- 2011年10月31日 12:12
- マスターが何か言ってるから聴いてやってください。
長々とやっていますが、未だに出航前です。
ピークォッド号の出航前に、イシュメールたちに付きまとう者がいました。エライジャです。
日本語の聖書で言うエリヤです。
この預言者はアハブ王の行く末を警告します。つまり、エイハブ船長に同行しようとしているイシュメールたちに、「行っていいのかい・・・」「どんなことになるのか解っているのかい・・・。」・・・と。
やはり、預言者、つまり神の言葉を預かり、伝える者のいうことを聞かないと大変なことになるのに、其の時は聞く耳を持たないのが人間らしい。
後で気づいても遅いのですがね。
エー、ですね、ここで少し「神」さまの事を詳しく考えておかねばならないと思いますので、退屈ですが・・・。
思えば、この6年くらいの間、随分と、まぁ精神的にですが、遠くまで旅をしてきたもんだと、つくづく感じます。
私のバイブルとも思って、いつもそばに置いていたのが西尾幹二師の「江戸のダイナミズム」です。
そこから、読みたくなったものを拾いながら歩いてきました。
この本の中に、「和辻哲郎」は「神を全部で四種類に分類しています」というくだりがあります。
詳しくは、和辻哲郎「日本倫理思想史」に書いてあるそうですから、そちらを読んでください。
そして私にもやさしく教えてください。私などにはとても歯が立たないことは、容易に想像がつきますから。
で、西尾先生、やさしく教えてくださいます。「キリスト教はむかし天主教とよばれ、Godは天主と訳されていたのに、後に神と訳されて誤解が生じました。天主の以前には「でうす」で通っていたはずです。そのほうがむしろよかった。」と。
江戸時代までの長いあいだ、天皇は尊貴なるがゆえに神であって、エホバのように超自然的、超人間的な力を振るう神ではない。天皇は雨をふらせたり、風をふかせたりせず、イエスのように病を治したりせず、天災に対しては自ら神仏に祈りをささげた。・
天皇は祀られる立場にだけあるのではなく、祀る立場にもあった・・・。と。
そして、それに似た皇祖神、神統記に出てくる天つ神。むしろ、天皇の尊貴性はここから出ている。
もうひとつが、雨の神、風の神等、自然、人生を支配する神。これは尊貴性においてさほどではない・・・。と。
まぁ、ざっとこんな幹二、おっと感じで・・・。
ここでは、当然「天主様」ですね・・・。
とにかく死んでもつづく・・・
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