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心の病 モービーディック篇 10

 長々とやっていますが、未だに出航前です。

 ピークォッド号の出航前に、イシュメールたちに付きまとう者がいました。エライジャです。

 日本語の聖書で言うエリヤです。

 この預言者はアハブ王の行く末を警告します。つまり、エイハブ船長に同行しようとしているイシュメールたちに、「行っていいのかい・・・」「どんなことになるのか解っているのかい・・・。」・・・と。

 やはり、預言者、つまり神の言葉を預かり、伝える者のいうことを聞かないと大変なことになるのに、其の時は聞く耳を持たないのが人間らしい。

 後で気づいても遅いのですがね。

 エー、ですね、ここで少し「神」さまの事を詳しく考えておかねばならないと思いますので、退屈ですが・・・。

 思えば、この6年くらいの間、随分と、まぁ精神的にですが、遠くまで旅をしてきたもんだと、つくづく感じます。

 私のバイブルとも思って、いつもそばに置いていたのが西尾幹二師の「江戸のダイナミズム」です。

 そこから、読みたくなったものを拾いながら歩いてきました。

 この本の中に、「和辻哲郎」は「神を全部で四種類に分類しています」というくだりがあります。

 詳しくは、和辻哲郎「日本倫理思想史」に書いてあるそうですから、そちらを読んでください。

 そして私にもやさしく教えてください。私などにはとても歯が立たないことは、容易に想像がつきますから。

 で、西尾先生、やさしく教えてくださいます。「キリスト教はむかし天主教とよばれ、Godは天主と訳されていたのに、後に神と訳されて誤解が生じました。天主の以前には「でうす」で通っていたはずです。そのほうがむしろよかった。」と。

 江戸時代までの長いあいだ、天皇は尊貴なるがゆえに神であって、エホバのように超自然的、超人間的な力を振るう神ではない。天皇は雨をふらせたり、風をふかせたりせず、イエスのように病を治したりせず、天災に対しては自ら神仏に祈りをささげた。・

 天皇は祀られる立場にだけあるのではなく、祀る立場にもあった・・・。と。

 そして、それに似た皇祖神、神統記に出てくる天つ神。むしろ、天皇の尊貴性はここから出ている。

 もうひとつが、雨の神、風の神等、自然、人生を支配する神。これは尊貴性においてさほどではない・・・。と。

 まぁ、ざっとこんな幹二、おっと感じで・・・。

 ここでは、当然「天主様」ですね・・・。

 とにかく死んでもつづく・・・

 

 

 

 

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