うことによって素敵な脳内麻薬が出ちゃったりなんかするとしたら、そう、そう思ったほうが幸せ。

 他者を否定するなというのはそういうことだと思っている。

 何ゆえに、から随分またそれてしまいました。各自考えるように。なんちゃって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どさくさで又陰と陽

 だいたい店では政治と宗教の話はご法度です。まぁこんな処なので大目にみてもらってナイショの話です。
 
 或る条件下において、「宗教は形を変えた政治である」という仮説をたてました。

 逆説的ですが、政治と宗教が分離されねばならないというのが何よりの証拠なのです。

 私流に言えば陽の宗教が政治である。言い換えれば陰の政治は宗教である。と。

 私はもともと政治は陽のものであり、宗教は陰のものであると考えている。

 しかるに陰の政治及び陽の宗教は、数学で言えば虚数のようなものであると考えられる。幻想といってもよいか。

 数学が高度になるにつれ、この虚数というものを創り出すというか、そこに有る(無いものがある)ということにしないと説明がつかなくなってきて、しかたなく虚数を・・・。ということらしい。

 この虚数のような陽の宗教とはご利益宗教、陰の政治とはすべての個人の心を満たすことのできる政治、と言うことであるが、共に幻想である。

 人は何故に、この虚数が有るという幻想に心惹かれるものなのか。さらに考えてみたい。

 

わざわざ開いて下さったのにどうも

ここのところ文化祭等花盛りで跳びまわっております。ということで、21日までは確実にブログの方、お休みしてしまいます。よろしく。

茶の木の刈りそろえ

 デジカメ持って行くのを忘れてお見せできません。

 10月の刈りそろえは新茶(摘む場合は一番茶)の後の刈りそろえよりも丁寧さが必用です。

 去年までは近くの師匠に付いてもらい、細かくアドバイスしてもらいながらでしたから、そのつど新鮮でしたが、今年はやっと前もって心構えもでき、曲がりなりにも解って来たような気がしています。

 フォイエルバッハが「東洋人と西洋人の関係は田舎の人と都会の人の関係のようなものである。田舎の人は自然に依存し、都会の人は人に依存する。」といっていましたが、今やどうなんでしょうか。

 人にも自然にも依存している私など彼にはどう映るんだか。東西南北人の田舎都会人。かな。唐変木人かもしれない。

 何でも奥が深いですね。もう4回目(丸4年皆勤賞で通いつめて)なんですがまだまだです。なにしろ銀杏拾いに夢中なんですからー。

 今度はデジカメ忘れずに持っていって撮ってこなくてはいけません。

 それにしても、週一だと季節の移り変わりが早回しのフィルムのようです。

 

 

 

 

 

 

深いしじま

 昔、ひとしきり稽古が終わると、黙想をする時間がありました。

 今思うとこの最後のしばしの間があったからこそ、その前の目一杯体当たりをして、大きな声をだして、思う存分、と言うより、もうへとへとになるまで動きまわったそのことが身についたのでしょうか。

 もう何も考える余裕も無く、ただ息を整えながら目をつぶる。すると、日常では経験しない不思議な世界に入りこむのです。頭が寝てしまっているのでもなく、かといって何か想うでもない。たまーに、ほんとにへとへとの時は寝ちゃいそうになる時もありましたが・・・。

 やはり普段使われていない脳の部分にいたのかもしれません。

 まぁそれはどうでも良いのですが、黙って座るのです。

 足は座禅と違って所謂正座、手は大仏様のようなかっこう。見た目はいっちょまえです。

 時々その時間がすごーく長く感じるときがあって、全然その、何と言うか落ち着かない時もあるわけで、そんな時はうす目を開けて、周りをそっとうかがう。

 すると必ずもう一人くらい同じようなやつがいて・・・。あっ、そこじゃなかった。

 みんな目をつぶって普段見ない顔をしてなんか怖いくらい。で、また自分もようやくその気になるってわけです。

 道元の「座禅は一人でやってちゃ一人よがりになっちゃうよ」というのも解る様な気がします。

そうでした、そうでした、あきらめでした。

 私は昔から、話していて途中で何の話題だったのか忘れてしまう癖があります。例のあっちこっちに話が跳びまくる癖の延長でしょうか。困ったものです。

 あっ、また・・・。

 自分ではどうしようもないことへのあきらめる能力のことでした。

 ここでは仮に「陽の能力」と「陰の能力」という言葉を使ってみようと思います。

 陽の方は科学及びその技術やご利益宗教、西洋ではパトロンとしての宗教というらしいですが・・・。それに、思い上がった禅坊主、日蓮に禅天魔と言わしめたあれ・・・。とにかくあきらめがつかない。努力しだいでなんとかなると思っている。これも重要なんですがね。

 念仏さえ唱えれば救われるというのを誤解して怠けてしまう念仏はどうなんでしょうか、陰とか陽以前の問題ですか。

 ここで言う「あきらめ」はその後、つまり人事を尽くしても努力してもどうしようもない時のこと。

 一方、陰のほうは、本来の禅といいますか、それからこれも本来の念仏系、あきらめるしかない事、時を知ること。

 いい悪いではないのです。怠けること以外皆、ある意味存在理由があり、否定されるべきではありません。

 「ありのまま」「あるがまま」という事でしょうか。こだわるなということでしょうか。

 科学も今の様に発達して来ると何でも解決してくれそうで大好きですが、やはり依然として万能なんかではありえない。

 ご利益宗教も結局突き詰めるとエゴイズムが顔をだす。それでも「真面目である」という点で嫌いではありません。はなから金儲けを目的としているエセなものは別として・・・。

 で、この「あきらめる」ことの能力ですが、例によって脳の使われていない部分が重要な働きをしていると思わざるをえません。

 なにしろ、やはり何とかなるように努力するってことはものすごく大切で、これなくしてはやって行かれません。むしろ生きがいでもあるわけです。

 ですから、ここではその一方で大切な陽のほうは置いといて、陰のほうの能力についてです。

 この能力、陽のほうで無能なわたしでも(一所懸命にはやっているつもりではあるのですが・・・)(この「つもり」が怪しい)陰の方なら何とかなるかも・・・。

 いやいやなかなか。そもそも生きたいという自分と、この「あきらめ」は一見、全く相容れないと思われるからです。

 しかしどうでしょう、私流の一元論で言えば、陽から陰へとひと繋がりに考えられるのです。

 一所懸命やった者にしか判らない何かがあると思うのです。ひと繋がりもひと繋がり、陽から陰へそしてまた陽へ・・・際限なくぐるぐると・・・。柳亭痴楽はいい男、山手線を廻ってぐるぐると・・・。

 斯様に陰と陽、どちらがいいとか悪いとかの問題ではないし、相互に補完し合っている。

 陰気な野郎が居るから陽気な野郎が陽気だとわかる。逆もしかり。

 まぁここまでは意識の上での話しです。

 散々寄り道したうえでなんですが、核心のあきらめる能力。

 あるがままってことは、脳を使ってじたばたしないってことなのですが、写真を撮るようにそのまま受け入れるということが必用なわけで、これはある意味理屈ではない。言葉で考える自我の域を超えている。写真よりもっと何ともならない。

 だがしかし、そこには、やり尽くした清涼感が漂い、強烈な思いがあって、何も無いのとは随分ちがう。

 まぁ、そんのー、脳のどうたらこうたらはどうでもいいんですが、心眼が見えていないので、なんか形ある対象として脳を思い浮かべたほうが判りやすいのでつい・・・。

 禅匠に知れたら「喝」。

 

 

 

 

 

 

 

 

香りは禅である

 なんて大げさなもんじゃないんですが。嗅覚というのは5感の中でも、最も原始的なものだと聞いたことがあります。

 自分としてはその、実体験と言いますか、匂いを嗅ぐという事にも深い浅いがあるのです。

 私は珈琲屋ですから香りに関してはうるさい方だと思っています。

 香りは日常生活を送る中で特に気にしてはいないけれど、いろいろな判断基準になっているんですよね。

 特に気持にはひっかからない程度のものが多いなかで、心の奥に届いてしまう匂いが時々あります。

 珈琲でもそうなんですよ。心に染みるのとそうでないのと。

 もちろんその時の体調もあるし、感じ方は人それぞれだし、季節もあるし・・・。シチュエイションというのは本当に影響する。

 その中で心の奥まで届くのは、どっか懐かしさをおぼえる匂いです。わーいい匂い、と思ってもすぐに忘れてしまうのは奥まで届いていない。

 まぁ繰り返し体験してきた匂いというのでしょうか、銀杏の果肉というのか、あの匂い、一瞬「うっ」となっても少したつとまた嗅いでもいいかなと思ってしまう。んでまた・・・。

 主観ですが、所謂コーヒーの香りっていい匂いですけれど、それだけだと一瞬の感激だけですぐ忘れてしまう。もちろん、それも無いようなコーヒーはしょうもないのですが、このコーヒーらしい香りにプラスなんか懐かしさをおぼえるコーヒーがあります。

 今の状況ではモカ系以外のアフリカの豆に多いと思っています。ケニヤ、ブルンジ、ウガンダなど。

 で、この懐かしい匂いが、実は前回の、あの、使われていない脳の部分に直接響くんじゃないかと思ったりするわけです。

 前回で言えば、「心眼」と共通する何かで、所謂「無意識」とかぶるところも多いわけですが、それだけではない、もっとずーっとはるか昔のとてもとてもどうしようもない懐かしさなのです。

 タイトルの説明がまだでした。禅もその使われていない部分に直接訴えかける何かだと思うからです。

 無意識をまず表に引っ張りだされ、それでも「まだまだーっ」というわけです。いったい何なんでしょうか。

 

 

 

 

もう少し脳の何もしていない部分について

 あんまり本気にしないで欲しいので、小さい声で言います。この使われていない部分、又パソコンに例えると、捨てる前にハードディスクのデータを消去しても、うまくするとデータを取り出せる場合があるらしい、というところでしょうか。

 使われていなくとも、代々の遺伝子情報は組み込まれているはずで、全く何も無いというのとは違うような気がするからです。

 たまーに自分の体験していない、産まれる前の昔のことが思い出されてしまう特殊な人が紹介されますが、消去したはずのデータがたまたま出てきちゃうんですかね。まぁ解らないことはあんまり想像でものを言っちゃいけませんよね。

 これも想像の世界ですが、心眼で見るなんて言いますよね。実際目で見るって本当に惑わされる事が多いと思います。

 この心眼、どうも、その、使われていないと思われているところに映しだしているような気がしてなりません。そう、自分の先祖代々の遺伝子情報がうっすらと残っているかもしれないその部分にです。

 想像ついでにもっと言っちゃうと、「仏性」なんてのもここに在るのではないかと・・・。

 胸に手をあてて考えてみろなんて時の、その「胸」の部分。「心」とか。

 とにかく、目で見たものとかなんとか信用できない場合もあるっていうか、自分の意識なんてのもけっこういい加減かも。
 

無駄が無いはず

 人間に限らず生物全般にわたり、それはもう機能的に無駄なく造られているんですよね。キリスト教の人にかぎらず神様が創ったとしか思えないというのも頷けるってもんです。

 無駄なものといえば余分3兄弟と虫垂くらい。

 で、人間の脳みその話。大脳の相当な部分が使われて無いという話。これって無駄の最たるもんだと思いませんか。

 頭を大きく見せて敵を威嚇するってのも変だし・・・。

 やはり何か理由がありそう。たしかそんな研究をしている人もいるんでしたっけ。忘れました。

 使われていない部分が比較的少しならばもっと努力してもっと使えとかなんとかになるんでしょうが、そんなレベルではないらしい。

 得意な唐突な話で恐縮ですが、壁の話。人によると思うので断定は避けますが、アメリカ映画を見ていると、家の壁は額縁その他いろいろなもので装飾してある。

 比べると、こちらの家は白壁の空間を大切にするというか、あまりごてごて飾らない。だからこそ奥行きを感ずると言うような・・・最近は様子も変わってきているかなー。

 どうも、この大切な白い部分、ちょっと乱暴なようですが、脳の使われない広大な部分に例えられるような気がします。

 空間を大事にするってのは前回の老子にも通じるのです。

 ただ、単純に空間と言うのではなく、脳のほうの空き部分はとても大切な働きがあると思うのです。働きといっても何もしない働き。

 普段意識している事柄に所謂無意識も含めて、その世界だけでものを考えているらしい時は誰でもとっても浅はかにみえる。自分自身にそう思う時がある。

 何かは解らないのですが、亡羊としたところというか、黙っているけど何か考えているとか・・・、聞いた話で恐縮ですが、「馬鹿はだまっていれば3年わからない」と言うらしい・・・、というような、なんかなー。そうゆーのって奥行きを感じちゃうんです。ほんとかどうかは別として。

 言わば目先の限られた範囲のことに捉われてしまってあーだこーだやっているのって、なんか見苦しいし品が無いような気がする。

 そーかー、品かー。この定義のよく解らない言葉がぴったり来るかも。

 品性、漠然とした言葉だなー。うーむ、今はちょっと置いておこーっと。

 とにかく、もし、意識無意識だけの世界だったとしたら、どーにも息がつまってきそうです。

 じーっと考えている時って、どーなんですかねー、考えたり考えなかったりしている。考えているのに考えていないのって変ですか。

 お客様のご希望の品物が店頭に無い場合、バックヤードに戻って探してくる。そんな感じでしょうか。普段バックヤードは何もしていないけどいざと言うとき役に立つ。

 老子的に言えば、たとえ何にも入っていない倉庫でも、というより空っぽだからこそ次に物を入れたいときに役にたつ。

 あー。うまく言えずに取りとめも無くなってきたのでこのへんで・・・。

 

 

 

 

 

自分ではどうしようもないことへのあきらめ

 こういう意味での「あきらめる」ってものすごい能力を必用とするような気がしています。

 自分には解らないことに対し黒白をつけずに置く胆力やエネルギーなども、やはり、すぐに決着をつけられないことへのあきらめでしょうか。

 まぁ自分が解らないことだらけだからでしょうか。そんな事はどうでもいいですけどね。

 あきらめるって、その場の状況を「受容」するってことなんだと思います。あっ、これ大拙師の表現だったかもしれないですね。私が音楽家だったら盗作ばっかりで大変かもしれません。

 老子の「タオ」なんかですと、「物が一杯入った器は何も入らないからもうそれ以上役に立たない」ってなことを言っちゃうんですけどね。

 お勉強やいろいろなことで「あんたの為だから」といわれて詰め込み過ぎちゃうと、私のように入るところが少ないとすぐに役に立たなくなる。どころか詰め込むのすら四苦八苦。

 冗談はさて置いて、この詰め込む器、精神分析でいう「意識」のエリヤだけでなく、「無意識」の方も合わせて器といってよいと思います。

 無意識といってもパソコンでいえばデーターを圧縮して仕舞ってあるのと同じようなものだからです。

 で、私は想いました、その意識と無意識を合わせたエリヤの周りにはもっと広い領域があるのではないかと。

 そこに、今までの意識無意識のエリヤからデーターが時を経てか経ずしてか染み出して行く。

 さらにその周りにまったく使われたことのないと思われる領域がある。

 人の脳細胞はほとんどが使われず仕舞いだと聞いたことがあるので思いついたんですがね。

 この使われたことが無いと「思われる」と言うのには訳がありまして、それはまた次回につづくということで・・・。

 

 

 
 

我を忘れていました

 八木誠一という人に出会ったからです。もちろん直にではなく、書物の上での話しです。

 つい読みふけってしまい、ブログを書いているばやいではなかったのでした。

 この先生、エゴイズムについてとっても解りやすく説明してくれます。まぁ「神学者」ということですから所謂キリスト教に造詣が深い、というより専門家。うわさではその世界では異端だとか・・・。

 お話の中ではキリスト教なのに仏教用語がポンポン出てくる。異教徒や私の様な門外漢にも解りやすくするためでしょうか、とにかく広い。

 先生に限らず本当に人間というものを考えている人は小さなこだわりがないと言うか、多方面から考えることが出来る。

 反面、にわか坊主やエセ牧師に限って、無理な修行を強要したり、人のあら捜しをしておいて人を救うとか癒すなんてほざいている。

 後ほど詳しくということで、今日は私が感激した点についてです。

 すなわち、人が自我(いらない、余計な)を捨てるということを脱皮するがごとしと表現されたことです。

 成る程うまい表現で、真意がわかっていないと出て来ないと思われます。にせや、えせやにわかには・・・。

 西洋的には自我を捨てたんだから、そこには何も無いと考えざるを得なかった。フロイトが出てきてそれも打ち破られたのですが、実は西洋でも初期のキリスト教といいますか、そういう世界でも、所謂哲学的といいますか科学的な今ここで言う西洋と違う考え方をしていたのですが・・・。

 そこん処の微妙なところを、自我を捨てると次にまた自我が出てくるというふうな説明をしてくださいます。

 つまり、現実にそぐわなくなった自我なんか捨ててしまって、そんな狭いところにこだわってないで、自分の中にもっと違うのもあるじゃないか、と。今までの反省の上に立った上で、今度はそれで勝負したらどうか、と。

 そうこうしている内にどんどん要らないものをはいでゆくと虚無的になってしまう、ニヒリズムですね。

 しかしながら、私が前に言ったように、生きるための自我といいますかそういうものが残る。というより、残さなくてはならない。キリスト教がそれを教えてくれているというんですね。

 じつはブディズムも同じなわけですし、私のブログに時々ご登場願う岸田秀先生との対談においては、岸田流唯玄論ですら同じことをいっているとまで・・・。

 まぁ、バックボーンはそれぞれなんですが・・・。つまらない自我をどうすればよいのか、苦しんでいる人(自分)を何とかしたいという事では精神分析も同類であると・・・。

 

 

 

 

 

 

WASP

 毎度無知を晒すようでなんなんですが、「WASP」という略語を知りました。そんな事も知らなかったのー、と言われそうですが、知らなかったもんは知らなかったんだい。

 まーそー熱くならなくてもいいんですが、この「WASP」、ホワイト、アングロ サクソン、プロテスタントの略なんだそうですね。

 うすうす解ってはいたのですが、アメリカを牛耳っている人達はこのひとたち。ということらしい。

 つまりは世界を牛耳ってきた。しかし、ここへ来て、どうもこの人達にまかせとくと危ないんじゃないか、自分たちのことばっかりで・・・。というような、なんと言いますか、一人一人は悪くないとは思いますが、どうしても自分たちは神に選ばれたのだから当然だという・・・。

 反面、ヨーロッパではカトリックの考え方と言いますか、選ばれた民というのは同じでも、そのー詳しくは知らないんですが、自分だけ稼いだり溜め込んだりという事にたいする歯止めのようなものがあるらしい。

 その隙をついて、かどうかわかりませんが「禅」が読まれ、実際に座禅をする人が後をたたないという。

 人間だから、根本のところの「大切にしたいもの」は同じだということがあって、キリストも釈迦も似たようなこともずいぶん言っている。しかし、その前の大前提に、すべてを創造した神というものを信じようというのと、そもそも神様を無視していたのとの違いがある。

 仏を守る神様たちを途中で、いたしかたなくとって付けたというような意味での神様は居るんですが、そもそも神様の概念が全然ちがう。

 一度信じたら迷わず信じていけばよかったのに、途中で時の社会に都合よく変えてしまう、その辺のご都合主義もいいときはいいけど、行き詰まった時には元に戻れない。

 さー、君ならどーする。私には解りません。座禅かなー。

 

 

 

役にたたないってぇ

 近くのお寺の塀に今月のことばというのが書かれているのですが、今月のは、一字一句正確には覚えていないのですが、「役に立たない身でも、御礼をするという仕事があった」というようなものでした。

 いろいろな立場や置かれた状況により、見た人それぞれ、いろんな観方をするんだろうと思いました。

 まぁへそ曲がりはどんなもの見ても批判的にとらえるのが常なのでほっといて、といっても自分にもそういうところがあるので、あまりほっとかれると寂しいのですが・・・。

 役にたつ立たないと言ったって、それはたった、只今の、その人が置かれている(と思っているだけかもしれない)状況下で、主にお金を稼いでいるかいないかとか、人の世話になっているとかいないとかという物差しで、勝手にそう思っているだけだとおもうし・・・。

 本来、布施というのは施させていただいているということなんだそうで、相手から何がしかの返礼があれば、それではもう布施にはならないのだとか。

 常に、お互いに感謝の気持を持つという事が大切なんですよね。「お互いに」であって、一方的なものはどこかで歪みが出る。つまり、施される方に気兼ねが産まれる。感謝と気兼ねとは大違いなんです。お互い様なのか、一方的なのかという点で。

 俺はたくさん稼いでいて税金もたくさん納めているから世の中のためになっていて偉いんだ。なんてやつが一番鼻持ちならない。超個人的な感情ですがね。

 かといって、自分は弱者ですからー、ということで何かしてもらうことを当たり前の権利のような顔をして偉そうにしているのもなんか違うような気がする。ごくたまーにですが、マスコミ等で拝見することがあるのはやらせなんですかね。身近には居ないんですけど・・・。

 いつものことながらいろんな人が居るってことで・・・。

 

 


 

自我は捨てちゃいけない

 逆説的な言い方ですが、この辺の微妙な呼吸が大事な処だと思っています。

 この「自我」、「捨てよ」と言うときの「自我」と捨てちゃいけない「自我」とは区別しなければなりません。

 本能の壊れた人間であるが故のつまらん自我なんぞ捨てちまった方がなんぼかえー。というか、そんな自我によって自分やまわりの人が苦しんでいるとしたら本末転倒というやつな訳です。

 一方で私が捨てちゃいけないという自我は、本能がもっている、生きようとする自我、つまり外界との繋がりのなかで形成されるものでは無く、本来一動物としてもっているもの。

 心理学的には前者を自我と言っているらしいのですが、素人には解りずらく、混同しがち。

 無人島に一人取り残されたことを想像してください。

 もうこんなの精神的に耐えられないとか、孤独に一生すごすくらいならいっそのこと死んでしまったほうがましなんて考える、どっかで刷り込まれたような「自我」はいらない。

 とにかく生きるんだという、「理屈じゃない確固たる自分」という意味だとしたら捨てちゃいけない。

 子供のころに読んだロビンソンクルーソーのお話を思い出しました。途中からフライデーが出てきたり、船から生活必需品を持ち出すことが出来たり、今思えば軟弱な物語です。所謂「自我」に都合の良い話でした。

 「理屈じゃない確固たる自分」とは、どんな状況においても「自分に負けない」ものであり、「気」を出す大本のことなのです。生きるエネルギーの源です。本来持っているもの。

 それを、人間というやつは、わざわざ物事を複雑にして自分で自分を縛ったりして訳が解らなくなってしまっている。くどいですね、そんな自我は早いとこ捨てるのが良い。

 まぁ、「捨てろ」とわざわざ言うくらいだから捨てるのが難しいくらい当たり前に持っているということでもあり、うまく付き合っていければ一番いいんですがね。なかなか。

 

 

赤信号、みんなで渡れば怖くない。

 一日一度必ず渡る横断歩道があります。隣合った二つの商店街を高齢者総合会館というやつを挟んで橋渡ししている人通りのかなり有る信号です。

 ご存知の方は思い浮かべてください。車道が少し変則です。何時も渡るほうの横断歩道に並行する道はかぎの字になっています。

 そんなこんなで(右左折がどうたらこうたらでスクランブル交差点のようなタイミングで信号が変わるようになっている)普通は目の前を走っていた車がストップすると自分が渡れるはずが、なかなか青信号にならない。

 しかも、車が右左折してくるまでに少しタイムラグがある。

 この何だろう胸のざわつく感じ。思い切りさえ良ければそのタイムラグの間に十分渡れる時間がある。

 そこで、多くの人、というか教育上子供の見ていないときとか、明らかに車が来ないとわかっている時とかは赤信号でも渡ってしまう。なかには状況をわきまえず強引なひとがいるので危ないこともある。

 この赤信号というやつ、まだ車も少なかったこどもの頃に右を見ても左をみても車なんか来ないのに待っていたあの頃、平気で無視をする人のほうが正しいように思えたあの頃、でも待っていた。

 あの時のざわつきと同じ気持。今でもざわつきは同じ。

 こういうの大げさに言うと「自己矛盾」というのですよね。悩みと言うには可愛いものですが、こういうときに考えておくと、つらく重大に思える自己矛盾を抱えた時に解決のヒントになる。

 地球温暖化かなんか知りませんが、人間が呼吸をすれば二酸化炭素を吐き出す。

 自己矛盾を「苦」と言い、そのために苦しんでいる人の相談に乗ってくださったのがお釈迦様。

 自分が一身に背負ってくださり、後に続けと言って下さったのがイエスス様。

 人間だからこその悩み。人間だもの。

 けっこう、お二人とも人間くさい変なやつだったんだろうな、と思えてくるのは不遜ですか。

 自己矛盾のかたまりのようになってしまった西欧で、鈴木大拙師の著書がもてはやされ、日本にいるカトリックの神父さんのなかには参禅する方もいらっしゃるとか。

 信仰の対象としての仏教ではなく、禅哲学として確立された大拙師の功績は、大げさでなく人類にとってありがたいことであり、知れば知るほど、ひとつの行く道というか、生きるヒントがあるような気がしています。

泥棒

 田舎に行くと鍵をかけている家の方が少ないんですね。かけているとかえって留守なのがばれるとか。いろいろ。

 聞けば「盗られる物なんかうちにはないよ」と。「逆に要らない物持ってってくれたら捨てるのに有料袋を買わなくてすむし。」なんて。

 そーかー、盗られて困るような物があるからいけないんだ。

 昔っから悪いことして稼いでるお金持ちからうばってそれを貧乏人に分けちゃう人を義賊なんていって、むしろ英雄扱いでした。だいたい手荒なまねはしない。

 今は下手して顔なんか見ちゃうとやばいらしい。やっぱり十手は必需品かも。余談でした。

 聞くところによると、洋の東西を問わず、金品を溜め込むことは悪徳であったらしい。つまり民衆から年貢をとって溜め込む支配者は悪人。

 お釈迦さまは王は泥棒と同じだといっていたそうですが、王様が来ると黙ってしまったとか。

 とにかく、溜め込むような物があれば、それは他の人に施す。それが善良な民の生きる道。

 やはり、おまわりさんの前に泥棒がいて、さらにその前に溜め込むやつがいる。

 順番からいっても大元の原因は溜め込むことにある。まぁ、数ヶ月失業した場合に備えて・・・なんてのは溜めたうちに入らない。失業保険ってのもあるし、でも年金があやふやで・・・(また脱線)。

 これも聞いた話で、資本主義が興ってから、つまり産業革命以降、利潤をあげ、それをプールし、また次の投資にまわす。というシステムを、それ以前なら悪であったものが良いこととされてしまった。

 どうやらその頃から人間も悪くなったというようなことらしい。言えることは、だからと言って泥棒がいいということにはならない。

 最近は仏像を盗んでコレクションしていた元僧侶が捕まったり、もうめちゃくちゃ。もう一回人類の起源からやり直したいくらいのもんです。

 

 

 

 

 

 

 

本音と建前

 昔はやったルースベネディクトと言ったか、の「菊と刀」という本で一世を風靡した言葉です。あたかも日本人の特徴のように言われていました。

 当時はなるほどそうだと思っていましたが、今になってみると少し考えが足りなかったと思うのです。

 西洋人からの、つまり外から観た鋭い指摘は、自分では当たり前と思っていることが文化の違う所から観て奇異に映ったりするもんなんだ、と思ったりもしていました。

 しかし考えてみると、西洋人にもそれなりに本音と建前はあるわけで、この「本音と建前」そのものに何か違いがありそうなんです。

 唯一絶対神のおわします西洋ではこの「本音と建前」の建前の方はずっと遠くの神様のところにあり、もし別に本音というものがあるとすればそれは神様に逆らうことになると思われるのです。

 一方、私にしてみれば、先だってお話した「お経は勝手に解釈できてしまうもの」の理論からすると、建前と言ってもちょっと座標軸をずらすだけで本音のほうにぐっと近づいたりするんです。

 そんな具合ですから建前は本音からみて追いつけそうで追いつけない距離を保っている。

 それにより、つまり近いが故にみごとな対比ができる。そんなふうに思い始めたのです。

 まぁそんなこんなですが、「お経の勝手な解釈」不安じゃありませんか。

 ご心配いりません。お経を解釈しようなんて輩に「悪(わる)」に都合の良いように解釈するわけがないのです。借りた言葉で言えば、もうその時点で仏性があると言ってよいのだと思います。

 しかし考えが少し足りない場合も多いのでしょうね。かならず師に付いてするようにってな訳で、そのために坊さんがいるらしい。

 今、師と言える坊さんってどのくらいいるんでしょうか。高級外車の販売先は「や」の字の金回りが悪くなった今、坊さんが主流だとさる筋から聞いたことがあります。ほんとなんですかねー。

 

 

 

 

存在を否定しない

 どんなに気に入らなくともその存在そのものを否定してしまうって事はどういうことかと言うと、自分が逆の立場になった時に否定されてしまうってことなんですよね。

 或る意味自意識過剰でとてもシャイだった父が常々「存在を否定してはいかん」と言っていた意味が解ります。自分が否定されそうになって、というか自意識がそう感じてしまっただけでも、初めてわかる。

 存在しているものには悪い物(人)もあるし、とても難しいんですよね。ただ、存在しているからには何か意味があるんだろうと考えてよさそうです。

 「必用なものだから良いものだとか、役にたつから良い」と言うのも短絡的のような気がするし、逆に「悪いものは不必要」というのも違う。

 「や」のつく怖いおあにいさんも、ずーっと昔から存在してるし、泥棒だってそう。居ないほうが良いと思って抹殺したってきっとまた・・・。

 いろんな人がいる。自分は絶対良い人だから人から居ない方が良いなんて思われるはずがない、と思っているひとは良いとして、まかり間違えば犯罪を犯すかもしれないと思っている人もいるはず。

 私もその一人で、若い時分には性犯罪を犯しても不思議でないくらいの精神状態を経験しています。所謂性欲ってやつですか。そんな時には、当時「悪書追放運動」のやり玉にあがった、所謂そのー「エロ本」とか、悪ーいものがとっても良いものにかわるんですからーっ。残念っ。

 親に隠れて深夜のテレビを見たり、古い話で、11PMとか。これもP.T.A.などには評判が悪く、見てはいけない番組の一つでした。けっこう裸が映る。

 俺だけは違うモーンなんてやつはむしろ信用できないし、そんなのに限って人を否定するような事を平気で言ったりするんですよね。

 まーいいんですけどね。いろんな人がいます。

 また話が随分とそれたみたいです。まぁ、必用悪というような話でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

緩い自分

 子供の時分にはいっちょまえのつもりでいたのですが、今になってみると随分と緩んだ脳みその持ち主であったのだと我ながら思っています。釘が抜けているどころか、もともと釘が使われていない。

 この世界を支えてくださっている方たちをみると、やはりピシッとしている。

 で、考えました。緩い頭で。

 今では何かよく解らないお店をやっている。コーヒー豆を焙煎して、ご家庭にて消費していただくために販売しているだけなのに、遊びに来てくださる方がたくさんいらっしゃる。

 これは、私の緩さが原因ではないかと。

 ピシッとしている人ほど息抜きも必要ではないかと。

 それで、緩さにほっとしてくださっているのではないかと。

 焙煎しているコーヒー豆も、自分に合わせてかどうか解りませんが、自然と、ほっとするというか、ゆっくり味わって心地よいというような、そんなことになっているようです。

 他人事のようですが、自然とそうなっているみたいなのでしかたありません。

 これでも焙煎に関してはけっこうポイントをおさえているつもりなんですがね。自分としては。

 農業と焙煎。

 なにか大きな、神秘的な何かによって自然とそうならざるを得ない何かが内在している。

 神秘的なんていって大げさなようですが、自分にとってというだけで、他の人には何てことないのでしょうけれどね。その辺が緩い。

 人からはけっこう理屈っぽいと言われるのですが、自分としては、理屈こねているうちはまだまだと思っている。あれっ。

 つまりまだまだってことか。

 

 

 

シャツの中入れダサイですか

 ずい分前からシャツの裾をズボン(パンツといわないとなぁー)の中に入れなくなりました。

 それと言うのも、外部から、或いは身内からシャツの裾は中に入れちゃダサイからだめといわれ、しばらくは抵抗していたものの長年の習慣を捨てたのでした。

 そもそもお腹が冷えてつらい思いをしていた子供のころから裾は入れないと何か心もとないのでした。

 しかし、やってみるとけっこう開放感があり、夏場は涼しい。

 でもどうしてダサイのだろう。

 私がカッコイイと思っている服装は皆裾がはいっている。消防士、警察官はもとより工場で働く人、工事現場の人、ワイシャツ、そして何より私の農作業の時(さらっと加えるのがテク)。レスキュー隊なんかもうカッコイイの大権現。登山の時もそう。探検隊とか。

 農作業をしていると、裾から土や虫が入り放題。機能や効能からいっても、すそは入っているのが美しい。

 いや待てよ、これってお仕事の場合や、特定の目的のある場合ですよね。

 ではOFFの時はどうか。

 アロハのあのリゾート気分なんかいいですねー。アローハー。

 OFFの時ってリラックス優先で、一緒にいる人もリラックスしたい。そこに一見リラックスしていなさそうに見えるシャツの中いれ組みが混じっていると、なにか変。かな。

 そーかー。昔はやった言葉で、T.P.O.をわきまえないというか、お腹が冷えちゃうってだけの理由というか、そういうことがダサイッてことなんですかね。

 まぁーまだ調子が出ないので、このへんのところに落ち着けとくことにします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えー、本日は晴天なり、本日は晴天なり。

 長いお休みをいただきました。時はまさに新学期、昔からスロースターターでした。今回もなかなかエンジンが掛からず、ずるずると。

 ということで、まずマイクの試験からです。聞こえてますかー。アー、アー。

 とっくに店の方は始まっていたんですがね。なにしろ一度お休みした脳がなかなか起きないのです。夏休みの宿題なんぞも8月15日を過ぎたころから気になりだすんですが、頭がそうなってない。

 やはり起き出すのは新学期が始まってからですよね。何同意をもとめてるかって。失礼。

 

遅い夏休みのお知らせ

8月30日(日)から9月3日(木)までお休みします。ご不便おかけします。
ブログもそれまでお休みです。
それではまたお会いします。つまらん事に思い煩わずに元気でいろよーっ。

父の遺志を受け継ぐ

 若い時の父をそっくり真似をしてしまえば大変な事になります。大酒飲みでタバコはのべつまくなし・・・。エネルギッシュなところは真似したくても出来ない・・・。

 そんな父も今の私の年のときに糖尿病から来る脳出血を患い、網膜にも出血がみられ、それはもう180度どころか540度の大転換をしました。

 自分でカロリーコントロールをきちんとするようになり、酒、タバコもぴたっと止め、3輪自転車を買い込み、欠かさずリハビリ兼カロリー減らし。

 これまたとても真似できません。

 実際やりたい放題だった若い頃には、想像ですが他人にご迷惑をかけたり、その逆もあったり、家族にも想像を絶する苦労があったのも事実です。しかしたいてい人間関係というものはお互い様という事もあるわけで、恩恵もこうむっているのに迷惑ばかり言ってしまうこともある。

 世話をしたり、されたり。私の子供のころは、けっこう居候の多い家でした。

 ここ数年は、本人も覚悟ができており、そういう点でもたいしたものだと思っています。

 最近では会えば「死もまた日常」とか「順繰りだから思い悩んでも仕方ない」とかそんな会話をしておりました。だいたいにおいて、づぼらな私に「出来ること出来ないことあると思うが、できることをやらないと、『喝』」。

 やりたい放題の後の節制、そんな経験から私にいろいろ言い聞かせてくれました。

 「他人に迷惑をかけるな」、「つまらん事に思い煩うな」、「日常を、仕事も生活も、きちんとこなせ」、「最終的には独立自衛(自営にもかかっている)だぞ」、「平穏なる平常心が大事ぞ、モメゴトは嫌いだ」そして「何事も中庸が良い、中くらい中くらい」、「それには柔軟な心を持て」。

 未熟者の私が、今思い出すのはそんな事でしょうか。また父の年齢に近づくにつれ『ああ、あの時の言葉はこういう意味だったのか。』ということもあることと思っています。

 

 

 

 

 

チャランポラン

 このチャランポラン、私のためにある言葉かもしれません。卸のお客様への伝票を書かせたらもう大変、後で自分で見てもどうしたらこんな間違いができるのか、まったく見当もつかないような間違え方をします。

 他のことで思った数字、主に数量の場合が多い、が金額の所に入っていたり。

 前回の「洋の東西を問わず」なんてのも「東の洋西を・・・」なんて頭の中ではそうなっている。

 商品の注文を出すにも、隣の品番を書いてしまったり、最近では目のせいに出来るようにはなっては来たものの、注文するのはやめようと思った物をあえて書いてしまったり。もはやこれは目のせいには出来ません。

 そもそも、コンピューターのウイルスにも免疫が出来ると思っていたり・・・。

 今の世の中に合わせて行くのが大変です。或る意味情報が私にとって多すぎて、どだい無理な話なのです。

 最近では、畑仕事の前に鳥の声を聞きながら瞑想する少しの時間が貴重です。それも、師匠の「ケツのア○に陽が当たるまで寝てるんじゃないよ」というお言葉を戴くまで寝ていると出来ないのですが・・・。

 それにしても、川根のウグイスは鳴き方がへたです。春から夏までずーっと鳴いているのに、いっこうに上達しません。ちゃんとしたテープを聞かせて教えてやりたいようです。里に降りたときには、けっこううまくやっていてくれれば良いんですが。

 

 

 

 

8月15日に想う

 今日はもう17日ですが15日。想ってから思って、考えて、それから或る程度まとまるまで時間がかかります。おゆるしください。

 日本にとって、重要な日だと思います。云わば日本全体が否定された瞬間が1945年のこの日におとずれました。

 最近とりつかれている考えに関連してくるので、今年のこの日は、私にとって特に重要です。

 洋の東西を問わず、「自己否定をして自身(心)を浄化し、またよみがえる。」という考え方があって、ある意味相当心の奥底にひそむ何かであって、しかも重要な何かのような気がしているのです。

 戦後の日本のように60年以上も戦争(内戦等も含め)が無いというのは歴史上かつて無いと聞きます。

 ですから、当たり前に戦争がある時代に人が思ったり、考えたりしていたことを、少し、いろいろな面で読み替える、というのか帰結を時代に合わせて考え直すという様なことをする必要があるのではないかとも思うわけです。

 先に「死ぬことが美しいのではなく、それを想像することが美しいのだ」と申しましたが、まさにこれも、その「読み替え」と言って差し支えないかもしれません。

 戦争でいつ死ぬか判らないときには、死ぬ本人も残される家族も「それはまた蘇えるための一過程である」と思いたいじゃないですか。

 国家が強制をしたとかっていう原因論はここでは議論せず、あくまで進退窮まった時の個人の問題としての話です。

 で、その自己否定です。戦後の日本、といっても私の見てきたのは1960年ころからで、すくなくとも国全体を意識したのはさらに遅れてその6、7年後からですが、日本の軍国主義により実際に被害を受けた人たちの心を重く受け止めるという心の作業をしてきています。

 果たしてこれはどういう意味をもつのか、また何時までつづける物なのか、をづーっと考えてきましたが、いまだによくはわかりません。

 そんな中、この「自己否定」に出会ってなにか、少しだけ考える糸口が見つかったような気がしているのです。

 つまり、どうしても、よくいわれる「自虐的」ではないか、という気持も否定できずにいた私でしたが、この「浄化して蘇える」ということではないかと思いはじめたのです。

 これほどまでに過去の戦争を反省してしまうというのも、長期の平和と同じくらい珍しいということを外国の人から聞いたことがあります。

 思いますに、どうやら、この山河に暮らす人々の心の中では、その「自己否定の後、浄化され、蘇える」という無意識の観念がより強いということなのかもしれません。

 最近の静岡の地震の時、テレビで、はっきり覚えていないのですが、世界における震度4以上の地震は相当なパーセンテージ、日本で起きているということを聞きました。確か70パーセントくらいと聞いたような・・・。だんだん地震、違った、自信がなくなってきました。

 台風や地震で家や命を失うことが太古より頻繁にあったと考えれば、死んでも蘇えるんだという発想が深層に強くあるとしても不思議ではないと思います。

 したがって、戦後のこの期間ではづーっと平和であったということも手伝って、自己否定の時期が非常に長くかかったということではないでしょうか。その分、より浄化が進んでいると考えるのは楽天的すぎるかな。

 しかし、そろそろ浄化され、蘇えるときが来ているようです。私の独断と偏見かもしれませんが、どんどん世代も入れ替わってきており、戦争が終わって8年目に、つまり戦争を知らずに産まれ育った私が、いつの間にか親というよりそのまた親という年齢になって、そう思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

地獄は這い上がるもの

 昨日はどうも「地獄に落ちねーよーに」なんて不遜なことを申しました。

 見る人から見れば、手前なんぞすでに地獄にいるって訳で、むしろ「地獄から這い上がろう」ってのが本当でした。

 地獄極楽って生きているうちの話らしいんですね。解釈によっては。まぁ、神や仏がなんと言おうと、少なくとも私はそう思っているのでしかたありません。

 せっかく死んだのに、死んでから地獄へ行っちゃうなんて考えただけでもぞーっとする訳で・・・。考えたくもねー。べつに極楽なんていう、すんばらしそうな所までは希望してないんですがね。

 それにしても、今の事にいっぱいいっぱいの私には死んだ後のことまで考えている余裕はありません。

 死んだら生まれ変わると思いたい人は思えば良いし、とにかく、どっちだかわかんないのに、勝手に思っていてもしょうがないということで。生まれ変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。というところで止めといていいんじゃないでしょうか。

 良くもわかんねーのに、なんでもはっきりさせなきゃ気が澄まねーってんでは間違った判断を下すのが落ちです、大好きな「落ち」。ペンディングしておく胆力と考え続ける知力が欲しいところです。

 まぁ、例えは悪いですが、相手が悪いのか自分が悪いのかわからないのに、けんかをおっぱじめるようなもんです。

 天国と地獄、地獄と極楽、どっちにしろ、なんか地下は割り食ってる感じがしますが、本当なんですかね。まだ地球がまあるい事を知らない時代のもんのような気がします。地球の内部の構造がよく解らなかった時代と言っても良いですか。

 芥川の蜘蛛の糸なんかを読んでイメージしたのも地下のでっかい洞穴の底といった感じでした。ほんとかなー。

 

 

 

 

 

 

 

 

お盆といえばお経

 ど素人がなーに言ってんだい。と、私ならそういいます。様なことで恐縮です。

 聞くところによるってーと、お経ってのは、なんか例え話になっているっていうじゃねーか。

 するってーと、つまり、あーせいこーせいってんじゃ無く、このお話から察しなさいという事で、聞いた人によって解釈が違って当たり前かー。まー当たらずとも遠からじってところでいろんな人が「自分の解釈が一番正しい」とか曰もーている。

 どーもそういうのにはついていけねー。

 まあ自分のチッチャイ頭で考えてみたんですがね。

 あたしゃーどーゆー訳か、昔っから、人はそれぞれみんな違うって考えに取り付かれちまっていて、どーにもわけが解らなくなっちまっている。

 でもこのたとえ話がどのようにも解釈できるってのは、実はわざとそうしているんじゃねーかと思うようになってきたんですがね。

 つまるところ、悪く言えば、みんな違うやつがそれぞれ勝手に解釈する。裏返せばこれは、全員違うはずなのに、その全員に効く、ってーのか、何て言ったらいーか、むしろ利点として考えてもいいんじゃねーかと。

 あっしに言わせりゃ真理とかなんとか抜かしやがっても、人の数だけ真理があろーってもんよ。

 と、落語好きのあっしですから、この辺で落ちが欲しいってとこ。でもよー、どうにも思いつかねー。せめて地獄に落ちねーよーにしよーっと。

 お盆、稲川淳二、怪談、で思い出しました、例の足音の話。

 あれからまたよーく考えてみたんですが、考えれば考えるほど、やっぱり変。

 あの時は同じ音と言いましたが、同じ音だけでは無く、ハイヒールの踵を時々ずってしまう音と言うんでしょうか、「ガラガッ」っというのか「ズルズッ」っと言うのか、妙に生々しい音。あれが何時も同じところでするんです。

 最近は横文字でなんたらの法則とか言うんでしょうか、それより、怪談にしといたほうが世の中楽しいですよね。えっ、同意を求めるなってか。

 怪と言えば、当店には「怪しい白い粉」という商品があります、末端価格70円(一袋)です。気持ちよくなれるかどうかは、一緒に使うコーヒーしだい。

 明日の長男堂の「猫屋横丁」にても販売いたしますので、気持ちよくなりたい方は必ず香七絵のコーヒー豆と一緒にお求めくださいませ。

 

 

かんしろさんが来てくれた

 静岡の地震で川根に行けないかと思いましたが、現地にTELを入れると「たんすが少し揺れただけだよ。」と。牧の原より、50キロも内陸だからかな。と。

 来るのが当たり前のように言われますので、まあ言ってみるか。と。結果7時間かかりました。

 それはさておき、今日は遠路はるばる「かんしろ」さんが来てくれました。

 ありがたいです。本当に元気をいただけます。人に元気を与えられる人っていいですね。

 ってな訳で、今日はお休みです。ではまた。

黙って座ればぴたりと当たる

 昨日のこれは表現として曖昧で稚拙ですが、私にとって、これはどういう意味を持つかといいますと、心の奥底の良心に照らす時間なのです。したがって、ゆっくりと流れる時間が必要というわけです。

 昔、アダム・スミスを原書で読む授業がありました。久しぶりに「当てられる」恐怖を味わったので、もう翻訳に一生懸命で内容まで深く探求せずに通り過ぎてしまいました。

 そんな中、この「良心」と「共感」というたびたび出て来る言葉だけは引っかかっていました。それだけアダム・スミスのころまでは、複雑な人の心を重要視していたのは間違いありません。

 しかしケインズになると「需要と供給」を柱に数字の世界に入って行きます。だいたいひとりひとり違う心を研究してもらちがあかないというのもわかりますが、私だけでしょうね、計量経済学の話になるとチンプンカンプンでした。

 でもやっぱり、皆違っていても心が大切なことにはかわりないのです。むしろ違うからこそ、いくら面倒でも避けて通ってはいけないのです。

 人の心は数値化できないということの裏返しで数値化できるとすれば、需要に関して言えば、誰でも共通の動物的本能に根ざしたもの、すなはち一人の食べる量は一日何キロカロリーだから掛ける何人で・・・。

 一方、心の側といえば同じカロリーでも美味しくなきゃやだってのもいれば、余分にあるのを見ながら安心して食べなきゃやだとか。ようするに満足という数値化できないものが主役になる。

 つまり論理では計り知れない心の奥底の無意識を引っ張り出すところからやりたいのですから、じっくりと時間をかけなければなりません。そして思考を停止してはなりません。と、自分に言い聞かせーの・・・。

 

 

kotennha

古典派といわれてしまっている経済学者

 私の考え方で行くと、古典派が古いからだめ、ということにはなりません。マーシャルやケインズのことですが立派に今でも通用する考え方だと思います。

 ただ、今の様に社会そのものが複雑に出来ておらず、現在起きている金融破綻などの問題点も、物が売れなくなって会社がつぶれ、失業者が街にあふれ、という比較的単純な思考ができたという時代だっただけで、考え方そのものの基本には大きな違いは無いと思っています。

 新しい経済学と言ってもその複雑な社会全体をその複雑さが故にカバーすることが益々難しくなり、限定的なモデルの中だけでうんぬんかんぬんするのみで、いまだ将来を見越した解決策といったところまでは達しません。

 で、前回の「行き過ぎ」理論です。

 当然のことながら、物を大量生産し始めたときには、まさか作りすぎてしまうことなんて考えてないわけです。物が足りなくて、もっと欲しいのですから、どんどん作れるなんて素敵なことでしかなかったのです。

 ですから、いざ作りすぎてしまうと、どうしてよいのか解らなくなってしまうのです。作るのを止めると失業者が出る。作りつづけるとケインズ時代にもう確立されている価格決定の理論によって価格はどんどん下がる。売っても売っても損が出る。どーすりゃいいんだ。

 そこで考え出されたのが計画的に生産するというやつ。しかも利益はみんなで平等に分けっこするという。強いやつだけいい思いをするんじゃ理不尽だからとても良いアイデア。

 そしたら、自分だけはなるべく楽をしてたほうがよさそう・・・なんてのがいたりして。少しでも良い物を作って売れるようにしようという気も失せる。どうも人間ってやつは始末が悪い。必用なものすら不足してしまう。

 ここで私の新しい経済理論。(新しいからといって良いとは限らない)。

 無闇にあくせく物を作らない。ゆったりした時間の中でじっと瞑想し、こりゃ足りんと思ったらがんばる。少し作りすぎじゃねーかと思ったらちょっと休む。

 一見ワークシェアリングのようだし、イタリア野郎なんか昔からやってるよ、とも思うのですが、ちょっとニュアンスが違うのです。

 黙って、じーっと瞑想し、自ずとわからしめる。というところが一見オカルトチック。しかし、黙って座ればぴたりとわかる的なことがないがしろにされて来たからこそ迷路にはまって抜け出られないのです。

 これはインド的でもありません。インドではかなり論理的思考がなされていると聞いています。インドで仏教が滅びた理由かもしれません。

 そもそもが、有り余っているのにまだ欲しいとか、売れ残るのを承知でまだ競争して良い物を作ろうとする。消費期限が切れる分まで余計にってことかも。で、捨てる。

 どうもこれは昔、と言ってもちょっと前までの話ですが、お腹をすかしていても存分には食べられない時代についてしまった癖が残っているのでしょうか。

 こんな時にも私の相対性理論が効きます。その時代に合わせて臨機応変に生き方を制御していかなくてはなりません。神経をすり減らして胃潰瘍になって、そんなにしてまで競争しなければならない時はする。でも必用ないならしない。

 そんな非論理的な論理で大丈夫なのー。と思うかもしれませんが、論理的なのが進んでるのだから良い、と思うことがすでに間違いであることは既に申し上げました。

 それじゃーそんなどんぶり勘定で、もし足りなかったらどうするのー。ときたら、目をつぶって「足りていると思えばよろしい。」と答えます。そんな時こそ助け合いが生まれるわけだし、少しだけ足りなめってのも悪くないかも。メタボにもならないし。

 まぁ私の経済理論や相対性理論は「萬金丹」のようなもので、心のバランスを崩した時の、どんな薬も効かない病に、もしかすると効くかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりとした時の流れが好き

 先ほども立野町のMさんご夫妻と話していたのです。私たちの生きてきたこの40数年の間のこと。

 Mさんがたまたま本屋で見た昭和32,3年頃の世田谷の写真集のこと。

 それこそ田んぼや畑がたくさん有って・・・。「さざえさんは桜新町でしたよね、あのあたりもずいぶん変わってしまって・・・。さざえさんの頃の面影はもう無い。」

 「垣根が板塀になって・・・、さざえさんの中でもそのくらいの変化はあったんですよね。」

 私も子供の頃は垣根に長靴を逆さにして干したり。隣の家との境界の垣根に干す時は子供心に、こういう場合は半分くらいなら使っても差し支えないか、とか想ったりしたのを思い出していました。

 そういえば風呂も薪と石炭で沸かしていました。

 もうこうなって来ると単なる回顧趣味の域です。昔が懐かしいという年齢にもなって来たのをしみじみと感じます。

 しかし、考えてみますと「懐かしさ」という気持ちとはどういうものなんでしょうか。「あの頃が懐かしい」って。

 けっして不便なのが懐かしいとは思っていないようです。風呂を沸かすという事でいえば、沸かしている間の時の流れに関する何かなんだと思うのです。

 その間に想っていた事とか感じたこととか、それを取り巻く情景とか。

 ガス栓をひねって「ボッ」っという瞬間では味わえない何かがあったのです。

 日常の生活がすべてその調子で、子供はそのままにしておくと社会生活に適応できなくなる。そこで親は時間に正確であることを要求し、あげくに社会そのものがどんどんスピードアップして行く。

 さーもう大変。正確なことが良いことなんですから、スピードアップしてもそれに合わせてきちんとついていかなきゃなんない。もー無理。

 で、あの頃がみょーに懐かしい。と、こうなっているのではなかろうか、と。

 おもえば夏休みなんか永遠につづくんじゃないかと思っていました。最初の10日間くらいは特に10倍くらいの感じ。

 だんだん短くなって行く。宿題の関係もあったりして、心の焦りが反映するのでしょうか、最後は一日が数時間しか無いような・・・。

 自然と自分のなかで調節していたのでしょうか。心のなんというか安定というのか平衡というのか。

 自分と社会の、といっても一体でもあるのですが、まぁ一体と思えるうちは良いのですよね。一体と思えない時が問題なのです。社会の中で、ついて行けないと思うとき。

 そんな時に自分の中で心の平衡を保とうとするのですが、その時に絶対に必用なのが「ゆっくりとした時間」なのだと思います。

 休暇とか、日曜日だとかが必用なのはそのためかもしれないですね。えっ、当たり前ですか。

 そうですよね。当たり前ってことは間違ってないってことで、ゆっくりとした時の流れが好きってことにも異存はないってことで・・・。意を強くします。

 きっと昔も社会ってやつは個人にそうとうストレスをキックバックしていたはずですが、日常的にゆったりと時間が流れている間はそれも溜らずに済んでいたのだとおもいます。

 よく言いますよね、時間が解決するって。本当なんですね。

 ここで問題が浮かびあがって来た訳です。いつも言う「つい行き過ぎてしまう」人間の弱点。物もただたくさん作ればいいってもんじゃないと。

 これは経済学における大問題でもあるわけで、次に譲りたいとおもいます。

 

 

 

いつごろからなんですかね

 昔より今のほうが進歩しているとか良くなっているとか、何時ごろから誰が決めたんでしょうか。というより、時間そのものの概念といいますか、過去から未来へ一直線という便利な考え方が発明されたのはどのへんなのかしら。

 時計、日時計ってのがはじまりですか。水時計とか砂時計とか。シュメール文明とか。

 よくは知りませんが、相当昔のことらしいんです。いまだに使われている。クゥオーツとか電波とかいっても時の概念までは変わっていない。

 昔は原始的で幼稚で遅れていて・・・とすると時間の概念に関しては今も同じってことは・・・えーと、現在もそういう意味で原始的で・・・のままなので・・えーと、昔は現在で、現在は昔ってことになって、こりゃーえれーこった。

 えっ、いまの時計は正確だって。君ねー、日時計より正確なものは無いのじゃないかね。うーん、そうかなー。よくわからん。

 「過去から未来へ先進のテクノロジー」なんてすごーく、なんかうれしくなっちゃうようなコピーです。それはそれですばらしいことですし、技術そのものに関して異論を挟むものではありません。ほんと試行錯誤の世界で成功も失敗もある。

 ただへそ曲がりの私は、先ほどの時計でいえば、そこに込められている概念というか、思想のようなものに関してはどうか、ということが肝心だと思ってしまうのです。

 つまるところ何が言いたいのかというと、単純に古いものより新しい物の方が良いのだというイメージだけで日々暮らしているのはどうかなー。ってこと。

 特に人々の生き方に関わる思想のようなものには注意が必要です。人の心の普遍的なものって有るような気がしています。

 それを、時代、時代の都合にあわせ、あたかも「あなた」が変わらなければならないようなこと言われて・・・。

 新しい時代には新しい自分でなければいけないような気にさせられて・・・。

 ほんとかなー。

 もちろん保守的とか革新的とかとは次元を異にする話です。

 

 

 

 

 

七夕

 政治家や官僚に私心無き政治が出来るためには、身の程知らずの過剰な欲望の無い多くの民衆が居なければなりません。

 昔のこの山河に暮らす民衆は大自然と共に暮らす智恵を持ち、やっと飢えをしのぐ程度の生活をし、それだからこそ分け合う精神といいますか、皆で助け合って心だけは豊かにして来たのだと思います。

 先の大戦の戦中戦後の物の乏しい時代というのは、有る意味人災とでもいえる特殊な時代でした。つまり、物質的だけでなく心も貧しいというダブルパンチの時代と言っても悪くないかと思います。

 本来人の持っていた仏性とでも言える助け合いとかの精神を悪用されたという意味で、結果として心貧しき道に迷い込んでしまったといってよいと思うのです。

 そして、そうなってしまった原因は単純で無い訳ですが、明治になって西洋文明が入り、緑豊かで四季のあるこの大地(というより峡地というべきか)を耕して来た民の間に悪魔の欲望が芽生えてしまったからなのです。

 その後アジア、アフリカ諸国や中南米の民の動向を見れば、愚かにもその先駆けになってしまったのでした。

 そして、身も心も貧しくなってしまった戦後の民衆はそれでもがんばりました。

 何も無い時代。裸電球を灯し、それも長い停電時間があったりする中、少しでも心を明るくしようと本当にがんばっていたのです。

 ラジオから流れる歌などそのひとつでしたけれど、そんななか、子供の私の記憶では正月、節句、七夕、祭り、そしてなんとクリスマス。けっこう心の隙間を埋めてくれました。じみな時代にけっこう派手で、なにか浮き浮きした気持になりました。

 で、その七夕。前説が長すぎるー。と自分でも思う。

 それから毎年欠かさず、ずーっと、地域ごとにすこしは盛大で有名な街があって、はでーな飾りつけをして、ずーっとやって来てしまったのでした。

 今年もまた。

 独断と偏見ですが、みんなもう飽きたんじゃないですか。

 繁華街は何処へいっても、いつ行っても、ど派手な感じ。特別七夕だからということも無い。

 子供のころはそれでも手造り感がありましたが、今は石油化学製品のそのまた工場生産品みたいなのがひらひらしているだけ。

 魅力がうすれました。

 資源の無駄遣いのような、なんともいえない気分です。

 手造りを義務化したらどうかな、とか、リサイクルの材料で工夫するとか、当時皆で出し合った智恵のようなものを出し合って・・・。

 でも時代が違うかなー。無理だろうなー。一回止めちゃうって手はどうでしょう。なかなか止めらん無いんですよね。

 少なくとも原点に立ち返って、幼稚園に残っている笹竹に短冊を提げて願い事。というところから大人も再スタート。

 人としての原点というか、心の豊かさをもう一度見直すのにはそれが良いかもなー。

 

 

 

またまた唐突ですが「西郷隆盛」

 私にとってはもう半年前から胸の内であったまってしまっていたんですが唐突のように・・・。

 どうも征韓論をとなえてからの西郷どんは歴史から遠ざけられてしまったようです。

 その人柄とか精神とかに共感できるところの有る私(司馬遼太郎を通してでしかありませんが)にとっては、その一点においてあまりに世界を自分の、或いは師と仰ぐ島津斉彬の考えだけで観てしまったということが残念でなりません。

 なにも弁護する訳ではありませんが、西郷どん(「せごどん」と発音したらしいが)は、司馬遼太郎によれば、ペリーにむりやり開国をさせられた自国が不平等条約を結ばされた屈辱から、韓国および清国に自分が自分の日本で成し遂げた革命をおなじようになしとげさせ、韓清日の三国でアメリカ、フランス、イギリス、ロシア等、当時列強と言われた植民地政策を押し進める国々と対抗して行かなければ日本の生きる道は無い。と考えていたということのようです。

 まぁその考え方の延長が、彼の責任では無いにしろ、先の大戦を引き起こした訳ですから、西郷どんのその後の評価も当然といえば当然だし、当時とは状況の全く違う今日では、どんなことがあっても正当化はできません。

 しかしながら、彼の人柄として、私心が全く無く、常に東洋のそのまたはずれの新興国家がいかに列強と伍して行くかを考えていたが為に、当時の情勢を鑑み、そう考えるしか無かったのだろうと思います。

 では、大久保利通らが維新後の財政逼迫を盾に反対し、結果、西南戦争で西郷どんを葬り去ったにもかかわらず、その後の日本のたどった道をどう説明すれば良いのでしょうか。

 思えば、昨今の政治家や所謂お上とよばれる人達の中で、本当の意味で西郷どん程の私心無き人物が居るかと言うと寂しい限りです。

 私が見てきた中ではクリーン三木か細川連立内閣か、近いところはあったかもしれませんが、いずれも目がドルマーク($)になってしまっている人達に潰されてしまうんですよね。

 やはり先の大戦も$マークの人達のバックアップが大きかったのではないでしょうか。

 私見ですが、西郷どんなら先の大戦は起こさなかったのではないかと思っています。

 征韓論を唱えた時も、自ら遣韓大使になることを希望し、その場で殺されることを予見し、死地に赴くつもりであったといいます。

 まぁ、シュールに言えば、ペリーが日本にした事を今度は隣の国を目覚めさせるなどという身の程知らずな考えの元に自分がペリーをやりに行こうとしていたのでした。

 時間も無くなってきましたので、この辺で止めにしておきますが、現代人で彼ほど実力があって、私心無き高潔な人物は見たことも聞いたこともありません。

 でも江戸時代までの日本にはずい分居たらしいんですよね。

 しかし、余りに急激に西洋が入って来たのが災いし、西郷どんについても司馬遼太郎がいっていますが、自分が倒した古い日本式と不慣れな西洋式との狭間で、その高潔な自分を表現する方法を知らなかったのだそうです。

 ここにも一元論と二元論のギャップが見えてきます。

 

 

 

 

 

真夏の夜は怪談できまり

 10歳の夏、今の場所に引っ越してきました。それからずーっと住み着いてしまっています。

 長年(もう46年も)居るといろいろ見えてしまうのでしょうか。いえ、これは見えるというより聞こえてしまうのです。

 当時、私は2階の道路に面した部屋で寝ておりました。道路と言っても所謂4m道路という小型の車がようやっとすれちがえる程の細道です。

 まだ小学生でしたから夜は比較的早く寝てしまいます。

 床に入ると「カッカッカッ・・・・・・」と女性のハイヒールの靴音が聞こえます。始めのうちは気づかなかったのですが、そのうち気になりだすと、いつも決まった時間に通られるようです。

 そんなことがあっても子供のことですからすぐに忘れてしまっていました。なにせこれといって不思議はないのですから。

 それからどの位経ったのでしょうか、たしか高校生のころ、お向かいの家が増築され、2階を貸間にしたのです。

 それでそこの一部屋に女性が越してきました。そして、その人が夜、勤めから帰ってくる時に、あの、昔聞いた靴音とそっくりな音、リズム、さらに音の大きさまでも・・・がするのです。

 お向かいの裏木戸がきしみながら開き、バタンと閉まり、外階段を上る音がするので判りました。それがまた、しばらく続いていたのです。

 そのころは女性にも興味がでてきた年頃で、どんな人なのかちょっと見てみようと思って窓から下を見ても、いつもタイミングが遅いのか、姿を一度も見ないうちに、また忘れていました。

 たまに通りかかるハイヒールの女性は見かけるものの、あの音とは違うのです。「あぁ、別人かー」と深層の所で思うだけで、気にも留めていませんでした。

 年月も過ぎ去り、家も立替え、子供も産まれ、仕事も本当に忙しく、毎日必死でした。

 そして、ある夜のこと、ふと気が付くと例のあの足音が聞こえるではありませんか。「あれっ」何か懐かしいあの靴音に間違いありません。今度はお向かいの2階には上がって行きません。

 ゾクッとしたのを覚えています。あの背筋が凍るような、異様な心持です。

 その日はたまたま早く帰っていたので、その後帰りも遅く、しばらくはまた忘れていたのです。

 しかし、早く帰るとまた、夜8時半ころに必ず聞こえます。

 昔、はたせなかった、姿を確認したいという気持がまた湧いてきて、それとなく外を見ている振りをして待っていたのですが、そんなときは現れません。

 諦めていると、外で「カッカッカッ・・・・」。

 ようやく最近になって、時々その事を思い出して不思議な気持になるのです。

 音はもう聞こえませんから成仏なさったのかもしれません。

 

スキンヘッドに水泳キャップ

 かなり前の文芸春秋増刊号で日本贔屓外国人のコメントを集めたのがあって、パラパラとめくっていたのです。

 けっこうありきたりのものが多くて斜め読みです。

 その中で目に付いたのがタイトルの一件。

 その人の友達の話。だいたい落ちは見えてますよね。

 ある日、日本のどこかのプールヘ行った時の事。

 受付で「キャップをかぶってない人は入れません。」と言われましたが、持ってきていません。

 こういう頭だから、自分の国でもかぶったこと無いのだけれどとでも言ったかどうかはしりませんが・・・

 「規則ですから。」・・・と

 詳しくは知らないのですが、あれって髪の毛の関係の対策ですか。もしそうならスキンヘッドの人には当てはまらないですよね。

 規則規則規則・・・・・・・・・・。

 「ナットゥ(tu)・キン(ng)コール」のキサス・キサス・キサス・・・って歌が頭に浮かんできました。えらい違い。あのちょっとハスキーで厚みのある声、いいですねー。ムード満点。

 おっと我に帰って、規則でした。

 まあ、皮肉も込めて「日本人は規則をよく守って行動する人が多く、秩序だっており、とてもすばらしい国民だ。」といっています。言って見れば「スキンヘッドの人にもキャップをかぶってもらうくらいに、それほどまでに」ということでもあるんでしょうか。

 これって、やはり規則が手段でしか無いということをしっかり考えてこなかった民族性というのでしょうか。ちょっと行き過ぎることもある。

 私にとっては決して悪いことではないように感じられるのですが、手段と目的を二言論的にしっかり分けて考えている人には不思議なのでしょうね。

 しかし、想像してみるとおかしいですね。スキンヘッドの人がどんな気持でキャップをかぶって泳いでいたのかを。マジックで帽子の絵を描いといたらどうですかね。

 あれって脱げ易いんですかね、それともピタっとくっついて逆に脱げにくいとか。「くまだまさし」の吸盤芸を思い出すのは不謹慎ですか。

 ついでで失礼ですが、駐車違反の取締り、悪質なものをとりしまってもらうのは当然ですし、もともと市民の日常生活を円滑にいくようにサポートしていただくのが本来の目的です。

 本当に交通の妨害になるのに長時間と言うのではなく、ほんの2,3分キャッシュコーナーでお金をおろすとかでも多額のお金を支払うことになってしまった人を知っています。

 特に民間委託をするようになってから、間違った平等意識がまかり通っているようにも思えます。

 三権分立のうちの一つを担っている行政官である警察官であれば、必用な時には、つまり法律の本来の目的である市民が不幸にならないようにする、ということが出来そうも無い時、超法規的に融通をきかせることが認められている、というよりむしろそれが行政官の務めであるとさえいえるのではないかと思っています。

 が、民間人にはそれが出来ない。悪質も市民の通常の生活も一緒くた。

 いずれもいたしかたなくそうなっているのが解りますから、文句も言う気持ちはありません。

 ただもう少しよく考える必要がありそうです。完全な法律はありません。

 昔、誰にとはいいませんが、さる行政官に「皆さんが選んだ人が決めた法律ですから。」といわれた時には、この人は思考停止しているのかな、と思ったことがあります。それはイコール職務怠慢ではなかろうか、とも。

 まさか上司からそう言えといわれたのでは無いことを祈りながら。

 まぁ「あいつが良くてなんでおれだけ」って、悪いやつほど間違った平等意識で食って掛かるんですよね。ご苦労さまです。

 司法、立法、行政、そして何より市民が法律に対しての意識を高めていかなくてはなりません。

 なるべく近くの用事は自転車を使うとしますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀行で天声人語

 武蔵野市の元気出せ商品券の期限が終わったので多摩信へ換金に行ってきました。

 手続きをしていただいている間に朝日新聞を読んでいたのです。なんか久しぶり。

 よく見ていた頃とずいぶん紙面の感じが違います。

 目についたのが天声人語で、一面の一番下で細い横長だったのが、ちょっと左目の下に少しは巾広になっているのです。

 読んでみると、若い女性の痩せ願望の話で、食べる事に罪悪感すらいだく人までいるとか。

 前回「男という種類に幻想を創って生きている人が多い」などと書きましたが、こんな話を聞くと女という種類は創り出しこそしないものの世間の浮かれた幻想には乗っかってしまう人がいるのかなー。とか考えているうちに窓口からお呼びがかかりました。

 次はふれあいスタンプを本部で調達して、えーと、いっぺんにいろいろ出来なくなってきました。

 だいたい三つ以上覚えてられないのです。メモしとけばー。といわれてもメモを無くしちゃう。

 最近の研究でコーヒーがアルツハイマーの予防になるとか。期待してようっと。

 

プライド

 前回お約束のプライドです。
 まず消去法でいけば、お金や社会的地位とかではないし、それと同じことで他人との比較ではありません。もしこんなレベルで論じているとすれば、それこそプライドを捨てたも同然です。

 私の思うプライドとは、一言でいって「自分の中の無意識を自分の意識でコントロール出来る事。」です。

 そしてそれが出来る知性を身につけようとしている自分があることだと思っています。そういえば「知性と教養が許しません」なんてのが流行ったことがあります。そこで頷いている人、年がバレますよ。

 ただここで、いつも言っている問題があって、単純にはいきません。

 いつしか手段が目的になり、つい行過ぎるというあれです。

 もちろん、無意識が本能むきだしで、なりふりかまわぬという様なわがままなうちはまだ目的のための手段です。

 しかし、しっかり社会性も持つ大人になり、自分をコントロール出きる様になって来た時に思わぬ罠が待ち受けています。

 つまり行き過ぎて大前提の「生きる」という無意識の本能までオーバーコントロールしてしまい、自ら生命をも絶つ所まで行ってしまいかねないのです。

 しかもそれを美しいと思うなんてとんでもないのですが、ここにもカラクリが有ります。その生命を絶つという究極までをも想像できる程の知性が美しいから錯覚をしてしまうのです。

 岸田流唯幻論でいう「本能が壊れ、幻想を作り出して生きている。」人間、(特に男という種類に多い)にとって、ある状態では美学ともなってしまうのです。全く目的を忘れ、手段に溺れる典型です。

 つまり知性を磨くことが目的化して、無理やり本来の目的で行動しようとする本能を封じこめてしまうのです。

 それを又美学だなんて言っちゃう人には全くもって困り果てています。お金が目的にすり替わっているなんてのはまだまだ可愛いほうなんでしょうかねー。

 結論として、本能的無意識は悪い物ではないが、「人として」というところから逸脱しそうな時に、しっかり知性でコントロールし、逆に無意識が、行き過ぎようとする知性的意識を常にチェックするバランス感覚を持つことがプライドだと思います。

 そんな時、けっこう常識なんてのが役にたちますよね。そして車のハンドルで言う「遊び」やら息抜きなんてのが必要です。

 せいぜい夏休みくらいのんびりしましょう。

 

 
 
 

稲葉修氏から十六條戒

 図書館で要らなくなった本が時々放出されるらしく、そのときもらってきた人にまた私がもらいました。んっ。

 只ですから選べません。

 昔の文部大臣、稲葉修氏の自叙伝風のものです。横綱審議会のメンバーでいらした頃にテレビで存じ上げた記憶があります。

 あまり偉い人に興味が無かったので、その人となりはよく知りませんでした。ここでもそこの所はどうでもよいのです。(失礼)。

 扉を開けて真っ先に目に飛び込んできたのが「不自讃き他戒」という言葉。「き」は左側が「臼の下に王」右側は役のぎょうにんべんをとったやつ。「けなす」という意味。

 稲葉さん、これを書くことを依頼された時に思ったのは、日経の私の履歴書のような、なにか自慢話のようになるのが嫌だということだそうです。

 その理由がこの呪文のような「ふじさんきたかい」だそうです。比較的字面ですぐに意味がわかると書かれていますが、ちょっと深く知りたいと思いました。

 そこで調べてみると、戒が付いて曹洞宗の十六條戒の第七條目だそうです。戒をとると南伝大蔵経の第九巻「心材喩大経」に有るのだそうです。

 まぁ要するに自分のことは自慢し、他の人のことはけなす、そういうのはダメ。ということ。

 確かに自慢話を聞いているのはあまり感じよくありませんし、それが他人をけなす元になっていれば尚よろしくありません。

 しかし、もっと奥の深いものらしいのです。

 解りやすいのでは、同じ仏教でも宗派がいっぱいあるということの原因。

 これなど悪意じゃないのでしょうが、たくさん勉強していろいろ解ってくると、それが自慢というか不勉強な者に何が解るか、という気になってしまう。

 そこでお互いけなしあいというか、やっぱり自分の考えのほうが妥当、あるいは正しい、という観念に支配されて仲間割れする。

 考えてみれば、不勉強の取り締まりのような私でしたら及びもつかない、よりレベルの高い人ほど陥りやすいところではないでしょうか。

 一生懸命突き詰めれば突き詰めるほど迷路にはまって行く。では一所懸命にやらない方がよいのかというと、それも違う。

 あぁ、人間だもの。という所をしっかり解ったうえでがんばる、ということが大切なのでしょうか。

 よく、偉い人に限って神様みたいにになろうと修行してみたり、それはそれでご立派なことですが、結果としてそれが何になるかっていうことになると良くは判らなくなる。

 伊達や粋狂ならよいのですが、他人まで巻き込もうったって、無意識に巻き込まれたいと思っている人ならまだしも、しっかり人間界で酸いも甘いも噛み分けて、泣いて笑って、すったもんだやっている者には余計なお世話かも。

 それじゃあどーすれば良いかって。

 毎度のことでお耳汚しですが、目の前の生活、言い換えれば今を生きる、活きる、息することにがんばる以外にないと思っています。食って寝て出す、ただしプライドを持って。

 じゃあプライドって何。と言うことは次回にしたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

日蝕に古代人を想う

 丁度畑仕事の日に重なりました。朝から曇り空でした。静岡も70パーセント位欠けるらしいので、すlこしは暗くなったりするのかと思っていたのですが、何の変化も感じませんでした。

 子供の時、小学校の校庭で見たのは秋だったか冬だったか、春夏ではなかったのは覚えているのですが・・・。とにかく晴れていました。

 やはり印象には残っていますが、これといった感動の様なものはなかったような、かすかな記憶です。事実を見据えた、という感じ。その理由をおそわっていたからだと思います。

 今回は現代のように科学でずい分といろいろ判るようになる前の時代はさぞかし不思議な出来事としてとらえられていたのではないかという思いで過ごしました。

 で、今回川根で太陽の顔が見えない中、いろいろ想いをめぐらせました。真夏のわりに涼しかったのでつい、ということもあります。

 前の日まで普通に輝いていたお天道様が急に隠れてしまうんですよ。そりゃー大変なんてもんじゃない。もうこの世の終わりかってなもんかな、とか。

 預言者みたいなのがいて「太陽が黒くなり天地が真っ暗になる時、災いがおこるであろう」なんて言われちゃったりして。そうならないように生贄を捧げたらよかっぺかとか皆で集まって考えたり。訳が解らないってことの悲しさとか。

 それから赤塚不二夫のマンガを思い出していました。少年サンデーの増刊号に読み切りで乗った「おそまつくん」スペシャルとでもいうのか、題名も覚えていませんが、日蝕よりも感動したのを覚えています。ほぼ46年前の日蝕と同時期だったとおもいます。

 いつもと趣向をかえて六つ子は脇役、イヤミが主役です。イヤミは贋の神様の使い、山の頂上には大きな岩があり、チビ太の顔とそっくりな言わば巨大な仏頭のようにそびえています。

 イヤミ扮する神の使いが言います「この神様の目が赤くなった時、災害が起きるであろう。」
「おいしい食べ物をたくさん神様にお供えすれば大丈夫かもー。」と。

 六つ子をはじめ旗坊やデカパンおじさんたちは一生懸命食べ物を運びます。イヤミはそれを神様岩の後ろで美味しそうに食べてしまいます。

 ある日、このところの記憶があいまいなのですが、イヤミが塗ったか、だれも手を加えないのにそうなったか、はたまただれかがいたずらしたか、神様岩の目が赤くなります。

 おそまつくんたちは「これは大変」と安全なところに避難します。

 もともと自分のうそから出たことですから、そんな事は信じないイヤミはついに大洪水に流されてしまいました。

 まぁそんな話なのですが、小学5年生くらいまでは感動したといえば、もうほとんどがマンガの世界でした。ずいぶん読みました。見過ぎて飽きたのでしょうか。六年生になると、ぱったりと見なくなってしまいました。

 やはり若いときの感動は忘れないものですね。私の頭の中はマンガの教訓でいっぱいです。

 しばらく間をおいて、天才バカボンや黒鉄ヒロシの赤兵衛なども好きでした。なにか突き抜けたところとでも言いましょうか、つまらない自我を持ってがんじがらめになっていた私にとって師匠といってもよいくらいです。

 

 

 

出茶屋珈琲教室ラストワン

 本日出茶屋の珈琲教室開催日でした。あと27日(月)を残すのみとなりました。残念ながらそれももう予約が一杯です。皆さん本当に楽しそうだし満足してお帰りになられます。つくづくやって良かったと心から思います。

 簡単ですが、御礼まで。

 

 

昨日は盆踊り、今日は猫屋横丁

 ということで、こちらはお休みです。

 暑いし、ちょうど良いので頭の方もぼんやりと夏休みと洒落こもうかと。そう、夏休みはぼんやりが基本です。

ただし夏休みは頭の中だけで、お店はやってまーす。ではまた。

高齢化の川根

 なにしろ全国でも指折りの高齢化率を誇るわが川根本町で起きている泣き笑いのエピソードをご紹介します。

 戦後の農地改革で小規模の農家がたくさんうまれましたが、例に漏れずというやつで、夫婦二人でやって来たものの、ご主人が亡くなると一人ではやって行けなくなります。

 そこで、他人に貸すということになる訳です。

 まぁ借りるほうも、「じゃ半分」とかでがんばっているって寸法です。

 で、貸し手は残りの半分も貸したいわけ。都会の感覚でいえば本当にびびたる金額にしかならないのですが、現金収入の少ないところではそれでもありがたい。

 ところが借りているほうも高齢化。「貸そうとおもったら返された」というばかばかしくないお笑いの一席。

 もうひとつ

 都会にもありますからご存知ですね。シルバー人材というシステム。

 いつもの私の師匠の禮次郎さん、もう80才にもなるというのに体がよく動いたので、シルバーの仕事をよくひきうけていたのです。

 ところが最近寄る年波というやつで、ちょっと一人では大変な仕事をシルバーに頼んだ。

 すると、なんということでしょう、こともあろうに頼んだ本人のところに仕事の依頼が来たのです。

 「ぎょえー」「そ、その仕事おれが頼んだやつだー」と。もう目が点。

 なんともはや。とほほ。の高齢化泣き笑いの二席でした。

 

歳をとる

 以前にもお話しましたが、豆を買って帰られ、ずーっとご自分で珈琲を淹れ、楽しまれていた高齢でお一人暮らしの女性が昨年からというもの、喫茶店と間違えて来られるようになりました。

 この商店街に隣接する高齢者総合センターとも連携をとり、お間違えを否定せず対応させていただいています。

 お金もどうしても払わなければ気が澄まないご様子なので、一応最小限戴いて溜めておき、後、総合センターに寄付というかたちでおあずけしています。

 まぁそんなことはこれからもきっとよくある事になって行くのでしょうか。ある意味練習させていただいていると思っています。

 で、問題は、もしも自分がそういうことになったら、と言う時です。

 なんか、やっぱり自分だけはそうはならない派で、一番危ないのかもしれないなー。

 他にも、以前は豆のお客様でいらしていた方がいらっしゃらなくなり、うつろな目をして歩いているのを見るのはつらいものがあります。

 一人暮らしの高齢者。これからのキーワードかもしれません。どーしたもんでしょうねー。専門家の方におそわらないといけません。

 あっ、それから今日も出茶屋による珈琲淹れ方教室がありました。あと2回。だいぶ暑くなってきました。ラストスパートです。

 出茶屋さん、初めてお会いした時から只者じゃないと思っていましたが間違っていませんでした。うーむ、何者。何かを持っている。なんかすごい。

 なんかいー感じなので一度会いに行くべし。

 

 

 

 

 

 

ふれあいまつり

 本日、武蔵野市役所となりの空き地で武蔵野市の中部地区商店会連合会による「ふれあいまつり」がとり行われました。

 私も、アイスクリーム、コーヒーフロート、アイスコーヒーの3種類を売りに行きました。1時ころにはアイスクリームが完売したので、一度店に引き返しました。

 天候にもめぐまれ、大勢の人にご来場いただきました。特に私の居たブースは地震体験の起振車の近くで、悲鳴がきこえたりすると、ついそちらを見てしまいます。

 ということで、今日はお休みします。

とまぁかくかくしかじかで

 とりあえず「手段」と「目的」を説明しなきゃなんなかったので、所謂二元論的に扱ってきましたが、実は手段も目的もごっちゃごちゃといいますか、はっきりどっちがどっちと言える様なしろものでは無いんです。

 じゃあどうしてかっていうと、ごっちゃごちゃだからこそ、錯覚しやすい訳で。物事、なんでもそうなんですね。

 いつの間にか手段が目的になって、また目的が手段に変わって、ってな具合な訳で・・・。

 じゃあどうすればよかっぺ。と言う時に、私はいつも自分にこう言い聞かせます。「いいうんこもできないやつに、なんかいうしかくはねー。よくねて、くって、いいやつをするんじゃー。」と。

 その後でまだ、どーすれば・・・、ってことがあれば考えることにして、えーと・・・。でも、だいたい何にも残らない。

 と言うことはですねー。なんとも自分としては、もっと高尚な「人生の目的」はこれだー。というようなことが言えるとかっこよかったのですが、どうもそうではなく、「いい○○○をして人生を全うすること」が究極の目的のような気がします。心地よく過ごすってことかなー。

 考えてみると、それをするには、ずい分といろいろな大変な事が待ち受けていて、それをクリヤーしていかなきゃ出来ない。生きるってけっこう大変。お金だって必要。

 それぞれの立場というようなものがあって、もう神経がまいっちゃったり、体力的に無理だったり、本来の意味での社会生活を送ろうとすれば、けっこう余分な(とその時は思う)エネルギーを出さなきゃなんないし。

 で、いい○○○が出来ないときは、どこか目的を見失っており、手段に翻弄されているのでは、と考えるようにしているのです。

行きがかり上社会とは

 もともと社会というのは厳しい大自然に立ち向かうために弱い物が集まって智恵や力を出し合って行くうちに出来てきたのでしょうか。

 私が思うに、その中でとんでもない輩がいて、外に向かうはずの社会の中で、皆の気持が外を向いているすきをねらってといいますか、そのシステムの中で他をさしおいて自分だけ良い思いをしようというのです。

 あたかも、作物の不作による価格暴騰のリスクをやわらげるための先物取引に一攫千金をねらって投機にはしる輩が入り込み、いたずらに市場を攪乱するのに似ています。

 双方とも手段の裏をかいて目的化している良い見本です。だいたい善からぬ場合がほとんどです。

 それで、私はずいぶん怠けていた時期も長いし、手段を目的と錯覚していたこともあるし、全然大きなことは言えませんが、とにかく弱い人間こそ社会にふさわしいのだし、堂々としていてよいのだと思っています。

 だいたいが、弱い人間がつまはじきされるのでは、社会の趣旨からして本末転倒。強い者(と自認するなら、あるいは弱い者を追い出そうとするなら)こそ社会から出てゆくべきではないでしょうか。きっと自分ひとりで生きて行けるんでしょうから。

 前にも言いましたが、生産力が低いからだめとかは無いのです。それぞれ自分の力量というものがあって、それなりにがんばって行けばよいのです。それを見下されるなら、私がゆるしません。もっと力があればねー。

 

 

 

「手段」の続き

 今、村社会を実地に研究中です。私がこの商店街に店を開いた14年前にはここも高齢化が始まっていましたが、研究中の村、川根本町上長尾にある、さるお茶生産を主力にする小さな共同体とでもいいますか、まさに高齢化もいいところで、名称は町ですが都会の町のイメージとは全く異なるのです。

 そこでは自分一人だけで生きていくことはできません。息子たちはふもとの町へ現金収入を得に働きに出ていますからあてにできません。言ってみれば人並みの収入を得ようとすると農業だけでは全然不足なのですよね。

 まあそんな構造的な、日本全体の問題はまた考えるとして、一つの限定モデルとして実際に農業の担い手としての高齢者たちの共同体を見ているわけです。

 そこでは法律のような都会的なもので問題を解決することはめったにありません。

 まさに「無意識」の総意が、いってみれば法律のかわりです。

 都会でも、どれほどの意味があるのか疑問ではありますが、神社の祭りが古代の遺物のように残っています。

 あのお神輿というものは、その日にかぎり神社を出て、みなの衆の家々に出張サービスをしてくれるってんで、あれには神様がのっていることになっているわけです。

 しかしながら、信仰の自由やら、さらには信仰心自体の希薄化で、本当に神様が乗っていると思っているひとは限られてきていると思うのです。中には「科学的に言って・・・」などと、心の中の問題に対してトンチンカンなことを言い出す人も居る始末です。

 つまり、実際に神様がいるとかいないとかの問題ではなく、皆で、お神輿には神様が乗っていることにしよう。ということで、みなの衆の「無意識」の総意の問題なのです。

 その「総意」からはみ出すやつが「悪いやつ」なわけで「科学的に言って」なんてのは問題外も問題外、月とスッポン、例えがちがうか。

 んでもってスッポン野郎は村八分なんてことにならないように大人しくしていなきゃなんない。

 葬式と火事の二分以外の八分を仲間はずれにされるってんでビビルわけです。

 まあ何時もいいますが、どっちが良いとか悪いとかの問題ではありません。

 社会が変われば問題解決法も違ってくる。私が言うまでもなく「相対性理論」で世の中動いているわけだし、そこには理屈でない「無意識」の総意という力が必ず働いています。

 いろいろ、とり止めもなくなっていますが、要するに、社会がどんな形であれ手段は手段、それによって不幸にならないようにしなくてはなりません。法律もしかりです。

 あいかわらず横道にそれますが、法律というのは人が不幸にならないようにあるのに、間違った運用をしてしまうと法の精神に反するのですよね。

 

 

 

 

 

手段

 「欲望が手段」からまたまたこないだの「手段と目的」を思い出しーの、聞きたくもない話をしーの。になりそうですが・・・。4回前くらいの過去の記事を思い出してください。

 たいていは手段といえば個人的なものですから、それぞれ勝手に用いれば良いのであって問題はありません。

 実は大きく言って社会というのも個々人にとっての手段と考えてよいと思います。

 いつしか社会が目的にすり替わってしまった時にそれは個々人を苦しめたりするやっかいなものです。

 それで、たいていの手段は私物化してよいのですが、社会だけは私物化するやつがいると大変なことになります。所謂支配しようという輩ですね。

 前にもいった、社会で有用な人材が偉いとランク付けしようとしたり、勉強ができるのが偉いということを刷り込もうとしたりする者も同罪です。

 もちろん、怠けていて「俺はこれでいいんだ」なんて言っている輩も逆の方向性ですが、私物化しているのと同じです。自分は手を汚さずに暮らそうという意味で同じです。

 まぁ社会というと厳密に言えば2人いれば社会でしょうが、家族の単位までは微妙です。村からが社会のイメージになるでしょうか。

 す、澄みません、時間切れです。次回につづきます。よろしくうー。

 

 

 

 

昨日のつづき

 途切れたので和辻師の引用から始めます。(多少の切り貼りあり)。

 「日本の人間においては第一に熱帯的・寒帯的であって、単に熱帯的な、従って非戦闘的なあきらめでもなければ、また単に寒帯的な、気の永い辛抱強さでもなくして、あきらめでありつつも反抗において変化を通じて気短に辛抱する忍従である。」

 「暴風や豪雨の威力は結局人間をして忍従せしめるのではあるが、しかしその台風的な性格は人間の内に戦争的な気分を湧き立たせずにはいない。」

 「だから日本の人間は、自然を征服しようともせずまた自然に敵対しようともしなかったにもかかわらず、なお戦闘的・反抗的な気分において、持久的ならぬあきらめに達したのである。」

 「第二にこの忍従性もまた季節的・突発的である。」・・・途中略・・・「繰り返し行く忍従の各瞬間に突発的な忍従を蔵しているのである。忍従に含まれた反抗はしばしば台風的なる猛烈さをもって突発的に燃え上がるが、しかしこの感情の嵐のあとには突如として静寂なあきらめが現れる。」

 中略「反抗や戦闘は猛烈なほど嘆美せられるが、しかしそれは同時に執拗であってはならない。」

 そして恋愛について「激情を内に蔵したしめやかな情愛、戦闘的であるとともに恬淡(てんたん)なあきらめを持つ。」と言う。

 さらに「恋愛が生命的なる欲望よりも優位にたっており、恋愛が欲望の手段ではなくして欲望が恋愛の手段である。」と。

 続けると「個人的なる欲望に距てられない間柄、すなわち男女の間の全然距てなき結合がめざされる。」「しめやかな情愛として言い表されるのは右のごとき全人格的な結合である。」

 「しかし恋愛は常に肉体的であって単に魂のみの結合ではない。恋愛はその手段として肉欲を欠くことはできない。そこで人格的なしめやかな情愛が同時に激情的になる。全然距てなき結合は離れたる肉体を通じて試みられなくてはならない。」

 「そこで肉体的生命を惜しまない恋愛の勇敢となり、その裏として突然たるあきらめとなる。」

 「すなわち全然距て無き結合が肉体においては不可能であるとのあきらめである。」

 「そのあきらめは恋愛を常に肉体的に把捉している日本人が肉体的に最も恬淡であることにより示される。」

 「そこで日本的恋愛の型は、恋愛を魂の事件として把捉しつつも肉欲的に執拗である他の型よりも、一層高き品位を保っているのである。」

 と結論しています。戦前の話です。今では「『冬のソナタ』など、お隣の国に少し残っているくらいで、後はすっかり廃れてしまったようにみえます。

 が、冬の・・が人気だったように、それを美として捉える気持は残っているのでしょうか。

 煙仲間の気持がよく解る所以です。

 

 

さらに煙仲間について考える

 煙仲間をご存知ない方は過去の記事からお読み下さい。

 主に和辻師の「風土」を参考に進めます。

 結論から先にいえば、煙仲間の恋愛観というのは日本のこの山河における独特のものだということです。

 この山河の特質を和辻師はモンスーン(季節風が吹く)気候の一類型とした上で、さらに日本独特の特性を述べています。

 一般的にモンスーン気候下に住んでいる人々の特質としてまず、「受容的忍従性」という特色があるといいます。そしてそれは高温、湿潤であるがためであると。

 何故なら、砂漠のように高温であるだけでなく、最も耐えがたい高温の上の湿潤は本来なら受け入れられるものでは無いはずなのに、これはまた作物の成長にとってはまたと無い条件でもあるがために受容せざるを得ないわけです。

 さらに高温だけであればそれに対抗しうるが、モンスーンの激しさは人が対抗しうる限界を超えており、忍従するしか無いのでした。

 そして、日本においては、これに台風や大雨など急激に災害を起こすものが加わるとともに、日本海側においては冬の寒さに湿潤が作用して大雪を降らせるというモンスーン気候の中では類を見ない二面性を持った、と言うより多面性を持ったものとなっています。(熱帯と寒帯の二重的性質)。

 和辻師は、この気候の中で暮らす人の性質を、植物の竹を例にとって説明します。

 熱帯アジアに多い竹が日本においては冬に重い雪に耐え、柔軟にしなるようになったといいます。これは熱帯の竹には無いのだそうです。

 そこで、この山河における人は受容的忍従だけでなく、熱帯と寒帯の二面性を持ち、さらに台風の激情性もあるというものすごさ。

 もうお解かりかと思います。こういった多面的性格が恋愛についても影響していて、日本独特の価値観が出来上がってきたようです。

 おおっとここで知る人ぞ知る長居のH先生のお見えです、と言うわけで、      つづく

 

 

 

 

 

あー腰痛てー

 なんか静岡は水曜日には晴れると決まっているようで、いつ降り始めるか分からないのと、せっかく晴れたのだからとの気持からオーバーワークというやつです。

 去年、県の治水工事のために資材置き場としてお貸ししたところを、すこし何か植えられるようにしようと半年もたって重い腰をあげたのです。

 こーゆー余計なといっては語弊がありますが、まあやらなくても困ることはないというか、つい後回しにしがちな事というのは、思い立ったが吉日的な勢いというのが必用のようで。

 その工事で、なにか植えるための「土」の上に砂利を敷いたのです。もちろん私の同意のうえです。狭い面積(せいぜい一坪くらい)なので後でそのまま駐車スペースに使っても良いし・・・砂利をどけるにしても簡単だろうと。

 しかし、いざ始めてみると、その砂利、川底からさらって来たものらしく、灰色の臭い汁が相当下の方まで染みてしまっています。

 やるとなるとけっこう、とことんやってしまう性格で、やってしまいました。

 物置の北側の草しか生えないところの土(けっこう良い土)とこの臭い砂利と土を入れ替え始めたのです。

 一応四分の一くらいの面積が終わりました。いつもの畑の草取りその他もやっての話ですからいたし方ありません。

 しかし、考えてみてください。

 まず、砂利をどけます。良い土を掘ってそこへ運びます。空いた穴に砂利を運んで埋めます。

 鶴嘴(唐鍬とよんでいる)とスコップとのこぎり(地下にはった根を切る)と一輪車で孤軍奮闘。青空は良かったのですがもう汗だく。一輪車が二台あれば効率よかったかなと思いました。

 あとの事も考えず、やりすぎ。重い腰という言葉、深いですね。そう簡単には上がらないのでした。おあとがよろしいようで。

 

手段と目的

 たまにここでも言っているかな。少なくとも私の頭の中ではたびたび反復している事があります。何時しか目的を忘れ、手段が目的化してしまわないようにしようということです。

 その昔に、もうニーチェが言っているんですね。「最も一般的な愚かさのかたちは、自分の目的を忘れてしまうことである。」と。

 毎度のこと、飛びますがニーチェでは「なに。人間は神のひとつのヘマにすぎないって。それとも神が人間のひとつのヘマにすぎないのでは。」ってのも好きです。

 戻ります。人生を豊かに送るとか、楽しくとか、有意義にとか、あとなんだろう、人によっていろいろだろうけど、まぁ目的的な感じがするなんかそういうのって忘れたくないです。

 でもその忘れたくないものを実現するための手段的なもの、道具とか、精神修養とか、体力づくりとか、一番解りやすいのが「お金」。家とか車とか。お勉強とかも。

 なんか世間というものは、そのたかが手段を上手に扱えるというか、こなせるというか、そういうことが出来る出来ないで、本来上下なんか無いはずの人間をランク付けして、あたかも人間に上下があるように刷り込もう刷り込もうとしているように思えてしかたありません。

 要は他の誰でもなく、自分にとって有意義に人生を送ればよいわけです。

 しかし、それもしかた無い所も無いではないのです。

 やはり、人生をしっかり生きようと思えば社会生活というのが大切です。そこで足元を見られているというか、そんな感じですよね。

 社会で役にたつ人は上等、役に立たないとペーペー。

 チョット待てよ、と思いませんか。勉強できるから偉いとか。うまく説明できないけど、なんか変。

 だいぶ前に発表した私の「相対性理論」からすると時代によってもそんなの違う訳だし、窮めて短期的というか、刹那的というか、まさに普遍的な人間的なものと比べれば屁みたいなもんです。

 気にするのよしましょう。

 植木等の歌が大好きです。

 金のなーいやつぁおれんとこへこーい
 おれもなーいけどしーんぱいするな
 みろよーあおいーそらー、しーろいくもー
 そのうちなーんとか、なぁーるだぁろおぅー

 

 

二日酔いぎみの上に蒸し暑く・・・

 どーもどーも。いやはやどーも。なんとか焙煎終了。

 こんな雨でもお客様はあいかわらず来てくださいます。私の体調が不良だろうが、天気が悪かろうが店を閉める訳にはいかないですねー。もちろん焙煎も休みません。

 ま、そんなで、お客様のおかげで節制もし、多少のことは気力で跳ね飛ばし、この5年くらいは健康に過ごさせていただいております。そして、畑通いも4年間毎週毎週皆勤賞でくることができました。

 本当に一人勝手に生きては行けないのだと言う事がしみじみ分かって来ました。「多くのお客様に支えられて」と言う言葉の重みは、ただの紋きりがたの慣用句ではなかったのです。

 逆に私の方からもお客様になにかしらのエネルギーを差し上げることが出来れば幸いと思っております。

ベルギービール

 実はですねー。今出茶屋さんが珈琲教室をしている、あのマルさんが陶芸展をやったスペースで夜、ベルギービールの店がオープンします。昼はカレーとコーヒーの店です。

 そこで関係者一同、お勉強会ということで本日虎ノ門にあるベルギービールの老舗に行くことになっています。

 私は野暮用でそれより早く出てしまいます。まーそんなこんなでブログお休みの言い訳をして、これから出かけます。

 わざわざ開いて下さった方、澄みませんでした。

今日は木曜日

 前日の疲れが出てヘロヘロの日は木曜日と決まっている訳でして。我ながら曜日の感覚も昔とはえらく変わって来たもんです。

 結構限界まで農作業をして、帰り着くと夜10:30ころになります。夏は日が長いのでつい遅くまでがんばって結局11:00を過ぎての帰宅ということもあります。もう、ようやっと辿り着くといった感じです。

 前日夜は到着するとお腹に何か入れ、歯をみがいて顔を洗うだけで、翌日に備え9時頃までには寝てしまいます。

 翌朝7:00に町内放送で「もーりへーゆきーましょおぉむーすめーさんー、ほほーほ・・・」と、あの曲が歌なしで鳴ります。チャイムってやつですか。起きます。というか起きています。

 ねむけ眼で師匠の所へ行き、本日の行動計画がたちます。コーヒーを飲んで何かつまみ、地下足袋を履いて鍬をかついでいざ出動。

 というのはいつものパターン。

 今回は午前中の雨が予想されていたので、前日の配達の仕事を早め早めに済ませ、急いで行きました。

 なぜならジャガイモの収穫の作業が残っており、これは土の乾いている時にやらねばなりません。到着してすぐに取り掛かり、結局2時間ほど作業が出来、あと少しというところまでこぎつけました。

 で、案の定翌日は朝から雨。雨なら雨で、降ったらやろうと思っていた家の補修の仕事があります。

 床の抜けたままになっている一部屋の大工事です。真ん中の太い根太がシロアリに食われグスグスになり、半分落ちています。

 しかしながら、だいたい「こうしよう」という計画は素人なりに出来ています。他人には言えません。言ったらきっとほとんどの人からダメだしが来てしまうでしょうから。

 まぁ、出来たら写真をお見せしますので・・・。

 

 

珈琲いれかた教室by

珈琲いれかた教室by出茶屋

 2002_03090001.JPG2回目、15日の様子です。一部Sさん顔出し御免です。出茶屋さんだけ撮ったつもりだったのですが・・・。次回29日と7月20日も満員となっております。7月13日に若干名と7月27日に空きがまだあります。ご予約ください。

 なかなか皆さん満足されてお帰りになります。コーノ式に興味のある方は特にお奨めです。お待ちしております。

 尚、焙煎体験募集は締め切りました。よろしくお願いいたします。

つづき

 まあ一応公募ということで皆さんにお知恵を拝借したのですが、結局身内から出たアイデアが採用されました。「胡蝶の夢」というのはどうかと。

 何故なら、このブレンド、後味最高でその持続時間が長く夢心地。で、それにふさわしいネーミングをと言うことだったのです。

 荘子の文章から来ています。あるとき寝ていて夢をみたわけです。蝶になった夢を。

 自分が蝶になったのだけれど元の自分を忘れ、蝶に成りきってしまうのです。そして目が覚めます。今度は目覚めた自分がもともと人間なのか、蝶が人間になった夢をみているのか、定かではなくなります。

 これを荘子は『人間と蝶の間には必然に一つの「分」がある。この変移が「物化」と云われる。』といっています。

 少し横道にそれますが、鈴木大拙師は、「荘子の英訳者のリオネル・ジャイルスは「分」をbarier、「物化」をmetempsychosisと訳していて、それがどういう意味であれ、荘子が荘子である間は荘子であり、蝶は蝶である間は蝶であるのだからこの訳はあくまで人間の用語で考えており、妥当でない。」と言っているのです。

 ここにも西洋的二元論では解明できない問題が有るという証が見え隠れしています。あくまで自分がいて、そのほかに何かがあるとしか考えようとしないのでは見えるものも見えてこないのです。

 ブレンドの話でした。で、そんなこんなで、「胡蝶の夢」かぁ。ちょっとくさいですねー。うーむ。

 とコーヒー豆を見つめていると、なにやらこの物体、丸薬のようにも見えてきました。そこでくささの根源の「夢」をとっぱらい、仁丹の「丹」をくっつけて出来上がりという訳でした。

 

胡蝶丹というブレンド

 この名前の由来よりもこのブレンドが出来た経緯からお話したいと思います。

 そもそもぉ、と偉そうにいうほどのことでは無いどころか大失敗から出来たと言うのが正直なところです。

 いつもエメラルドマウンテンを買ってくださっているお客様が帰られたあとに、さて一服と自分の飲むコーヒーとしてケニヤの豆を挽いたことに端を発します。

 自分で飲む少量の豆を入れたはずのミルからずい分たくさんの挽き粉が出てきました。これが何を意味するかお解かりと思います。そう、帰られたばかりのお客様の豆がミルの中に少し残っていたのでした。

 その方には後で倍にしてお返しいたしましたのでご安心を。

 で、思わず増えてしまった豆ですが、もったいないので飲むことにしました。ン、ン、ン。

 オ、美味しい。この後に残る余韻。ナ、何だろう。

 それぞれ個性の強いものどうし、ブレンドしてみようなどとは考えたことも無かった組み合わせです。

 これは真剣に商品化してみようと。

 えーと各割合はえーと、この位かなという感じで何種類も作ってみて。

 いつも思うのですが、不思議なことに丁度いい割合というのは一点しかありません。

 決まったところで、さあネーミングはどうしよう。どうしましょうと皆に相談。・・・つづく
  

私はいたち

 ずい分前ですが新聞の一面の一番下の、あの横に長いところ、たしか春秋だったと思いますが、「鼬祭」という言葉が出てきました。何で出てきたのか忘れてしまいましたけれど、この「だっさい」だけが残っています。

 簡単に説明しますと、いたちは採った魚を土手に並べて置くんだそうです。理由はわかりませんがこれを称して鼬祭と言う、と広辞苑にも書いてあります。「ダサイ」ではありません、「ダッサイ」です。

 で、なぜ私がいたちか。ですね。

 ずーっと前にこのブログで私の趣味が模型飛行機であることをお話しました。

 大きな物は主翼と胴体を外して、別々に保管、運搬します。主翼は大きいしそれだけではイマイチ面白くないのでしまったっきりですが、胴体はときどき出して並べてみては悦にいっています。

 飛行機と言うのは胴体だけだとお魚とそっくりなのです。それで新聞を読んだ時に、実はおれも・・・。と思ったのでした。ダサイですか。

 

 

ガヨマウンテン

 今日は何かそんな日ですか。

 15年ほど前に一度焙煎したきりだったインドネシアのガヨマウンテンという豆を久しぶりに復活させました。

 岡山の武蔵野珈琲さんで評判上々とのことで、まさに育てた子に教えられるということでしょうか。

 っとそこへ電話がかかりました。その昔、ガヨマウンテンを奨めてくださった、当時某中堅珈琲ロースターで常務さんをなさっていたUさんからです。

 まさにリアルタイムでガヨマウンテン繋がりができました。私の人生はそんな時が多いようです。ご縁を大切にしてきた結果だと思っています。

 「今から遊びに行くけど良いですか。」と。

 もうそろそろお見えになる時間です。ではまた。

鍋島藩の煙仲間で、たまには恋のお話

 煙仲間と言ってもグルになってタバコを吸っている仲間のことではありません。

 忍ぶ恋の話ですが、まずは引用から。

 葉隠の一節に「この前、寄り合ひ申す衆に噺し申し候は、恋の至極は忍恋と見立て候。逢いてからは恋のたけが低し、一生忍んで思ひ死する事こそ恋の本意なれ。」というのがあります。

 続いて「歌に、<恋死なん 後の煙にそれと知れ つひにもらさぬ中の思ひは> これこそたけ高き恋なれと申し候へば、感心の衆4、5人ありて、煙仲間と申され候。」

 この、「恋のたけ」については、解説すると次のようになると思います。

 ドナルド・キーンが近松の心中ものをして「恋人同士は心中の道行に出立つときに、急に背が高くなる」と書いていて、市井の平凡な、みじめな男女であった二人が一途の恋に心中への道をたどるときに、たちまち悲劇のヒーローとヒロインとしての、巨人的な身の丈を獲得する。と三島が注釈しています。

 本題に戻れば、歌の意味は、逢ってしまえばたけが低くなってしまうから、忍ぶ恋が一番よいのだ。ということだそうです。

 当然、今と違い、逢うということは恋の成就と考えてよいと思いますが、三島の注釈にはそこまでは書かれていません。恋というものは成就しないのが風情があるのだ、成就せず、燃え尽きたあとの煙ででも知ってくれれば良いということなんだろうと思います。

 現代人、ことに若い人、(というより私の若い頃とでも言って良いかと思いますが、)にとってはいきなりかみ合わない話です。

 しかし、最近ではそういう風な、何と言いますか、忍ぶ恋の良さのようなものが判ってきたような気がします。

 私のことで言えば、だいたい女性に対して、生命体として子孫を残すという根本的な衝動が薄れ、どちらかといえばそれ以外の女性に対する思い、自分には無いところの女性ならではの魅力といいますか、そんなものの心地よさに惹かれるのだと思います。

 きっと、一緒に居られたらよいだろうなと言う部分かもしれません。ですから、当然の事ながら、肉体的魅力と言うような物は今ではむしろ負担とさえ思えます。

 えーっ、うそだろーってぇ。確かにちょっと振り返ったりすることはあるかなー。でもだからと言って忍ぶ恋とは絶対ならないんですねー。

 同じ肉体系でも「声」などは、とても気になるというか、その心地よさがわかって来たのは最近です。他の人はいざ知らず、自分にとってという意味です。

 しかし、なんといっても人間としての優しさとか、しっかりした考え方とか、物腰とか、上っ面だけでは判らない何か、にとっても惹かれます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後から雨

 昨日は農作業の日。朝出て行くと近所の師匠が「今日は午後から雨だから早くやっちゃいな」とのご宣託。

 「予報では」、なんて言っている私を困ったような顔で見ながらさっさと自分の仕事に取り掛かりに行ってしまいました。

 丁度ナスの苗をいただきました(その師匠から)ので、まずそれを植えました。

 通常晴れている日は葉からの蒸散が激しく、また水をやっても気化熱を奪ってしまうし、とにかく日中の植え替えはご法度ですが、昨日は今にも降りだしそうなお天気。

 「雨が降る前に植えちゃいな」と言い残されていましたが、大正解。草など引っこ抜いてるばやいではないのでした。

 昼前から降りだし、外の仕事はカッパを着て梅の実をとるくらい。

 午後からは古屋の中の清掃と補修。それから、屋根裏の空気入れ替えようの板戸が南北にあるのを全閉にしました。梅雨に入り、湿気の入らぬように。

 去年はそれを怠り、台風時に雨が少しばかり侵入し、湿気が倍化していたような気がします。

 で、たまに少し早めに切り上げ、いつもより一時間ほど早い帰着となりました。

 

午後から雨

 昨日は農作業の日。朝出て行くと近所の師匠が「今日は午後から雨だから早くやっちゃいな」とのご宣託。

 「予報では」、なんて言っている私を困ったような顔で見ながらさっさと自分の仕事に取り掛かりに行ってしまいました。

 丁度ナスの苗をいただきました(その師匠から)ので、まずそれを植えました。

 通常晴れている日は葉からの蒸散が激しく、また水をやっても気化熱を奪ってしまうし、とにかく日中の植え替えはご法度ですが、昨日は今にも降りだしそうなお天気。

 「雨が降る前に植えちゃいな」と言い残されていましたが、大正解。草など引っこ抜いてるばやいではないのでした。

 昼前から降りだし、外の仕事はカッパを着て梅の実をとるくらい。

 午後からは古屋の中の清掃と補修。それから、屋根裏の空気入れ替えようの板戸が南北にあるのを全閉にしました。梅雨に入り、湿気の入らぬように。

 去年はそれを怠り、台風時に雨が少しばかり侵入し、湿気が倍化していたような気がします。

 で、たまに少し早めに切り上げ、いつもより一時間ほど早い帰着となりました。

 

来年が待ち遠しい

 午前中に出茶屋さんが沖縄の珈琲屋台「ひばり屋」さっちゃんを連れてきてくださったのだそうです。私は出ていてお会い出来ませんでした。来年また沖縄の梅雨の最中に来るらしいので楽しみにしていよーっと。

 あ、もしかして明日オリーブガーデンの出茶屋さんで会えるかも。(配達があるので)。

 梅雨といえば、昔から私は「張子の虎」などと言われるくらい湿気に弱い子供でした。必ずこの季節に病気をするという・・・。それも大人に成って行く過程で自分なりに克服してきましたが・・・。

 しかし、農業を始めてからは、この雨は天からの授かり物であることが良くわかりました。なにしろあの、大変な水遣り作業をしなくて良いのです。まあ、まだ水をやれるくらいの規模ですからー。

 話戻って子供のころ、要するにこの季節冷えていたのです。それを自覚してからは体の芯から暖めるべく気を使うようになり、なんとか克服できました。食べた物をとにかく体を温める熱源にするのだと思いながら食べるのです。

 それには何時も心を燃やしておく必用があります。そういう気です。元気な人はそんな事する必要ありませんから、ここは

なんかすごい

 宴会モードからなかなか抜けられないで、なんか疲れている感じ。言って見ればゼンマイがゆるんだ状態なのです。疲れているのではなくゆるんでいるのだー。

 さて、ネジを巻き直してさあ焙煎と行くとするか・・・。

 で、終わってみると今日も閉店時間間近。ほんと、仕事があってよかったー。皆さんのおかげです。

 冗談も含め、私の念力がこもっているから美味しいのだと良くいいます。ほんとに美味しいから(少なくとも自分ではそう思っています)真面目なお客様は「そうだよねー」と同意してくださいます。気の入れようは半端ではないのです。

 まあ、コーヒーに対する愛情とでも言いますか、それを飲んでくださるお客様への愛情と言い換えても良いと思いますが、その一念で焼き続けて行きます。それも最近では無意識にそうなっているみたいで、自分には自分が見えないものですねー。

 

今日の出来事

 もう閉店時間間際です。よろしく。

 昼過ぎから吉祥寺の駅の方から歩いてSさんが見えてから桧原村からMさんが、そして近くは時計屋の爺。それに素人落語家のHさんとくればもう宴会状態は必定。

 ベルギービールにはじまり岩魚の骨酒へ。陽の高いうちは酒は飲まねー、というHさんにも無理やり一杯お付き合いいただき、楽しい時間を過ごさせていただきました。

 ではまた明日。

夏は草との闘い

 日が暮れるのもずい分遅くなり、日中の日差しも強く、また雨もよく降り農作物が良く育ちます。

 と同時に雑草がそれ以上に伸び、あ、去年も今頃こんな話をしましたっけ。握力が無くなるまで草を引っこ抜き、暗くなるまでがんばってもがんばっても、翌週には更に伸びてしまっています。

 去年まではあまりの広大な面積のため刈払い機を使い応急的にしのいでいましたが、それもほぼ耕し終えたので、そこに生える草は根こそぎ手でひっこ抜けます。耕すときに萱「かや」(すすき)の根は掘ってあるため、出てきません。

 地下茎の伸びる草はだいたい皆そんな感じで、今は種が飛んで来た様なものばかりです。

 引っこ抜けますは良いのですが、やるのは自分です。まあ天然スクワットとでも言いましょうか、足腰、お尻の筋肉、背筋と、もちろん手指が鍛えられます。と言うより少し若いときに戻ります。

 余談ですが、昔から私は腹筋を使う事をして来ませんでした。そしてこの農作業も腹筋はあまり使いません。腹でてるーと言わないこと。あのおなかを引っ込めるなんとか緑茶のコマーシャルを見ると身につまされます。あれは出ているのでは無く、下がってきているのです。念のため。

 

 

 

 

珈琲教室

 今日、「シーッ」、お静かに、たった今となりの、あの、こないだMARUさんのギャラリーに使っていただいたスペースで出茶屋さんがコーヒーの淹れ方教室を開催しています。まだ空きがありますので、以下にこれからのスケジュールを書いておきますので、是非ご参加ください。

 6月15日(月)、29日(月)、7月13日(月)、20日(月)、27日(月)
の各13時半から15時半までの2時間、お茶菓子とお土産付き、
各回4名様限定で、一名様3,000円です。ご予約ください。

 お申し込みは tel:0422-36-0201 珈琲家香七絵まで(火曜以外の・10:00から19:00の間に願います。)

 今日の写真撮って乗せればよかったのですが、忘れました。次回撮ります。ではまた。

 

景気を良くするにはどうすればよいか

 何も珍しい事を考えている訳ではありません。当たり前のことですから。

 簡単に言えば「お金を廻す」ということをすればよいのです。先日私が「違う」といった無駄をしてでもお金を使うというのは、そのお金を廻すという事では力不足です。

 手段を選ばず、廻せばよいというものでは無いという事です。

 不景気の時はお金が廻らず滞っているわけです。

 結論から先に言えば、若いときに真面目に働いた人が老後に安心して暮らせる社会であれば全てうまく行きます。

 そこで、現状はどうでしょうか。一生懸命働いた人の年金ですらまともに支払えないような試算がなされています。どうも、人為的な落ち度がからんでいて、責任を追及されると困るとばかりに、この一番簡単な解決策を横に置いたままです。皆わかっているのに。

 要するに、老後が不安だから貯蓄を自分でがんばるしかない。一度手に入ったお金は使わず貯金。それも金融機関に預けるならまだしも、バブル崩壊後、その金利も無きに等しく、箪笥預金。

 これじゃあ廻そうったって廻るわけがない。1929年の恐慌の時と違い、経済規模は桁違い、各自、持ち物は捨てるほど持っている。食費はえり好みさえしなければとても安く買える。

 先日も言いましたが、無い人ほど節約するという意味でも、まだ節約の余地がありそうです。もちろん障害をもったり、怪我や病気で働けなくなった方のことを忘れているわけではないことは申し上げておきます。それはまたとりたてて、福祉の考えかたをするべきでしょう。今はその原資を稼ぐ話です。

 食事もそうですが、仕事も選り好みさえしなければまだまだありそうです。自分の商売がだめになったり、怪我をしたりしたときのことを考えると他人事ではありません。何でもやってやるぅ。食べるだけならなんとかなりそう。

 ずれて来ました。元に戻します。

 ということで、政治の道具にされるときはそれぞれ必用以上に悲惨さを訴えたりしますがご自由にねがいます。

 最近では、私の子供の頃に所謂ステイタスであった自家用車やゴルフも庶民の手の届くところまで来ているわけで、年間の休日も120日くらいあるそうで、つまり生産効率も格段に上がり、ワークシェアリングもそういう意味からもまだ可能らしい。

 したがいまして、この余った時間と言うものの使い方と言いましょうか、老後のためにも趣味やスポーツにお金をかける。

 現在の生活も心を豊かにすることにお金をかける。

 すべて、年金があてに出来れば、その額によってそれぞれ計画の立てようもある。少なくとも後々の不安にかられて必用以上にというか、無闇にというか、何が何でも、現在の生活を犠牲にしてでも、心を貧しくしてでも、ちょっきーん。という必用はなくなります。

 自然とお金が廻るようになるわけです。

 くどいようですがその仕組みを簡単にもう一度。

 日銀から市中銀行に貸し出されたお金が企業に貸し出され、生産に使われ、利益の中から働いた人の手元に給料として入ります。

 考えてみてください。もし貯蓄せずに全部使ったとすれば、そのお金は単純に言っても次の人がまた使える。複雑に言っても次の人が生産する原資になる。

 次々それがくりかえされて行って、巡り廻るわけです。すなはち、GDPはどんどん増える。

 もらってすぐ貯蓄にまわすと、貸し渋りの現状では、景気回復にはつながらない。

 ここで少し、なぜ無駄な物を買わせてもだめかを説明しときます。

 これも単純に言えば、無駄な物って死蔵されるか、捨てられるかです。つまり次にまた買おうということにならない。つまり廻って行かない。逆に、必用なものは、ちょっと買い控えがあって、一時的に売れなくても必ず売れるときが来る。買っても使う、食べる、消耗する。また買う。と言うことです。廻る。

 百年後には、益々「心の豊かさ」が求められていると考えます。各個の心が豊かになれば、犯罪も減るかもしれません。福祉や医療も含め、心の豊かさに必用なことにお金を使う。

 箱物ばかりたくさん作っても、使う人の豊かな心が入らないと活かせません。

 一見人の心なんかお金になりそうもないですか。

 

 

 

 

 

 

 

テイクオフ

 途上国が先進国になるための準備が整い、今まさに経済成長が始まったその時点をテイクオフ(飛行機が離陸すること)したといいます。

 その時点から地に足が着かなくなると言う点で、まことにうまいこと言ったもんだと思います。

 お金のことばかり考えている人は、気持は解りますが好きではありません。なんか話が合いません。でも僻んでいるわけではありませんし、確固たる理由もありません。

 商売をやっているからにはお金のこと考えているだろうって思いますか。

 若いときは借金して事業を広げたりしていましたから、確かにお金に追いかけられているという点で、毎日四苦八苦しながら頭から離れませんでした。

 きっと付き合いにくいやつと思われていたにちがいありません。しかし、そんな時期を過ごした経験からも、やはりいつもお金のことを考えているべきでは無いと思っています。もっともっとの欲得づくならなお更のこと。

 昔で言えば定年の年を越え、振り返ってみれば地に足がついていなかったと思い、もう少しきちんと生きておけばよかったと、反省しきりです。

 今からでも、少しでも、上等な人間(当社比)にならんと欲します。何も難しいことを考えているのでは無く、多少とも地に足をつけて、と言うくらいのものです。

 

 

 

もったいない

 アフリカの何処だったか、日本語そのまま「MOTTAINAI」精神を日本に見習おうという運動が始まって、日本にも逆輸入しているというのは周知のことです。人は物が少ない時に節約をするのですね。

 江戸時代の日本ではごみも出なかったそうです。今で言うリサイクルでエコ。「MOTTAINAI]精神満載でした。それも、無いから物を大切にしたと言うことなのでしょう。

 今の日本は不景気と言いながら街角にはごみがあふれています。景気の良い時とさほど変わりないように見えます。

 昔ブッシュマン(今では差別用語に認定され、題名も変わっているらしい)という映画を観たことがあります。

 言葉足らずをお許し願いたいのですが、アフリカで原始的な生活をしていた「ニカウ」さんという人が狩をしていると、うるさい大きな鳥が飛んでいったあとにコカコーラの空き瓶が落ちてきます。それからだんだん西洋文明を知って行くという話しだったと思います。

 もう25年以上前の映画ですが、制作国アメリカの文明批評が主題だった記憶があります。

 良しは「カジャ」、ダメは「チッドレ」。そんなことは覚えているのですが肝心の筋書きは良く覚えていません。

 25年というと紀元二千年の80分の一。私の年齢を偽って50歳とすると、二千年は50年の半生が40回分。ことほど左様に20年というのは短くもあり、けっこう長いものでもあるわけです。

 そんな昔にもう現代文明は「チッドレ」だと気づいていたのですが、大人の事情で「カジャ」。

 本当にもう、物があふれていると節約しない。乏しいところでは節約する。逆じゃね。なんとまあ天邪鬼というかなんというか、吉田拓郎が「人間なんてララーラーララララーラー」と何度も絶叫していたのを思い出します。

 節約は「無駄をしない」と置き換えられるので、さもありなん。あふれていれば無駄も平気。

 チョットマッター。だれがなんと言おうと無駄は無駄なのであって、「チッドレ」。人生の無駄と違って、物においては無駄じゃない無駄はないのであーる。

 従いまして、無駄をさせて景気を良くしようと言う政策はそもそも理にかなっていないのです。間違っています。

 要するに必用もない物を作っちゃって売れないやつがいるから景気が悪い、要らない物を、あたかも入用なものと思わせたり、ちょっとデザインを変えて旧式のものを陳腐に見せたりしてなんとか買わせて景気浮揚。

 百歩譲って、お金持ちに要らない物(本人さえ要ると思えばそれでよい)を買ってもらって景気を良くする方向で考えてみたとしても、お金持ちほどしぶちんだってこともあるし、どうも胡散臭い。

 アフリカを持ち出すまでも無く、世界規模でものを考えられる政治家募集中。やはり、一網打尽とか独り占めとかは、そもそも日本人には無かった概念のはずなのです。そんなやつがいると悪代官とかいわれて、「おぬしも悪よのぅ」。

 はるか昔、文明は文化を破壊する、と誰かが言っていたんですよね。

 

 

 

 

 

 

消費は美徳

 といわれ始めたのは私が高校生くらいの時でした。池田首相のもと、所得もまんまと倍増し、後を引き継いだ佐藤内閣から田中内閣へという、まさに行け行けドンドンの時代でした。

 覚えているのは、自分の生きてきた、まだ全体が貧しいころの「節約」的体質が染み付いていたところへ「消費は美徳」ということで、切り替えがうまく出来なかったことです。

 社会全体からみれば、単純に言って生産が倍になったから所得も倍増した。という図式です。そして、生産した物はまたどんどん消費される。という好循環であった訳です。

 そんな時に節約、或いは物を大切に永く使うというような考えかたは所得が増えることを邪魔する存在とも言えなくも無かったのです。

 当時はインフラ整備もまだまだ、何処へ行ってもトイレは汚い、観光地の宿泊施設も一部のお金持ちや新婚旅行等向けには良いものがありましたが、それは昔の階級制度の名残で・・・。庶民には無縁のものでした。

 が、今はみんながお金持ちクラスで・・・。目を見張るばかりです。ほんと良い時代になりました。

 資本主義も、需給バランスがとれているか、或いは消費の方が常に上回っている時代には雇用も次々生まれて所謂右肩上がり経済だし、何よりも金融が本来の姿、つまり金は無いけど実力のある人にお金を貸してくれて、また生産が増えて全体を押し上げる。

 が日本のバブル崩壊や、今回のアメリカの経済破綻のように金融が本来の役目を忘れ、自己増殖によってお金を産み出せると思った錯覚に陥る日が必ず来る、というのが資本主義経済の宿命だと昔教わりましたが、その通りになりました。(所謂金融資本が支配者になる時が資本主義の末期だという説)。

 高度成長期から30年の月日が流れ、会社の寿命は30年という、やはり昔、中小企業論の講義のなかで教わった理論と妙に符合する年数が気になるわけで、今、冒頭の消費と節約の問題解決がどうやら資本主義の行き詰まりの根本的修正の基礎になるような気がしています。

 この相反する消費と節約。熟考せねばなりますまい。

 ヒントは一言で言えば「これから100年先の人の心の有り方を今考える」ということなのだと思います。

 だって今の人はもっともっとお金が欲しいってんだからもうほっとくしかないんですもの。

 おーい、100年先考えられる政治家になってくれるひとー、募集中。

 

 

 

 

 

この山河と禅

 中国から渡ってきた禅ですが、共産主義の影響やらもともとの大陸的山河のせいか中国では下火になっているそうです。

 反面日本では若い人たちにも見直され、今まさに活況を呈しています。

 大拙師や和辻師を引っ張り出すまでもなく、この山河で暮らして来た精神が、深く禅的なものと共鳴して増幅されてきたと言うのも頷けます。

 昨日の続きで言えば、生に執着すればするほど必ず訪れる死、誰もが恐れを抱く死、への対応のしかたがクローズアップされるのも当然のことだと思います。

 ただ、現代における見直され方はもう少し実際的というか実質的、或いは現実的な感じです。つまり、先のことよりたった今、の今の生き方に重点があるようです。

 大拙師によればこの山河に生きてきた魂の発露は鎌倉時代において成されたと言うこと、つまり外来の仏教を、この魂に共鳴すべく、本来のものからこの風土に合ったものにしたのが鎌倉仏教の祖師たちであったということなのだそうです。

 師はこの魂を日本的霊性と呼びます。そして、所謂農耕民としての庶民的発露を親鸞に求めます。

 私はその辺になるとまだまだ知らないことばかりに出会っている最中です。

 師は学生時代から著名な禅師のもとに永いこと参禅されていたそうです。そして、ものの見事に禅の解説をしてくださいます。言葉で理解できる物ではないといいながら言葉で・・・。

 これも、真反対にある、西洋の哲学や詩その他を極められてこその、双方の違いを際立たせるというやりかたでの、核心の理解はやはり言葉ではなく、読者にまかせるというかたちになっています。

 その後の禅は深く武士道と結びついたり、茶の湯の侘びの心を産み出したりしながら今日に至っています。

 当然のこと、結果的にすべて大拙師よりの受け売りとなってしまいますが、私が何かひとつ、この山河に培われてきた禅によって人生の指針を得たことを言えといわれれば、次のようなことです。

 ひとつと言いながらいくつもあるようですが、ひとつもたくさんも同じです。

 いつ生命の終わりがきても悔いの無きよう、今を大切に生きること。

 足ることを知れば侘び、不足を感じるならただの貧乏。迷わず前者を選ぶ。これはどんなレベルにおいても常に存在する命題です。お金持ちはお金持ちなりにそれが不足と思えば貧乏。

 決して社会から隔絶された道を行かず、しかし社会の作られた幻想に惑わされずに居ること。すなわちそれが虚栄であればその社会的地位や人はそれで動くと言われるお金に執着せず、それが要らないなんていうやせ我慢もせず、ありのままの自分で無理もせず。怠けもせず。淡々と。

 なんか偉い坊さんの説教みたいになってきて気恥ずかしいのは何故でしょうか。何処まで行っても「人間だもの」と思いながら「ダメダコリャー」とか言いながら。毎日が過ぎて行きます。

 どうやら悔いも残りそうなやな予感・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取り入れる

 仏教はとりもなおさず、外来の哲学です。聖徳太子が百済から伝わっていた経を自分なりに解説し、国を治めるために用いたんだそうです。

 最澄や空海が中国へ勉強に行ってきたのは伝来より又200年以上後のことなんだとか。

 もともと哲学(この言葉も近年西洋語の翻訳で出来たもの)らしき物もなかったらしいし、そもそも文字というものもなかったらしい。

 しかし、他の動物とどうやら違うらしい心というか情念というのか、そういうものは当然あったと考えてよいと思うのです。

 この山河に生まれ育ってきた人びと(帰化人という言葉の古さが示すように、そういった人たちも含めるからこういった表現が適切と思う)の独特な心の持ちようと言い換えても良いかと思います。

 この点では、和辻哲郎師が「風土」のなかで世界的視野にて熟考されているので、ここではこの山河において連綿と生活してきた人びとの「思い」とでも言っておきたいと思います。

 私の世代は戦後の「あの戦争につき反省」という教育のなかで育ってきました。

 そしてそれももっともだと思ってきました。もちろんそれが間違いだとは思っていません。なにしろ悲惨な体験者に育てられ、また多くの話を直に聞いてきたからです。

 しかしながら、その反省をするにあたり必用と思われる、主観を排した、すなわち近代の文献学的資料が非常に乏しいのです。感情的、主観的なものが多いのです。もっとも戦争というのは思考停止から始まるのでいたしかたないかもしれませんが。

 私のようにただワーワーいってるだけの人間ではなく、「葉隠」の山本常朝や「玉勝間」の本寄宣長のように国粋主義者の根源のようにいわれたひとがいます。

 これも「反省」の一部として、無学な私には原文は読めないまでも、入門書の解説だけでもと紐解いてみると、少しも好戦的な所もないし、たとえば「武士道とは死ぬこととみつけたり」のあの、若者を死に追いやった大本のように思われている文章でさえ非常に逆説的で、なにも死を賛美しているのでも何でもないと言う事がわかってくるのです。

 するってーとやはり、この人らも上っ面だけ取り上げられて、時の権力者に利用されたってわけかー。

 ではなぜ「武士道とは死ぬこととみつけたり」が利用されてしまったのか。という所が今回の問題であり、主題です。

 で、この山河に戻るわけです。

 つまり、外から文字や哲学のしかたを学ぶづーっと以前からこの山河に暮らす人の心のなかに無意識として積み重なってきたものが大きく影響しているのだと思うのです。

 黒船に脅されて致し方なく西洋に追いつけ追い越せになってしまう前、江戸時代までのこの山河は汚されず、今で言う「人々は自然とともに居た」のです。

 口で言うのは簡単ですが、自然とともに生きるという事は常に死ととなり合わせでもあるってことです。

 西洋式のダムを作ってしまえば洪水で流される心配はへるし、なんか自然に勝ったようで鼻高々。しかし、生態系が変わるのはもちろんのこと、洪水があったからこそ代々土地が肥え、作物がそだち、生きてこれたのも事実です。

 化学肥料なんかなくっても大丈夫だったわけです。しかし、伝染病は起きる、流されて、家はなくなる、人は死ぬ。どっちがいいとかなんとかは超えています。それこそが大自然ってなわけです。

 いつも死と隣り合わせだと言うことは現代社会においても同じです。病気や自然現象より、いわゆる人災が増えました。

 死だー死だーというと忌み嫌われますが、むしろ、そこの所を戒めたのが「しぬことと見つけたり」なのです。死ぬ事を見切れば本当の意味での「生きる、活きる」に通じるということです。

 ここで、鈴木大拙師が外国人向けに書いた禅関係の書に引用されたたとえ話をかすかな記憶をたよりに、ちょっと脚色して紹介させていただきます。

 たしか土佐藩の殿様が江戸表に行く時、藩内一の茶人を将軍にも見せびらかしたく、同行を求めたところ「私のような者は国から出た事もなく、江戸になど行けば、なにか問題を起こしてしまうのが落ちだから」と断わられます。

 しかし、殿様の命令ですから聞かないわけにはいかず、町人ではありましたが、殿様のお供という事で、腰に二本差して馴れない侍の姿にて江戸へ。

 さる御用を仰せつかって上野不忍池の畔にさしかかったるところ、風体悪しき浪人者が声をかける。

 「嗚呼」「これが心配していた事にちがいない」と通り過ぎようとした、その時、「待たれい」「それがしとお立会い願いたい」と声がかかる。

 二本差してはいても、もともと町人で剣術などした事がない。それも主君に恥をかかせる訳にはいかず、言い出せない。

 考えた末、「今は主人の御用の途中であるゆえ、急がねばならぬ。」「立会いは明日またここで。」と約束した。

 この茶人、一流の茶人にて一期一会の心を知り、また明日をも知れぬ人の命のはかなさも知り、常に今生限りの生き方をしていたのであります。

 約束の後どこへ行ったかというと、近くの剣術の道場へ。そして道場主に向かって経緯を説明した後、曰く「どうしたら立派に死ねるかをご教示願いたい」と。

 道場主曰く「どうしたら相手に勝てるかを聞きに来る者はあとを絶たぬが、貴殿のように死に方を聞きにこられた方は初めてでござる。」と。

 「それでは、刀を抜き、大上段に構え、相手の来るところ、思い切って振り下ろすがよろしい。」「さすれば相打ちとなりましょう。」と。

 翌日、言われたとおり大上段に構えた。

 相手はその捨て身の気迫に気おされ、下がって平伏し、「まいりました」・・・と。

 まさに、死を見切ることが生きることにつながるという例えでした。

 ここから見えてきませんか、この山河に生きる人の無意識が・・・。そして死ぬことが美徳に摩り替わったときに、つい騙されてしまう無意識が・・・。

 

 

 

 

 

 

  

セールみたいな

 もう閉店時間です。昔、割引セールを良くやっていた若かりしころのような一日でした。お客様の数が多かったわけでもないのですが、なんと13釜も焼きました。ただそれだけ。

定額給付金余波

 武蔵野市の地域振興ということで、定額給付金にからめ、10,000円が11,000円になる商品券を売り出しました。そこで、今日が売り出し初日。商店会連合会の一員である私もお手伝いに馳せ参じました。

 少し大声を出しすぎて喉がガラガラです。訳は判らずともエネルギーだけは出し惜しみしません。効果が無いからとか自分は関係ないからとか言ってても、ぼんくらな私には、ほんとにそうなのかさえ判りません。

 どっちにしろボランティアですから、どうせならがんばってしまった方が後味はよいです。達成感とかなんとか言いますが、理屈抜きに地域の人達と接し、元気になれました。体はちょっと疲れましたが・・・。

 人と人とのエネルギーのやりとりは、私を元気にさせます。が、一方的なエネルギーの流れと言うのか、そんなのはとても疲れます。

 清い心には、清い心、欲得づくにはそれに合った心で。今日は欲得の話ですからそういう心構えでいざ出陣。欲得もエネルギーの補充に貢献する場合がある。ってな訳で・・・。

運気上昇中

 今日は長男堂の猫屋横丁の日(毎月第三日曜日)でした。常連さんが増え、こちらで何も言わなくてもパンはここ、レジはここ、と、スムーズに並んでくださいます。一年以上やっていると違いますね。

 朝起きたらザーザー降りの雨でどうなるかと思いましたが、参加者全員の思いが通じ、出かけるころには上がってくれました。

 今度は3年目めざしてがんばる訳です。そう、石の上にも3年。石の上にも残念、にならない様に暖かく見守って下さる事をお願いいたします。なにしろ本人たちは大真面目の一所懸命のこんこんちきなんですから。あ、違った、にゃんにゃんちきでした。

 ところで、新宿区西落合にある自性院ってご存知ですか。通称猫寺、猫地蔵が祭ってあり、門柱の上にも猫の置物が乗っているくらいで、猫好きにはたまらないかも。

 私が昔、池袋西武のレストラン街のさるレストランに珈琲豆と自家製リキッドアイスコーヒーを週2回月木に配達していたころ、10年も続いたでしょうか、毎週2回門の前を通っていました。

 ちゃんとペイントされた猫が門柱の上に鎮座ましまして、気にはなっていましたが、車では入りづらそうなので、ついにお参りしそこねております。

 新青梅街道沿いに門があるので、わかり易いとおもいます。最近では地下鉄大江戸線が出来、落合南長崎という駅が一番近いらしいです。

 行ったら、ついでに長男堂の商売繁盛もお願いして来てくださいね。

 ではまた、6月21日に長男堂でお会いします。それまでみなさんもご自愛ください。

 

真空パック

2002_02070001.JPG 今日は大海で持って来た新茶を真空パックしました。

 保存用には500グラム入る袋のみを使っていた去年の教訓から、ちょっと楽をしようと1キロの袋を買ってきたので、ずいぶんはかどりました。

 写真は100グラムの販売用の袋に詰めたものです。値札を貼り、新茶シールを貼り、「いらっしゃいまっせー」。

 品種は「やぶきた」という、今最もポピュラーなものです。茶産地ならほとんどの所で栽培しています。

 何しろ生産者の直売ということで、本来なら相当高価なお茶がお安いです。よろしくお願いしまーす。

製茶完了

2002_02050002.JPG この袋を大海(だいかい)と呼んでいます。最初に聞いた時は大袋(だいたい)かと思ってしまったくらい、大きな袋です。中身の煎茶は、ぼう茶、粉茶をより分けた後、約20キロです。

 これだけのお茶が出来るには、まず生葉120キロをあら茶にしてくれる所に持ち込み、それを今度は仕上げの製茶をしてくれる所に持っていき、こうなるわけです。

 川根というところは牧の原などに比べるとずいぶん山に入ったところなので、同じ静岡茶でも少し新茶の時期が遅くなりますが、さすがに美味しいお茶ができます。

 本当は銘茶の産地ですから、野菜なんか作ってる場合じゃないのですが、お茶そのものの相場がずいぶんと下がったままで、必用以上に生産しても、かえって赤字が出てしまうくらいなので、しかたありません。

諸行無常だー

 西尾師の続きで恐縮。仏教って言葉は明治になってから出来たという話。

 欧米かっ。の学者さんたちが今で言う仏教を研究していた時に、religionを宗教と翻訳したのだそうですが、この宗教という言葉はもともと中国で仏教のことを指していたのだそうです。

 日本では仏法とか言っていたらしいのですが、これまた欧米文化の影響で、もともと宗教として認識されていなかった仏教を宗教として認識する為に仏教という言葉をつくったわけです。

 中国にしても、宗教という言葉をreligionにとられてっしまってどうしようってわけで仏教ってのが日本にあるからぱくっちゃえ。と。

 要するに、宗教とか仏教とかって言葉やらその認識やらってのはずいぶん最近のことらしい。ってことで・・・。まあどうでもいいって言われればその通りですけどね。

 しかもそのスジというかその世界では当たり前の事なのだそうで、もっと皆に広めてほしいところです。こんな受身のわたしって、どんだけー。です。他の人はいざ知らず、私にとっては驚き桃の木山椒の木。

 ことほど左様に、その時の都合で何でも変わって行く訳で、特に日本では木と紙で出来た家が台風のたびに水に流されちゃうって寸法です。

 けっこう疑り深い私が簡単に信じた訳があります。

 そもそもこの「江戸のダイナミズム」の主題は「文献学」にあって、考証学というのは聞いたことがありますが、この「文献学」というのは初めて聞きました。

 これは、時代時代でそれぞれ都合良く書き換えられてしまう歴史や思想など、どれが本物か、つまり主観を排除しながら真贋を見分けて行く学問なのだそうです。

 こんな素敵な学問があることすら知らなかったわたしってなに。

 

西尾幹二師

 以前、加島祥造師の「タオ」にはまっている話をしましたけれど、それを実践されている方の文章を発見しました。なにか知っている事でも「年をとってもう忘れてしまった」と言うのが良い。というところです。

 いまさら断るまでも無いのですが、私の読書は、その内容の本質はもちろんのこと、派生的な部分で少しでも引っかかると、その部分がことさらクローズアップされて印象にのこります。著者としては「そこじゃないんだけどなー」ってなものでしょうけれどね。

 実は、私の頭は嫌いだった学校の、あの何時限目ってやつに毒されていて、例えて言えば一時限目はこの本、二時限目はこれ、三時限目は・・・といった具合に一度に数冊を並行して読んで行きます。

 それぞれ関係の有るものの時もあれば、全然関係ないものの時もあります。

 で、最近では主だったものだけを挙げれば「鈴木大拙師」関係とこの「西尾幹二師」関係になります。そもそもここに行き着く前に「江戸商人の智恵嚢」というのを読んでから江戸時代にはまっていたという伏線があります。

 自分も商人なので、表題だけ見てなんかヒントになる事があるかも知れないと購入したものですが、なんと商売そのものの話ではなく、さらには江戸という場所ではなく、江戸時代の町人の生き方の哲学と言うような内容だったのです。

 むしろ、様々なことを空想する事が趣味のひとつである私にとって、結果オーライと言うわけで、その江戸思想家たちへの興味から「西尾幹二師」のこの「江戸のダイナミズム」に辿り着いたというわけです。

 本居宣長、荻生徂徠、富永仲基、伊藤仁斎・・・、などなど、本当におもしろい人達が日本には居たもので、その凄さには驚かされます。それにひきかえ私ときたらもー。と言う感じです。比較してどうするってか。

 この西尾先生、荻生徂徠が漢文を読むのに返り点などを使って訓読みしていてはだめだ、発音も中国そのままに白文で読まなければならぬ、と言ってまさに中身まで中国人になりきろうとしていたと書いておられます。

 ご自分もドイツ語に関しては相当なもので、夢のなかで見事な文章をつくり、朝起きてそれが書けなくてはならない。と先生に言われていたと言った後で、「できたかどうか忘れた」と・・・。

 

 

 

 

善男善女

 私は子供の頃から物事を少し斜めにというか裏から見ては屁理屈をこねる性格で、自分自身、とても善男ではないと思うところがあります。

 そんなで、25か6になったころ、所謂「ふつーのおじさん」の凄さが解ってくるとともに、理屈ばかりこねて、その「ふつー」にも成れない自分を発見し、平気で淡々とふつーに生きるという事に憧れを持つようになりました。

 そう思ったきっかけもまた偏屈な考えが行き詰ったところからで、「普通の人」という人などいない、その証拠に皆違うじゃないか。「居たらここに連れてこい」などと、まぁ若気の至りでして・・・。

 世間というものは、やはり「普通のひと」で構成されているわけで、自分だけは人と違うのだなんぞと思うのは幼児的発送なんだと思うようになったのも、遅ればせながらその頃です。なにしろ頭で納得しないと先へ進まないというやっかいな業を背負っていたんだとおもいます。

 どんなに頭が良かろうと、社会的地位があろうと、この「ふつー」の解らない、或いは馬鹿にする御仁はどこか人間性に欠陥があり、お付き合いは御免蒙りたいと思います。まぁその前に向こうから断られるのが落ちですがね。

 しかしながら、私と同じ迷路にはまって抜けられなくなっている人も多く見受けられますから、そんな方には、私の屁理屈もまんざら効かないでもないのです。

 せっかくいいところまで行って逆戻りするようですが、物事は、解ってから振り返ると、また見えなかったものが見えてくるもんなんです。「普通の人」という人(個)は存在しないというのは事実です。

 なので、いま、普通じゃない境遇に置かれている人には、普通になれよ、というのは禁物です。「普通」なんてものは存在していないのです。なにより、他人と自分を比較するな。というのが正解です。

 その上で、幻想ばかり観てないで、現実を見据え、むしろ現実を楽しむくらいの二枚舌ならぬ二枚脳が欲しいところです。

 私の場合は中学生時代からはまっていた落語にずい分助けられました。浪人中に渋い顔の母親の前で落語を一席ぶったこともあります。そしてなにより、人間の本性と言いますか、もう笑ってしまうしか無いというか、はたまた、泣き笑いとでも言ったらよいのか、を教えてくれます。

 おおーっとここで、良いタイミング。前にもご登場願った素人落語家のH氏がみえました。お後がよろしいようで。

 

茶摘できず

 4日の深夜に茶畑に到着。雨。

 5日。雨。

 6日。雨。

 7日。雨。で仕方なく、今朝現地の人にお願いして帰ってきました。9日の土曜日なら晴れそうで、その日に摘んでいただく予定です。4回目にして初めてこんな状態を経験してしまいました。

 初めてといえば、4日の渋滞は深夜にもかかわらずなかなかの経験でした。恐るべし何処まで行っても1,000円企画。

 本来は昨日かえって来る予定が延びたため、ウイークデイの今日は通常価格。でも、帰ってからの仕事を考え、時間帯割引等使わず、全線使用、4,350円。行きの1,550円との差が大きいですね。通常価格の全線使用も4年前以来でした。

 

続き

 生きていくこと、まででした。続けます。

 また、そういう生き方をするということが大切なのだと思いました。

 まぁ、ああだこうだ私が言っても仕方がないので、大拙師の文章の一部をご紹介して、終わりにします。若い時の性欲(大拙師の時代はこんな直接的な表現は憚られていた訳で、もっと婉曲に言っている)問題についてのコメント。

 禅は、自己の体験の事実に直接訴えてこれを解決しようとして、書物の知識にはよらない。人間自身の存在は、まさしく有限と無限との間のはげしい葛藤の場であるが、その本性は、知性よりもさらに高い力によって把握されねばならぬ。なぜならば、最初にわれわれにこうした問題を起こさせたのは知性であるが、知性は自分自身ではこの問題に答えることができない。それで知性は、より高い、よりすぐれた光を与えるあるものに、その席をゆずらねばならない。知性は独特の、平静をかき乱す性質を持っている。それは心の平安をかき乱すに足る問いを提起しはするが、たいていの場合、それに納得のゆく答えを与えることはできない。幸せな無知の平和をくつがえしておきながら、何かそれに代わるものを与えて、もとの事態を回復することはしない。それは無知を指摘するので、しばしば光を与えるものと思われるが、事実はただかき乱すだけで、必ずしもつねに行手に光をもたらすものではない。

 さらに続きがありますが、この辺で止めにしときます。なんと解りやすく説明してくださいますことか。若いとき、悩んでいたころ、読みたかったものです。

 いまやもう、そんな事は昔の話で、懐かしくもあり、若さが羨ましくもあり、まぁ亀仙人の気持が解ってくるようでは、いやはやなんとも・・・。

 
 
 

知性で考える

 考えるということは知性を働かせてするのです。昔からいろいろな人が教えてくれている事で、いまさら私が言うことでは無いのですが、まぁ聞き流してください。

 では、「思う」はどうかというと、考えるというのとは少し違うようです。「思っている」だけなのに「考えている」と感じている時もあれば、「思い」だけだと認識できる時もあります。

 私は主に「思っている」ことが多く、自分以外の人にそれを伝えようとする場合に考えてから発します。どうやら「思う」は知性ではなく、情と意思に深く関係しているというのは本当のようです。

 外から与えられた問題に対処する時なぞは、「考える」が主です。反対に自分の中から湧き出てくるものは、やはり最初は「思い」です。その後人に解ってもらおうなんていう段階で、あるいは自分の中でそれを処理しようという時に「考え」ます。

 知性は常に二元的にしか考えられないのだそうで、つまり、考えと自分は違うものなわけです。一方、思いを意思と置き換えられる場合において、まさに「思い」は自分そのものなわけです。(一元的)。

 購入した大拙師の著書を曲がりなりにも読み終えて、自分なりの生き方の再発見とでも言いますか、所謂感想として、この「思い」の大切さを第一に挙げたいと思います。

 もっと肝心なことがたくさん有るのでしょうが、今の私には解らないことが多すぎるので、とりあえず、自分なりに心に引っかかった事ということで・・・。

 パラパラと見返してみても、200ページちょっとの文庫本に、少ないものでも30、多いものになると50を超える挟み込みがしてあり、傍線の数はかぞえきれません。私のこれまでの経験でもこんなことは初めてです。

 人が人である証としての「思い」。思いが通らなくて感情的になるなんていう子供みたいなのは置いといて、後に知性でひとつひとつ検証しても妥当だと思われるような「思い」、ひとりひとり違う「思い」。これを共通の思いがあるとすれば、その助けも借りて、お互い認め合って生きてゆくこと。

 おーっとここで、いつもたくさん豆を買ってくださる俳優のM・Iさんがこられ、これからまた豆を焼きます。

 続きはまたということで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連休モード

 いよいよ高速道路の渋滞ニュースを横目で見ながら勝手に気持だけ連休モードに入らせていただいております。

 店の方はカレンダーとは関係無く、いつもどおり火曜日のみのお休みですが、自分の気持はちょっとリラックスしています。

 さすがにお出かけの方も多く、昨日、一昨日には出先に持って行かれるコーヒーを買いに来られる方が多くみられました。

 で、今日から少しだけお客様の数が少なくなります。断定するようですが、毎年そうなので仕方ありません。

 私が祝日がらみの連休を心待ちしていたころはゴールデンウィークと言っても所謂飛び石連休というやつでした。年によって、日曜日の位置により本当の連休にぶつかると嬉しかったのを思い出します。

 しかも土曜日は休みでなく、今とは大違いでした。学校も会社も。

 まぁ、お休みというか自由時間というか、多いことは、人間性維持のためには不可欠のような気もします。特にまとまったお休みは貴重ですよね。

 ただ、人知れず悩んでしまうこともあります。むりやり連休を作るために、なんか最近、飛び離れた祝日を月曜日に持ってきてしまうパターンが多いようなんですが、そこで困ることがおきています。

 喫茶店さんへの配達というのは毎日行くわけではなく、月、木とか、月、金、やら火、金やら、或いは月のみ、火のみ、金のみ、といった感じで回ります。

 学校の授業なども似たところがあるかと思うのですが、月曜日ばかり抜けることが多いと、仕入先との関係や、お客様の都合など調整しなければならないことが、けっこう出てきます。

 また、街中では土、日、祝、に限り昼間10:00から16:00の間車両通行止めになるところもあり、また、たいてい喫茶店はそんな所にあったりして、少し遠くに止めて・・・なんていってると、こんどは駐車違反の取締りが来たりして・・・もう、はらはらどきどき・・・。

 いつも、何気なく通っている道が月曜にそうなることが多いということでもあるわけです。たいていのことは、慣れるしかないのでそうしています。

 しかし、月曜日のえこひいきだけは、曜日で仕事の振り分けをしていた者にとって、なかなか馴れるというわけにはいかないのが現状です。連休のためだと思って我慢はできますが・・・。

 

エー、オホン、終わりました。

 今年はなんと、もー終わりました。毎年会計士さんから催促を戴きながらも、のらりくらりと言い訳をしつつ、それでもなかなか終わらなかった決算資料作成が。

 きっと、このブログのおかげでパソコン恐怖症が改善したのだと思います。ちなみにケータイ恐怖症は改善されぬままです。

 自分の気持に素直なだけ、と言って良いのかどうか・・・。

 素直ってのも、ずい分怪しい言葉のようにも思えてきます。「ありのまま」という意味もあるようですが、ふつう、使いません。しかし、自分の気持に・・・なんてのはこれかも。

 広辞苑によれば、このほかに、心術の正しいこと。正直。ってのや、おだやかで人にさからわぬこと。従順。柔和。なんてのがのっています。

 子供のころに、親によく言われた「素直じゃない」ってのはどーもこの「人にさからわぬ」、というところに重点が置かれているにもかかわらず、「心術」が正しくないというニュアンスを大儀名分に、こちらに飛んできていたように思われます。

 要するに、従順でない子供は素直じゃないわけです。

 ですから、子供心に親の言っていることに少しだけ疑問をもって考えたりしていると、やたら、これが投げかけられてきたものです。

 だいたい親は人生の先輩であり、なんとか物申してもよいくらいの経験は積んでいるわけですから、大方は従順にしていて正解なのであります。

 しかし、すべてが正しい訳も無く、親にとって正しい事でも子にとって正しいとも限りません。特に親も人間、大人の都合でここはひとつ・・・なんてときには子は少しだけ考え込んでしまいます。

 まあ親になってみると、従順で柔和な子供は、というより、そんな精神状態の子はとても良い子なんですよね。

 いやはやなんともまぁ・・・です。

 

 

 

少し時間下さい。

 4月末の消費税の申告に合わせて5月末の決算申告もぜーんぶ終わらせてしまおうと必死になっています。

 言い訳にすぎないのですが、そんな訳で数日こちらはお休みさせてください。

 再開したら、終わったと思ってくださいね。では、がんばります。

北海道の昆布

 今日は冷たい雨にもかかわらず、いつも大口の常連さんたちに助けて戴きました。

 私より一つ年上のHさんには、さらに元気を頂戴しました。いつも目を輝かせ、いろいろな事にチャレンジなさっていて、開店以来の長いお付き合いをいただいていても、いつも何かしらエネルギーの源を置いていってくださいます。

 最近では本業で釧路に行かれたついでに、海産物の流通の盲点に気が付かれたそうです。

 私も常々北海道の昆布を何とか仕入れたいものだと思っていましたので話も弾み、楽しいひと時を過ごしました。と同時にちょっとしたヒントも戴いてしまいました。また夜、眠れなくなりそうなくらい興奮ぎみです。

 お茶や椎茸、野菜以外に昆布なんかあっても、もう驚きませんよね。そのうち鰹節なんかもいいかなぁ。

今年の茶摘は

 どうやら5月10日頃になりそうです。桜は早かったのに、お茶は遅れぎみです。まあ、どこまで行っても1,000円の混乱に巻き込まれずには済みそうなので・・・。

 今回、急に暑かったりして、椎茸の方も持って帰れませんでした。

 大自然にはとうてい太刀打ち出来ないのでありました。

 自然と言えば、もう鹿がでて(足跡で判るようになった)、ジャガイモ3、4株とられてしまいました。

maruさんの最終日

2002_01120001.JPG さくらの花とともに、とっても心地良い風を運んで来てくださったmaruさんの展示会はいよいよ今日が最終日となりました。

 なんだか卒業式の日みたいな、なんとも言えないセンチメンタルな気分になりかけています。ここのところ少し気候が冷えていたので、心も冷えやすくなっている自分がいるのは解っているのです。

 しかし、この10日間というもの、maruさんのおかげでいつもと違う人にお会いできたり、曲がりなりにも自分で拵えたギャラリーを、想像をはるかにこえて、活かしてくださったことに驚いたりして、大げさでなく、心に暖かい光を差し込んで下さっていたのだと思います。

 私は弟子に、エネルギーの出し惜しみをするな。と言っています。エネルギーは出せば出すほどたくさん出るようになるし、出さないとどんどん出なくなるものなのです。

 maruさんはそれを地で行っている方だと思います。もう達人の域です。

 自分で言うのも何ですが、どちらかといえば私の方からエネルギーを差し上げることの多いこの商売ですから、今回のように惜しみないエネルギーをいただくととても嬉しいのです。

 せっかくいただいたエネルギーですから、センチになっていないで明日からの糧にさせていただきます。

 

 

赤壁の賦

 蘇東バ(土へんに波の右っかわ)の作、レッドクリフ。実は一昨日ご登場いただいた中国語通のSさんが図書館から借りてこられ、見せていただいた現物の書の写真集の話です。

 この蘇さん、私が出会ったのは、やはり鈴木大拙師の著書の中でした。楞伽経(りょうがきょう)・・・「バ」が変換できないのにこれができる・・・パソコンってなんだ。

 というお経をインドから中国に伝えたのがあの達磨さんで、中国における禅宗のはじまりと言われているそうです。

 今では禅宗というと金剛経ですが、始まりはこれ。なにやらサンスクリット語を音を主体に漢字に書き換えたらしく、中国の、当時のトップクラスの学者がねをあげたくらい、解りにくいものだそうです。

 西域経由で入ったお経は例の、球磨羅什が音も意味も通じるみごとな翻訳をしてくれて、とてもわかり易くなっているのと対照的です。

 そこで、中国における禅宗の6代目の祖が金剛経に乗り換えたと言う話です。いい加減といえばそう。

 そのため楞伽経には中国の博学な人たちが何人も注釈を加えたのだそうで、その一人が冒頭の蘇氏です。

 そして、その序文で、楞伽経はとてもむずかしい、とても読めない、と書いてあるのだそうです。

 いやはやなんとも自然体でよいですねー。まさに禅。

 以前(今でももちろん)はまった、加島祥造師のタオのときは英語に訳された漢詩をさらに日本語に訳された為、私にとっても、とてもわかり易くなっていた訳です。

 今回のこんなのも大拙師が英文で書いたものの翻訳ということで、とても読みやすいのです。
が、しかし、読みやすい分、読みとばしてしまうところも多く、理解が浅くなっているような気がします。

 いわば、宗教を(何教と限定せず)信心するということ、あるいは逆にそうでない場合も含めて精神分析的に考察されているところに、非常に感銘をおぼえるのはなぜでしょうか。その視野の広さというのか切り口の多さというのか、頭が下がります。

 

 

maruさんに感謝

2002_01100001.JPG 今日は土曜日という事もあり、maruさんのお友達が何人も来られ、しかも遠くから。そしてコーヒーを買ってくださる方もいらして、嬉しいかぎりです。

 昨日迷ったあげくに書いてしまった「来なきゃ損」、なぜ迷っていたかと言えば、損得で来て欲しくないという気持が根底にあるのに言葉にして通りがよいかと思い・・・てな感じで・・・ちょっと複雑。

 maruさんのお人柄(気配り、目配りはもちろんのこと、とーっても良い感じ)なら当然のことで、来てくださる方たちも皆さん良い感じ。

 で、こちらも少し緊張し、ぎこちなくなったりして、久しぶりに新鮮な気持にさせていただいています。

 私共の常連さんたちにも評判が良く、maruさんコーナーを常設して欲しいなんて声もちらほらです。

  そうこうしているうちに、明日は猫屋横丁のある第三日曜日。気合を入れ直して明日に備えます。皆さんもどうか冷やかしにいらしてください。

陶芸展示絶好調

2002_01090001.JPGマルさん好調過ぎて売るもの無し状態だそうです。展示品は売れても「売約済み」にしてとってありますから、見本として見る事が出来ます。さらに欲しい人には受注制作するそうです。

 なんでこんな安くしちゃうのと言うくらいコストパフォーマンスが良いです。来なきゃ損とでも言ってしまおうかどうしようか、迷って、やはり言ってしまったのだ。

 20日(月)まででーす。

成人とは何だ

 青春とは何だ、に引っ掛けたつもりです。うざいですねー。自分でそう思います。

 まあ、季節はづれなので差し障りが無いかと・・・。正直言って畑の方がめいっぱいの状態で疲労もピーク、疲れた疲れた言ってないで他の事考えてよーっと。って時に、なんかこんなのが頭に浮かんで、余計疲れちゃって・・・。

 そんな時に、たった今、中国語通のお客様のsさんがお見えになり、おもしろいお話を聞かせてくださいました。ちょっと浮世離れしたこと(彼女の場合中国古典)に触れていると良い時間が持てる(決して現実逃避ではなく)なんて本当に素敵な人生を送られていらっしゃると思いました。例によって理解不足でお話の内容までは説明できません。

 元(頭に浮かんだこんなの)に戻ります。私の場合、勝手なことを考えて、他人にむりやり聞かせること、が、なんかそんな時間なのかも知れません。

 あ、戻ってないか。

 今度こそ戻ります。

 成人とはなんだ、でした。前から成人式の季節になると考えさせられていたのですが、リアルタイムですと真面目にがんばってかかわっている人たちに失礼だし、浮世離れしづらい感じなので、唐突に、さらっと、目立たずに。

 テレビの報道を見ていると、今日から云々、今日からなんたら、これからどうこう、ってな調子がほとんどです。

 で、大人げない新成人の行動を面白がっているかどうかは判りませんが、そんなのばっかり映して、ありきたりのコメントをするばかり。

 私が思うのは、当たり前のこととは言え、20歳の誕生日に突然大人に成る訳では無いということです。

 大げさに言えば産まれたときからそれまでの積み重ねのうえにたってその日、目出度く成人と呼ばれるようになるのです。

 私流に言えば、どれだけ要らん事を積み上げて人と比較し、どうだー、と勝ったつもりで居るなんぞも考えものですが、せめて人並みに、最低限のマナー(とその心)が解っていなければならない、と考えます。

 もっと言えば他人の気持を思いやる心があるって事なのですが。

 そういう意味では、もう少し成人の年齢を引き下げても、きちんと積み重ねのある人は多いと思います。

 問題は、何かの事情で、残念ながら積み重ねが不十分なのに、歳ばっかり食ってしまった場合です。本人の責任ばかりではないと思われる場合も多々有るかと存知ますので難しいのですが、20歳まで位は落第ありということでどうかと。

 仮に18歳からを成人として、2年間の猶予期間をもうけ、再チャレンジをしていただくわけです。

 それでもだめってか。そこまでまだ考えてませーん。

 

 

 

 

 

 

イレギュラーな2日間

 でした。毎週行っている火、水と違って土、日はすべての景色が違って見えます。トラックは少なく、行楽の方々が多い。オートバイ多い。おじさん少ない。女性多い。なんか多い少ないゲームのようになって来たのでこの辺でやめときます。

 日常のお定まりの事はなれていると言うか疲れないのに、こういうイレギュラーなのは、けっこう疲れた。つい3年前はこうじゃ無かったような気がするのですが・・・。

マルさんの陶芸展示、始まりました。

 やっぱり良いです。コーヒーも飲んでいただけるようになっています。紋きりがたですが、皆さんおさそい合わせのうえ、お越しくだされ。

 実は私、土曜は部落の総会、日曜は同じく共同作業の道つくり。山道とその側溝の掃除です。掃除といってもスコップと鋤簾を使ってかなりの重労働。やってきまーす。

 で、留守をみなの衆にお願いしとるわけです。どうか宜しゅうおたの申します。

準備中のマルさん

2002_01010004.JPG いよいよ明日から開幕です。といってもプロ野球ではありません。

 もちろんマルさんの展示会です。写真は、前日、つまり今日の準備中の写真です。桜が散り始めの本当に良い気候で、見ている私もなんか浮き浮きした気分。

 梱包を解いて行くに従って、やはりいいですねー。おっと、ここで種明かししたのでは、明日からの楽しみが半減。写真もわざと遠くからということで。言わぬが花。

 もしかすると、明日は配達日だし、こんな感じなので、きっと更新出来ないと思われます。

 で、畑のほうの話。昨日は里芋とヤーコンの植え付けをして、もー筋肉痛で・・・。若いときは、この後筋肉が付く楽しみがあったのに、今じゃ痛いだけで終わり。

 種芋は地中に埋めておいた物を掘り返したのですが、だいたい8、9割がた使えました。

 ちょっと水はけの悪い場所だったので心配していましたけれど、そこそこの歩留まり。

 去年は禮次郎さんのところに、一緒に埋めてもらったので安心でしたが、だんだん自分で何でもやらなきゃ、という事で、少しづつ覚えます。

 

 

10日(金)より展示会

2002_01010002.JPG いよいよお約束のマルさんによる陶芸展示会が目前にせまりました。

 お客様方にも宣伝しているので、楽しみにしている方の数もどんどん増えて来ました。

 で、もう後には退けません。突貫工事で何とか当日には間に合わせたいと思っていましたが、だめなものはだめで、天井が悲惨なままOPENです。マルさんにもご了承いただきました。

 つい天井を見ようとして、意味もなく話しかけられたら「上は見ちゃだめ」という事かもしれません。そんな時は空気を察してください。真剣に陶芸を見てくだされば天井のことなど目に入らないはずなのだ・・・。でへ。

 今日の写真は、それでも何とか、かっこだけでもつけようと障子紙を貼ったところです。なんか接写状態のまま写してしまったかも。拙者が悪いのだ。このピンボケ野郎め。

 

CWニコルさん

 だいぶ前ですが、日本びいきのCWニコルさんが来日当時、空手を習っていた話を聞いたことがあります。

 同時に、禅を西洋人に理解してもらおうと、「動く禅」という本を書いて母国イギリスで出版したという話もその時知りました。ヨーロッパで禅が流行していた時で、ベストセラーになったということです。

 この本の題名はニコルさんが空手の師匠に「空手は動く禅である」という教えを受けたことからつけられたのだったと記憶します。

 動くと言う事は全ての根幹のような気さえしてきます。犬も歩けば棒にあたるー。というあれです。

 しかし、間違った考えの下に動いたのでは地獄へ一直線です。かといってどんなに正しい考えを持っていても、動かなければなんにもなりません。

 ちょっとまとまった事書いてるなー、と油断をすればまた、支離滅裂、あっちこっちに飛んでゆきそうですが、人の迷惑かんがえず、続けます。

 この、飛んでいってしまうと言うことにも関連するのですが、私が時々引っ張り出しては自分を含めて人を煙にまく、あの、座標軸が動くという屁理屈をまた出動させます。この場合は動くというより延びるという感じですが、大まかに言って変化するとでもいっておきます。

 私はどうもついてゆけないのでそう思うのかもしれませんが、商売上差しさわりがあったらご勘弁ねがいます。決して良い悪いを言っているのではないということで・・・。

 本題です。「究極の」とか「至高の」とかはたまた「最高の」とか、冠してあるとよく訳がわからなくなるのです。

 私も俗人中の俗人ですから、言わんとすることはわかりますし、少しでも美味しいものを提供出来たらよいと思っているところでは同じです。そして、それだけ努力もされているのだと思いますから、くどいようですが、表面に表れている言葉をとやかく言ったり、そんな表現なんかするなと言うのではありません。

 今、座標(0,0)の所にいて、究極が(100,100)というように限定して考えてしまうと、(98,98)とか(99、99)のところまで行けば、もう最高とか究極の域と考えてもよさそうです。

 しかし、どうも最近究極とかって、行っても行っても行き着かないというか(100,100)というように限定できないもののように思えてなりません。

 どうやら目標に近づくとその目標がまた先へ行ってしまうというか、理想がどんどん高くなるというか、きりがないように思えて来ました。

 なんかスタート地点の(0,0)がそのままと仮定してみると、(100,100)が近づくにしたがって、また遠くへ行ってしまう・・・。この場合、座標軸がどんどん間延びしていってしまう様な感じです。

 私の場合、コーヒーの焙煎において、そんななのです。

 20数年前のスタート時点を(0,0)として、当時のことを思えば今のコーヒーは、その頃の目標をはるかに超えて(120,120)と言ってもよいはずが、毎日、まだまだああしようこうしようで、悩みは尽きません。自分の感覚では、まだ(80,80)の感じです。

 この後もきっと(100,100)の座標はどんどん先へ延びていってしまうんだろーなー。でもがんばるぞー。毎日一歩づつ。

 

 

 

 

 

歩いてお越しに

 今日は桜も見ごろとなって、いつもは車でも、きょうだけはと歩いて来られる方が何組かいらっしゃいました。桜の名所も周りに何箇所かあるのですが、スポットではなく、上水沿いや街道沿いが並木になって線で繋がっており、散歩にちょうどよいのです。

 中には桜には和服という奥様もいらっしゃって、もうとってもお花見気分です。しっとりと着こなされてしばしうっとり。気を取り直し、和服には桜だけではない、とばかりに十手を持っていただきました。

 うおー。女目明し、ちがうかぁー。と、そんなこんなでまた閃いてしまいました。佐賀のがばいばあちゃんを連想して、十手を磁石にして引きずって歩けばいい物がくっついてくるかなー。

 そこからまた脱線をして、昔見た、まんがだったかヒーローものだったか忘れましたが、磁石が武器で相手の武器をみんなくっつけて取ってしまうと言うのがありました。

 包丁男(女)に十手で対抗、相手がたじろぐ、その瞬間、包丁は相手の手を離れ、びたーっと十手にくっつき、まんまと身を守る。相手も「そっちかい。」ってんで気持が和らぐ。なーんてね。

 でも確かあれは電磁石だったようなきもするし。それでないと余計なものまでくっついてくるし、なかなかとれないし。あー、やっぱりだめかー。それに今時、強力な磁界にその辺でうろうろされてはハイテク機器が悲鳴をあげてしまうかー。

 

 

 

 

 

考える 2

 昨日は何処までだったかなと、今チェックしました。

 大拙師によれば社会性も重要であるという教えもあるのだそうです。一人でこもって修行してれば良いってものではないって訳です。

 かと言って、一人になる時も欲しくなるのが人間で、当たり前ですが、要はバランス。

 社会性に重点をおけば、そればっかり追求し、そのまた逆もあり。ここにも行過ぎるという弱点が見え隠れします。

 特に一人では生きてゆけないのが人間であるという大前提があって、誰しもが認めるところです。そして、それが強迫観念として潜在意識の内にあり、社会の中で認められなくてはならない。ひいては、できることならその中での地位を高めたほうがより良いと思う。

 そんなしくみが脳の中に出来てしまって、自由な考え方が出来なくなってしまっている。今更言うようなことでも無いようですが、私にはこういう当たり前のことがわかっていませんでした。

 まあ言ってみれば何かの弾みでここまで生きてきてしまったようなものです。ばかは死ななきゃ直らないなどと言いますけれど、死ぬ直前までで良いのでなんとかばかを直したいのです。が、如何せん・・・。

 しかし、見方を変えればばかであるが故に弾みだろうが勢いだろうが、ここまで来れたのも事実です。

 自己満足もはた迷惑なものですが、使いようによっては、神経症にならずに済む薬かもしれません。

 それにしても社会の中での地位っていったい何なのでしょうか。人の上に立てるとか、人より有能であるとか、お金を人より稼いでいるとか、ですか。どうも、そのどれもがあくまで相対的なもので、幻想の域を出ないように思えるのですが・・・。

 本当の意味で人の役にたつ人って案外そんなところに居なくって、本当に感動をする、感銘を受ける、という人は、むしろ大衆のなかにいる。マザーテレサのように。

 彼女は質素な服と食事の日常のなか、もてる慈愛を人々に注いでくださったのです。肌の色や宗教を超えて。

 そもそも肌の色などを意識するように仕向けられているというのも幻想の社会的地位システムに組み込もうという悪魔の仕業に違いないのです。

 相変わらず唐突ですが、ひとつだけ師の著を読んでいてなーるほどと思って、子供のように、どうしても人に言いたくて・・・、「禅は哲学で無く、心理学である。」と。うーむ。

 

 

 

  

考える

 畑を耕しながらいろんな事を考えます。私にとって思索の時間でもあります。

 最近では鈴木大拙師にはまっているのですが、やっと4冊目にとりかかっています。海外では禅の研究で知られているのだそうです。西洋におけるZen Buddhismはこの大拙先生のおかげでずいぶん理解されてきたそうです。

 文庫本に乗っている先生の写真ときたら、もうその風貌だけでなんかありがたい感じがします。

 西洋人向けの禅に関する著(日本語訳)はとても読みやすく、一気に読み進んでしまうので、かえって理解が浅いうちに通り過ぎてしまうような気がして、もう一度読み返そうと思います。しかし日本的霊性という研究に関するものは一ページ読むのにそうとう時間がかかってしまいます。読み直す気力が湧くまで少し休憩して再度出直しです。

 そんなこんなで、また悪い癖が頭をもたげ、その休憩中に勝手なことを考えたりしてしまいます。

 本の内容まで解説するほど理解もしていませんから、その辺は読んでいただくか、その筋の専門家にお願いするしかありません。

 で、どんな勝手なことを思ってしまったか。頭も老朽化して、昨日のことなどほとんど記憶に無いのですが、すこしずつ思い出したいような事だったことだけをを覚えています。

 昔、学校かどこかで誰しもが、おそらく、聞いたことのある話なので老朽化の脳にもちょっとはひっかかってくれたものがありました。

 固有名詞など忘れてあたりまえと居直って先にすすみます。

 昔、さる高名なお坊さんが天皇から立派なお寺を建てるから是非にと請われた話です。

 その坊さん、そんな良い話を断って20年くらい乞食同然の暮らしをします。

 ここんところの大拙師の感想が、今ほどではないと思うけれども社会的地位が無いということで周りからさげすまれ・・・。というような感じでした。この「いまほどではない」というところが妙に気に入り、そのへんから勝手な妄想状態に入りこんだように記憶しています。

 その昔は物乞いこそしなくとも、バラックに住み、ぼろを纏い、という人が大勢いたと考えられるから、ある意味目立たなかったということなんだと思います。そして今は違うと。(大拙師はすこし前の人ですが、現代を含む近代日本ということで、今、をとらえればよいと思います)。

 そーかぁー。時代によって周りの受け止めかたも変わるんだぁー。と。

 前にお話した、私の座標軸そのものが動いてしまうという話にも繋がってきます。

 結果的には20年後に天皇に従うのですが、さぞかし、ぼろを纏っていたときの経験や思索が役に立ったであろうことは想像に難くありません。

話が飛んで恐縮ですが、私が生まれた家は父が建てました。お金が無くてしかたなく、古材を買ってきて文字通り自分で建ててしまったのです。

 子供心にまー、贔屓目ではなく、ちゃんと瓦がのっていてバラックよりはマシというところでした。大雨が降ると特定の場所から雨漏りがして、空き缶やお鍋でそれを受けるのが楽しく、うきうきしたもんです。風呂場と台所のつなぎ目のところ。

 昭和28年のことで、ある意味日本が戦争に負け、大昔に少しの間戻ってしまっていた時期です。

 父も、当時はめずらしいことじゃなかったから・・・と平然としていました。

 まだ本題に入っていませんが、次回につづくという状況になってきたので少し時間をください。なにを言いたかったのか忘れてしまいそう・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベーグルとトーラス

 今、TANEぱんのベーグルを食べているところです。初登場のブルーベリーバージョン。コ、コ、これだー。

 突然パンから飛びます。口は美味しさでいっぱい。頭は上の空。

 このベーグルの皮だけ残して中身を全部食べちゃうと(不可能ですが)中空の浮き輪みたいなのになる。これが大拙先生や中沢先生の著書に出て来る「円環体」です。あちゃら語で「トーラス」。昔子供のころ憧れたラジコン飛行機の名前でもあります。そういえば車の名前にもありました。

 辞書を引くとおうし座の意味もあるらしいですが、私にとっては、その後出合った数学用語の円環体のほうがピントきます。ちなみに中辞典程度ではおうし座しか出てきませんがオックスフォードの大辞典にはちゃんと円環体で出ます。

 大拙先生の仏教哲学の説明や中沢先生の対称性人類学の説明に出てきます。いずれも人類の行き過ぎを止めるにはこれしかないというヒントがそこにはあると私は思っています。

 

地デジ

 2011年から今までのテレビがそのままでは使えなくなりまーす。だそうです。

 今朝いざ出動という時に軽トラのスピーカーから「こわれていてもけっこうです、テレビ、冷蔵庫など不用品がありましたらお引取りいたします」というのが聞こえてきました。

 2011年間際になると、地デジチューナーを取り付けて今のテレビを継続して使う方もおられるわけですが、ずいぶんと多くの方が、「この際だから」とか「せっかく画像が鮮明になるのだからそれに対応したテレビが欲しい」ということで買い換えられるのだろうと考えられます。

 そ、その時デース。そうとうたくさんの不要テレビがあふれて、件の軽トラも大忙しかな、と。

 そんなことを考えながら自分も軽バンを運転してきました。あの回収したやつ、どこへもってくんだろう。

 思いはさらにあらぬ方向へと飛びました。はてな。このテレビ、日本のようにより画像を鮮明に、もっと核心にせまればそのデータ搬送可能量の飛躍的増大化。などというレベルで、それも庶民レベルでの話で、なんてことのできる国は世界にどれくらいあるのだろうか。ということです。

 まさにそのテレビからの情報で申し訳ないのですが、アジア、アフリカ、南米等ではまだまだテレビどころか大本の電気すら届かない地域がある、ありすぎる、ように見受けられます。

 そうすると、やはり、この騒動は喜びととらえるのが正解なのでしょうが、AA諸国の無電気地域のことを考えると複雑な気持になります。

 私は常々貧富の差というのは古くから言われているように教育の差はもちろんですが、それにも大いに関係しますけれど、現在では受け取れる情報量の差にも比例するのではないかと思っています。

 ですから、このままでは先進国と途上国の貧富の差が益々開いてゆくのではないかと懸念します。

 少なくとも地デジの普及しているアメリカを始め、普及することの出来る先進国は、最低でも電気の確保に多大な援助をすべきではないでしょうか。

 どうも、やはり、対称性人類学(中沢先生より)の出番がとっくの昔に来ているのに、自分だけもっともっと、もぉーっと欲かいていたーい、という先進国のエゴがまかりとおっているのですよね。

 大きい方のつづらを選んだばーさん後でえらい目に遭うんだかんねー。おらしらねー。

 

 

 

スタンプ満冊による抽選会

 写真を撮りに行くつもりでしたが、お客様が切れずに行けませんでした。所謂ガラガラポンというのですか、ぐるっと回して赤い玉がでるやつで、500円分のスタンプが5000円に化けたり、旅行券が当たったりします。当たった金券ですぐに買い物に来られます。

 そんなんで余計に忙しくなりました。毎年のことですが、一年も経つともう体は忘れてしまっています。あーなんか肩こる。季節のせいもあるのかなー。

 相変わらずお隣のことりさんも忙しそうで、そちらのおこぼれも頂戴しています。やはり一軒よりは二軒、商店街というのはそんなふうに自然発生して来たのですね。

 いまや発生どころか自然消滅の危機が近づいて来ています。商店主が高齢になって来たことに加え、所謂大型のスーパーマーケットが近隣にどんどん出来て、さすがに手練の主たちも戦意喪失といったところです。

 自分の店がだめになったのは大店法の撤廃のせいにしがちです。もちろんそれは大きな原因でもありますが、流通の合理化はある意味是非とも成し遂げなければならない命題でもあります。

 そんな社会的要請がある以上今までのようなスタイルで良いはずがありません。生き残るためには大手の出来ないことをやって行くしか方法はないようです。

 しかし、物流の合理化も、前にも申しましたが行過ぎる悪い癖が出て無いとは言い切れません。合理化というと「良い事」のようですが、大量の物流は大資本にしか出来ませんし、そのコストダウンによる消費者の利益は計り知れないものがある反面、当事者である大資本どうしの争いの狭間で消費者が翻弄されて行くのは目に見えています。

 なんて偉そうなこと言ってもスーパーでの買い物は楽しいですねー。物が豊富って無条件になんかいい。

 ただし、ここからが肝心なところです。物の豊かさだけでは本当の豊かさではないということくらい皆さんわかっていることですよね。

 そこに個人商店復活の糸口があります。人間と人間の対等の関係がそこにはあります。

 それが面倒で億劫でという人もおられるし、同じ人でも気分にもよりますから、一概には言えないのですが、大規模に成るほどそこでは無言で、一方的な(人類学的には非対称性な関係などということもあるらしいのですが)関係で事が運んでいくわけで、寂しいものがあります(ある意味で)。

 スーパーでなにか心に風穴の開いた気がしたあなた、おいでよね。

 今もすわりこんだままパソコンに向かっていたら、丁度来られたお客さまに「どーしたの」と優しく言っていただきました。最近腰を悪くした人によく出会うから。と。

 ほんと、うれしかったです。

 

 

 

 

 

 

 

ついに来ました「十手」

2002_01010001.JPG 待ちに待った「十手」が届きました。今思えば、手造り受注生産ですし、この本格的な造りを見れば2ヶ月半の待ち時間は当然のことと解ります。

 しかし、待ち焦がれる身になるととても長く感じられました。同じ2ヶ月半でも、その長短は気持によってずい分と変わってくるものだ。とつくづく思いました。

 浦島太郎のお話、その辺のところ、しっかり表しているのですよね。(唐突に思い出して何の脈絡無しに書いてしまうのが私の軽率なところですが「何か言っているから聞いて・・・」ということで、おゆるしください)。

 この、白髪になり、近所には知った人もいなくなってしまう程の年月が竜宮城ではほんの数日に感じられる。という考え方とでも申しますか、人類にとってとても意義のある発明なのだそうです。

 数学の微分の考えかたの発明にも通ずると思うのですが、無限大から無限小まで自在に行き来する。というか行き来できる。

 これを人生或いは人類の歴史とかはたまた自分の今生きているこの瞬間にあてはめてみる。

 これが、まさに仏教哲学の真髄らしいのです。

 一瞬も永劫の時も同じと言うか、そんなものの区別は無い。という。

 大拙先生や中沢先生に、そんなような世界につれて来ていただいたように思っている今日このごろです。

 先生がたからは、そりゃきみまだ考えが浅はかだよと仰られてしまうかもしれませんが、今、そんな世界に一人遊んでいる最中です。

 卑近なことですが、片道4時間以上かかる川根の畑に毎週行って来るのが苦痛でもなんでもないのもそんな世界に遊んでいるからかもしれません。

 ほんとはもっと深刻なというより根本的な問題解決のときに役にたつすごい考え方のようですが「こだわらない」という観点で最も身近なことから応用してみても・・・。と。

 それにしても、この現実世界で虚数とか極小とかという概念を発明してしまう程の賢い人類がいまだに戦争を始めとする愚かなことを繰り返していることにはなかなか納得が行きません。(またまた唐突ですが)。

 話が十手からずい分遠ざかってしまいました。十手の方はとりあえず写真を。で、長さは23センチです。短か過ぎるかと思いましたが正解でした。持ち運びに便利ですし、実用性十分です。ちなみにこれは同心密行用のモデルです。

 

 

 

 

歩く速さ

 今日は父の用事を仰せつかまつって、本当に久ぶりに通勤ラッシュにもまれて来ました。もう切符の買い方も違う様子、突然別世界にワープしてしまいました。

 地下鉄に乗って新しく出来た西新宿駅で降り、地上に出かかると急にまぶしい感じ。若いころはすぐ順応したのに今は暫し立ち止まる。

 で、地上に出ると今度はすごい風。春の嵐とビル風の相乗効果なのか、横断歩道の信号待ちでも立っていられないほどのすごさ。

 目的地はそこから3分くらいの所ですが、歩いているとどんどん追い越されます。今追い越して行った人があっという間に20メートル程先にいる、という感じ。大げさではありません。

 テレビで日本の、或いは世界の主だった都市における歩く速さを比較する企画を見たことがあります。やはり東京は1,2位を争う歩行スピードだったように記憶します。あれは本当でした。(最近やらせというのが横行しているので念のため)。

 目的地に着くと11階までエレベーターを使って・・・と私には日常とはかなりかけ離れた経験をしてまいりました。

 そんなの毎日だよ、という方のほうが多いのでしょうね。まさに「井の中の蛙大海を知らず」というのでしょうか。自分だけとり残された様な気もしたのは事実です。

 しかし、その後に「されど空の深きを知る」とか、「されど空の高さを知る」とか何でも良いのですが、もともと荘子の「井の・・」に誰かがくっつけてくれているのを知ってからは、すぐに気を取り直す事ができるようになりました。(いろんな事言う人がいておもしろい。)

 大事なのは「されど」のところで、後はそれぞれ自分で考えればよい。

 ものは考えようによります。自分に都合よい時に都合のよい言葉を引用しているだけ、または一般論でだけしかものの言えない大人の言っている事に出あったとき、そうでない自分を悲しがることはありません。

 ものごとは必ず裏と表がくっついて行動しています。自分は自分です。

 こう言っている内にも、表では、自分の大海を知らない部分をしっかり受け止める素直さと、裏では、あくまで自分の身の丈に合った大きさの井戸だか池だか海だかもしれないけど、そこからしっかり物事の真相を見極めてやるぞという、くそ根性のような偏屈さとを、両方持っているというのが本来のありかただと思っています。

 

 

 

 

 

毎度ばかばかしいお笑いどころじゃなくて・・・

 こういう商売の特徴とでも言いましょうか、まったく予想のつかない事態になることがままあります。昨日の話で澄みません。

 一昨日からたまっていた焙煎がひと段落すると、もう閉店時間を過ぎていました。いつもなら更新を予定している曜日には、少なくとも(毎度で恐縮ですが)、書けなかった言い訳をして、翌日リカバリーするのがよくやる手です。

 しかし(大げさにいうことでも無いのですが)、時々無断欠勤します。そんな時は想像してください。おっちょこちょいが、ばかばかしくも、またじたばたやっているのだと・・・。

 すこし前に、さるお方からゴルフコンペの賞品のご注文をいただき、数も決まったのでとりかかってもらっている間に、私は焙煎。

 なんだ、おまえは忙しくない。と言われてしまえばその通り。でも何か気ぜわしい。

 とにかくいろんな人が来てくださいます。私の未知の世界に皆さん当然ながら生きていらっしゃって、毎日が勉強です。

 学校の勉強はうわの空でしたけれど、こんなリアルなのにははまってしまいます。

 こんなとり止めもない無駄話、私が読んだら怒ってしまいそうです。  ・・・ちょっとお休み。


 今、2階の渡辺氏(八幡町の渡辺氏とは別人)とベルギービールの輸入業者をやっているお友達が、わざわざ連れ立ってお越しくださいました。象も酔ってしまうという、9度もあるビールがあるそうです。(お二人は箱根プリンスホテルが最初の出会いと伺いました)。

 ベルギーには400種類もの地ビールがあるそうですが、その内70種類位扱っておられるそうで、なんだか面白いことになりそうです。

 渡辺氏の料理とベルギービール(冷やさずに飲むだけでなく、ジョッキも変わったのを使う)。
 あー、考えただけでもワクワクしてきました。

 鉄道模型を走らせたりしながらベルギービール。もいいかな。・・・と。

 

 

中途半端なやつの生きる道

 正も逆も三角にいれてもらえぬ四角やろうでも、おっとどっこい生きている。

 コンピューターの世話にはならずとも。

 美味しいコーヒー焼けるんだい。

 そんなに高等な頭脳が要る訳でもなし。

 生豆の袋を運ぶのがせいぜいで、

 焙煎するときゃすわったきり、

 後はメタボに気をつける、あーそれそれ。

ろくろっ首

 ダーゥインの進化論のことが後をひいているのか、あの、ろくろっ首の人を連想してしてしまいました。確か油をなめるのが好きな女性で、遠くから行灯の油をなめるために首が伸びてしまったと記憶しますが、詳しくは覚えていません。

 人間も体が変わるんでしょうかねぇ。オリンピックの記録なんかずい分伸びてきていますし、日本人の体型もかなりかっこよくなって来ているし。

 昔、SFで未来の人間は三角形と逆三角形の二種類に分かれるというのがありました。要するに頭脳を使うばっかりの頭でっかちが逆三角と言い、それは体は細く筋肉なんか無いマーシャンマークのようなので、それがひとつ。脳みそは形ばかりで、体は筋骨隆々、が三角形型。

 現在、昔に未来と呼ばれた21世紀も10年近く過ぎて、いまだにそんな分かれ方をしていないところをみると、そんな心配はなさそうです。しかしまだわかりません。22世紀間近になって突然に・・・。

 当時はコンピューターも人工頭脳などと言っていて、あ、そうそう、手塚治の世界です。コンピューターも感情をもち、人間がコンピューターに使われるようになる。と。

 ある意味では、すでにコンピューターに人が使われている場面も珍しくなくなりました。しかし、まだ人が教えたことを、さらに教えた範囲内で応用することができるといった程度で済んでいるようで、間接的には人に使われている訳です。じつは私の知らないところでもっと進んでいて、やばいところまで来ているのかもしれませんが・・・。

 前にもお話した、つい行き過ぎてしまうという人類の弱点をついて、コンピューターに支配されないと良いのですが・・・。

 私はどう考えても三角形がたにはなれそうも無いし、かと言って逆三角にもなれないし、どないしてくれるねん。

 

 

 

 

 

 

陶芸作家と打ち合わせ2回目

 今日は自分個人の確定申告も終え、後は店の決算のみを残す所となり、ここのところせっかく鍛えた胆力を使わずに淡々と来ています。スムーズに行きすぎて物足りないくらいです。

 そんな折、4月10日から展示をしてくださるマルさんがとてもセンスの良い招待ハガキを作ってきてくださいました。ぐいのみや小皿の見本も見せていただいて感激。正直言って昔からのお客様なので、ちょっと見くびっていたかも。

 趣味で陶芸をやっている人って、けっこう自己満足だったりする、何かそういう感じの物を作っちゃって、イマイチってのしか見て来なかったので、失礼しました。最敬礼。

 皆さんも見に来たほうがいいとおもうよぉ。(R40の方に解る独特の節回しで)。

 なんか誰かとコラボでする。すごく元気をもらえてとても良いです。4月10日から、そんな元気をお分けしたいと思います。

 それにしても十手、なかなか来ないなー。

 

 

猫屋横丁

 今日は猫屋横丁の日でーす。今月は一日が日曜日だったので、第三日曜日と言ってもピンと来ませんでした。昨日もっと宣伝しとくんだった。

 で、終わって今帰って来ました。またまた新メニューも加わり、春待ちキャンペーン。揚げパンも好評で、2回連続販売中。もちろん牛乳パンも。益々充実中です。

 快晴に恵まれ、ずい分多くの方に来ていただきました。私の専門のコーヒーも初めての完売です。引き続きカプチーノパウダーも好評です。

 自分の店に戻ってからも、良い天気つづきでお客様の切れる時間が無く、大忙し。たくさん売れるのは忙しいという事なのですが、忙しいと言うのはたくさん売れるということとは限りません。逆は真ならず。春ですからー。

 まだの方は是非一度猫屋横丁へお越しください。お弁当(今回、春待ち弁当)や、おにぎりの飯粒の旨いことといったら・・・・・。もう止められません。

 ではこれからまた3月決算に取り掛かります。

 

報告します

 昨日今日と開いてくださった皆様に。昨日は例のごとく、配達、焙煎、時間切れ。今日は親知らずが痛んで苦しかったのですが、3月末決算に取り掛かり、またまた時間切れ。その上これから商店街の役員会があります。

 という事で、報告終わり。

満月

 昨日は満月、店の方は大繁盛。私は例によって畑仕事だったので、今朝来て数字をみて納得。満月の日は「ハイ」な気分で居ても立ってもいられなくなり、繰り出して来られるのか、なんだかは良くわかりませんが、とにかく有りがたい事で。そんなんで行ったんじゃねー、と言われそう。

 夜、車で帰ってくる途中、雪景色の富士山が満月に照らされ、月明かりの富士。つい見とれて運転がおろそかになりそうでした。雪が積もっていなかったら見えないはずのものが見える。背筋がゾクっとするのを感じました。

 静岡は海からの風で空気が湿っていたのでしょうか、朧月夜。海には杉の木は無く、花粉症も軽い。富士川のあたりから月も煌々と照る。

 農作業の方も全開になってきました。10リットル入るガソリンタンクから耕運機に注入。もう少しだから全部入れちゃえ。粗い性格がつい出る。結果疲れているのにガソリンを使い切るのに時間がかかる。作業ははかどる。(残しておくとキャブレターが詰まることがある)。

 昨シーズンの収穫から取っておいた種芋と、今年は、ひばりヶ丘の週一農業仲間「ビストロ ティファニー」のマスターに取り寄せを頼んでいたドイツの種芋と、数種類のじゃがいもを植えてきました。

 ティファニーのマスターは埼玉県の北の方。うねを作って山のテッペンから種芋を押し込むやりかた。静岡、川根では、まず浅く溝をつけ、等間隔に芋を並べ、片側の土をかぶせる。次に反対がわの土をかぶせ、結果としてうねができる。

 終わった後の見た目は一緒でも、種芋のうわっている深さがちがいます。浅いと凍ってしまう危険があるわけで、山間部の川根に適したやりかたです。収穫は6月。それまでカラスに掘られませんように。

 

 

隠れ鉄ちゃん

 鉄道お宅を鉄ちゃんと言うのだそうですが、Nゲージの線路が見えただけで、なんと鉄道お宅の多いことかが判りました。お客様(男性)の中でも興味の無い方のほうが少ない位。

 有名な「撮り鉄」と「乗り鉄」以外にもいろいろなタイプがおられるとの事。中には鉄道お宅の映像を見て楽しんでいるなんて方もいらっしゃいます。

 SL好きな方、電車の好きな方、思い入れは人それぞれ。

 「あれはねー、よく遊んだよー。」「友達のお坊ちゃんが持っててね、その子の家に行ってはいじっていたんだ。」とは少し塔の立った旦那の言葉。時代を感じました。友達と遊びに行くんじゃなくて、友達の持っているおもちゃと遊びに行くんだそうで。目に浮かびます。

 

 

 

 

4月10日から

 前からお話していたマルさんの陶芸の展示会は来る4月10日より開催されます。火曜日はお休みです。

 もう既に蕎麦猪口のご希望の方もおられ、又、コーヒーのペーパーホルダーで蓋付きのものが欲しいという、ある方面からの問い合わせがあったりします。

 もうほんと楽しみです。

 おっとその前にまだまだやる事ありですぞ。螺子まけー。ですからもう。

 と言いながら頭の中は違うこと考えていたりで、大忙しです(自分で勝手にそう思っているだけ)。3月決算だってやるわけだし・・・。

 実は十手がなかなか届かないので2度目の催促をさせていただきました。もう待ちきれない感じです。渡辺氏が持ってきてくれた書物には江戸時代に八流の十手術の流派があったそうです。

 そして私が睨んでいた通り十手はお上の印であったそうな。当時でも隠し持った十手を出し「御用だ」と構えれば、それなりに抑止効果があったそうで。私の目にくるいはない。

 自分の身を守るのに、自分のこの細い体の巾だけのことと解った上で、どうぞ鏡に自分の体がどれだけ小さい的であるのか、なんとこれだけが守れないで刺されてしまうのであるか、をとくと映してごらんになるがよろしい。

 剣道などでも打突ポイントは本当に小さいのであって、それすら守れない。

 昔、大先生(先生の先生)というぐらいなのであるから私が14歳でその方80歳くらい。

 背中がまがってよぼよぼ歩いてこられ、大丈夫かと思いきや、支度をして体育館に現れるや、先ほどと大違い。背筋はピンとして、竹刀を構える。

 私は正面から面を打ち込む。チョイとかわされる。だけならまだしも、しっかり小手を打たれる。

 その間の大先生の動きは僅かなもの。というのは後で仲間が掛かって行くのを見ていて、成る程と。

 竹刀の先はご自分の体より外には出ない。だから少しの力でさっとかわせる。極意を見たり。
自分の体より外には打たれるところは無い。

 竹刀でかわされるならまだ良い。寸前にひょいと横に、ほんとに半歩さっと移動されただけでこちらの剣は空を切る。大先生は余裕しゃくしゃく、こちらは汗だく。

 これらが十手にも言えるのです。客観的に見れば、これだけの範囲だけのことかと。そう思えれば気持にも余裕ができ、相手のこともよく見えるようになるのです。

 これは十手に限らず人生全般にも言えることです。

 案外自分が思っているより他人から見ると自分は小さい。言い換えればそんなに身を小さくしていなくても、堂々としていて良い。

 標的になるような時は最小限の動きでさっとかわせばよい。大きく動いて避けようと思うと、かえって隙が生じる。

 なにも大きな力はいらない。ひとより強くなくてよい。危険をひとより早く察知できて、適正な動きができるよう、常日ごろから力を抜き、緊張感を持って生きていれば良い。

 

 

 

過ぎたるは及ばざるがごとし

 「進」という字、最近私の中でだけ怪しく見えてしかたがありません。「進歩」「進化」などの熟語になるとけっこう巾のある意味合いを含んでいるようです。

 少し前までは、ただ漠然とこれらの言葉を聞くと、なにやら「良くなった」と言い換えても良いくらいの受け取りかたをしていたように思います。

 「良くなる」ということは、人にとって「良くなる」のでなければならないと思っています。なんか最近、いつの間にか行き過ぎて、程よいところで止まれなくなっちゃってるような感じのすることが増えて来たのです。

 余談ですが、

 高齢のお客様で、つい先だってご主人を亡くされたAさんがよく言われるのが「私たちが長生きできるのは電化製品のおかげよ」という言葉です。暗に電気洗濯機のおかげと言っておられるのがわかります。なにしろたらいに洗濯板の時代が長かった世代のかたですから。

 私も実は、歳がばれますが(とっくにばれてるってか)、あの、ローラーを手で回して洗濯物を絞る初期の洗濯機が家に入った時に我が家も文化的になったのだ、と嬉しかったのを覚えている世代なのでよくわかります。

 実際私の祖母はしゃがんで洗濯中に脳溢血でたおれ、亡くなっています。

 その洗濯機も今では全自動はおろか少エネはもちろん、形もコインランドリーのようなやつが出てきて、乾燥までぜーんぶ。それはもうすごい。値段もすごいので我が家には当分縁がなさそう。
「えん」を変換したら最初に「円」がでてきて複雑な気分。

 また大幅に本題からずれてきました。言いたいのはそこんところではありません。

 ダーウィンの進化論、はたして進化なのでしょうか。ご本人たちにしてみるとただ環境に順応しただけで、けっして嬉しいことではないはずです。そもそも環境の変化など望んでもいないわけですから。

 順応して生き残ることが進化なのでしょうか。無機的にただ文字通り、過去から現在に進んできてしまっているのは確かです。しかし本人が望んでいないものが「良い」という付加価値のついた「進」なのでしょうか。食べるためにしかたなくなんて一番おもしろくありません。あっ、自分の話じゃなかった。

 人の話にもどって、どうやら人は、あえて言うまでも無く、首が伸びたりする前に何とか工夫をして生き残ろうとするんですね。だからいつまでたっても自分自身の体は変わらない。

 私もそんな工夫が好きで、なんかそんな方向性のアイデア商品を見ると感激してしまいますし、サバイバルグッズもいいですねー。

 しかし、最初ばかでかく、持ち運びが不便で、少しでも小さくしようとがんばっているうちは良かったのですが、いつの間にか小さくするということが目的化して使いにくくなっていたりしてる物ってありますよね。

 自動車も箱根の山越えがけっこう苦しかった昔や、高速道路が開通して時速100キロで走っているとオーバーヒートしてしまっていたときには、同じ排気量で少しでも馬力の出るエンジンを待ち望んだのです。

 今や軽自動車でも楽々箱根も高速道路も。です。

 そうなって来ると自社製品をアピールするのに「乗り心地」とか「静粛性」とか訳の分からないこと(解らないのはおまえだけだといわれそうですが)になって来て、誰もが望んだ適正馬力と違って、だんだんそこまで望んでない人がついて行けなくなって行くような事態になっていきます。

 私も商売をしていますから、ついていけない人のことまで考えなくても良いというのもわかりますが、ついて来れないやつは何かそうでない人より劣っているかのようなイメージを持つことが間違っていると思うだけです。違いがわかる男のなんたらいうやつ。

 そもそも解れば上等なのでしょうか。工業製品でも使われる「テイスト」や趣味のレベルのことで上等も下等もありません。だいたい解り方の尺度がけっこう作り手の意図で左右されるのですからいいかげんなものです。

 やっと本題に近づいたかと思いますが、どうやら最近の「進歩」には警戒が必要のようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日一緒に書きまーす

 今日開けて下さった方、申し訳ない。明日に合併号をということになりました。よろしくお願いします。何お願いしてるんだか・・・。

無駄な事をする

 そもそも無駄という言葉にもいろいろな意味があるようで。生豆を小分けする時に使うガムテープの長さなんかできるだけ短くしたり電気もこまめに消したり、そういう無駄はけっこう気になります。所謂しみったれ的節約家でもあります。

 目先の物、言い換えると目に見える物の無駄といえば万人共通のコンセンサスのようなのがあります。

 しかし、無駄な「こと」を「する」となると様子が違うようです。ある人には無駄な事でも私にはなんか、それをしていると、とっても良い時間が過ごせる。なんていうときです。

 人生に無駄は無い、なんて言うときも、意味は違いますが単なる無駄ではないようです。これを全部無駄は無駄だといって切り捨ててしまうと、突き詰めてしまえば「人生」そのもの、あるいは「人間が人間らしく生きる」というようなこと、それ自体が無駄なことになってしまいます。

 まあ、こんなふうな考え方をしているのも、私の人生が無駄ばっかりの人生だから、言い訳を兼ねて、という側面もおおいにあるので、ここだけの話にしておいてください。

 自分が優柔不断でなかなか結果を出せない性格なのを解っていて、というか、そのような欠点を目の前に突きつけたくない為だろうと思うのですが、常に「結果より過程が大切」だと思ってはばかりません。

 ある種日本人的といってもよいこの考え方を、自分をごまかすというか、まさに言い訳にして、ここまで生きて来てしまいました。もう直りません・・・と居直る。

 何事もとことん居直ってしまえば一周遅れでまた先頭に抜かれたくらいになって、ようやく気づき、やはり無駄ではなかった、と、こうなるのです。はじめっから気づいていれば苦労なんかしませんがね。

 例の「夏休みの法則」も、言い換えれば「一周遅れの哲学」とでも名付けられると思います。

 何でも先手先手を打てる人には、ばかばかしいかもしれませんが、ちょっと他人と違うなんて事が、たとえそれが一周遅れだとしても、自分で切り開いて来たんだという自負とともに、誇らしかったりするもんなんです。

 身近な人には「おまえは一周どころか何周も遅れてやっと気づいたか」と言われるとおもいますけれど・・・。

 とにかく、なんと言われようが言いたいやつには言わせておけば良いので、これからも胸をはって世に憚って行こうとするか・・・。

 
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 何で今日、このタイミングで、なぜこんなことを・・・、もうお分かりと思います。例の造作中の物件、ここですることが、どうやら無駄なことがずい分予定されているのであります。

 無駄が無益だなんておもわせないぞー。

 

 

 

ダイエット効果はあるか

 花粉症仲間のかた、今年もシーズンたけなわとなってまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
私は今のところ例年より軽い感じです。夜の鼻づまりが無く、よく眠れます。

 かってな解釈で申し訳ないのですが、夏場にお話したナチュラルダイエットの効果が出てきたのかな、と思ってみたりしています。鼻の奥のお肉も痩せたのではなかろうかと。

 してみると少しくらい腫れてもまだ余裕がある。ってなことなのか。どうかは定かではないところが無責任。

 てなことを考えているうちに渡辺さんがみえました。、子供の頃Nゲージをやっていたというお話を伺って盛り上がりました。ご実家に置いてきたので今も有るかどうか定かではないそうですが・・・。

 ちなみに渡辺さんに教えていただきました。たけなわ=酣。初めて意識しました。

 

 

牢名主

 昨日布団を敷いていてふとこの「牢名主」を思い出してしまいました。重なった布団を見て、あの、他の囚人の畳まで重ねて乗っかって威張っている悪い顔のシーンを連想してしまったのです。

 なにかおかしくなって、しばらく寝付けなくなりました。

 そういえばこの頃、時代劇で「牢名主」を見ていません。時代劇そのものが少ないのか、それそのものになんか問題があるのかわかりませんが、私が子供のころ印象に残ったものの一つです。

 笑点のおおぎりでも座布団が重なってくるとなんか偉そう。

 まず思ったのが畳をとられた新入りの寒そうなこと。新入りとは言え悪い奴には違いないのに、とりあえずぺこぺこしちゃうんですよね。

 名主様には左右に子分がいて三対一ではかなわないということですか。

 治外法権(どーいうわけか牢番も見てみぬふり)というのか、まったく法の及ばないところの恐ろしさを想像させられました。(けっこう心が痛かった)。

 同時に動物園のサル山も連想していて、隔離された狭いところでもちゃんと社会ができあがるんです。きっとものすごい奴が入ってくると名主様も入れ替わっちゃうんでしょうね。

 それにしても理不尽な社会です。法治国家に生きているという事はありがたいことだと想ったのも思い出します。

 ただ、それも一般国民のための法律によることが大前提で、一部の自分の保身しか考えない権力者がのさばっているような国では、ある意味そういう人が牢名主の役をして国民は畳をとられて寒い思いをしいられるってーことか。

 法律って、この場合腕力というか暴力のすごいのがのさばるのを防いでくれるっていうイメージで、今は警察も市民を守ってくれてありがたい、っていう感じ。

 しかし、一歩間違えると一部権力者がいい思いをするために国民がばかを見るということになりかねないわけで、実際、世界にはそんな国も現存するんですよね。

 国民が油断しているといつの間にか「一部の人」に都合の良い法律が出来ちゃうってことだけは頭において選挙に臨まなくてはなりません。(悪いやつほどせこい頭の良さを持っている。)

 なにしろとっても素敵な「いい人」の多い国ですから、悪だくみを見過ごしがちです。自分の中に悪だくみをする心が無いのですから、よもや選ばれた人にそんな奴が混じっているなんて想像だに出来ないのです。気づいた時には遅かったということにならぬよう。

 

 

 

ここのところ連日の

 長さん(超・・スーパー・・の洒落にもなっている)・・だれもほめてくれないので・・・の効果なのか、急に暖かくなった土曜日だからなのか、隣のことりさんが「HANAKO」の吉祥寺特集に載ったからかはたまた産経リビングのマンション広告欄に香七絵が載ったからなのか・・・・・・
 忙しいです。連日の・はここにかかるのではなく、「今日もお休みします」にかかるのであります。

お休みします

 今日は商店会の事務をしたり、市役所に行ったりで、こちらの方はお休みさせていただいております。

ついに線路を買っちゃいました

2009_02260001.JPG 見えますか。かねてより子供たちに約束していた「大井川鉄道」を走らせるという計画の第一歩を踏み出しました。ガラスケースとカウンターの間には鉄橋まで。いいですねー。だんだん拡充していきます。大人も子供も自分の持っている機関車や列車を走らせに来れるようにと思っています。

来たか長さん待ってたほい

 長さんはこの字でよかったのか解りませんが、子供の頃大人たちの縁台将棋で交わされていた言葉の一つです。

 他に「へたな考え休むに似たり」とか前にもお話した「初王手目の薬」、はっきりとは覚えていないのですが「桂馬の横とび歩のえじき」。とか。

 最近オープンした大型店もこんなんでお迎えすれば良いんですよね。「来たか長さん・・・・」

 自ずと人は集まって来るわけで、それをチャンスに出来るかどうか。なのだと思います。

 なにしろお客さんたちも浮き足立っているような感じだし・・・。いつもとおんなじにしてよーっと。

 今日も時間切れでこれだけでした。

毎日、いつも違う、何か有って楽しい

 ありがたいことに、毎日、日々新鮮な気持で居させていただいています。必ず決まった曜日にいらっしゃるお客様があったり、お忙しそうで豆が切れてから慌てて見える方、用心深くまだ少しあるうちに来られる方。さまざまです。

 「いつものやつ」という方、「なんか変わったのあればそれ」とか端から順番にあれこれ、などこれまたさまざま。

 焙煎も季節や気候によって、また豆によっていろいろ変化もあり、まだまだ新たに気の付くこともあったりです。

 毎日のことって積み重ねるとすごいもんだなー。というのが近頃の感想です。今の「珈琲家香七絵」が始まってからだけでも優に一万釜以上焼いている訳で、その間に少しづつ気の付いたことを改善して来たのです。

 そして私の味を気に入り、入門された方の中でプロになってしまった人も四人おられ、責任も感じています。なにかしらコーヒーにたずさわりながら勉強中の人や焙煎は別にして開店のお手伝いをさせていただいた方を入れると両手に余ります。

 また、お客様からも本当にいろいろお教えいただくことが多いもので、少しでも吸収しようと、日々心を研ぎ澄ましています。

 何事もそうなんだとは聞いていましたけれど、珈琲豆の焙煎というのは、やればやるほど奥の深さを感じさせられます。

 

 

大型店オープン

2009_02210001.JPG 長男堂のブログにも出てきました例のスーパーマーケットの写真です。これでスーパーが2軒並びました。私の記憶でも2軒並んでいるのは無かったと思います。向かい合わせというのはあったけれど・・・。守る方も、攻める方も今までにない賑やかさです。

 昔なら、守る方は地元商店街というのが相場でした。今は商店街なぞ蚊帳の外、指をくわえて見ているだけ。品揃えもお値段もぜーんぜん太刀打ちできませんしー。仕入れるのにロットの多いものなど、売り切るまえに消費期限がきてしまいます。メーカーも大型店に合わせてるんですねー。結果品揃えも少なく・・・悪循環。

 法律も小さい店は退場しろと言わんばかり。法律というのは、そもそも、まじめにこつこつ働く市民が幸せに暮らせるために在ると思っているのですがねー。最近では個人商店主は市民ではないという事なのかも・・・。シャッター閉めて引きこもりってか。

 子供が小さい時から顔見知りのお店だからこそ、少し大きくなったら子供一人でお使いに行けるんですよね。お店のおじさんおばさんも、来た子がどこの子か、いつもお母さんがなにをどれくらい買っているのか、みーんなわかっているんです。

 まあそんな事いっていても始まらないということで・・・。

 幸い私のスタートが、大手に出来ないことをするという事でしたので、勝ち目のないけんかをしないですみます。ただ、前にも書きましたが、それって生産効率が悪いために、目がドルマークの大手にとっては魅力が無い。

 すなわち経営者が社員を雇ってやらせても利益が出ないということでもあるのですが、そもそも自分でやってても、さしてお金儲けにはならず、好きなことやって日々暮らせればよいという場合に限って、今のご時勢では、一部の生き方のへたなやつが始めるのが個人営業なのでしょうか。

 回りくどくなりましたが、人のことを羨ましがってないで自分のできる事、やりたい事をこつこつやって行こうと、改めて思いました。

 

 

 

 

 

今日は帰ります

 開けてくださった方申し訳ない。今日も今日とて配達、焙煎、壁に竹で終わってしまいました。

壁に竹

2009_02190001.JPG 解りますか。画面左隅に竹の割ったのを何枚か貼ってみました。ちょっと見づらいのですが。

 出茶屋コーナーから移動です。材料もだいぶ乾いてきて割くのもずい分楽になってきました。いろいろあーでもないこーでもないは楽しいです。

 それはそうと、今、お客様のお一人ですごい人がいらして、その方とビールを売る話が出ているのですが・・・。

 

微妙な違い

2009_02160001.JPG ガラスケースの下のスケスケが埋まりました(サイドも)。これだけのことでもずい分見栄えが違いますが作業としては少し物足りない感じ。

 出茶屋さんのコーナーの壁に孟宗竹を縦割りにして立てかけてあったのですが、埃がたかるので撤去して、さらに割って(四分の一)従業員通路の壁に張り付けようと思います。

 あとは天井です。素人っぽくペンキを塗ったらどうか、と思案中です。

猫屋横丁

 今日は第三日曜日で長男堂の猫屋横丁に出店しました。自身が出向いて珈琲の試飲サービスをするのは三ヶ月ぶりのことです。12月1月の2回は都合で品物だけの出店だったため販売の方は長男堂の女将や、ことり焼菓子店のオーナーに助けていただきました。

 そんなこんなで今回気持を引き締めての参加です。えっ、そうは見えなかったってか。そう見せないところがプロなのでした。

 長男堂のお弁当や惣菜は毎回工夫が加えられてますます美味しくなっています(見た目も味も)。

 やはり天性のものもあるのでしょうけど、その努力は並大抵では無いのです。

 そのつどの反省を踏まえ、天候その他に裏切られながらもがんばって続ける姿には頭がさがります。

 余談ですが、女将の動作の速さは昨今では特筆ものです。昔だと緩慢なことをしていると怒鳴られて自然とすばやい動きになったものですが、いまはそんな所には人は居つきません。

 現代にありながら自分で身につけたであろう、その身のこなし。是非一度ご覧あれ。

 
 

 

maruさんと打ち合わせ

2009_02140002.JPG今日は午前中時間をもらい父の介護見習いをして、午後造作三昧、豆は2釜という体たらく。勘定すると年間千釜ほどは焼いている感じです。

 だいぶはかどったところにmaruさんが豆を買いに来られ、陶芸展示の第一回打ち合わせ会になりました。

 例の小窓のドアーというのですか、蓋のようなものが出来、蝶番を付けると完成です。その上の瓢箪型板は諸行無常庵の看板にと思っています。4月中にはOPENです。

何も書かない方が良いこともある

 妙なタイトルです。金曜日ということもあり帰って来たのも遅かったのですが、昼間外回りしている間に考えていたことがどーにもとりとめが無く、とりあえず要約してお話ししようと思ったのですがこれまたどーにも誤解を招いてしまいそうで、それでは元も子もないと思いますから、もう少し考えが進んでからお話しすることにしました。

とりあえず写真だけ

2009_02120001.JPG 前回お約束の写真です。マンションガレリア側(昔のJR側)の出口あたりから撮影しました。

久しぶりの写真

 2009_02090001.JPG 昨日お約束した室内写真です。ステンドグラスのドアが良い感じです。右のすけすけのところはどうしようか迷っています。中央の備品(棚)はどかします。木の匂いってなんか良いです。maruさんの陶芸品が並ぶのを頭に描きながらトンカンやっています。

 焙煎体験コーナーと一緒の部屋なので最初はmaruさんの陶器や宮尾さんの木彫りなんかがぴったりだと思います。

 ゆくゆく隙間をうめて、ある程度密封状態に出来ればエアコンを入れたいと思っています。そうなればいろいろなジャンルの方にも利用していただけると思います。

 次回の写真はこの丁度裏側から写してみたいと思います。

 

ずい分出来てきたねー

 ここのところ造作の方が急に進んだように見えるようで「ずい分出来てきたねー。」と言われます。

 骨組みはずい分前に出来上がっていて、自分では一段落してしまっていました。しかし外から見ると透け透けですから何も無いのとたいして変わりなくみえていたわけです。

 で、骨組みに板をどんどん打ちつけ、壁が出現しまして、すっかりお部屋らしくなってきた訳です。

 途中で木材が底をついたので、明日また材料を買ってきて続きを少しして、それから写真をお目にかけようと思っています。それにしても荒削りな感は否めません。素人っぽくてそれがまた良いとのお客様の言葉を信じて最後までやりとげようと思います。

気を維持する

 外を歩く時は特にそうですが普段から気を入れていることが大切です。なにか気を入れていると疲れると思っている人はいませんか。

 それは力んでしまっているからで、本当の気は出ていません。リラックスして丹田にのみ集中することにより疲れずに気を持続することができます。

 会社が休みの時に完全に気を抜いてしまうとかえって疲れませんか。休みの日に好きなことをすると気分転換ができて疲れるどころかスッキリしたことがおありと思います。意識しなくても良い気が出ているのです。

 そんな気持で日常を過ごしていれば不思議と危険なことに遭遇しなくなります。交通事故なども同様です。よく相手からぶつかってきたら逃れようがないからね、と言います。ある意味正しいのですが、良い気をもっていればそうでない場合よりかなり前もって予知出きるのだと思います。

 なにかどっかで読んだりしたものの受け売りのようになってしまいましたが、十手道の効用のひとつとしてのお話です。

気合い

ガマの油売り

 私の育ったところは国鉄の駅でいうと京浜東北線の「蕨」から北東へ約1キロほど行ったところで、川口市芝と言い、あたり一面水田ばかりというような景色でした。

 駅も反対側の蕨市の方は賑やかでしたが、私の住んでいた側は駅前と言うのにほとんど何も無く、バスと「つばめ」タクシーの乗り場があるだけで靴の修理屋さんがテントを連ねて3人くらい露店を出していたくらいでした。

 で、その向こうはもう葦の生えた湿地です。バス亭と湿地の間にちょっとした空き地があり、そこでよくガマの油売りをやっていました。

 「さーおたちあい」「これに取り出だしましたるこの油」・・・・・というやつで、詳しくはその筋におまかせするとして、私は種明かしを・・・。

 脱線しますが当時の事(昭和34,5年ころの話)を思い出しているといろいろ思い浮かんできます。バスは国際興行バスで今はグリーンの単一色濃淡のグラデーションですがその頃はボンネットバスで、全く今と同じデザインですが、茶色のグラデーションでした。

 元に戻します。蛇の入った檻がそばに置いてあり、そのそばには怪しげな本が高く詰まれています。子供にとってはちょっと怖い雰囲気。まず腰に差した刀がよく切れることをみせるのです。

 半紙を半分に折り、切って見せます。「一枚が二枚」。また折って「二枚が四枚」。このあたりまでは紙ですからペーパーナイフでも切れますが、「16枚が32枚」となって来ると流石によく切れる刀だと感心しきり。

 最後には紙ふぶきのように投げ捨てます。そこで今度は着物の袖を捲り上げ「さーおたちあい」「えいっ」と気合を入れるなり、自分の腕に切りつけます。そこには赤い傷ができ、見せびらかしたあと、先ほどのガマの油(蛤の殻に入っている)をとり、その傷に塗ります。少しおいて手ぬぐいでふき取るとその傷は跡形もないではありませんか。

 切ってすぐ塗ると血も吹きださないし、すぐに直ってしまう。あーら不思議。そこでその薬がいくつか売れます。薬には興味が無かったのでいくらだったか覚えていません。

 蛇に腕を噛ませてまた同じようにすぐ直してみせます。

 後でわかったことですが、刀は先の方の一部だけ刃がついておりそこんところで紙を切り、腕を切って見せたあたりは刃を丸くしてあるとのこと。そこへインクか朱肉の類を塗ってある訳です。

 同じく蛇も牙を抜いてある訳。

 私の興味はそのまた後にもったいぶって売る本の方でした。「忍術」の極意本。

 これを売るまえにすることは、気合もろとも火箸の根元を左手で支え、先の方に小指をひっかけ「えいっ」と曲げてしまいます。わーすんげー。こんな事ができる極意があの本に書いてあるに違いない。と。

 一冊100円(今で言う2,000円くらいの感じ)ということで子供には手がでません。50円持って駄菓子屋さんに買い物に行った時、そこのおばさんが私の親に通報したくらい子供が持っていてはいけない金額だったのです。穴の開いてない50円玉。

 そこで家に帰り、父の帰りを待ちます。食事を終え、風呂にも入り、そうこうしているうちに酔って赤い顔の父が帰ってきます。

 くつろいでさらにお酒をのみはじめる、ご機嫌なタイミングをみはからいます。

 「すごかったんだよー」と。すると父は磁器製の火鉢から火箸を一本抜いて灰を払います。「こうかぁー」と言うなり「えいっ」。みごとに火箸は曲がってしまいました。

 私はもう尊敬の眼でただ呆然となっていましたが、父は目が点。なにか信じられない様子。母のありゃりゃと言うような視線にあわてて元に戻そうとしますが、戻りません。どうやら曲がるとは思いもよらなかった様子。

 それ以来2度とできることはありませんでした。えっ、偶然だったのーぉ。(後で私が金槌でたたいても戻りませんでした)。

 でもやはり本が気になる私。聞いてみると、好奇心の人一倍強い父のこと、どーやらその本、買ってみたことがあるらしく(けっして買ったことがあるなんて言いません=人一倍シャイでもある)。

 「水の上を歩くにはだなー。まず右足を出し、沈まないうちに左足を出す。そしてまた左足が沈まないうちに右足を・・・・その訓練をすることによって水の上が歩けるようになる。」と。

 

 

 

 

 

十手道の極意3

 あくまで護身ですから相手より先に手を出すことは無いわけです。従って剣道のように先の先をとることはなく、いわば後の先だけを考えなければなりません。

 日常のトレーニングとしては利き手の手首を鍛えておくことが肝心です。手首のスナップというやつです。次にフットワーク、特に横への動き。

 後の先をとるためにはスピードが無ければなりませんから大振りをしなくても打撃を与えるために是非必要です。

 もうひとつというより何よりも大切なのは「気」です。気合もろともなどと言いますが相手を見据える集中力や打ち込む正確さは「常に正しい気に自分自身いつも包まれていることによって生まれます。

 『気』で思い出してしまいました。子供のころ駅前の葦の生えた湿地のほとりで見ていたガマの油売りのことです。

 何で駅前に葦原か、というところから始めなくてはならないので、続きはまた明日ということで。

 

甲賀無刀流

 今日は岡山の武蔵野珈琲ご夫妻が来てくださいました。順調のようで嬉しい限りです。

 Y氏=渡辺氏とともに創始する十手道を甲賀無刀流と名付けました。珈香無糖流という洒落もきいています。

 なぜかと言う問いにお答えします。(だからどうこうは無いのですが、何の根拠も無い訳ではないという意味で)。

 私の近い祖先は天和(1682,1683年)年間より甲賀で茶園を営んでおりました。戦国時代より甲賀53家の一つで織田家の家臣であった甲賀の中忍岩室大学の配下の下忍であったと思われます。確かな記録は無いのですが、自分の身分を他者に明かさなかった彼らにすれば、むしろ記録があるほうがおかしいのです。(岩室というのは今の私の姓)。

 屋号は「たたみや」名は「八右衛門」でわたしの代で茶園を川根の地で復興し、いわば13代目八右衛門ということになります。江戸時代の後半に同じく53家のひとつと思われる本陣も勤めた旅籠を営む大野家との婚姻もあり帯刀を許されていたというはっきりした家系図も残されています。

 明治に入り12代目の菊次郎が借金の保証人になり全部人手に渡り、東京に出てきたのが曽祖父の時代です。

 つい先だって唯一残されていた墓を守ってくれていた遠縁の宮尾家も途絶え、その知らせに逐一書かれていたのが以上のいきさつです。

 

 

 

十手道極意2

 つぎーぃに、包丁等を振り回している輩に接近してしまった場合です。

 振り回しているあいだは間合いをとり冷静にあいてを観察します。そしていざこちらに振り下ろそうとする時に隙が生まれますから、その手首の骨に十手を打ち込みます。

 一番心しなければならないのは刺そうとして来る場合です。たいていは体を預けるように突進してきますから、こちらも体さばきが肝心です。横に体をかわし、左腕で外から相手の二の腕をかかえるようにして右手に持った十手にて相手の手首を砕きます(右ききの場合)。

 たまらず包丁を落としますから遠くにけりとばし、すぐに拾えないようにします。そして逃げるのです。何度も言いますが、逃げるが勝ちです。

 口で言うのは簡単ですが毎日の稽古によってできる様になります。何でもそうですが、パニックになって、相手が見えなくなるのが一番怖いのです。

 武道を嗜んだ方ならお分かりですが、自分より格上の相手は全然みえませんが、格下が相手だとすべてお見通しということになります。

 武道をやっているものが刃物を振り回すようなことはしないもので、そんなやつはたいていへなちょこと思ってよいのです。ただ、尋常でない精神状態でばか力を出すことを考えなければなりません。

 これも常識ですが、ばか力は技にはかないません。技を磨こうではありませんか。

 

伊佐治さんでした

 今日は京都のIさんから「伊佐治」が正解という情報をいただきましたので、気になっていた方にちょっと報告です。私は今江戸時代にはまっているので、なんだかこういう名前がうらやましいです。

 また言い訳ですが、昨日今日と例の造作にだいぶ力が入り、もう少しで何とか見通しだけはつきそうなところまで進みました(なにしろどうなるのか自分でも心配だったくらいなので)。

 と言うわけで伊佐治さんの事だけということで。

 

十手道の極意

  実は昨日お休みしました。わかっとるわいでした。

  今日はお詫びのしるしに一子相伝、普通は教えない極意を、これを見た人にだけお伝えしたいと存ずる。他言は無用。

 そもそも十手道があるのか無いのか(十手術の本は買いました)有ったとしてもその内容がよくつかめません。

 そこで、自分で創始することにいたしました。これから関前のW氏と研究を重ねてまいります。

 W氏曰く「道」と言うからにはその先にあるものがなければならぬ。と。

 まあ漠然と他の「道」のつくものと似たようなことで、と思っております。探求はこれからです。

 それも解ってないのに極意もなにもないって話ですが、まあお聞きください。

 まーぁず第一に、常日頃から外を歩く時には周りに十分注意をはらい、変なオーラを発している者がいたらそれとなく遠ざかること。いきなりダッシュしたりすると追いかけて来る場合があるからです。とにかく間合いがなによりも大切です。

 ようするに日ごろから十手の実技を練習しながら周りに気を配ることも自然に身につけて行くようにするのです。

 私のような達人になると実際に十手を出さなければならないことは稀であります。逃げるが勝ち。これこそが極意中の極意です。

 しかしながらこれも十手術をマスターしてこそなのです。

 昔若かったころ、ちょっとした用事があってHONGKONGに数日いた時の話ですが、半島の方の「男街」という夜市を見物していて、もようしてきたので公衆トイレを見つけ(厠所と書いてあったので目星をつけた)用をたした後、いわば児童公園のようなところでいっぷくしていたのです。

 すると様子のよくないお兄さんが誰かに目配せしているではありませんか。その先をみると二人のこれまた良からぬおあにいさんたちがこんどは私の方を見て、うなづいているではありませんか。

 ははーん、そうか。私は少しだけ早足ですぐさまその場を離れました。三人で取り囲まれたらおしまいでした。一瞬の判断が大切なのです。

 と言うわけで、おわかりいただけたと思います。

 

今日から復帰しようと思っていたのですが

 なにやらブログを書き込もうとするとエラーになってしまい、やっと直ったのがこの時間で明日から出直します。スパムがどうたらで、なんかよくわかりません。

次への元気をいただきました

 9日間で120キロを超えました。本当にありがとうございます。今後とも精進いたしますので、よろしくお願いいたします。

今日も今日とて

 そんなこんなで昨日今日で30キロ越え、トータルでも100キロは優に越えている感じです。呼び出し期限は明日まで。と言うことで今日もお休みです。わざわざ見てくださった方、申し訳ありません。

忘れちゃいました

2009_01240001.JPG 土曜日から昨日まで火曜を除く6日間で74キロです。配達を終えて焙煎をしているうちに、こんな時に限って引き戸の戸車を取り替えなくてはならなくなり、最後にはそんな疲れを癒してくれるお客様もいらして。

 そんなこんなで帰途について半ばに更新していないことに気づき、もはや遅し。

 こんな時ほど慎重に行動しよう。と自分に言い聞かせています。

イサジってだれ

 京都のIさん、いつもありがとうございます。今回のご注文のTELの向こうで「イサジー、おまえの気に入った豆なんだったっけー。」という声が聞こえてしまいました。もしかして伊佐治とか伊佐次とかだったらなんか水戸黄門に出て来そー。

 よかったらご紹介ください。というか教えて。ルイスグラシア復活にそんなに喜んでくれるとは・・・。
Iさんが10代のころからのお付き合いで、まさに遠くにいても近いお客様のお一人ですね。

 あのころからなんか人生これからいろいろありそうな人だと予感してました。自分とダブってみていたところもあって、なにか他人のように思えませんでした。もしそんなのが現実なら、これからますます深いお付き合いが出来そうですが・・・。

 

 

という訳で

 昨日一昨日と合わせて32キロのコーヒー豆がお客様の元へ嫁入りして行きました為、アトガマをどんどん育てるべく手塩にかけています。という訳で今日はお休みします。

これからどうなる

 今日もすでに40人以上のお客様に来ていただいています。もちろん店頭の玉子や野菜の方は別にしての話です。

 最近では年に一度になってしまいましたが、お葉書(呼び出し状と呼んでいる)=(今回は年賀状)をお出しした関係で多くの方に来ていただいている訳です。

 4,5年前までは年に3回くらい、10年も前には4回もこんなことをやっていました。今思うとすごい。と言うか若かった・・・。

 この寒い中、ずい分と遠くから小さな子連れでも来てくださいます。遠くに引っ越された方たちに久しぶりにお会いできるのです。嬉しいもんです。

 明日も桧原村のMさんがきてくださる予定です(予告電話あり)。仙台や大阪はもとより、千葉や埼玉、栃木など簡単には来ていただけない方からは、TELやFAXでお便りがあります。(ちなみにTELもFAXも同じ番号です。)

 さて、こんな調子でお客様が増えて行くとどうなるんでしょうか。この界隈は公団住宅が5,6年前に建て替わり、都営住宅も来年には全部建て替わるのでしょうか、近所に大きなスーパーマーケットが間もなくオープンです。

 今まで以上に気を引き締め、こちらのスタンスはしっかり変えず、コーヒーの味はもちろんの事、人間関係を大切にやって行きたいと思います。

 

 

 

 

 

続きまして

2009_01170001.JPG 昨日に続きまして壁の写真です。

 素人仕事でもそれらしくなって来ました。

 今日はもう47人目のお客様がお帰りになった所で、くたくたで、なんて言いながら、これでおしまいです。

デジカメ見つかりました

2009_01160001.JPG 昨日お約束の床の間風のコーナーです。掛かっているのは三好先生の現代書、「禅」です。昨年リクエストして書いていただいたものです。リクエストしたといってもまだ私のものではありません。お借りしています。とてもすばらしいものです。うっとり。

 昨日といえば、図書券で買った本の話でしたが、この図書券、私がてっきり進学したものと思い込んださるお方から頂いたものだったことを思い出してしまいました。うーむ、気まずいことを。

 そんな経験も他人の気持が解ることの一助にすればよいのだ、とはこの歳になって言えること。

 穴があったら入りたーい。

 

初造作目の薬

 初王手目の薬と言うのでしたっけ、昔縁台将棋で大人たちがそんな事いってました。

 今日は壁に板をはりつけました。まだ一部ですが、けっこう良い。

 写真を撮ろうと思ったら、またデジカメがどこかにお出かけで見当たりません。見つかったらお見せします。

 もうひとつ床の間風のコーナーが出来ました。これもみせたいなー。まだ不完全ですけど。

 いろいろ見せたいものとか、聞いてほしい事とかが頭の中に渦巻いています。子供の様ですね。

 高校を卒業したてのころ、頂いた図書券で買った沢庵和尚の不動智神妙録や石田梅巌の石門心学など当時は理解力も無く、人生経験も皆無に等しく、いずれもちんぷんかんぷんでした。

 最近では鈴木大拙師の著作を燈明にして無心とか空とか訳の分からないことに接して暮らす毎日ですが、出てきます出てきます、沢庵も梅巌も。

 禅宗というと宗教なのでしょうか、私の場合はどうも何かの集団に所属するということが苦手なので、宗教からはすこし距離をおいた所で禅に接しているつもりになっています。

 鈴木大拙師はよく浄土真宗の立場(といって良いのかわかりませんが)から無心ということに導いてくださろうとしておられることがあります。そして沢庵や梅巌なども例に出し、あっちの方からこっちの方から、いろいろな切り口から近づいて行けるようにしてくださいます。

 やはり考え深い人というのは多方面からものを考えられるのだと、つくずく感心します。一休師の話などもほんとおもしろいです。

 石門に言わせると、ようするに、「つべこべ言ってねーでやることやれ」っていうことで。私のように物事を一面からしか考えられないぼんくらにはとてもわかり易い例です。

 これも半端なおとこの性とでもいいましょうか、理屈っぽいですね。女性は出産や子育てを通してなのか、持って生まれたものなのか、そんな七めんどくさいことなしにお見通しのことなんですがね。

 ただ、一度は理屈っぽいところを通らないと、外敵、或いは自分の中の敵に遭遇した時に弱さを露呈してしまうような気がします。それも含めて、良いのだ、という境地にはまだ程遠いところでもがいていることにも気が付かされます。

 「朝起きるときに、寒いとか昨日遅くまで起きていたからとか、なんとか考えてねーでさっさと起きてしまえ。」だとさ。うー寒い。

 

唐突ですが十手を注文しました

 前々から暖めていたアイデアを実行に移す時が来たのです。ジャジャーン。

 護身用には十手が一番です。やたらなものを持って歩くとこちらが怪しまれてしまいますが、十手なら、もともとお上のものですから大丈夫です。

 また一番危ないのが、やたらな物を持っていて、それを相手にとられてしまった時なのです。

 「ご用だ」の掛け声とともに十手をかまえれば、暴漢もたじろぐ事必至であります。攻撃用のものではないだけに、相手も取ろうとは思わないのです。

 ついでに十手術の本も買いました。もしかして十手道場を開くかも・・・。

 なにしろ悪役の目明しを除けば「いいもん」のしるしですからねー。

 関前のWさんに賛同していただき、心強い限りです。今まで他人に話しても鼻で笑われておしまいでしたから、一緒に道場やりたいですね。そして全国の小学校に広め、子供たちの安全に寄与できれば、とまで考えています。

 とにかく、届いたら写真をお見せしますね。

 

 

騒ぎすぎ

 私の店でも、「大変な時代になっちゃったねー。」という会話がよくなされるようになりました。「本当に大変な方には申し訳ないけれど」という前置きつきで、「騒ぎすぎてみんな萎縮してないですかね。」というのが大方の意見です。

 初せりで九百何万円でまぐろが競り落とされたとか。またワイドショーや旅番組では、まだまだ高級なものが紹介されているようすですし・・・

 お金持ちに高いものを買ってもらって景気浮揚というのであれば、まだまだ一部の本当に大変な人達をことさらに映し出すというのは逆効果のような気がします。

 もちろん報道はしてもらわないと困りますが、ごくごく一般的な層を映してもらって、多少なりとも心の安定をはかってもらっても良いかと思ってしまいます。

 ただ、私の店のお客さまにもテレビ局(民放)にお勤めの方がいらして、とにかく話題性がないと食いつかないのだそうです。さもありなん。

 よって、画面で紹介されているお店等は話題性があるという理由があって(もちろんそれだけと言うつもりは無い)取りあげられていると思ってよい。実際行ってみてがっかりした経験のある方も少なくないのでは。

 あくまで参考にして、後は自分の目、感性、他で確かめる必要がある。こういう時こそ自分をしっかり持って流されないようにすることこそ肝心。

 

 

とか何とか言っても

 とかいっても私のような者には、それこそあるがままで居るしか手は無いので、日々不安に怯えながらも、おもしろおかしく、ただし根は真面目に、笑って過ごすしかありません。

 なにしろ、日々を充実して生きることが目標なのであって、お金持ちになることや他人より偉くなりたいという意欲がないんですからまあ気楽は気楽です。

 それこそ真面目に働くものがばかをみる社会が来るとすれば、もう革命しかありません。でもまず第一から体力がないからなー。ばかくらいみてもいいんですけど、そこそこ暮らしていくっていうレベルだけは確保したいというささやかな望みは死守するぞー。

 そこそこが確保できれば、後は負けるが勝ち組の天下です。なにしろ気の持ちようでなんとでも出来るからです。お金をかけない本当のぜいたくを知っているからでもあります。日常の小さなぜいたくというやつ。

 もう血糖値がいつも高止まりしているお金持ちが何万円かけた食事なんかきっと美味しくないに決まってると想像しますが、腹が減っている時のたまごかけご飯や塩むすびなんかのほうが絶対に絶対に何倍も美味しいとおもっています。

 でも、こんなやつばっかりだと経済はますます縮小してまずいですかねー。

 

 

古い新聞記事

 昭和8年の朝日新聞を読む機会がありました。そう、あの世界恐慌から3年後のやつです。ルーズベルトがインフレ政策をとった事への論評です。おおむね理解を示し、その効用をうたっています。

 ここへ来て、オバマがニューディール政策を実行するらしいです。いわば、経済学の古典ケインズ理論の再来です。

 当時もしかりですが、その原資は国の借金ということになります。ルーズベルトのインフレ政策が支持されたのは、莫大な借金を帳消しにしてしまえると言う安易な考えによるものとしか私にはおもえません。

 今回の不況は、輸出依存が強く、膨大な財政赤字をかかえる日本にとって政府の舵取りが一歩間違えれば、むしろアメリカより長引くことになるのではないでしょうか。

 これ以上の赤字は破綻へ向かって一直線ともなり兼ねないのだから、アメリカのような大胆な、言わばニューディール政策もとりづらい上に、輸出依存の基幹産業が立ち直れないとなれば、打つ手も無くなってしまいます。もとより、今まで溜め込んだ貿易黒字は為替の急激な変化をヘッジするために必用で、これは使えないでしょう。

 またゼロ金利政策に戻って、すでにインフレの芽が出そうな気配もある中で、給料だけは上がるどころか下がってゆく方向にありますから、庶民はそうとうな覚悟がいりそうです。輸出産業への目配りはもちろん必要ですが、避けられないものなら、この円高を活かして行く知恵を出すよう、政府には望みたいところです。

 あくまでも、安易なインフレ政策に走ってもらいたくないものです。

 

 

知らず知らずのうちに

 実は私の生まれた年にテレビ放送が始まりました。物心ついた頃にはずい分普及も進み、小学校にあがると無い家の方が少なくなっていたと思います。何は無くともテレビってやつで、他の家具がなんにも無い家にテレビだけポツンとあるのを見たことがあります。

 もちろん白黒テレビと言うやつで、しっかり色を想像して見ていました。カラー全盛になって、たまに白黒を見ると急には色がピンとこなかったのを思い出します。

 どうもこのテレビが私のアホの始まりの一因ではないかと・・・他人のせいにするなー・・・ですよね。きっとテレビが無くてもなんか他のアホの種をみつけていたに違いないと思います。

 まあ少年雑誌の記事と言えば力道山に長嶋選手、戦艦大和に零戦てな時分ですからテレビはもうとんでもないものでした。未来がドンと来た感じ。そういえば、相撲は若乃花と栃錦。放送は序の口から延々とやってましたっけ。年寄りの懐古趣味ってとこで・・・。

 後は言わずもがなの、商業主義に染められて・・・

 それにしても当時は放送時間も限られており、午後は3時くらいまでテストパターンしか映らない民放もありましたし、某N局も夜12時になると日の丸がはためき、君が代が流れ、砂嵐。

 日の丸は最近までそうだったような気がしますが年のせいなんでしょうか。ところがいつの間にか夜じゅうやっていることに気づきました。ECOのことなんか放送してて後ろめたくないんですかねー。

 電波流すだけでもそうとうなもんだとおもいますが、それを見ている多くの受像機の電気代、その人のための暖房費、照明、考えただけでもすごい。

 こんなご時勢にN局で働いている人もいる訳で、大きな声じゃ言えませんが、なんか考える時期にきているのではないでしょうか。強制的料金を払っているので、これくらい言ってもばちはあたりませんよね。

 無知で申し訳ないんですが、深夜(2じから後くらい)にN局見ている人ってどれくらいいらっしゃるんでしょうか。私の知っている農家のおばちゃんは夜は9じ頃には寝てしまいます。同じ料金ってのもなんかかわいそう。現金収入が極端に少ないんですよ、都会に比べると。

 

 

本日より始まりました

 明けましておめでとうございます。実は昨日から少しづつ焼きはじめていますが、販売は今日からです。

 薩摩川内のOさん年賀状ありがとうございました。去年の暮れから司馬遼太郎の「翔ぶがごとく」を読みながらOさんの事を思い出しておりました。

 私はと言えば正月から自分がいかにものを考えずに生きて来てしまったかと反省しきりの3ヶ日でした。ふと、なぜ正月は目出度いのだろうかと思った事に端を発します。

 この当たり前のことを今更ながら「なぜ」と思うほど何も考えずに人生を送って来てしまった事に我ながら愕然としてしまったのです。

 去年一年の間生きてこられて、また正月を迎えられた喜びはひとしおで、大変にお目出度いというこの重大な当たり前さを実感せず、なにやら漠然と正月は目出度いらしいと思っていたわけです。

 まさに平和ぼけと言うのか、戦後の高度成長期に浮かれて育ち、と言うのでしょうか。まさに敗戦から必死になって立ち上がった親の世代の恩恵を受けて育った者の中でも、アホさかげんといったら超一流。

 何はともあれ、そうで無い方(お身内にご不幸があった方)には失礼ながら、おめでとうございます。毎年、染の助染太郎を思い出します。

ありがとうございました

 今年も一年、本当にありがとうございました。ブログの方はまだ半年ですが聞いてくださった方にはもうほんと何といえば良いか、かたじけない。

 来年は7日より営業いたします。益々の平常心と一期一会の心で生きたいと思います。

 こんなご時勢ですから、皆さんもいろいろおありのことと存知ます。珈琲屋のお客様には私よりずっと先輩の方も多いので、まことに口はばったいのですが、いろいろ有ってこその人生と割り切った上で日々真剣勝負をして行くしかないと思っています。

 真剣勝負の極意は自分が死ぬことを怖がり、コチコチになってしまわないようにすることなのだそうです。せいぜい自分の店がダメになる事を怖がらず、日々やるべきことをきちんとこなして行こうとおもいます。

 どうぞ来年もよろしくお願いいたします。

 

コスタリカとグァテマラがもう無い

 みなっさーん、コスタリカとグァテマラは今年はおしまいです。また来年早々焼きます。これからどんどん品切れが増えます。毎年のことなのでご了承願います。

 明日までがんばりまーす。自分の事が終わったそこの人、手伝いにきてくださいね。で、4時頃過ぎたら、あまり長居をしないように。ってか。

 ではまた明日。

 

卑下慢についてデカルトは

2008_12290001.JPG  ついに完成したのだー。お正月にお披露目できるぞー。

 前に高慢の対極に卑下慢があると言いましたが、言わば西洋的な論理から言えばということで、素直に東洋的に考えると、これらは同じ事の裏返しとでも表現できるものだと思っています。

 で、実はデカルトは、相当広義の意味での卑下慢というところまでは思い至っていないようで、単に卑屈と表現しています(もちろん日本語訳での話で原語でのニュアンスはわかりません)。むしろ高邁の対極として卑屈と表現しているのです。しかし卑屈は卑下慢に含まれると思います。

 デカルトによれば「卑屈は高邁の正反対である。最も高邁である者が最も謙遜であるのと同じように、最も心低い者が最も傲慢不遜である場合が多いのである。」と。

 なぜこんな事を持ち出すのかというと、前にもお話したように、挫折の多い人生のなかで常に胸をはって生きてこられたのは、この高邁さということを大切にして来たからだと思っているからです。

 今思うと恥ずかしさが先に立ちますが、長きに渡る浪人時代は、夏目漱石の言葉を借りて「高等遊民」を気取っていたこともあります。なんちゅうことか。

 

 

 

飾りミルだけでも年内に仕上げる

2008_12280004.JPG いよいよ押し詰まってきてしまいました。諸行無常庵の造作もはかどらないうちに年が明けてしまいそうなので、目立つこのミルだけでもと、今日はがんばる。

 明日、出来上がりをご披露します。

 なんか不気味な静けさの日曜日で、中休みかなと思ったので、焙煎を早めに終わらせ取り掛かったのでした。正解。

 見栄もはれない私にとって唯一正月初めに自慢できるぞー。

 なんか、高慢の対極に卑下慢というのがあるそうで、私にはなんにも無くないでよかった。

 高校生のころに叔父にもらって読んだデカルトの情念論の中でも、高邁と傲慢(高慢)および卑屈な人(卑下慢)について考察されていて、高邁な人は他を軽んじないと。

 そして最も高邁な者は最も謙遜であり、これが正しい謙遜であって、これ以外の理由によって高邁だと思う者はすなわち傲慢であり、高慢ちきなのである。と。

 卑下慢は東洋における仏教哲学から来ているようですが、こうしてみると、洋の東西を問わず、人間の考えることは似たりよったりなんですかね。

 時間なので、続きはまたこの次に。

 

今日もお休み

 まだ30分くらいあるのですが、もう疲労困ぱいというやつです。そうとう売れてます。帰省される方のピークが今日あたりなんでしょうか。今年はカレンダーの都合でちょっと早い感じです。お土産用は量もまとまるかたが多いです。どこも行かない方は年内もう一度来ると言って帰られます。ではまた。

干し柿の写真

 2008_12250001.JPG 結局お客様が切れず、今日は写真だけ。干し柿と八つ頭です。

見栄もはれねー

 虚飾を廃したなんていうと、なんか、かっこつけてるみたいですか。虚飾もお金がかかる事が多いんですよね。つまりは、私の場合、稼ぎがないって事でもあるんです。

 稼ぎがあって、それでいて廃すればかっこいいんですがね。

 するってーと稼ぎがあっても金を使わねーって事になって、もともと稼ぎがねーのとおんなじじゃねーか。というのが私のせめてもの屁理屈。屁のつっぱりでもない。

 

 

 

高慢な人は虚栄心が強いか

 虚飾について考えているうちに高慢を連想しました。イコールで繋がるわけでもないし、というよりどうして連想したのかも判らないのですが、少しは関係あるかもしれないか。

 高慢な人といってもいろいろなパターンが有るようですが、他人をけなして自分を引き立たせるという様なのをよく見かけます。「あの人嫌い」とか。何にしても他人より上でないと気が澄まないというのでしょうか。

 よく支配欲が強いとかで片付けてしまうのですが、原因はともあれ自分の意図するより弱い立場の時に虚栄を使うのでしょうか。べつにかまわないのですが、本人がつらい時があるかも。

 支配欲はもっともなのですが、嫉妬深いという要素もあるような気がします。つまり、自分より上にいる人がねたましい気持ちが嫌なので、常に他人の上に居たいと。

 でも、高慢なやつが嫌いって、俺も高慢ちきに嫉妬してんのかなぁ。ちがうかー。

 持って生まれた性って遺伝子だけでは片付けられない何かがあるかも。前世があるとか言われると、そうかも、と思ったり、思わなかったり、ラジバンダリ。

 高慢なやつって、う( )こもしないような顔して自分は他人と違うと思ってるんですかね。皆基本的なところは同じなんですがねー。生命維持活動ってやつ。

 ここで間違えちゃいけないのが「皆同じ」っていうまやかし。基本は同じでもその他は全員違うってこと。

 そこんところをしっかり区別しておかないと人生荒波に翻弄されちゃう。荒波ってのはもまれたら大変。うまく乗れればスリルもあっていいのになー。なかなか。

 皆自分が大切(生命を維持したい)なのは同じでも、その他のことはけっこう違う。

 むかし歌った歌に「みみずだぁーって、おけらだぁーって、あめんぼだぁーってー、生きているんだ友達なーんーだーー。」ってのがあって、その時はいい気持ちで歌ってたんだけど、後になってちょっと気に掛かるようになりました。

 もう、小さい時から「みんなお友達よー」「仲良くしましょーねー」といわれてその気になって。実はそれが間違いの元。さっきのを替え歌させていただきます。(作者のかたの意図は十分わかっており、それをとやかく言っているわけではありません、ちょっと揚げ足取るだけ)。

 「みみずだぁーって、おけらだぁーって、あめんぼだぁーってー、生きているけど友達じゃーなーいー。」と。(これじゃ歌になりませんものね)。

 友達じゃないけど、それぞれ我慢するところは我慢して、なんとか仲良くないまでも、お互いの存在を認め合ってやっていこうよ。ってのが本当なのでしょう。

 往々にして表面だけ仲良く装ってるなんてのが一番危ないんだと思います。

 「いじめ」なんか、皆友達なんだと思わされたまんまのやつが標的になっちゃうこともあって、それだけが要素じゃないけどそんなの昔見たことある。中坊くらいになったときに。「同じ」って所に過剰に甘えていると、荒波。

 

 

 

 

 

 

今日はお休みです

 一日10キロペースが今日で5日目に突入しています。で、すみません。

周りにご迷惑を・・・まででした・・今日また続きです

 おかけしてまいりました。ほんと、なんか珈琲屋に関係ない事ばかり書いているし。あまり実用的な人間でないのは確かのようです。

 そう、虚飾の話でした。人類が虚飾というものを発明したのはいつごろなんでしょうか。今とは違って、動物や鳥のように異性を引きつけるためだけだったはずだと思いますが、自然体で生きている彼らに比べると何千倍も欲望が深いのが人間なのですよね。

 きっとこんな事は専門の方が研究してくださっているのでお任せするとします。

 問題は、その欲望をみたすための手段を越えて、いつしか目的になってしまい、その結果、幻想と成り果ててしまった虚栄というか虚飾に振り回されて苦労しておると言う所だと思うのです。

 ここまで来ると判る人には判る、私は、あの岸田秀先生の俗に言う「唯玄論」学派の一人を自称しております。もう30年以上の一方的なお付き合いです。

 若い時は、これで何でも解決できるつもりでおりましたし、対人関係の悩みなどは、実際ほとんど説明がつきました。

 所謂精神分析学のひとつですから、人間界のことはだいたいOKです。それに最近では、前にもお話した中沢新一先生の著書にも出会い、モヤモヤもずいぶん解消されてきました。

 岸田先生も数年まえの三浦雅士氏との対談などを読ませていただくと、ずい分丸くなられたな、と思うと同時に自分も歳をとったな、と感じます。

 またまた横道にずれっぱなしで心苦しいのですが、ここ3日ほどで30数キロの豆が売れており、また焙煎に掛からないといけないので、本題は、また日を改めてお話したいと思います。

 

 

気が付けば虚飾を廃していた

 昨日以上に多くのお客様に来ていただいています。で、もうくたくたなので、また今日もお休みしようと思ったのですが、そんな事を言っていると何時書けるか判らないので少しでも。

 朝起きて、こんなに忙しくなるとは思っていなかったので、「虚飾」という事について考えていました。

 もともと世間離れした事ばかり考えては時間を無為に過ごしてしまうという、とりとめもない人間なので周りにご迷惑を

といっているうちに次々にお客様がみえて、やはりもうだめです。またあした。です。

今日はお休みします

 いよいよ年末モードに入ってまいりました。6:30過ぎて7,8人来て下さいました。予想外でちょっとバタバタしてしまい、お客様にも申し訳ない事をいたしました。それではまた明日ということで。失礼いたします。

友有り遠方より来たるー2

2008_12180001.JPG 今日は岡山から同業店を開いた仲間がはるばる来てくださいました。先日のかんしろさんも2度目のご訪問で、3人一緒に焙煎機を前に、なごやかなひと時を過ごさせていただきました。

 写真は岡山「武蔵野珈琲」のマスターが手伝ってくれている図です。

 マスターにはご近所に近くオープンする彫金の先生のカフェにもサイホンを持って一緒に行ってもらいました。

 サイホンも捨てたものではないぞー。と2人の感想が一致。またひとつ勉強になりました。

 一口にサイホンと言ってもいろいろな説があって、上がってから1分とか1分半とかさらには3分とか。で今回は1分半でやってみたわけです。

 専門家の方いかがでしょうか。あれ、おまえも端くれだろうって。すみません。勉強します。

 

友有り遠方より来たる

2008_12150001.JPG TANEパンさんのお姉さん=かんしろさんが尋ねてくださいました。なんか初めてお会いした感じがしなかったのは何故でしょう。

 少しはゆっくりしていただけたので良かったです。この先しばらく分のエネルギーをいただきました。お疲れのことと思います。

 ブログの師匠も来てくださり、最近のなぞが解けました。うわさでは私のホームページの表紙が変わった、とのことでしたが、はじめて今日自分でみることが出来ました。

 なかなか良い。自分でゆーな。ですね。

 

 

暖かいうちにやっておけば良いのに

2008_12140001.JPG 雨があがったので例の飾りミルの仕上げに掛かりました。写真は動輪の装飾文字を銀色で浮き立たせることに成功した図です。

 それにしても寒いのなんのって、ユニクロのヒートテックも真っ青で、そのうえホカロンが欲しい。なかなかやらないうちにこんなに寒くなって。外の仕事は気候の良い時に限る。

 でもプロはそんな事言ってられないんでしょうね。仕事となると何でもすごい。

 

 

いつも同じことを繰り返し言って

 一昨日父のことをお話しました。

 会話してても、いつも同じことを繰り返し何度も聞かされるので、だんだん耳がふさがっていくような時ってありませんか。いくら胆力があるといってもそりゃぁ好不調あるのです。

 しかし、遅ればせながら、50台半ばを過ぎて、そう、丁度父が脳出血で倒れたのと同じ年齢が目の前にせまって来て解ったことがあります。

 あたりまえだと言われてしまえばそれまでですが、同じ話でもその時々によってそれに込めている気持ちがいろいろだということです。

 昔を懐かしんでいるとき、私に教訓めいて言っている時、何か不愉快な気持ちをストレートに出せない分それにぶつけている時、強烈な印象が残っていて共感して欲しい時、話すことが他に思いつかないけどなんかしゃべっていたい時、いろいろあるんですねー。

 で、そこまで気持ちを汲んで接していると耳も塞がりません。むしろあいづちにも変化が出て、客観的に観るととてもおもしろい図です。

 つっこみも的を射て会話もはずみます。はたから観ているとぜんぜん進んでないようにみえるのかもしれないですね。年寄りどうしの会話。けっこう捨てたものでもありません。お互い、目なんか遠くなっていて、ほんとドリフターズのギャグみたいなんですから。

今日はもう一枚の写真だけ

2008_12120002.JPG これがもう一枚の「かまわぬ」の手ぬぐいです。中にちょっと柄が不規則になっている所があるのですが・・・。

穏やかな、穏やかに、穏やかさを大切に思う

2008_12110001.JPG この写真では良さが伝わりづらいですが、「(株)かまわぬ」の手拭です。

 これ、いつも穏やかな気持ちにさせてくださるYさんからの贈り物です。コーヒー豆柄の小紋とでも言うのでしょうか、一見豆絞り風で豆つながりかぁ。頭に巻いて焙煎しろとのことで。ありがとうございました。

 話はすっ飛びますが、幸いなことに私には後期高齢者の両親が存命中です。訳あって皆別々に住んでおります。四六時中一緒にいない分、会えば話も長くなります。

 二人とも障害者手帳を持つ身ですが、ことに父は50歳代で脳出血を患い、半身がきかない半生を送ってきました。動き回れないことの反動なのかとても話好きです。(マヒは左側でした)。

 若いときからそのけはありましたが、ここのところとみに、まあ世間並みに、同じ話を何度も繰り返します。

 私は、夏休みの法則のおかげで胆力があるせいか、同じ話の繰り返しにはけっこう耐えられるほうだと思っています。えっ、ほんとかって。まあそういうことにしといてください。

 それでも若い時分は自分の次の用事が気にかかり、話もろくろく聞かないこともずいぶんありました。

 そんな時は決まって邪険に扱い、お互い穏やかでない気持ちで別れたものです。

 今は、なにより一緒に過ごせる時間を大切にしたいという気持ちと、余生を穏やかに送ってもらいたいと思う気持ちから、次の用事などは後で何とでもなると考えるようにして、今その時に集中するようにしています。

 だいたい次のことと言っても、たいしたことない方が多いのです。大事なことはその前に済ませておけば良いだけの話しです。

 仕事仕事といって忙しそうにしていた自分が、今となっては恥かしくもあります。大体は目先のお金を追っかけていただけです。

 なにか重大で特別優先してしかるべきだと言う社会的刷り込みのようなものが、所謂仕事と言うものに対してあるようですし、自分もそれを不思議に思わない時期を過ごしてきました。

 しかし、この歳になってみると、お金というのはただの手段であり、したがってお金のための仕事も一手段にすぎないのだと思えるようになりました。

 もちろん仕事は大切ですし、生きがいにもなるものですから、そういう意味ではとても重大ですが、同時に、あるいはそれ以上に大切にしたいものがあるのも事実です。

 今は穏やかさを大切に思っています。

 それにしても、「かまわぬ」と言う社名、良いですね。一本とられた感じ。

 

 

 

 

ギフトのシーズン本格化

2008_12070001.JPG 頻繁にみえるお客様の帰られた隙にダイレクトメール用のラベル作成やら、承ったギフトの詰め合わせに掛かります。写真は200グラムのコーヒーが3っつ入るギフトセット作りの途中です。

 よくお客様にも、12月ひと月で1年分稼ぐのです。なんて軽口をたたいておりますが、気合が入ります。といっても、やはり数年前までよりずい分と肩の力が抜けた代わりに動作も鈍くなって来た様な気がしています。

 最近またそれほど遠い所とは言えない場所にご同業者が相次いで2?3軒オープンしているという情報を、お客様からいただきました。

 今までもそんな事はときどきありました。大方の人は一度は買ってみたもののやはり・・・(商道徳上詳しくはいえない)ということでまた、いつもと変わらず、ということに。

 角度はゆるやかでもずっと右肩上がりとはそういうことね。と、本当にありがたいと思っております。

 コーヒーの味って飲んだ後(飲んでる途中でも)の余韻が大切なんですよね。またのみたくなる、ってやつ。

 口先の浅いところの口当たりの良さばかりを追っていると、香りもなくつまらない味のコーヒーが出来上がってしまいます。

 本当の美味しさ、つまり余韻のあるコーヒーは、あまり飲み馴れない方のよくおっしゃる「苦くなくて、酸味もきらいで云々」というのとは、ちと違います。そういう方のおっしゃるのは、ただ焦がしてしまったような言わば悪い苦味、芯の焼けていないエグ味すっぱ味、酸廃してしまった古い豆の胃の悪くなるような嫌な酸味のことだと思っています。

 コーヒーは本来良い意味での苦味と酸味の有る物です。

 よく甘いコーヒーはないか、という方がいらっしゃいます。この甘さ、私の焙煎法で言えば、コーヒー本来の酸味を旨みに変えていると表現しているものと同じだと思っています。

 所謂、和食でいう「だしの旨み」がそうであるように、旨みのもとは酸味なのです。

 この辺の事になると、だんだん熱くなって話も長くなってしまうので、この先はまたの機会にということで。

 

 

12月いっぱいがんばるぞー

 今年は去年よりむらが多いです。だいたい暇な日でもなんかかんかすることはあって息が抜ける訳では無いのですが、忙しいとなると一度に三組位のお客様はあたりまえです。

 寄る年波という言葉が身にしみる今日この頃、一日終わると放心状態。これでも数年前までは無休で12月を過ごしたもんです。今は最終の火曜日のみ営業するだけで後はしっかり定休します。今年の最終火曜は30日ですので、ずい分押し詰まってからですね。

 とにかくがんばりまーす。

 

焙煎の奥儀

 本日は、珈琲焙煎の秘伝を公開いたし、今造作中の「諸行無常庵」にて、これより焙煎体験をなされる方々に広くご承知願いたい。

 言わば入門者の心得であり、これを眉唾などと思われるご人は鼻から来られぬがよろしいと存ずる。

 まず、豆を美味しく焼こうなどと思わぬべし。豆は焼かせて戴くのである。

 例えて言えば次のようになる。

 豆はお殿様、私は外で薪をくべる風呂の番人。「お殿様お湯加減はいかがでしょう。」「ちとぬるいのう。」やばやば、薪くべろー。「熱くなってきたぞー。」やばやば、火をおとせー。

 そんなのを繰り返しているうちに殿のお好みが分かって来て、何も言われなくなればしめたもの。

 そのうち殿のあらゆるご機嫌に合わせられるようになる。さすれば初心の段階が終了となる。

 して次なる段階は、またの機会ということに・・・・
 

歳末大売出し

2008_12040001.JPG いよいよまた歳末大売出しの季節がめぐってまいりました。チラシをポスターがわりに。
 もとより3丁目の夕日時代の名残でしか無いわけです。しかし商店街でも古くから商いをしている方たちにとっては、まあ何と申しますか、お互いの親睦も兼ねーの、寂れた今でも昔の栄光を思い出しーの、確たるビジョンも無いわりには何とか光明を見出そーの、まったくやらなければほんとにさびしーの。
です。

 そこでなんとなくメンドクサイのですが、企画にもたずさわったりしています。これで売り上げがどうこうはないけれど・・・というやつです。

 なんにせよ力を合わせるって良いです。「知恵のあるものは知恵をだせー。力のあるものは力をだせー。知恵も力も無いものは汗をかけー。」って知ってますか。で、日夜汗をかいてます。えっ、冷や汗ってか。

 「古くから」というのをばかにしてはいけません。みなさんそれなりに手錬ぞろいです。

 おせち料理なんか良いものがお安いのです。我が商店街のお惣菜やさん、銅のおなべでことこと手作り、栗きんとんなんかこんなの食べたこと無いくらい本格的。煮物なんかも防腐剤なんか入れません。

 デパートや一流料亭のような派手さこそありませんが、美味しさとか偽装してないとか、もうおいしくて、安くて安全。

 是非一度お試しください。もちろんコーヒー豆もお願いね。

遠赤効果は確かにある

2008_12010002.JPG 出茶屋さんの使っている火鉢と七輪を無断でパチリ。野暮用から戻ると出茶屋さんが焙煎をしていました。終わってから、これまた丁寧に淹れて戴いたコーヒーをご馳走になりました。美味しいんです。炭火の遠赤効果がきいています。

 もともと私の焙煎は、ガス火でありながら遠赤効果を狙ったものなので方向性は同じです。

 どこか共通の味なので、親しみが持てます。

 もちろん、遠赤があれば美味しく焼ける訳ではありません。そこがよく勘違いする所です。

 出茶屋さんはなかなか勘もよく、なによりコーヒーの味をしっかり捉えているので楽しみです。

 私が炭をマスターするより早いペースで上達しています。追い越されそう。

オレ社長の、じゃ無かった、オレ親父の代理

2008_11300001.JPG以前、みかん畑の主、浜松さんの写真がぼやけてしまって失礼しましたが、ご本人にはなかなかお会いできないので、代理の方の写真です。

 前触れ無く激写しました。ご本人曰く「寝起き同然なのにー」ちゃんとしたとこ撮ってーと言わんばかりでしたが、うちの店は気取ってちゃだめよとばかりに、そのまんま載せちゃいました。

 今年は浜松さんちのみかん販売も2年目になり、信用がついているためか何も言わなくても、どんどん売れて行きます。

 商売は信用第一。長崎のお父さんに教えて頂きました。

2008_11290001.JPG写真は隣のことりさんの店内で、お菓子をイメージした物語のフェア風景です。夢のあるお菓子のイメージをふくらませてくれたTさんも今日はお手伝いに。こんなご時勢に、お2人はとても暖かい気持ちにさせてくれます。

 1,000円札が1枚、いや、500円玉が1個で、こんなに幸せになれるなんて。簡単には人に教えたくありません。お店の雰囲気がこわれたら大変。

 お二人とも良い器です。先日、大器小器なんていう話をしたばかりなので、そんな事を思いました。

 相対性理論から言うと、器は大きければ良いというものではありません。

 中国の昔の人の考えで、器と言うものは何かでいっぱいになっているともう何も入らないから役にたたない、というのがあります。空っぽだからこそまだ何かを入れる可能性を秘めているという訳です。

 もちろんこれは、物の話ではなく人の心の問題だと思っています。ずっと前に「満足を知る者が最も富める者である」という言葉を引用しましたが、器がいっぱいに満たされていることと、満足する事とは全く違うはなしです。

 私の勝手な理論によれば、前者は慢心している状態と解釈します。

 後者は、少しの現状に満足しながら益々精進をする状態です。

 いっぱいの大きな器よりも、まだまだ入る余地のある小さな器のほうが価値があるわけです。

 また話がずれましたが、お二人はほんとにまだまだ入る余地もあり、精進を重ねて行く素直さとエネルギーを持っているようです。

 お隣にこんなん出来て良かった。

 

 

 

 

焙煎体験コーナー

2008_11280001.JPG実は今造作中の店ですが、ミニギャラリーともうひとつ焙煎体験コーナーを設けようと計画中です。炭火焙煎をご自分でしていただけます。で、写真は炭火のエキスパートである出茶屋さんが実際に焙煎を試しているところです。焙煎のエキスパートである私とのコラボで、皆さんのすばらしい炭火焙煎体験のお手伝いをしようと言う訳です。

 写真は後姿で申し訳ありませんが、出茶屋さんはNHKその他でも有名ですからお顔はご存知の方も多いはずなので悪しからず。

 私はこれから出茶屋さんから炭火のノウハウを学びたいと思います。

ちょっと早いがなかなか良い

2008_11270002.JPG背中の壁が空いたので玄関マットをお願いしているダスキンさんのカレンダーを掛けました。ねむの木学園の子供たちが書いた絵だそうです。もう来年のやつ。

 親しきは語らず、とでも言いますか、私のこだわりの無さの現われと思って勘弁してください。どちらかと言うと、こんなんりっぱなの飾ってすごいだろうみたいのはテレるほうです。

 なんか暖かい気持ちになれる様なのがよいです。私は店作りにおいて、というか、人生全般において暖かい気持ちを大切に思っています。情にもろく優柔不断で自分でも情けないと思う場面も多々あるのですが、性格というのはどうしようもありません。

 若いときに自分を変えようとして、やっぱりだめで、へんちくりん(外から見れば)だった時期があります。もちろん自分でもなんか落ち着きませんでした。

 それからは我が道を行く。です。居直ってみたら楽になりました。

 その時には解らなかったのですが、大げさに言うと人生の節目節目に、もっぱらみっともない事だらけでも、プライドだけは失わずにいられたたことがわが道を通し続けられたおおきな要因だと思っています。

 この「プライド」にしたって私の我流のものですから、もう訳もわかりません。

 とにかく他人より劣っていても、何も出来なくても、三杯目にはそっと出そうとも、厳然と自分の存在はそこに有るのですから、胸をはって生きていればいつかきっと何かできる。というもので、根拠もなにもありませんが、自分は大器晩成と信じていました。

 今のところ大器どころか小器ですが、胸を張って存在だけはさせてもらってます。

工事中

2008_11240002.JPG引き続き工事中です。乾くともっと白くなります。

攻略中

 本日昨日の写真のターゲット攻略中に付きお休みします。これがほんとの工事中。

次のターゲット

2008_11220003.JPG次のターゲットをロックしました。ここんところを白壁にするぞ。初めは木を貼ろうと思っていましたが心変わりしました。壁塗りは、お客様で内装工事業のI師匠に以前手ほどきを受けているのでけっこう自信あり。

 あ、それから昨日の枝付き干しぶどうはワインとのマリアージュが良いんだそうです。意味はよくわかりませんが、ワインに良く合うという事らしい。

 少しパンフを抜粋しますと、軽めの赤ワインには枝つき干しぶどうの熟成感が複雑さを与えるんだそうです。

 また、濃厚な赤ワインとはこの上ない相性ですが、ワインの個性に合わせて、ナツメグやシナモンなどのスパイスをほんの少し加えると、互いの熟成感をフォローして絶妙な味わいに。

 それから、デザートワイン、スパークリングワイン、軽めの白ワイン、樽を利かせた白ワインと続きます。

 別の紙にはシャンパーニュやデイリーなボルドーに引き合ったり、引き立てたりするんだそうです。ひと房あれば1本飲んでしまいそう、とも書いてあります。

 ワインを飲まない方も、これだけ食べて美味しいです。なんかカチカチには乾燥してない感じが良いです。

 枝付きのままカレーに入れると良いと言うお客様もいらっしゃいました。


 

 

 

境目は無いかも

 断っておきますが私のへ理屈は相対性理論で成り立っています。と言ってもあのアインシュタインのあれではありません。

 人生、大半の問題はその人を取り巻く時代や環境によって判断基準の座標軸が大幅にずれることが一般的である。というある人から見れば極めていい加減な論理です。

 ただ、人間である以上他人を傷つけたり、殺したり、その財産を奪ったり、つまり他者の存在を否定することに対しては座標軸は絶対に動きません。

 で、話は認知症とそうでないとの境目はあるか。と言うものでした。

 専門的というか学問的にはきちんと研究されている方におまかせするしかありません。学問というのは、自説を証明して初めて成り立つと言うのか、座標軸を決める所からの出発ではないかと思われますので。

 実は以前、心の病について今回と同じように、境目ってあるか。と思ったことがあります。この場合社会生活に支障が出てくると「症」がつくのかあ。と。

 相対性理論からすると、今度の場合も内容こそ違へ環境によってずい分と「症」がつく座標が移動するのです。

 その方を受け止める人たちを含めた環境、すなわち社会の側の現在の状況しだいかと。

 つまり、社会に不適合な部分をもって座標を決めるのではなく、そこんところには目をつぶって、大丈夫なところとお付き合いが出来れば、いや、今少なくとも目の前にいらっしゃる方とはそんな風な関係になっているな、と。

 

 

枝付きの干しぶどう

2008_11200002.JPG近々店頭に並びます。もうご予約も入っています。<栄養素がそのまま>がセールスポイント。なによりいい感じのファーストインプレッション。1パック500円。お楽しみに。

 話は違いますが近頃見えるお客様に考えさせられた事。長くなるかもしれませんから、途中時間切れの場合続き物になる可能性あり。

 ご主人と2人暮らしのころから私の珈琲をドリップしてくださっていた方の話です。お一人になられた後もしっかり生活をなさって、よく私どもにも来てくださっていました。

 何時のころからか、どうやら喫茶店とまちがえられるようになりました。普通の会話もお出来になるし、認知症のほんの初期の段階なのかなと思っておりましたところ、ご親族の方がご一緒にみえその通りでありました。

 今、何処からが認知症なのか。その境目って何処なのか、いま一同の話題かつ、疑問点でもあり、素人ながら考えているところです。

 

 

 

昨日のつけが回ったー

2008_11170001.JPG昨日取り付けたドアです。やっつけておいて、夜寝床に入ってから一人反省会をやっているうちに、何だか不安な所が見えてきました。ムム、強度不足である。

 なにしろ重たいドアなので枠も頑丈でなければなりません。結局今日また手をいれて、使ったねじくぎの数が3倍くらいになってしまいました。

 終わってみると2時。あー、焙煎焙煎。昨日焼いてないんだっけ。

 焙煎も終わってみればこの時間。時計やさんとHさんへ帰りがけの配達もあるし、昨日のと合わせて15キロ以上売れてんのかー。

 と言い訳。

豆焼かず

2008_11160001.JPGあいにく雨模様でした。開店前の長男堂オリジナル商品の数々です。左端のさらに左には写っていませんが、籠入りピクニックセットがあります。

 今日の猫屋横丁にはアイスプラントを持って行きました。言うまでも無く「ふみ屋」さんが育てられたものですが、お願いして分けていただきました。

 この食用植物、塩水で育って摩訶不思議。お味も塩がきいてそのままサラダに。1鉢500円です。興味のある方は当店かふみ屋さんにお問い合わせください。

 横丁が終わってから昨日出来なかった造作に取り掛かりました。例のドアを取り付けたので写真は明日お見せします。思ったより丈夫に出来たと思います。

 そんなこんなで豆も明日焼きます。

 

予定は未定

 今日は朝から造作に取り掛かるつもりでいて、それを写真に撮ってお見せしようと思っておりました。

 が、朝起きてみると鼻の奥がムズムズ。その後クシャミ全開。気が付いてみればお昼過ぎていました。

 その時は4釜焼いておしまいにして造作に取り掛かろうとまだ楽観的だったのですが、豆焼きの追加追加で結局倍の8釜になってしまいました。

 言い訳しとりまーす。風邪薬も飲んだし。今日はこれにて御免。

 あっ、また追加が入りました9釜目、はじめっからわかってれば何てことない数なんですがねー。
ちなみに本日の「話にならんなー」は1回。

 

話にならんなー

2008_11140001.JPGこれ、200円のガチャガチャで出てくるグッズです。真ん中のグリーンの丸いのを押すとドラゴンボールのピッコロの声で「話しにならんなー」とのたまいます。タイミング良くすぐにまた押すと「うせろっ」とも言います。

 ちょっとマイブームで、とんでもない客が帰った後に人知れず押しては溜飲を下げておりました。

 で、隣のことりさんにチラッと見せたら「私もほしーい」。

 中野のまんだらけで6個も買い込んできて1つお分けしました。長男堂さんも要るとのことで、こんど行ったときにね。

 これを読んでくださっているお客様にはそんな・・・な人は一人もいらっしゃいませんので、安心して裏話を。

 何処の店にも・・・が来るんだあー・・・と。変な孤独感を解消できたような気分で、利害関係の無い仲間がいるとホットできますよー。

もう少し我が生涯の恩師のこと

2008_11130002.JPG大根の季節です。最近のは種も良いんでしょうか、牛糞をすこしやっただけで、けっこうなものがいただけます。

 夏休みの法則の時にお話した我が生涯の恩師のことを思い出していました。一部の良い子には不評をかっていたのも事実です。実は私もいい子(良い子とちょっとニュアンスが違う)の殻を被っていましたが中身はグズグズ。そんな私を心身ともに鍛えてくださいました。

 とにかくおっかないけど徹底して子供(中坊)の味方になってくださいました。ただ優しいだけでは真の愛情ではないですよね。なにしろ良い子も悪い子もみんな真っ青。「この先生の行く先々で校内暴力などピタッと収まってしまった。」とは後で聞いたはなし。

 なぜ、夏休みの法則に登場するのか。

 一言でいえば人の弱さが解るということなんだと思います。だからこそ私の弱いところに効く教えをいただけたと言うわけです。

 夏休みの宿題なんかすぐに終わらせ、その上まだ勉強しちゃう人。政治的信条をしっかり持っている人、宗教を信心してまっすぐ歩く人、そんな人たちが世の中を支えてくれていて、もう、まばゆいばかりです。

 しかし、そのどの網にも引っかからない私のような者の存在を、先生は心底支えてくださったのです。

 ご自分の若い頃のお話など、それはもう教育ママが目を背ける赤裸々さ。

 喧嘩のしかたから、性体験、果ては淋病治療の痛いのなんのって、こんなんしちゃうんだぞ。とまで。今思えば、思春期の男の子にとって必用なことを恥をさらしてまで教えてくださったのでした。

 小さい時の病の後遺症で利き腕の肘が変形し、鉄棒や運梯はもちろんボールも満足に投げられない私に、当に体をはった生き方を見せてくださった体育の、熱血じゃなく、熱いときは人一倍熱いけど、ちょっとすけべで、人間の本質から目をそらさない先生でした。

 そう、だめな所を嘆いてないで、動ける所を最大限に発揮すればよいだけのはなしだったのです。

 まだまだ有りますが、ご存命でもあり、これ以上は控えときます。もー十分てか。

 それからの人生、くじけそうになるたんびに思い出しては勇気をもらっています。これからもずーっと。

 

 

http//www1.parkcity.ne.jp/ccplus/

吉祥寺、東急向かって右の大正通りを入って、左にカフェビシュエを見ながら更に奥へ進んで行くと右側「CONTEMPORARY CREATION」という洋服屋さんがあります。今のお店に移るまえから香七絵のコーヒーを飲んでくださっています。タイトルにホームページを書いときました。

 お話を聞くとお爺さんの代から豆を挽いて飲まれていた3代目で、まさに筋金いりです。どうりでうちに通ってくれる訳だ、なあーんてね。

 だからかどうか、味覚は確かです。ほんと、お世話になってます。

 今、長男堂さんの発信で吉祥寺から中央公園方面へのお散歩コースが紹介されています。詳しくは「勝手にご近所散策マップ」をご覧ください。長男堂にはもちろん当店にも置いてあります。

 吉祥寺駅に近いところが手薄なので、今度いれてもらえるといいな、と思っています。時々ヨーロッパに行って仕入れてこられます。パリコレなんかがある時も。しきいが高そうなイメージですか。そんな先入観はご無用。

 お金が無くても安心。100円から250,000円までの巾広い品揃えとホームページからは想像もつかない(失礼)優しい人柄で、もうあなたも虜に。結果購入しなくても試着OK。なによりうちと同じで商売よりもお客様のお気持ちを最優先。

 自分の考えをしっかり持っていて、相手の立場にも立てる人ってよいですね。たとえ自分と考えが同じでも、ちがっても。

 

 


 

久しぶりの木工作業

2008_11090001.JPG 日曜日のこととてトンテンカン。今日はステンドグラスの入ったアンティークのドア(写真)に蝶番を付けました。買ってきた蝶番が既存の切り込みより大きいので、のみを使って広げてねじ止めです。

 この重量感のあるシックなドア、先日の「指」と一緒にお客様の関係の輸入業者の方より10年以上前に購入してあった物です。まあお付き合いも兼ねていましたから、使うあても無かったので、こんな形で役にたって良かったと思っています。

 一方このドアを支える柱も出来ましたし、これが付けばだいたいの外形が決まります。

 なんとか年内には・・・と思っているのですが・・・。

 後、例の飾りミルの塗装も少し進みました。本日アッチコッチの日ということで。

 北風が吹いて、しかも薄暗い日に何か気持ちが徒然わぶる時、こんな作業は心の隙間をしっかりうめてくれます。

 

 

 

 

いただきました「太郎柿」

2008_11080001.JPG これ「太郎柿」と言うのだそうです。鳥取名産で、そちら方面に行かれた方から戴きました。

 次郎柿ってのは知ってたけどなー。そもそも柿のイメージって平べったいやつか尖がったやつなんだしー。これはまんまる。

 大きいので味はどうかと思いきや、やわらかさの中にも腰がある食感で、糖度もかなりありそうです。柿に対する固定観念がふっとびました。ごちそうさま。

 種を取っといて植えてみよう。たいてい渋柿の木になるって聞いたけど、実験。もしそうでも柿は渋を抜けばいいんだし。干し柿とか。

 後は三郎か。もし渋柿になったら、そう命名するか。

 そうそう、たまにはコーヒーの話もしないと・・・

 焙煎は夏は地獄、冬は極楽。なにしろ焼きあがって出てくる時の温度は200度以上なんですから。

 で、最近焙煎がはかどっております。焼きたい豆も届いているし。初めての豆を焼く気力十分。

 手始めはグァテマラのCOE(カップオヴエクセレンス)。後モカ・マタリのクラッシックというやつ。たいていはまずサンプルの生豆をみて、こんなくらいに焼けばこんな味になりそうだと目星をつけ、それから仕入れるのですが、この2種類はぶっつけ本番。

 産地と見た目でだいたいは一発で当たります。しかし、中には見掛け倒しのやつがいたり、同じ産地のものでも今までの経験が通用しない新しい品種のものだったりすると、何回かあれこれやってみることになります。

 新しいと言っても、交配してまったく新しいというものはなかなかお目にかからないもので、たいていは今までの経験が通用します。

 コーヒー豆の味は同じ苗木でも土の性質やその土地の気候などによってさまざまに変化するようですが基本は同じです。

 

 

 

 

ガソリン安くて道が込むアーソレソレ

 みなさーん、こんばんわー。はずかしながら、なんとか閉店前に帰ってまいりました。

 と言うことで、今日はこれから焼く豆リストに二重丸の付いた4釜くらいは焼いて、早く寝まーす。

夏休みの法則

 もうひとつ、夏休みの宿題が好きでたまらなかった人も読まなくてよいです。

 もうお気づきだと思いますが、夏休みの、あの、例の、言葉にするだにおぞましい宿題というものの話です。

 まず、宿題は計画的にさっさと済ませてはいけません。

 そおして、最後までひっぱります。

 で、肝心なのはせっぱ詰まってから、がんばってやらなくてはなりません。

 夏休みに入って早々できるというのは、ONからOFFへの切り替えが出来ていない証拠です。ONからOFFの切り替えが早いということは、一日のうちでたちどころに気分転換できるので、まる1日とかもっと長い休みとか必用なくなります。

 実際私は珈琲に携わってから20数年の間、日ごろやりたかった大仕事をするための盆と正月を除いてまる一日ゆっくりしたことがありません。

 そのかわり、一日のなかで、ONとOFFをふりわけてしまいます。だいたい心臓(だけではありませんが)自分が休んでいると思っている時でも休まず働いているわけで、要は体も心も疲れを溜めないようにすればよいのです。

 では何故最後まで引っ張るのか。正直の所、ONからOFFは得意でも、OFFからONは不得意ですから、必然的に最後までできません。だって頭が働かないんですから。ここからが私のへ理屈の真骨頂です。

 出来なかった(ほんとはその通りでも)のではなく、やらないのです。ハワイに行けないからハワイアンを聞くのではなく、ハワイに行かないから聞くのです。

 そこで何が得られるかと言うと、すなわち「胆力」です。やらなくては、やらなくてはと思いながらやらない、この上も無くもやもやした嫌な感じ、これこそが究極のストレスです。これに打ち勝つには、溜めに溜め、とことん自分を追つめるのです。

 けっして宿題の魔力に負けて片付けてしまおうとしてはいけません、それは逃げでしかありません。

 結果、人生で最も必用な2つのうちのひとつ、胆力が養われるのです。

 もうひとつの大切なものは、3番目のせっぱつまってから提出日を睨みながら徹夜も惜しまずやるということです。これによって集中力が養われます。

 この集中力こそ、ちょっとばかりの宿題なんかよりも、人生では最も役に立つと言ってよいと思います。

 原則は以上ですが、細則もあります。例えば、体を鍛えるトレーニングの宿題などです。暑い夏のこととて、たいてい3日ぼうずになって当然です。ずーっと続ける人は将来アスリートになる人です。でも、毎日腕立て伏せ何回に何分かかったとか表に書いていかなくちゃならないんです。

 体育会系の人でも(自分も一応・・・)一人で毎日黙々と、となれば話は別です。で、その宿題を、これまた学校側への義理で嫌でも出さざるを得なかった私の生涯の恩師は教えてくださいました。2学期が始まってから。

 「おまえたち、こんなものくそまじめにやらないのは、はじめっからわかっている。」「やってたらばかだ」と。「いいか、こーゆーのはなー」「毎日違う鉛筆やペンで、すこしづつデータも違えて、もっともらしく書いて来るんだ」と。「人生で必用なのはそーゆー気の使い方だ」「もう一度書き直してこい」と。

 だいたいこんな所で、アウトラインだけでも解っていただけたらと思います。解ってたまるかーってか。

 これは手錬の怠け者だけのものです。ただの怠け者や良い子の皆は真似をしないでね。

 

 

 

 

2008_11030001.JPG もうひとつの目印です。目立たぬ商店街の中でもさらに目立たない中ほどなので、すこしでも自己主張の証っと。

 今日も焙煎してる間に日が暮れてしまいました。そんなこんなで予告編だけ。正解はコマーシャルの後・・・みたいに・・・でもあれストレスたまりますよね。コマーシャルの間に他チャンネルにまわされないように・・・ですか。商売根性みえみえですね。ほんとの商売人はそこんところ判りにくくするんだけどな。居直りですか。楽をしすぎですか。私にはついていけません。

 また横道にそれました。

 「TANEぱん」さんのお姉さんの「かんしろ」(検索してください)さんが季節はずれの夏休み中とのことで、私も夏休みのお話です。

 季節の盛りでは少しさしさわりがあるかもしれないので、良いタイミングかもしれません。

 その名を「夏休みの法則」と言います。新座の清水屋さんが名付けてくださったのです。

 前もってお断りして置きますが、教育熱心なPTAの方は絶対にお読みにならないで下さい。

 

続高沢先生

2008_11020001.JPG いよいよ飾りミルの本体塗装に取り掛かりました。早くやればいいのに。言われる前に言っときまーす。

 高沢先生の思い出で忘れられない事のひとつに「のぞみ」に乗りたい。があります。

 先生は某一流企業を勤めあげられた後、政府のODAの調査員として中国へたびたび行かれていました。

 かなりなお年になるまで言わば現役でいらして、大阪方面へも出張なさっておられました。

 いよいよこれが最後の出張だというときに、新幹線の「のぞみ」にまだ乗っていない、うまく時間が合うと良いが、とおっしゃってお出かけになりました。

 男の子は年齢に関係なく乗り物が好きですね。女の子にもいますが、男の子はかなりの割合でそうです。

 結果的には、乗れ無かったよといってお帰りになりました。けっこうサバサバと。でもちょっと残念そうでした。それから間もなくお亡くなりになられました。

 きっと先生には心残りなど無かったと思いますが、なにか私の方に乗せてやりたかったという気持ちが残りました。

 自分が当事者の時を考えれば、本人はけっこう諦めが早いものですよね。でも相手のことになると何か重いものが残ったりして。

 

 

 

 

高沢先生

2008_11010001.JPG 今年はこんなのばっかり採れて・・・と思っていたらけっこう人気があって・・・ハロウインというのだそうで、よくはわかりませんが、ずいぶん減りました。

 この3つ、リクエストがあって書いてみました。察するところ私と同様ハロウインはよく解らない方でしょうね。

 昨日高沢先生(私にとって先生)のことをひょんな事から思い出して、後からいろいろ記憶が呼び起こされました。

 私は気取らない自然体の人が好きです。先生はまさにそんな方でした。ただし、そんな中にも威厳があり、とても紳士でいらっしゃいました。いつも変わらず落ち着いた微笑みを絶やさないやさしい爺でした。

 比較しては申し訳ないのですが、好対照の爺と鉢合わせされた時にその違いが際立ったのを覚えています。

 ほぼ同年代のお二人はともに戦争中ご苦労なされた話になり、先生は理科系だった関係で召集された後砲兵隊の2等兵として従軍されました。「よく勇ましい話ばかり聞くが、私は鉄砲玉が飛んでくると本当に怖くて、しょっちゅう首をちじめていた」と正直なお話をされました。「耳をかすめて飛んでくるとヒューっとなるんだよ」と。

 片方の爺さんは具体的なことは何一つおっしゃらないので本当かどうか判らないのですが、肩をいからせ将校だったとのこと。まあ普段からお付き合いしているので、大方見栄であろうと見当がつきます。

 先生もそんな事はすぐに見破っておられる様子でしたが、それをおくびにも出さず、にこにこと聞いていらっしゃいました。

 私もまだ30代後半の若僧でしたから、物腰とか語り口調などで人格が表れるのだということをある意味否定していた、と言うか、表面より中身じゃー、と何となく反抗期の少年のように思っていました。

 しかし高沢先生に出会って少しは反抗期の少年が目をさまし、大人になれたかなと思いました。外見は内からにじみ出てくるものなのですね。

 どうも本物は判る人には判るけど、判らない奴には軽いように見えたりすることもある。偽者は見破れる人には見破れるけど、判らなければ騙されてしまう。本物は本物面しないものなんですよね。

 

 

何か消し方判んない

 浜松さんご夫妻の写真がぼやけて失礼と思って消してやり直そうと思ったのですが消えません。ごめんなさい。

 もっと変な写真じゃなくて良かったですねー。消せないとあせるぜ。ってなときありますよねー。えっ無いですか。重ねてごめんなさーい。

 こないだなんか、こうやって少し文章を書いて(少しじゃなくってけっこう書いてあった)、途中で写真を入れようとしたらそれまでのが全部消えてしまった事もあって。

 なかなか思うようにはいきません。

 今日来ていただいた〒のSさん、休暇なのにありがとうございました。ブログを見てくださっているとの事で、重ねてありがとーう。

 で、「恥ずかしいのであまり見ないでね」と申しました。私のへ理屈に閉口していた人の代わりにはけ口になっている様なところもあるので、見てくださっている方ほんとにありがとうございます。

 Sさん、お休みなので昨日から昔の映画をBSで見ているとかで・・裕次郎・・とか。昔のテレビの話になったりとか。

 とにかくゆっくりペースだったよね。と。

 それで思い出しましたが、もう亡くなられたお客様で、人生に必用なことをいろいろ教えてくださった高沢様がよくおっしゃられていた事のひとつに、「早口は頭の悪い証拠だ」というのがありました。

 それまでは、すらすらと早いテンポでおしゃべりのできる人は頭の回転が速い=頭が良いと思っていましたが、高沢先生の言葉をお聞きしてからは少し違う切り口で見るようになりました。

 確かに頭は良いのでしょうが、あまり賢く見えないような気もしてきました。自分でも、ゆっくりいろいろ周りのことやなんか考えながら話す時と自己主張オンリーで早口で居る時とでは気持ちの上で丁寧と荒っぽいの違いがありそうです。

 いろいろな考えもあると思いますが、やはり丁寧な人が頭が良いと思いたい気がします。最近ではテレビのアナウンサーやその他の出演者などもずい分と早口になっているような気がして、昔より今の方が進歩しているという、所謂進化論というのですか、適者生存というのですか、必ずしも当てはまってないような気もします。

 荒っぽい人が適者だというのは負けるが勝ち組にとっては納得がいきません。

 

571b.jpg昨日紹介の浜松さんご夫妻です。

浜松さん家のみかん

2008_10300001.JPG 長崎県より浜松さん家のみかんが届きました。これからしばらく店頭に並びます。浜松さんは当店のお客様のご両親で、所謂プロではないのですが、むしろプロではないが故のこだわりみかんです。

 もちろん無農薬、有機栽培で、無選別にノーワックス。もぎたてを直ぐに送ってくださいます。そこまで言えば・・・ですね。

 お宅何屋なの。と聞かれます。珈琲豆屋です。

 これでも最初はコーヒー豆数種類とフィルターペーパーや器具が少し並んでいただけでした。そのコーヒーが美味しくなくて何のみかんやら、椎茸やら、なんたらでしょうか。何屋なのなんて聞く人はコーヒーのお客様以外の人たちです。

 コーヒーのお客様たちは私の心が解っているので、楽しんで下さりこそすれ、怪しんだりなんかしません。

 コーヒーって、じみーな商品でしょ、見た目が。それで、肝心のコーヒーがしっかりして来たころ、いろいろ面白いもの(みなさんそうおっしゃいます)を探して来ては置くようになりました。

 で、最近では面白いだけではなく、けっこう世間でいうこだわりの良品が増えてきました。

 実はコーヒーに関してはいつも「こだわらないことにこだわっている」なんて言っているのですが、こだわらないはずのコーヒー屋らしからぬ品物にこだわりを持つ。変ですか。

 

おざなり なおざり

2008_10270001.JPG今日は新座の清水屋さんの店長がお見えになったので、お姿をパチリ。ちゃんとポーズをとってくれました。今すぐ自家焙煎珈琲豆「清水屋」で検索してみてください。

 で、全然関係無いのですが、「おざなり」と「なおざり」。

 「おさわがせ」と「おさがわせ」、「舌つづみ」と「舌づつみ」、そんなのみたいだと思ってました。私は自慢じゃないですけど、その辺というか、昔から言葉がいい加減で、漢字の読み方もずい分間違えたまま、此の年まで来てしまったのです。

 最近、なるべく辞書を引く習慣をつけていた矢先、「おざなり」「なおざり」ときちゃいました。

 御座成はその場逃れにいい加減に物事をすること。、等閑(なおざり)はうちすてて深く気にかけないさま。なのだそうです。意味も若干違うような関係あるような。

 その昔いい加減な、私みたいなやつが間違ったのに間違ったのじゃないと言い張って・・・なんて想像したりして。

 専門家の方ごめんなさい。

 

今日で終わらないとひんしゅくもの

 と言われてしまったので、がんばりまーす。

 で、それじゃあ気持ちのこもった「ありがとう」とは何か。

 近頃では言葉狩りといって、不適切な表現と言うより言葉を抹殺する動きが続いています。言葉が悪いのではなく、それに込められる差別意識とかが問題なのだと思います。「ありがとう」だって差別の気持ちを込めることもできるのです。相手をすんごく見下してばかにしたときなんかです。

 不適切な言葉が無くなっても、不適切な人の気持ちが無くならなくてはかえって陰湿なものになりかねません。何でもただ隠蔽して上辺をきれいに繕っても、根底にあるものから目をそらす事になっては逆効果です。むしろ考える機会を失ってしまわないでしょうか。もちろん不適切語を野放しにして根底に悪いものを持っている、考える事もしない人の手に渡すことが良いとも思いませんが。

 また横道にそれそうです。元に戻します。

 つまり「ありがとう」にどんな気持ちが込められるかなのです。

 負けるが勝ち組の価値観としては、人間関係をしっかり持つことが基本なので、お互いの関係の上に立った適切な表現として、ほんとにありがたい時に使うのが、気持ちのこもったやつなのです。

 でも昨日の車内販売やファストフードのやつも有りです。お店をやっていると人間関係をうまく結べない人だっていらっしゃるし、そんな人にだって気持ちよく帰ってもらいたいのです。ただそれがへりくだった気持ちが込められていて、それに対して気持ちよくなるタイプだけはお店もお客もお断りです。

 そこで考えました、これは売る側のサービスなのだと。つまり無機質的っていうのでしょうか。こんなんで隙間が埋められて、潤滑剤になればと・・・。

 しかしこれが結論ではありません。

 ジャジャーン、結論急ぎます。

 よーするにー、弟子には必ず言うことですが、品物を売るのではなく、元気を売るのだと。つまり、コーヒー豆屋ですから、豆と一緒に私のエネルギーを持って帰ってもらい、家で飲まれるときに一緒に飲んでいただく。ということです。そのための表現に「ありがとうございます」が含まれるのです。

 エネルギーは出せば出すほど湧いて出るようになるし、出さなければどんどん出なくなるという代物のようです。とにかく出し惜しみするなー。というのが結論ということで・・・

 スーパーやコンビニで(もちろん私もよく利用させていただいております)物質の必要を満たされたあと、心のどこかに隙間風が吹いちゃった時なんかには、うちの店においでよね。

 ま、元気にやりましょうや。

 

続続ありがとうございます。

  上野発の夜行列車に乗り、青森から青函連絡船へ。函館から又延々と滝川、遠軽、網走、斜里を経て川湯駅に着いた時にはまた暗くなっていました。しめて26時間くらいかかった勘定です。

 4月の現地はまだまだ寒く、汽車から降りたのはパラパラと数人、薄暗い中一台のバスが待っており、とにかく置いてけぼりにならない様に乗り込む。なんと心細いことか。運転手さんに行き先を確かめると、温泉が終点とのことで一安心。

 と思っていると着いた所はバスターミナルで、後から思えばすぐ近くなのに、人里はなれた様な怖いような。雇い主の店を尋ねると「すぐそこだよ」と返事をしたきり発車オーライ。一人残されて・・・。

 ああ少し脱線しました。函館ー滝川間だったと思います。車内販売の女性の売り声です。

 「ありが とう ゴザイ マス」と、なんと心地よい抑揚、リズム、句読点。

 こちらも初めて販売にかかわる身。なんだこの初めて聞くこの感じ。でも何か心がこもってないなー。心がこもってなくても心地よい。これがプロかー。とその時は思いました。

 スーパー、コンビニ、ファストフードなど今ではよく聞く、心はこもってないけど、確実な仕事と気持ちよさ。

 ちょっとけしくりからんなーとも思いましたが、いや待てよ、自分の調子悪い時でも、嫌いなタイプのお客様に対してでも同じに出来る。

 そんなことから「ありがとうございます」が妙に気になるようになったのです。

 本題に入ったつもりがまたまた横道にそれ、ほんの触りだけ。

 また明日。

 

 

少しだけ昨日の続き

 事実は小説よりも奇なりと申します、なんてほんとに古いですね。今日もお客様とV9時代のジャイアンツの話になったりして・・・

 そもそもが、その時代、テレビで野球観戦をしながら何を思っていたかと言うと、昨日「憧れの」と書いた北海道のそれも原野を開拓して広々した所で自給自足の一人暮らしをしたいなーという事でした。

 しかし元来が病気がちの弱っちいやつ。病気になったらどうしようとか、やっぱり少しは医学も知っといた方がとか、骨折したり虫垂炎の場合とか、自分で治せるのかなとか、もーくよくよ。当然妄想の域を出ません。

 で、また幾年月、家に居づらくなったのを機会に開拓は無理と諦め、とりあえず出来ることから。

 新聞の求人欄で見つけた道東の川湯温泉のお土産やさんへGO。

 そうそう、「ありがとうございます」ですよね、今しばらくお待ちください。

本当にありがとうございます

 2008_10230001.JPG 午後5時の一番街です。雨とはいえこの時間に人っ子一人見えません。クラーイ。

 なんでもなんかのせいにしているうちはまだまだ。本物は人通りなんか無くても、もともと野中の一軒やでやっていると思えばよいのです。

 今日は3時ころから久しぶりの本降り。ちょっとだけ一服感有り。自分用にケニヤを淹れて飲む。こんな時にいらっしゃるお客さまは美味しいコーヒーが試飲できます。お互い商売忘れてリラックス。(いつもより大きいカップを使ったりして話相手に引き止める)。

 で、ブログにしてなければとっくに忘れていました、「ありがとうございます」。でした。そうそう、ご幼少のみぎりの話。

 そもそもおー、私にも子供の時があったのです。

 私の子供のころはといえば、まだ江戸の身分制が色濃く残り、と言うほど昔では無いのですが、コンビニはおろかスーパーも無い時代。

 お店のおじさん、おばさんはずい分と腰が低く、メッチャ頭を下げ、揉み手なんかして、もう「ヘイヘイ」状態。

 余談ですが、人皆平等の戦後デモクラシー時代に生まれ育った私としては、親の使いでも、自分の用事で駄菓子屋さんに行く時でも、一人前の顔をして(したつもり)けっこうどきどきしたもんです。

 親と来る時とはお店の人の態度が違うはずだと勝手に決め込み、ばかにされちゃーいけないとばかりに、カチコチになってお店の人とガチンコ勝負(のつもり)。

 おやおや此の子はコチコチになって・・・と暖かい目で見ていてくれたのですね。

 そんな子供の目から見て、違和感を感じたのが「買ってやる」状態の一部偉そうなお客を垣間見た時でした。おまえの生活は俺様が買ってやるから成り立つんだろうという気持ちからなのか、相手の腰の低さから勝手に錯覚してしまっているからなのか。

 いつの時代にも空気の読めない奴って居るもんです。売ってくれる人がいて初めて買うことも出来るのに・・・。

 そんな時代から幾星霜、私も世にいう浪人時代。なんでも一番になれなんて言う言葉を逆手にとり、ずい分と長期に渡って来た為、家にも居づらくなり、憧れの北海道へと旅立つのでありました。ベベンベンベンつーまーはーおっとにいーしたがいつうー、ベベンベンベン・・・・・・

 さてこの続きはまたの・・・ってほどのもんかい。

 ということで、本題はまた此の次に。

 

 

 

 

 

全然終わらなくて

 今までずーと焙煎してるんですが、終わる気配がありません。昨日のこれを見てくださったお客様のお一人は入って来られるなり、「ほんとだ、ビンがみんな空っぽだ。」と言われ、見たなーあ、と思いましたが、御礼を言う暇もなく焙煎室へ。

 で、きのうのお約束の例の続きは次の機会に。なにしろご幼少のころの話から始めないといけないので、じっくり腰をすえて。

 もーきょーは発送に追われ、焙煎予定リストがどんどん追加になって、ゴメーン。スイマメーン。

理屈こねてねーで早く焼けっつーの

2008_10190003.JPG 猫屋横丁風景。今回は何と開店から30分でほぼ完売状態。開店前より多くの方に並んでいただきありがとうございました。一同やる気が一万倍出ました。

 それにしても、あの、例の「いらっしゃいませー」「ありがとうございまーす。」の掛け声、不思議に思ったことありませんか。

 商家にお生まれの方は別でしょうか、だからこそって言うこともありますか。

 私はと言えば、今となってはあたりまえに使っているこの言葉ですが、ずいぶんと考えたことがあります。「いらっしゃいませ」はともかくとして、なんで「ありがとうございます」なのだろう、と。

 本来売る側と買う側は対等だと思うので、私の店ではお客様も「ありがとう」と言ってくださいますし、私も自然に「ありがとうございます」と言います。開店当初、お帰りになる時に「こんなお店をつくってくれてありがとうございます。」と言って最敬礼された会員№74のMさんは別格ですが。

 これで生計を立てさせて戴いている以上、数あるコーヒー豆を売る店の中から私の店を選んで下さったことに本当に感謝しているわけで、当然「ありがとうございます」です。

 あ、で、今日もここ数日に衰えずたくさんの方に来ていただいていて、こんなの書いてないで早く豆焼けーと思われますので、続きはまた明日。

 なにしろ2人の方に後で配達のお約束。1人の方は焼けた頃又来るよ、と2度足。さらにはご指名のものと違うのを買ってもらった方は数知れずという状況でして、今日もまだまだ焙煎焙煎また焙煎・・・・

 

 

 

コミセン3件配達

 文化祭シーズンで昨日から豆を焼いても焼いても足りません。コーヒーマシンを貸し出したり、手間もかかります。ほんと、有りがたいことです。仲間がやっているイベントでも追加が入ったり・・・

 最近では老体ゆえ学園祭などは極力お断りをしていますが、地域のお祭りなどはお断りするわけにはいきません。もちろん嫌で言っているのではなく、焙煎にも配達にも丁寧で誠実な対応が出来なくなってはおしまいだからです、何よりも足を運んでくださるお客様への対応が一番です。

 その分ブログが手抜きです。今日も写真はお休みです(デジカメは工具箱に有りました)。

 多様な価値観の中で、自分なりのものを創造して行く第一歩は、まず丁寧に毎日を生きることだと思っています。

 それにしても今年は暖かいコーヒーのシーズン入りが早いですねー。

 

 

 

久しぶりにお医者さまへ

 先日からのアレルギーがなかなか治らないため、かかりつけのお医者様に行ってきたのでこの時間になってしまいました。おまけにデジカメも何処かに置きわすれて手元にありません。

 と言うことで、書きたいことはたくさん有るのですが今日は写真も無しどころかこれでおしまい。

 これから相当豆を焼かなくてはなりません。ではまた明日。

もうすぐ猫屋横丁

2008_10160112.JPG 今度の日曜日昼11:30から2:00まで長男堂で猫屋横丁です。ますますブレイク中です、よろしくお願いします。

 なんか物申したいだけの古い体質の人はちょっとご遠慮いただいて、これからの日本どげんかせんといかんと思ってても自分の頭の蠅も追えなくて・・・と言う人や、何か行動したいと思ってもどうしたら良いのか迷っている人に来て欲しいと思います。

 けっしてキラキラしたものではありませんが、しっかり日常に根ざした日々の楽しみ方のヒント満載です。

 昭和の戦後復興、そして高度成長期を経てバブル期と、忙しい日常から逃れるために非日常を幻想とも知らず追いかけて、何時までたっても我を失ったまま右往左往する人たち。それをよしとする政治家、産業界。

 それももう終わりました、これからは日常を楽しめる人の時代です。

 すこし大上段に振りかぶり過ぎましたか。上段の構えは攻めの構えだと聞いたことがあります。

 攻めと言う言葉を使うにはあまりにも「ほんわかした」人たちのこれからが楽しみです。

 

 

 

昨日見えなかった右側

2008_10130003.JPG  昨日見えなかった右側をパチリ。一度に二枚とかパノラマとか出来ないので、今日フォロー。2枚つながったところを想像してください。これでカウンター側がほぼ全景現れました。

 今日はちょっとアレルギッシュです。体のあっちこっちがかゆいのです。もともと花粉症持ちなので、そんな季節なのかなとも思ったりしています。ぜぜぜぜ絶不調でーす。

 ブログのスペルってburogueでよいのでしょうか。なんか「地方訛りっていう意味が辞書に出ていました。」日記と思うと、なんで日記を人様に・・・なんてことになって・・・なんか変でした。

 で「地方訛り」を「自分訛り」と勝手に読み替えて、言いたいことや、考えたことを自分流に書き残しておくということにしちゃったりして。変さが少し抜けました。

 ではそういうことで、はや引き。

何にお金を使うの

2002_01040001.JPG 珈琲豆のラインナップの写真です。(右側6個位のビンが写っていません)。こんなに有って大丈夫なのか、とお思いですか。新顔の豆の紹介を受けると、まず焼いてみて、試飲して、特徴があれば試験販売。その中で、リピーターがついた豆だけが残っている訳で、しっかり回転しています。

コーヒーをこんなに飲んでいただいて、ほんとありがたいことです。お客様にもいろいろいらして、自分は飲まないけどお友達にとか、家族も飲まないけど自分だけで飲むとか、コーヒーひとつとっても買う時の意味合いはさまざまです。

 お金の使い方というのか、使う場所というのか、は人によって違うのですよね。

 買われる対象の品物にしても、膨大な選択肢があって、多くの買う人がいて、その組み合わせたるやものすごいんじゃないかと思います。

 そのなかで一人の人がひとつの品物やサービスに出会う。考えればほんと大切なご縁であることは間違いありません。

 で、そこにはお金が介在し、値段なるものが存在します。

 これも考えれば考えるほどわからなくなるのですが、コーヒーも含め実生活の必要品の価格は、広い意味でのコストから計算されるであろう売り手の希望と買い手のこの値段なら買う(或いは買える)という希望をすり合わせて決まるのかなと思います。

 (近代の資本主義世界における利潤がどうたらこうたらとか、需給がどうたらは経済学者にお任せすることにして、稚拙な中にも現実にお金を仲立ちにして生活している者の実感としてだけの話です。)

 こうして値段がきまったかと思いきや、「もうちょっと高くても売れるかも」の色気ありの売り手や
値段が高いのを自慢したいだけの買い手とか、もうほんとメチャクチャ。

 ただ言える事は、こちらが誠心誠意創ったものに対して正当な評価をし、喜んで買ってくださることが一番嬉しいのです。もう生活さえなければ只でも良いと思っちゃいます。

 逆にこちらが買う立場になった時には、その絶対価値と言うか、及ばずながら正当な評価が出来たら良いなと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

世界恐慌ですか

2002_01030001.JPG 店の表から中の陳列棚方向に向かってパチリ。

 コーヒー屋なのでコーヒー関係の器具がギッシリ。少しはコーヒー屋らしい所も。

 なんか世間ではアメリカのバブルがはじけて大変なんだとか。きっと直接関係のある方は真っ青なのでしょうね。

 比較的安全と思われる日本の円が買われて円高になり、輸出企業の業績も心配され、輸出にたよる日本としてはおおいに困るのだそうです。

 日本のバブルがはじけた時も「すわ世界恐慌の再来か」なんていう論調がありました。

 今回は世界同時株安など、より現実味を帯びているようにも思えます。確かに、これから失業者が増えたり、不安定な世情になるのでしょうか。

 実は、今から25年位前の日本で、当時右肩上がりの絶好調経済下、悲観論者はすでに世界恐慌が近いとばかりに「世界恐慌」を冠した翻訳本がいくつか出版されていました。

 ちょうど私がコーヒーの自家焙煎を知り、自分の仕事としてやって行こうと思っていた頃です。で、安サラリーマンを辞めて商売にする以上恐慌でも来れば大変とばかりに読みましたとも。

 今覚えているのは一部分だけです。すなわち、当時イギリスで失業者が街にあふれ、食べるものもろくに買えない中、その人たちが何を求めたか、酒でもタバコでもなく、なんと、コーヒーだったのです。

 安くて、一時的に元気が出る。それが理由だそうです。こりゃー不景気に強いとなれば、よし、やるしかない。てなわけでした。

 それからがバブル本番、数年たってからはじけました。実際バブルの恩恵も受けない代わり、はじけてからもゆるーい右肩上がり。あれは嘘じゃなかった・・・と。(世間並みからするとずっと低空飛行ですが)。

 17年前の日本のバブル崩壊の時思ったのは、1929年の世界恐慌の時に比べ、経済の規模がぜんぜん違う(大きい)ということと、言ってみればバブル性が強い(実際の生活におけるという意味での需給経済とかけ離れすぎている。)、という2点でした。

 今回のことはよく解りませんが、負けるが勝ち組から見ると、はなから失業しているようなもんだし、お金のかからない生活はできるし、株も持ってる訳ないし、いわゆる名目価値が下がっても全然とまでは言わないまでも影響ないんですよね。

 アメリカで今言われているのは「強欲の付けだ」ということだそうですが、昔話でも、大きいつづらを選ぶ強欲な人は蓋を開けるとお化けやガラクタが出てくるんだと言うことぐらい子供でも知っているんですがねえ。

 まあ、今風の錬金術を知っているのが頭いいと思っている人には解らないでしょうが、現実に生身をなんとか保つことにきゅうきゅうとしている様にみせかけて、本当の生きる知恵をしっかり身につける。これがほんとの生きる道。ですか。

 

 

 

 

下井草紹介アンド出茶屋明日テレビ出演

2002_01020001.JPG 東京、杉並区、西武新宿線の下井草駅近く。線路の南側、二つ目の路地を入ったところ。

 車で下井草駅前を通っている人は気づきませんよね。踏み切りの大通りを南に下ってもうすぐ、車も入れないんじゃないかと思える所を左折して2件目のビル1階。

 仲間の店です。一度行くときっとおもしろいと思います。お近くでまだの方は是非冷やかしに行ってみてください。

 自家焙煎珈琲豆ブービーズ・・・です。そう、あのどんけつから2番目のブービーです。なんちゅう名前付けたのかとお思いの方、特に行くべし。そもそもブービー鳥というのがいて云々。可愛いマスコットが待っています。

 話変わって、私たちの縁がつながっていった原点の一人、まあ長男堂と双璧というか、あのすごい人の一人、出茶屋さんが明日朝(10月11日土曜日8:00時頃)NHKおはよう日本に出ます。皆の衆見なければなりませぬぞ。

ガソリン代

2008_10080001.JPG 当店にて販売中のたまごと椎茸です。毎週水曜日に畑仕事の帰りに仕入れてきます。たまごの方は同じ地区の同じ班(梅高3班)の仲間のものです。「とりっこ村」といって、全国平飼鶏舎ベスト5に認定されています。静岡県内でもひっぱりだこ。

 椎茸は、地区は違いますがやはり近くのこだわり農家のものです。規格外で出荷できないようなものを安くいただいて来ます。新鮮さは、採ってすぐ私が運んで来るので、保証付き。

 双方とも品質といいますか、お味のほうは天下一品。数に限りあり、で人気爆発。

 しかも、ガソリン代の足しになればというのが始まりですから、お値段も品質からいって、とてもこんな値段では、というお安さですし、積める量も限られているので、ますます品薄。

 たまごは猫屋横丁でも販売します。有精卵なのでいわゆる消費期限も長いし、とにかく生きているのです。牡蠣でいうと生食用というやつ。

 ちなみに、たまごは6個で198円、椎茸は120グラムちょっとで250円です。

足元にもおよばん

2008_10060001.JPG配電盤前の目隠しができました。お土産等でいただいた手ぬぐいが何枚かあったので、檜の香りのする手ぬぐい用額を買ってきました。

 まず登場いたしましたのは、仙台四郎(台は旧字)の商売は笑売、勝売でなくてはならぬ、傷売になってはダメという事が書かれたもの。

 もともと独身時代から通ってくださって、私が婚姻届けの保証人にもなってしまったご夫婦の旅行土産です。

 仙台方面には利府のこけし庵さんの「親父の小言」や「ぼけたらいかん」などおもしろい事書く人がいるのですね。

 しちめんどくさい理屈より、解りやすく面白く表現できるって良いですね。

 昨日の理屈にもならないたわ言に「ようするに、やりたくないときの言い訳ね。」と一刀両断される私ごときにはどーにも、足元にもおよびません。

 

無意識

2008_10050069.JPG日曜日は商店街の他の店がほとんどお休みなので、ペンキ塗り日です。今日はベンチと花台です。ベンチは以前店内のディスプレイに使っていたものです。昨日の写真に写っていた白木のままのものを木目も活かしながらマホガニー色で着色。

 ここ数日は自分の中の無意識にやる気が出ています。無意識がやりたくないのにどうしてもやらざるを得ない時って重圧がものすごいです。で、今はその反対。

 無意識って無意識に本音の部分かと思っていたこともあるのですが、この頃そうとも言えないとも思うのです。意識して「やりたい」と思うことも本音です。昔の人の本なんか読むとどちらかに偏っていたりすることも多いのですが、ここでもバランスって大事だと思います。

 そうそう、写真の右上に写りこんでしまったスクーター、本橋時計店のものです。これで新潟まで行ったりしちゃうんですよー。(125ccなので、高速は使えない)。余談でした。

 以前こんなことを考えたことがあります。「嫌なことは、その向こうに希望がみえない場合か、強制されない場合はやらないのが人間である。」と。(毎度自分のことだけかもしれない前提で)。

 「逆に言えば希望があるか、強制されればやるのだ。」と。

 しかしこれでは無意識はいつもやりたくないのに希望や強制に突き動かされるみたいだし、あーまたよくわかんなくなっちゃったー。

 私をよく知る人曰く、理屈ばっかこねてんじゃねー。と。

 

 

 

負けるが勝ち組

2008_10040001.JPGだいぶ外から見ると整ってきたように見えます。一番左側の所にドアが付きます。中はまだまだお見せできませんが。

 ところでタイトルの言葉、どうです?

 長男堂を座長とする我々の集まりの面々や、TANEぱんさんや、今元気にやっている人たち(勝手に入れてしまいました)ってちょっと前だと<負け組み>なんて言われて後ろへ下がってろいなんて言われてたかもしれない人たちだと思うのです。

 ところがどっこい、こんな時代になって来て、お金なんかなくても明るく元気に暮らせる知恵をもっている人たちが目に付くようになってませんか?

 満足を知る者が最も富める者である。という言葉がありますが、お金を払って得る物は際限のない世界で、どこまで行っても満足が得られない錯覚に陥ります。

 しかし、自分で創った物には、他の人からどう思われようが、自己満足という後ろ向きの意味でなく、本当の意味での満足というものがあります。

 そこでこの知恵者たちを<負けるが勝ち組>って名づけました。

 自慢じゃないけど私なんか出だしっからつまづいて、やっと出番が来たような、元祖負けるが勝ち組の様なもんで、負け惜しみじゃないけど、一度っきりの人生、ここまで来ると世の中にうずまく幻想にも見極めがついてきたような気がしています。

清掃

2008_10020003.JPG月に一度、朝、商店街各店出て周りの清掃をやっており、その風景です。お揃いのハッピを着てなんかいいです。夏はこのハッピけっこう暑苦しくも感じましたが、今月は気持ちよいです。自由参加の共同作業、基本です。当初は自分の店の前は毎日やっているのだから必用ないのでは?という意見もありましたが、いつも目に付かない所に気が付いたりして、やって良かったと思います。

 配達を終えて帰ると件の時計屋のダンナがいらっしゃいました。

 「今日はいい天気だねー。」と、

 「なんかいつもより疲れた感じですー。」と私、

 「車、でかいのにすれば?」

 「配達は狭い所もあるし、道端に止めて邪魔になるし、やっぱり小さい車かなー。」

 「目のいい人(近視でないという意味らしい)は天気がいいと余計な情報が目に入って疲れるんだってよ。」

 「それだ、夜はこんな疲れ方しないし・・・」

 そうそう、この方<本橋時計店>といってホームページをおもちです。機械式の時計修理のできる人が減ってきているのだそうで、忙しくしていらっしゃいます。

 

 

ひょうたん

2008_10020006.JPG収穫してきました。ひょうたん。子供のころから憧れていました。動物ではロバ、植物では瓢箪、というところ。水やお酒を入れた瓢箪をいくつもぶらさげたロバをひいて歩く、いいですねー。

 なんかこうしてみるとボーリングのピンにも似ているようにもみえる?ずいぶんとたくさんできて、その一部です。

 以前にも話しましたが今年は山に食べ物の少ない年で、食用の作物は猪や鹿にたべられほうだいですが、瓢箪とかへちまとか食べないものは無事です。動物も人もおんなじなんですよね。ただ人はその食べられないものをうまく利用します。

 どんなもんだい、エヘン。ですか?その通りなんですけど、なんかすっきりとしません。

 いのししに食べられないように柵をしたり、近寄るとびっくりするような装置を仕掛けたりして。

 昼間うっかり見つかると鉄砲でうたれちゃう猪や鹿。何が良いとか悪いとか、もう判断できずに頭の中はもうグチャグチャ。

 一生懸命(一所懸命?そんなのカンケイネー)作物を育て生活する人、人に追われて山で生活する動物。

 ただ言えることは、人は独占してしまいがち。動物は自分が与えられた生命をまっとうするだけ。

 自分としては、畑をつくっていて、人は大自然には勝てないという実感をひしひしと思わされています。チイせーチイせー。

昨日できたカウンター

2008_09290001.JPG前に銘木屋さんから譲ってもらった板でカウンターが付きました。昨日はカットして乗せてあったのを今日ネジ止めしました。

 冷たい雨が降って落ち着いた気分です。こんな日は夕方にバタバタするくらいでお客様も少ないという先入観からけっこうリラックスした気分になります。

 で、こんな日はコーヒーがおいしいですねー。何を飲んでも美味しいです。季節的に特に美味しく感じるものというと、やはり、ちょっと深めに煎ったものというところでしょうか。なんか暑いじぶんに飲んだ時より香りが一段と良い・・・嗅ぎわけられる・・・良い意味で強い・・・うっとりする・・・

 季節と関係なくおいしかったのはブルンジの「んごま」です。粒が一段と大きくなって、もしや 大味になっているんじゃないかと疑ってみましたが、なんのなんの、とてもとてもです。

 私の場合、豆によって特徴を出してもらえるように、同じ産地の豆でも、農産物ですからバラツキもあり、それに合わせて微調整をさせてもらい、気分よくふくらんでいただいています。豆に何かしてもらっているような言い方ですね。

 実際おいしくなるのは私が上手だからというよりは豆がもっている潜在能力というかポテンシャルというのか、をいかに発揮してもらうべく環境を整えるかということなのだと思っています。

 昔、うまく焼けなかったころは、おいしくしてやろうと思い、思えば思うほど逆にまずくなっていたように思います。

 古今亭しん朝が父親のしん生に「どうしたらおもしろくできるんだい?」と聞いたところ、しん生は「そりゃーおまえ、おもしろくしよーとしねーこった」と答えたというエピソードがあるそうです。

 

少しづつ

2008_09280001.JPG今日はペイント作業です。飾りミルの台座の1回目塗り。前に残っていたクリーム色のラッカースプレーで吹きつけ。まだ斑がありますが一度に厚く塗るとダレてしまうのでこれくらいに。それから写真にはありませんが、小さな本棚をコーヒーカップ等の展示用にしようとオイルステインを塗りました。

 本当に少しづつ進んで行きます。そのつど達成感みたいなのも味わっています。あ、それに今日は例の顔を出す窓にカウンターも作りました。

 お金をかけて立派にするのも商売的にはOKです(基本的には私もそういう考えかたです)。しかし自分でこつこつ手作りができるせっかくのチャンスを見逃すというのも残念です。

 達成感って幸福のひとつかもしれません。敬愛する中沢新一先生の「対称性人類学」カイエソバージュの第5巻(P208,209)で読んだのですが、幸福という言葉はHAPPINESSを和訳するときに作られ、HAPPINESSはHAPPENと語源的つながりがあるとのこと。

 私なりの解釈をすると、要するにとつぜん神様がくれたり、天から降ってきたりするようなものと言うことらしいのです。(先生は時間概念を含むと書かれており、突然ということに限定していないし結果的にそれが正解)。

 考えてみると中華料理屋さんなんかに「福」という字の書かれた札が逆さにぶらさげてあって、聞くと福が天から降って来るように、だとか。

 イソップ物語や日本の昔話では正直にこつこつと真面目に働く人(擬人化された動物も)がいつかは幸福になってくれます。

 ただし、その後の事はたいてい、しあわせに暮らしましたとさ・・・とかで終わってしまって具体性がありません。つまり、幸福とはこつこつやった結果の達成感であり、ずーっと持続するものでは無いのではないかと思います。

 そこで、私のたわ言としては、達成感という幸福にむかってこつこつやっている時及びまさに達成感を得るまでのトータルこそが幸福なのであり、実に地味なのであって、多く思われているのと程遠いもので、果たして「幸福」とは、と問われれば、「不幸でないこと」と答えざるを得ないのです。持続的であって欲しいという希望をこめて。

 

武蔵野中央公園

2008_09270003.JPG今日の武蔵野中央公園です。午後2時半、木陰のバーベキュー広場では食後のリラックスタイムの人たち、木立のない広場では思い思いに野球やら鬼ごっこやら。そして木立を作らなかった基になった模型飛行機を飛ばす人。

 模型飛行機と言っても現在は安全のためと言うことで動力つきの物は飛ばせないことになっています。このごろはたった数十グラムのラジコン飛行機もあり、ひとくくりに動力付きはダメというのもなにか事なかれ主義のような気がしないでもありません。

 以前私の店のお客様で、もうお亡くなりになられた福田さんや田口さんたちの、ゴム動力で飛ばしていらしたグループではスパン(翼巾の事)1メートル以内という自主規制をなさっていたと伺っています。

 そういう仔細のことは係りの方に考慮いただくことにして。元気に走り回るこどもたちを見ていると、自分の子供の時をおもいだします。

 ずいぶんと前(おそらく20年位前)に「シアワセーッテナンダアッケナンダアッケ」という調子の良い歌のテレビコマーシャルが流れていましたが、みなさんけっこう地味にシアワセを謳歌していらっしゃるようで、なにも三ツ星レストランにブランド品なんか持って食べに行かなくってもよいのですよね。そうそう、ポンズ醤油はキッコーマン・・・

 自分の子供時代はさらに遡ること20数年位前です。ホント地味でした。何もその時代が良かった訳などありはしません。医学も今のように発達しておらず、病院のイメージといえば暗くて変な匂いがする薄気味の悪いところというものでした。あれ、またどんどんずれていくー。

ご本尊

2008_09260001.JPGご紹介します。当店のご本尊様です。私の目標でもあり、また人生の達人として崇め奉っている時計屋のダンナです。普通の爺ですが、それこそが達人たる所以です。

 84歳で生涯現役を地で行きつつあります。気負わず偉ぶらず、人として外せない事はしっかり身につけていらっしゃいます(若いもんが言っては不遜ですが)。

 で、よくコーヒー豆を買いに来てくださるのですが、用事の無い時でもたびたび顔を出してくださいます。

 常連顔して遊びに来る爺(別に嫌がってはいない)は安く暇つぶしができるぞと下心ありの場合も。

 しかし、この方を含めNさんやSさんなど、何かこの人がいると元気がもらえるという方が何人もいらっしゃいます。

 特にこの爺、黙って座っているだけでも何かいい。ついお許しをいただき、写真をパチリ。こんなふうになれるといいな。

 写っていませんが、灰皿をおだししてます。いわゆる分煙のような事はしてませんので、たまたま一緒になった方で、いまどきタバコを吸わせるなんて、そんな店いやだ、と言う方もいらっしゃいます。

 私としてはこの位の年齢の方に今の常識のようなものを振りかざすことに抵抗を感じてしまうわけでして・・・

 コーヒーの香りがタバコで台無しになる?てやんでい、オレの焼くコーヒーはそんなもんにゃ負けはせんわい。と粋がる今日この頃でした。

 

 

阪田さん

2008_09250108.JPG出茶屋のコンサートで演奏中の阪田さんです。紹介文には「静けさの中に情熱を燃やす食いしん坊チェリスト」とあります。いつも本当に物静かな方です。が、ひとたび演奏に入ると情熱がほとばしり・・・。今回も無事終了とあいなりました。

 話は変わりますが、最近大阪の「TANEぱん」さんのベーグルをいただく機会がありました。ちょっと感動ものでした。ホームページをお持ちなので検索してみてください。間接的な知り合いなのですが、先入観無しに食べてそう思ったのです。

 私も実は23年ちょっと前にひょんなきっかけからコーヒーの焙煎屋になったのですが、それまで素人であったが故に自由で大胆な発想ができ、非常に効率は悪くとも自分の味覚、嗅覚に忠実にやって来れたのだと思っています。

 もとより、と言っても最初から解っていた訳ではないのですが、万人受けするものは卒なく効率よく大量生産しなければいけませんから大手にまかせ、自分は自分の道を行けばよいのです。

 あくまで自分と同じ味覚を持っている人に共感してもらえれば良いので、少量生産で回転もよく、しっかり固定客も一度ついたら絶対離れず、遠くに引っ越されてもそんな方は必ず発送のご注文をいただきます。

 あれ、謙遜していたつもりがいつのまにか宣伝になってる?ただ、お金に結びつくのはやはり大量生産なのですよね。それが需給バランスを崩すと不況になったり、いろいろむずかしいもんです。

 考えてみると、音楽家の方にも同じようなことが言えるのかな。嗜好の強いものほどきっとそうなんですよね。

 ちょっとTANEぱんさんからずれてしまいましたが、TANEぱんさんのベーグルは、というより食べるものはコーヒーと違い、だれが食べても美味しいというのがベースにあって、その上にほかと違う何かが、食べた人に感動をあたえるということなのかな。

 自分でも解らなくなってきてしまったのですが、コーヒーだってそりゃ「これだけは外せないぞ」と言う自分なりのものはあるんですがねえ。

 

ある時はペンキ職人

2008_09220001.JPG写真の回転ができるようになったので、途中経過の報告です。全体を雑巾でよく磨き、台の錆びを金ブラシでゴシゴシしました。台の内側もだいぶ錆びていたので、横倒しにして中も磨き、錆びの上にも塗れるという防錆塗料を内外に塗りました。

 後は台に上塗りをし、本体に取り掛かるのみです。一番やっかいでとっかかれなかった錆び取りが終わったのでひと安心。

 どうです、写真を見るとき首が痛くならずにすみましたか?


 

造作中の一部

2008_09210001.JPG今まで時々出てきた「造作中」ですが、一応写真を載せておいた方がイメージわきやすいと思うので・・・外から撮ったものですが・・・

 開いた窓からは私が顔を出して何か売ろうとおもっています。顔をうる?それもよいかも。

 今日は猫屋横丁の日だったのでそちらに顔を出してました。。雨が降り始めましたがなかなか盛況で、知名度のアップが感じられます。

 すぐに結果を欲しがらず、地道に淡々とやっているのがかえって好感を持たれるのだと思います。チラシにあったピクニックセットも本やマンガが入っていたり、籠も本格的で、採算度外視という感じ。飲み物も付いているし、これさえあれば半日公園で過ごせるなー、と。

 私はといえば、自家製のリキッドコーヒー(1000本作るのに55Kも豆を使って濃いのが自慢)。と、川根で平飼い農家から直接仕入れて来る有精卵が売れました。

 次回もコーヒーの試飲サービスをしますので、お楽しみに。

 

 

理屈じゃない

Filedejaya.jpgすごい人たちには下手な理屈なんか通用しないんですよね。男でも女でも。

 昨日に続き、すごい人の紹介です。

 この人「出茶屋」といって、リヤカー改造のコーヒー屋台を引いて知り合いの店先まで行って営業している(もちろん人力)若い女性です。日により現在3箇所で炭火に鉄瓶で小金井の井戸水をわかし、コーヒーを淹れてくれます。詳しくは「珈琲屋台 出茶屋」で検索してください。

 23日にはもう恒例ともなった、出るところに出ればこれまたすごいミュージシャンのコンサートがあります。出演者も聞き手も素顔で暖かい雰囲気。

 冒頭にチラシの裏と表をちょっと重なりながらも、載せました。天気も良さそうだし、聞きに行く価値満載です。

 ミュージシャンつながりで別の話、こちらは古い友人なので、ついでみたいなことで宣伝も兼ねて失礼。

 http://www.artbox.co.jpを開き、このページの下方「ART BOX CORPはウイーン在住の作曲家YUKI MORIMOTOを応援しています」を見てください。

 この男日本に帰ってくるのは、こんな自分でプロデュースしたコンサートをやるとか、三枝成彰氏のオペラの指揮をするとかそんな時くらいです。12?3歳のころからの縁ですが、当時からやっぱり理屈抜きにすごいところがありました。

 友人をあまり褒めると自慢話のようで嫌われるといけないので、この辺にしときます。とにかく応援してまーす。

 

 

猫屋横丁

File0001.jpgあっと言う間に1ヶ月たちました。21日(日)は月一の猫屋横丁の開催日です。今回のチラシは前にアップするお約束をしていた私の作です。

 どうやら台風も行ってしまいそうでラッキーです。

 猫屋横丁の座長は若い女性です。参加者も私と秩父の昌多以外は皆女性です。

 古い人間には今昔の感があります。でも今は男、女で論じることすら時代遅れですよね。

 それは解っていても、それにしても、元気な女子が多いと感じるのは偏見でしょうか。

 偏見ついでに、たわ言。

 人類始まって以来こんなに平和が続いているというのは稀だと聞いたことがあります。少し短絡的ですが、平和でないイコール男が少なくなる。という狭い設定で仮説(ちょっと大げさ)を立ててみると、平和でない時代は男が貴重、よって大事にされる。

 と同時に働き手としてうまくおだてられ、がんばる。おとーさんはえらいのよーと。ただ、男は、自分だけかもしれないけど、どーにも半端なような、いつもふらふらしてるよーな、つまり自己完結できないよーで、だからと言ってしまえば考えも浅いと思うけど、徒党を組みたくなりがちで・・・

 現実の社会ではグループの力で効率よく生産しなければ、勝ち残れませんよね。徒党を組んで正解なのです。果たして縦社会が出来上がります。その中で効率化に向かない人間ははみだします。私も例に漏れませんが、めげたりひきこもったりニートになったり・・・

 たわ言的狭義の意味での女性は自己完結出来るので縦社会に入らなくても大丈夫。時に平和が続いている。それで、自分で何かやっている女性が目につくのかな?と・・・


 脈絡も変になったところで今日はおしまい。配達の金曜日で遅く帰ってきて時間もあまり無く、もうちょっと良く考えなおして出なおそうっと。

 

義理堅い

2008_09170002.JPG先週お約束した写真です。大根、無事芽が出ていました。左側に見えるのは、きゅうり、へちま、ひょうたん、はやとうり、にがうり、(字が分からないのでひらがな)の棚です。その向こうに茶畑があります。この棚がとれたらまた全景の写真も撮ってきます。

 今年は山の幸の少ない年回りだそうで、鹿、猪、その他小動物、各種鳥、もういろいろそろって畑の作物をあてにしている風です。猿だけはいまのところもう少し上流に団体で出ているだけで、私のところは大丈夫です。もうカラスも影が薄いといった感じです。

 鹿、猪は足跡でわかります。昨日お宅の畑に寝ていたぞなんて報告してくれる人もいたりして。

 猪はやつ頭とやまいもが大好物だそうで、ふつうサトイモと呼ばれている早稲いもは生だと苦いので食わないのです。

 で、みごとにやつ頭だけ荒らされました。早稲いもは手もつけません。どうして掘る前にわかるんだろう?

 おや、なんか臭いぞと思ったら猪の糞です。おいしいものをご馳走になったお礼に肥やしを置いていってくれたんだと思うことにしました。義理がたい。

 そんな事を考えているうちに、昔のことを思い出しました。小学1年ぼうずの冬でした。ある朝学校へ行くと大騒ぎ、泥棒が入ったとのこと。で、初めて目にしました、教室に所謂ひとつのとぐろをまいた絵になるう○こがしてありました。あれも動物の本能だったのか、と。

 う○こ繋がりでもう少し。

 いつもいろいろご指導いただいている近所の先生(けっこう厳しいので鬼軍曹とよんでいる)、
もうほんとうに親切で、先週種まで下さった上に植え付けまで一緒にしてくださったにんにく(蒜「ひる」といっている)。

 「蒜は犬などが上に糞をするから萩の葉つきの小枝をかぶせといたよ」と。その萩、軍曹のご主人の禮兄(れいにいと読む・・・年長者には兄をつけて呼ぶ)がわざわざ山にとりにいってくださったもの。(本名:禮次郎)。

 理由は聞かなかったけれど、もう感謝の気持ちいっぱいで現場へ、丁寧にかぶせてありましたとも。

 うっ、一同目が点、気まずい沈黙、せっかくかぶせてくださったのに、いっぱい感謝してたのに、みごとに糞がしてありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

模様がえ

2002_09070002.JPG店の奥の模様替え中です。以前ここにはイギリスのアンティークのドローリーフテーブルが置かれていて、お菓子やらなにやらが上にならんでいました。

 目あかも付いたし、雑然として何をどうしたいのか分からなくなって来たので、模様替えです。

 向かって右側の棚はもとから有った自作のものです。で正面と左側の棚を持ってきて置いてみました。正面上は配電盤で、何かで隠さなくてはなりません。

 けっこう広くなったね、と言う声もあり、やってよかったと思っています。

 開店当初は季節感が大切とばかりに、年に2度はあれやこれやとがんばっておりましたが、最近ではすっかり落ち着いてしまって、というより怠けてしまっていました。

 ドローリフは何処へいったかと言うと、隣の造作中のスペースに押し出されました。そもそも捨てるのが不得意というか、下手というか、けちくさいと言うか、なんでもとって置き、今回の2本の棚のように、利用できるとすごーくうれしいのです。

 ではまた木曜日に。

たまにはコーヒー関係のお話、コーヒー屋ですから・・・

画像 2001.jpg最近発売されたハリオのコーヒーミル「セラミックスリム」の写真です。日経新聞にも紹介されていましたが、ハンディミルとしては実に良くできていると思います。価格も安く抑えてあり、お勧めできる製品です。なにより挽いている感触というか豆の挽けて行く感じが手に伝わって、心地よいです。

 挽き具合の調節機構も斬新でピシッと決まります。私の場合、一番細かい所から10クラッチ前後戻した所がペーパードリップにちょうどよいと思います。

 また、回転ハンドルも差込式になっており、それを上蓋の縁に掛けるようになっていて、設計者の人柄まで伝わって来るような逸品です。

 ただ、ハンドルを外してから(ワンタッチ)上蓋を外し、豆を入れるのですが、オッチョコチョイの私は、ついハンドルをつけたまま上蓋を外してハンドルを落としてしまいました。3回目で馴れましたが・・・

 そう、私はコーヒー屋だったのです。

写真のやり直し

画像 2000.jpg
一昨日の写真が消え、昨日と同じのとすり替わってしまいました。そこでまたレジの写真をとってのせました。どうやって入れ替えるのかわからないので、頭の中で入れ替えといてください。 

 今日は途中ビル建設のため信号機のところで片側通行になっており、いつもより20分くらい脳みその自由時間が持てました。

 反対車線の渋滞を終えた車をなにげなくみていると、窓を開けて走っている車をときどき見かけます。ざっと数えてみると10台に1台くらいの割合です。

 だからどうと言うことではないのですが、それぞれいろんな背景があって、いろんな考えがあって、カーライフを送っているのだろうなーと思いました。

 私も今日は窓開けタイプです。気温はけっこう高いのですが、湿度が低く、入って来る風もなかなかよいです。

 ただ、やはり23区のはずれとはいっても排ガスなどで空気がべとつく様な気がします。そんなときはエアコンつけよかなーと思うこともあります。

 荷物を運ぶのが主たる目的なので軽のワンボックスに乗っていますが、エアコンを使うと目に見えてガソリンを食います。経済的理由からなるべく窓開けです。決してエコとかそういう観点ではないので、ちょっと恥ずかしい。

 話変わって、そこの暇している人、仲間の「出茶屋」さんが15日に出店する、小金井、学芸大学、科学の祭典に是非行ってみてください。ちょっと宣伝。

 

 

 

五時過ぎに帰ってきました

画像.jpg少し見づらいのですが、何だか判りますか?そうなんです、模型飛行機の胴体です。私の子供の時からの趣味なのです。これも追々詳しく・え?いらないって?いらないものでもこればっかりはきっと押し売り的に・・・

 今日はきっと3連休前の金曜日、しかも15日がらみということだと思いますが、けっこう道が込んでいました。

 でもそんなこと関係ねー、焼く豆いっぱーい、すぐとりかかーる。ですよ。

 昨日は、あ、明日はこんなこと書こうなんて思った事柄があったのですが、みんな忘れてしまいました。きのうのこと?そんな昔のことなんか覚えちゃいねー。ってやつです。でもちょっと気持ちわるい。

こいつです

画像.jpg例のレジスターです。断っておきますが、壊れたのは決してメーカーの責任ではありません。もう13年使っているうえに紙送りのゴムベルトも切れ、手動で紙を送るようになってずいぶんとたちます。私の責任です。本当に頑丈な機械で、おかげで商売繁盛の一翼を担ってもらっています。

 しかーし、それも限界、レシート紙送り部分がついにダメ。で、ウルトラセブンと考えたのが、その部分をユニットごと替えちゃおうというもの。

 有りました、同じ機械、実は他の所で使用した同型機が倉庫で眠っていたのです。で、早速ネジまわし。

 同型機といっても多少バージョンアップされたもので、今までと違うDOS/Vのパソコンに接続して変になるとヤバイので、使えないでいたのです。部品だけなら、見たところ同じようだし、なんとか、エーイ。

 やりました。ウルトラC。古いか。。。

 話は変わって昨日のこと。木曜日なので農業の話です。大根と小松菜の種をまき、にんにくとわけぎの球根?を植えてきました。今度写真を載せます。

 

ことり焼菓子店の続き

画像 099.jpg

 この木彫りの鳥、店作りをしてくれた宮尾昌多氏の作品でことりさんのマスコットになっています。うわさの猫屋横丁にも氏の木彫り小物が並びます。円空仏の様な仏像なんかも彫ったりします。

 私の店の空きスペース(例の今自分で拵えているところ)で氏の個展をやる予定です。個展と小鳥さんつながりで、私のオープン以来のお客様で、ことりさんにも開店早々から足を運んでくださっている、づーっと陶芸をやっている方の個展も準備中です。

 本題に戻ります。なにしろあっちこっちに寄り道ばっかりの人生なので、お聞き苦しいかとおもいます。あ、またずれた・・・

 ことりさんの話でした。なにしろ、ことりさんから出てくるお客様たちは皆幸せそうな顔をして帰られるのです。

 観たところ決して良く有るような「どうだ幸せだろう」感の押し売りもないし、何故だかわかりませんが、とにかく良い意味で不思議なお店と店主なので一度空気を吸いに来てみてください。

 切り口がまた寄り道感を醸してしまいましたが、なにより店主の手造りの焼菓子がすべてを物語っています。美味しいとか可愛いとか紋切り型の言葉を使いたくありません。ファンがどんどん増えているのが証拠です。

 

 

ことり焼菓子店

画像 098.jpg
 遅ればせながらお隣の「ことり焼菓子店」の紹介です。くれぐれも「ことり焼」のところで切らないでください。私は「ことりさん」と呼んでいます。詳しいことは次回にして今日はとりあえず写真だけということで。とにかく一口では言い表せないくらい○○○○いっぱいのお店なのです。

 金曜日ということで配達で遅くなったうえに昨日焼いたアイス用の豆が帰るともう無くなっていました。これからまだ相当がんばらなければならないので、これで失礼します。ではまた明日。

こまめくん

画像 005.jpg

 ホンダF220 愛称「こまめ」です。いわゆる耕運機というやつです。店を休んでいる間はこいつとともに過ごしました。

 静岡県榛原郡川根本町というところで、大井川鉄道の下泉の駅から徒歩30分くらいです。少しばかりの茶畑と笹竹、すすき、雑草などのジャングル。そのジャングル(もとは茶畑だったらしい)を野菜畑にしようというわけです。

 で、3年前からこの「こまめ」と共にがんばっているのです。笹竹の根と茶の木の根を掘り起こすだけで最初の1年が過ぎました。広さは約600坪位ではないかと思います。

 まず、毎年生える(種類は変わる)草刈からです。いわゆるエンジンの付いた草刈払い機で根こそぎ草をとり、いよいよ「こまめ」の出番です。

 もう、いつも「こまめ」三昧で、ご近所の方のなかには私のことを「こまめくん」と呼ぶ人もいるくらいです。

 

ナチュラルダイエット

 金曜日で休み前ということもあり、配達がたくさん有って帰りが遅くなりました。だからという訳ではありませんが、今日は写真なしです。

 最近生活習慣病が気になって、体重を減らしています。しかし、特別なことをしている訳ではありません。

 一日三食あたりまえと思ってしっかり食べていると、基礎代謝が減ってきていることに加え、運動量も減り、体重だけは増える悪循環。世間で言われていることは本当でした。

 だいたいお腹も減ってないのに「食べないと体に毒だ」とか何とかいう人もいて、無理して食べていた感も否めません。

 そこでお腹が減っていない時は食べないことにしたのです。やはり「自分の体は自分が一番良く知っている」というのも世間で言うとおりでした。

 体重が減ってくると何と体の軽いこと、あれ?あたりまえか。そうじゃなくって、体の動きが軽いことか。それに内臓の負担も軽いのか、すべてが快調です。

 でもここだけの話にしといてください。専門家が聞いたらお目玉をくらうかもしれないので、ないしょです。

 ナチュラルにーナチュラルにーです。あ、何でそんな話をはじめたのかわすれてた。

 実は常連さんから、痩せた?病気しないでね。なんていわれたりして。説明がもう大変。

 常連さんと言えば、こんな人も。

 2キロ分くらい前払いしておきたいのだけれど・・・と。(影の声・・・今月は私事ながら支払いが大変、しめしめ)で、その旨正直に話し、月末近くにありがたく頂戴しました。

 すると、そうとう火の車なのかなと思われたみたいで、「店閉めるときは前もって言ってくださいよ。」と、どーゆー意味だかはっきりとは解らなかったのですが、とにかく閉まっては困るということなのだと勝手に解釈し。

 家賃が払えなくなったら屋台でやるからだいじょうぶ、なんて言って(実はむかし屋台の形まで考えていた)強がっておきました。

 まあ何とかやって行けるだけのお客様に囲まれているし、その方たちの口コミで増えてるし大丈夫です。必要とされてるって本当に嬉しいですね。

 では、5日間かたじけない。みなの衆もお達者で。

間違い探しクイズ

画像 004.jpg
 この写真のポップ、お盆前から貼ってあったものです。
夏休み13回目でお盆に休まなかったのは初めてです。が、お盆が過ぎてから変わりました。
本当はお盆前のままの写真をとっておけば間違い探しクイズになったのですが・・・

 正解は「お盆は休みません」の右下の「でした」が追加されたことです。
お盆が過ぎてはりかえようと思ったのですが、3文字追加するだけでOK。
マスターの本領発揮とけっこううけてます。

 間違い探しといえば、隣のスペースの造作がなかなかはかどりませんが、ほんの少しづつ変わってゆくので、口の悪い人はまるで間違い探しクイズのようだと言います。
何といわれようとマイペースでやります。

錆取り開始

画像 003.jpg
 写真をやってみました。これ今店頭に置いてあるのですが、ご覧の通り本体の塗料は剥げ、台座は錆錆です。200万画素という携帯のカメラにも劣る昔のデジカメで撮りましたがこーゆーのは良く見えない方がよいので、適任です。このディスプレイ用のミル、実は10数年前にやめた仲間のものを引き取って、ずっと雨ざらしにしてあった物なのです。

 で、今その錆を落としている最中です。その後錆止めをぬり、色塗装をします。出来上がったらまた写真をお目にかけたいと思います。

 100円ショップで買った金ブラシでゴシゴシです・・・画像 003.jpg

激励ありがとうございます

 西東京の「ふみ屋」さんからメールで激励していただきました。本当にありがとうございます。気張らず、気取らず、気楽に永く続けたいと思います。「ふみ屋」さんはクリスマスローズの専門店(農場)です。「クリスマスローズふみ屋」で検索していただくと、ご主人のとてもきれいで面白く、ためになるブログも楽しめます。

 今日は9月の猫屋横丁のチラシを書くことになり、久し振りに創作意欲が刺激されました。うまいへたは別として、好きなことは疲れません。いろいろ過激なことも浮かびましたが、私にしてはおとなしくまとめてみました。

 それにしても涼しい日が続きます。農作物に被害が出ないとよいのですが。ふみ屋の奥さんが鼻風邪のようで、おだいじに。皆さんも体調に気をつけてください。

夏休み

 今年、夏休みをずらしたことは以前申し上げましたが、それが何時なのかお知らせしていませんでした。

 8月30日(土曜)?9月3日(水曜)の5日間です。

 なんかこう涼しいと小学生のときに、たまった宿題にやけにあせった事をおもいだします。先生も親も涼しいうちに勉強をして、後に遊びなさいというのですが、どうも暑い涼しいとは関係ないのでは、とおもうのです。

 なぜって好きなことは頭を使う使わないにかかわらず、暑くったってへーっちゃらでした。でも嫌いな勉強、というか強制されるものはぜーんぜんやる気にならないのです、もちろん涼しくても。

 まったく我ながら扱いにくいやつなんだと思います。もうその時点で自営業をやることは決まっていたのだと、いまになっておもいます。なにしろ束縛されることが大嫌いですから。

 それでバブルの恩恵も受けず、土俵際で回って回って何とかやってきましたが、生活費が不足するということも、ある意味負の束縛ですから、それも嫌いでがんばってこれたのかもしれません。

 必要以上のお金を稼ごうというのも私にとっては束縛で、不得意です。でも達人というのはそんな小さな束縛なんて屁でもなく、いつも自然体というイメージで、小さな束縛も嫌がる私なんぞ本当に小人なのですね。私を知る人曰く、ただ我侭なだけだと・・・

 だって床屋さんで白い布についているひもを首に巻かれるだけで降参なんだも?ん

火曜定休で火、水は更新せず

  火曜定休で火曜に更新しないのは解るが水曜はなぜか。実は水曜日は一日静岡で畑仕事をしております。

 詳しいことは徐々にお知らせして行こうと思っていますが、とりあえず、そうゆうことです。

 テストでスタートして、三日坊主に終わらなかったと、私を知る人にはいわれます。そういう意味でもテストは大事です。

 では何時からがテストじゃなくなるの?と問われると困るのですが、これから写真をアップしたり、他の部分の完成度をもうすこし高めて、ということだと思っています。ただ、今日からテストではありませんという宣言はきっとしないのかな。

古材

 行って来ました。いろいろな古材がたくさん目も眩むばかりでした。時間も無いので今、店作りに
必要な、というか、あ、あそこに使えるとかがひらめいたものを格安で分けていただいてきました。

 まだ言ってなかったですね、いま一寸したスペースをお借りして現在の店の隣で焙煎の体験コーナーをつくっています。

 もともとのイメージが和風テイストなのでここで古材に出会えたのも何かのご縁と感謝、感謝。

 もうほんとにいつもあつかましくお客をお客とも思わず(本当はちゃんと思っている)古材運びを手伝わせてしまったTさん、ありがとうございました。

 

猫屋横丁

 今日は第3日曜日で猫屋横丁の日でした。2:00までで終了したので過去形です。オリンピックに台風と、これはどうなるんじゃろうと思いましたが予想以上の入りで「よかったねー」というところでした。

 珈琲家香七絵といたしましては水出しアイスコーヒーの素(コーヒーバッグになっている)と
コーヒー豆「んごま」、静岡川根の平飼い有精卵、私の作ったゴーヤー、ナスなどを売りました。

 無料試飲サービスもありますから次回9月21日には遊びに来てください。詳しくは長男堂の
とてもおもしろいホームページでご覧ください。(カフェ長男堂でクリック)

 で、帰ってくると常連さんからの情報で、銘木屋さんが店じまいで残った木をわけてくださるとのこと。これから行ってみたいとおもいます。

 おっとその前に猫屋横丁にもきてくださったAさんのイブニングブレンドを焼かなくっちゃ。ではまた

東京の路上で出来ないスポーツってなーんだ

 暑い中、午前中から遊びに来た(エアコンで涼みに来た)素人落語家のHさんのなぞなぞです。

 そもそも私が、どうも御用とお急ぎで無い様なのでお引止めをし、おもしろ話の先手を打とうとしたところが返り討ちにあったというやつで、

 話がなぜおもしろいかを説明しているようではダメとHさんから言われているのですが、ここは辛抱のしどころ、

 丁度明日、知る人ぞ知る長男堂の猫屋横丁があり、何かおもしろい出し物は無いかと考えているうちに思いついたのが「剣道指南」、

 わが店の隣の洒落のわかる床屋さんから、ヘアースタイルの見本?用の言わば首から上だけのマネキン人形を頂戴し、剣道のお面をかぶせ、浄財を少々いただいて面うちの体験をしてもらおうというもの。

 「さーお立会い、最近通り魔事件が相次ぎご心配の方も多いと存ずる、そこで剣道をたしなんでおけば云々・・・・・・」なんて想像をしたりして、

 くれぐれも、生兵法にはご注意を・・・・・

 で、そんなことをHさんに話しているとそのマネキン君そうとうなイケメンで、またまた思いついたのがその時の掛け声「イケ・???メーン」というやつ、

 Hさん、負けじとタイトルのなぞなぞ、答えは剣道(県道)でした、お後がよろしいようで・・・

注:まだ長男堂さんと打合せていないので、明日はまだやりません。しかられそう・・・
追:Hさんにはお買い物もしていただきました、ブレンド?とクリスタルマウンテンと・・・

絶好調(暑さが)

 金曜日は朝から配達の日になっています。
 私の豆を使ってくださっている喫茶店さんや、私の使っている生豆をお分けしている自家焙煎のかた、私の店に出入りしていてはまってしまい(はめたつもりは無い)仲間になってお店を開いてしまった方たち、といった所をまわってくるのです。
 それで今日は「絶好調ですね」「やけくそって感じですね」ってな会話をしながらの、暑いがゆえにお互い気心の通じ合えたような、けっこう楽しい外回りでした。
 帰ってくると、店番のケイコさんも上機嫌で、お盆の中日でもけっこうお客様がきていますよ、とのこと、今年初めてお盆休みをずらし、いわゆる盆の最中は営業することにしたのです。

大変ご無沙汰してました。

 今日からしばらくテストということでスタートさせていただきます。
 「アーアー、只今マイクの試験中」ってやつですか。
 聞こえてますかー?
 駒形のYさん、薩摩川内のOさん、神楽坂のNさん、沼田のNさん、藤野のUさん、
 藤沢のKさん、四谷のOさん、足柄のTさん、仙台のHさんのお父さんお母さん、
 名取のIさん、テネシー州のアッちゃん、数えだしたらきりが無くなりました。
 みんな聞いてますかー。
 アアアー。

店舗案内ページ

店舗案内・地図のページはこちらです。
http://coffee-kanae.jp/blog/shop-information.html

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